第24話 模擬戦
精霊の民の里に来てから既に半年以上の時間が経過し、リオはいつものように里のはずれにある広場で精霊術の練習を行っていた。
「精霊術に関してもはや儂が教えるべきことは何もないのう」
目の前で完璧に精霊術を行使するリオの姿を見て、感心したように、アースラが呟いた。
「これもアースラ殿のおかげです」
薄っすらと微笑みながら、リオは自分に精霊術を指導してくれたアースラへと感謝の言葉を伝えた。
「僅か一年足らずでこれほど自在に精霊術を扱えるようになったのは、リオ殿の才能によるところが大きい。儂は少し助言をしただけじゃよ。リオ殿は万能型の精霊術師でもあるし、素晴らしく精霊に愛されておるのじゃろうて」
礼を言われたアースラがにこやかな笑顔を浮かべる。
アースラの言う通り、リオにはあらゆる精霊術に適性があった。
火、水、氷、風、土、雷といったあらゆる自然現象を巧みに操り、その他にも様々な事象を引き起こすことができる。
もちろんアースラだってそれらの現象を操ることはできる。
だが、あらゆる事象をすべて同じように自在に操るというのは無理である。
どうしても得意な火の精霊術や幻術に比べると扱いが劣らざるをえないのだ。
「精霊術絡みで残っている課題はリオ殿の契約精霊が不明なことじゃな」
いまだに判明していないリオの契約精霊にアースラが言及する。
「契約精霊を知る方法は何かないのですか?」
アースラの指示のもと、今まであえて放っておいた課題を解決する手段についてリオが尋ねる。
「うーむ、一人、もしかしたらそなたの中で眠りについている精霊を知ることができるお方に心当たりがないわけでもないのだが……」
と、アースラは妙に歯切れの悪い物言いをした。
「何か問題でもあるのですか?」
「うむ。まぁ、少々な」
少しばかり歯切れの悪い言葉に、リオが首をかしげる。
「精霊の民の里に暮らす人物なのですよね?」
「いや、そのお方は精霊なのじゃよ。それも限りなく高位に近い存在じゃ。言うならば準高位精霊というところかの。大樹の精霊ドリュアス様じゃ」
「大樹の精霊、ひょっとして……」
リオは里の近くにある巨大な大樹がそびえ立っている方を見た。
「うむ、ドリュアス様が暮らす場所はこの原生林の中心地にあるあの大樹よ」
リオの言葉に、アースラが頭を縦に振った。
だが、リオには、一つ、腑に落ちないことがあった。
「他の精霊では自分の中にいる精霊の正体をわからないのですか?」
そう、同じ精霊であるならば、何もドリュアスである必要はないのではないかと、リオはそう考えた。
「たしかに精霊は他の精霊の存在を感知することができる。じゃが、普通の精霊は知恵があっても言葉を発することはできぬからのう。契約者の意思を読み取って行動したり、漠然と何かを伝えてきたりすることはあっても、契約者に明確に何かを伝えることはできぬのじゃ。人と意思の疎通が完璧にできるのは相当に上位の精霊だけだの」
その言葉に、リオが納得したという表情を浮かべる。
「なるほど……。その大樹に行くことは私でもできますか?」
「そこが問題じゃ。その場所は儂ら精霊の民にとって聖域みたいな場所でのう。年に一度行われる精霊祭のとき以外は儂ら精霊の民でもそう無暗には立ち入ることはできんのじゃ。それ以外の時期の立ち入りには許可が必要でな」
その言葉でリオは真意を掴んだ。
「部外者の自分では立ち入りが認められるかはわからないということですか?」
と、アースラの懸念をリオが言い当てる。
「うむ、恩人のリオ殿ならばあるいは……と言ったところかのう。すまぬが未だに人間族のリオ殿を完全に信用しきれておらんものが長老陣の中にはおるからな」
僅かに眉根を寄せ、申し訳なさそうな表情を浮かべて、アースラが言った。
人間族の少年が精霊の民の少女を救った恩人として里に滞在しているという情報は里の中に通知が行き届いているようだが、今のリオは一部の精霊の民との接触を除いて隔離されたように生活を送っていた。
精霊の民が人間族に対して良いイメージは持っていないのはもちろん、里を導く長老陣でさえ、いや里を導く長老陣だからこそ、リオに対して特に強い警戒心を持っている者がいるのだ。
大樹の場所に行く許可を与えるのが長老陣である以上、限りなく完全な意味で彼らの信頼を得ることが必要となる。
「なんとか大樹のもとへ行けるように儂から取り計らってはみるとしよう。気長に待ってくれるとありがたい。まぁ、リオ殿には他にも知るべきこともたくさんあるしの。ドミニクの奴もリオ殿にドワーフの知識を教え込むと意気込んでおったぞ。シルドラからもエルフが有する知識について直々に享受するそうじゃ」
当面の気がかりを払しょくするように、アースラが努めて明るく語った。
精霊の民の最長老達から直々に教えを乞うことができる。
種族間の問題上、他の者ではリオに知識を教えるのに差しさわりがあるという意味もあるのだろうが、リオにとってはこの上なく好都合でもあった。
「キリも良いし今日はこの辺にしてラティーファの様子でも見に行ってみるとするかの?」
可愛い曾孫のことを思い浮かべたのか、アースラは晴れやかな笑みを覗かせた。
「そうですね。あの子もどれくらい成長したのか見てみたいです」
リオがアースラの提案に賛同すると、それから二人はラティーファが精霊術の訓練をしているという広場へと向かった。
そこにはラティーファ、オーフィア、サラ、アルマ、ウズマの五人がいた。
「こ、これはアースラ殿にリオ殿、どうも……」
五人の中でいち早くアースラとリオの存在に気づいたウズマが、恐縮したように頭を下げて、挨拶をしてくる。
「うむ」
「こんにちは。ウズマ殿」
そんなウズマにリオが少しぎこちない精霊の民の言葉で挨拶を返した。
リオが精霊の民の言葉を操ることにウズマが驚く。
「もう精霊の民の言葉を話せるようになったのですか?」
と、興味深そうな視線を向けて尋ねてきた。
「ええ、アースラ殿に付きっきりで教えて頂いたおかげで、日常会話程度なら。まだまだぎこちないですけどね」
日常生活のほぼ大半を費やして精霊の民の言葉で会話をすることで、リオは実地訓練で彼らの言語を学び続けていた。
そのおかげで日常会話程度ならば支障のない程度に精霊の民の言葉を操ることができるようになった。
「それでも凄い習得速度だと思いますが……」
傍にいたアルマが感心した声色で言った。
他の者達からも感心したような視線を向けられ、リオがむず痒さを覚える。
「ありがとうございます」
と、リオは気恥ずかしそうに短く礼を告げると、うずうずと自分が会話を終えるのを待っていたラティーファの方を向いた。
「ラティーファ、ちゃんと勉強しているか?」
「うん! 精霊術もだいぶうまく使えるようになったよ! 今は模擬戦をしてたの。ウズマさんすごく強かったよ! 次はサラお姉ちゃんと戦うところだったんだ」
話しながらラティーファがリオに抱き着いてくる。
リオの胴体に顔を埋めると、ラティーファはリオを見上げてきた。
「そうなのか。じゃあラティーファが戦うところをアースラ殿と一緒に見てもいいか?」
「うん、いいよ! サラお姉ちゃん! 早くやろう!」
リオに良いところを見せようと、ラティーファが張り切って広場の中央へと駆けだす。
「まったくもう。リオ様が来たからと言って張り切りすぎですよ」
仕方ないなといった感じでサラがラティーファの後ろを追う。
二人が広場の中央に移動すると、オーフィアが試合開始の合図をした。
合図とともに強化された肉体と身体能力で二人が瞬時に動き出す。
既にラティーファも精霊術の習得を開始しているため、精霊術による身体能力と肉体の強化を行っている。
(速い)
その速度にリオが内心で驚く。
ラティーファの速度はリオと出逢った時よりも遥かに上昇していた。
身体能力の強化しか恩恵のない『
しかし、精霊術で肉体と身体能力を強化しているのはサラも同じである。
リオの見立てではスピードはほぼ互角である。
ならば二人の技量が物を言うことになるのは必定だろう。
今はまだお互いに様子見のようだが、牽制するように攻撃を打ち合っている。
武器はそれぞれ木製の模擬ナイフだ。
リオはウズマの隣に立って二人の試合を黙って見守っていた。
ところが、しばらくして、隣にいるウズマはどうも落ち着かない様子であることに気づいた。
精霊の民の里に来てからそれなりに時間は経過したが、ウズマはリオに対して避けるような態度をとっている。
敵対心はないようであるが、どうにもぎこちない。
「自分はもう気にしていませんよ。ウズマ殿も気にしないでください」
と、このままの関係でいるのも窮屈と考えたリオが言った。
するとウズマが驚いたような顔をしてリオを見てきた。
「違いましたか?」
勘違いしてリオに深手を負わせたことを、ウズマはいまだに悔いているのではないかと、リオは考えていた。
だが、ウズマの反応から、リオに対する態度は完全にもう一つの原因によるものだったのかと、リオは考え直した。
ならばどうしたものかと、リオが何を話そうかと悩んでいると、ウズマの方から喋りだした。
「……いえ、違いません。正確にはそれもあるのですが、私の中の人間族のイメージとリオ殿があまりに乖離しているというのもありまして、その、どう接してよいか悩んでいたというのもあります。申し訳ありません。全ては私の不徳と致すところです」
やはりリオに対する態度のぎこちなさは種族間の問題も絡んでいたようだ。
おそらく、同胞の少女を救い出してくれたことに対する感謝の念、誤解からリオに深手を負わせてしまったことによる罪悪感、そして種族間の問題から来る苦手意識がウズマの中で渦巻いているのだろう。
種族に対する偏見というのは歴史も絡んでいるため、ちょっとやそっとのことで拭い去るのは難しいはずだ。
「種族に対して抱くイメージはそう簡単に拭い去ることはできないでしょう。その辺のことも踏まえて私は気にしません。ですから変に肩肘を張らないで頂けると幸いです。そう気を張っていると疲れてしまうでしょう?」
と、リオは、困ったように微笑みながら、肩を竦めて言った。
「……リオ殿の心遣いに深く感謝します」
生粋の武人であることを感じさせる所作で、ウズマはリオに頭を下げた。
そんな二人の様子を傍で見ていたアースラ、オーフィア、アルマは興味深そうな表情を浮かべていた。
他方で、二人が会話をしている間に、サラとラティーファの試合は佳境を迎えていた。
ラティーファも善戦しているようだが、サラはその上を行っている。
暗殺者として鍛えられたラティーファを上回る戦闘能力は、年齢差もあるが、サラ自身の才能も大きいとリオは考えていた。
鍛錬を積み続け成長したラティーファもサラと同程度の強さを誇ることはできるだろうが、しばらくはラティーファが年長者であるサラの後ろを追う形になるだろう。
「うぅ、サラお姉ちゃんにも負けた~」
悔しそうな表情を覗かせながら、ラティーファが言った。
「私の方が年上なんですから当たり前ですよ。私は精霊の民の戦士達からずっと手ほどきを受けてきましたから。ラティーファの年齢でそれだけ戦えれば精霊の民の戦士としても十分にやっていけます」
地面に寝転がって悔しがるラティーファをサラが労う。
「うん、すごい強かったよ。私じゃ手も足も出ないな」
オーフィアもラティーファを労う様に声をかけた。
「オーフィア姉さんは後衛型の精霊術師なんだから、前衛型のサラ姉さんやウズマさんに接近戦で勝てなくて当然でしょう」
そこにアルマが突っ込みを入れる。
生真面目な性格ゆえか、思ったことを口にせずにはいられない質なのだろう。
「でも、サラお姉ちゃんよりも、ウズマさんよりも、お兄ちゃんの方が強いもんね!」
と、ラティーファがリオの勝利を確信しているように言った。
「む、それは戦士として聞き捨てならないのですが……」
ラティーファの自信ありげな言葉に、ウズマの戦士長としてのプライドが刺激されたようだ。
「私じゃ手も足も出なかったんだから! ウズマさんも私よりずっと強いけど、お兄ちゃんよりはまだ勝てる気がするもん!」
「ラティーファ、ウズマは里の中では若手一の戦士なのですよ。いくら精霊術に長けているとはいえ流石に人間族の子供であるリオ様が勝つのは……」
ウズマの強さをよく知るサラがラティーファに異論を唱える。
「じゃあ戦ってみればいいんだよ。ね、お兄ちゃん?」
リオの方が強いと心の底から信じているような目でラティーファが見上げてきた。
中々面倒な展開に、視線を逸らしたい気は山々だったが、ラティーファの純粋無垢な期待を裏切れるほどリオの神経は図太くはなかった。
「やってみますか?」
内心で苦笑しつつも、リオはウズマへと模擬戦を申し込む言葉を送ってみることにした。
「ええ、是非」
するとウズマが即答した。
彼女の方は十分にやる気があるようだ。
模擬戦用の武器を用意すると、二人が広場の中央へと移動する。
ルール上、使用していい精霊術は身体能力と肉体の強化だけだ。
ウズマの装備は木の槍で、対するリオは木剣を装備している。
「はじめ!」
試合の開始と同時にウズマがリオへと突進してきた。
翼が生み出す推進力も相まって、その速度はまるで矢のようである。
涼しい顔をして内心では随分と熱くなっているようだ。
よほど自分の強さに自信と誇りを持っているのだろう。
リオは、ウズマの直向きさに好印象を覚え、薄く笑った。
ウズマは、一瞬でリオへと間合いを詰めると、魔力で強化された天性の圧倒的な身体能力と肉体でリオを押し出すように突きを放ってきた。
雪崩のように迫り来るウズマの乱れ突きをリオが受け流していく。
無駄のない動きで自分の攻撃を捌いているリオに、ウズマが驚いたような表情を浮かべる。
ウズマはいったんリオから距離をとると、地を這うような低い姿勢でリオに迫り、懐に入り込み逆流するように下から槍を振るった。
リオはそれを正面から受け止めるが、ウズマがそのまま力任せに押し込む。
ふわり、とリオの身体が宙に浮かぶ。
そのまま押し込むように足を踏み込み、翼を羽ばたかせ、その勢いでウズマはリオを吹き飛ばした。
リオとウズマの距離が一瞬だけ開く。
が、宙に舞ったリオを逃さないように飛び立つと、ウズマが空中で正確にリオの手足を狙って一息で四点の突きを放った。
手足をずらし身体を捻ることでそれを躱すと、リオは剣でウズマの槍を弾く。
一閃、そのまま剣を引いて横薙ぎにウズマの胴体を斬る。
が、ウズマは、瞬時に翼を羽ばたかせて後ろへと下がることで、それを躱した。
空中で彼女を捉えることは難しいようだ。
二人が距離を保って地面に着地する。
次の瞬間、ギリギリで保たれていた二人の間合いは、リオが一歩前へと足を進めたかと思うと、瞬時に詰められた。
「っ!」
攻守逆転。
ウズマが一瞬だけリオの姿を見失った。
だが、天性の勘でとっさに反応し、体勢を崩しながらもかろうじてリオの攻撃を防ぐ。
体勢を立て直すためにとっさに離れようとするウズマだった。
だが、リオは、それを逃さないように距離を詰め、槍を自在に使うスペースを殺し、防御の隙間を縫うよう鋭い突きを放っていく。
「くっ」
今度はウズマが劣勢に立たされる番だ。
かろうじてリオの攻撃を防いでいるが、手数の多さではリオが勝っている。
用いているのが実剣ならば無数の切り傷がウズマに出来ているだろう。
押されているウズマの一瞬の隙をついて、リオが大きく振りかぶって強力な一撃を放つ。
それを受け止めたウズマの身体が小さく吹き飛ばされた。
羽ばたいて空を飛ぶことで衝撃を殺すと、ウズマが地面にゆっくりと着地する。
「……貴殿を戦士として認めよう。どうやら本気でやる必要があるみたいだ」
と、平常時と異なる口調で、ウズマが言った。
同時にウズマから放たれる雰囲気も豹変する。
ぞくり、とリオの全身に寒気が走った。
刹那、ウズマが瞬時に間合いを詰め、リオの胴体目がけて激しい突きを放った。
押し潰されるようなプレッシャーに、リオはとっさに横にステップを踏んだ。
続けて首筋にピリピリと嫌な物を感じて、首を逸らす。
次の瞬間、空気を切り裂くような音をたてて、リオの顔面のすれすれの位置をウズマの蹴りが通り過ぎた。
「ほうっ、よく躱したものだ。だがこれはどうだ!」
その言葉とともに痛烈な薙ぎ払いがリオを襲う。
しかし、それをリオが受け止める。
リオが顔を歪めて両手で支えている片手剣を、ウズマが涼しい顔をして押し込む。
その力をいなすように、リオは後ろへ大きく後退した。
「ちょっと模擬戦の領域を超えちゃいませんか?」
と、リオが苦笑して言う。
「当然だ! これほどの強者を相手にして楽しまないわけがない!」
獰猛な笑みを浮かべてウズマが叫んだ。
どうにも少しばかりバトルジャンキーの気質があるようだ、とリオは思った。
リオの口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。
どうやら自分も人のことは言えないようだった。
久々に全力でぶつかり合える相手と戦うことで、少なからず熱くなっているのを、リオは感じていた。
たまにはこうやって何も考えずに戦うのもいいのかもしれない。
だが、現状の身体能力ではウズマが大きく勝っている。
このまま戦うのは少しばかりきつい。
(なら条件を互角にすればいい)
すると、リオの体内から溢れるオドの量が跳ね上がり、その密度も格段に濃くなった。
「むっ、なんというオドの量と密度だ」
リオの身体を包み込むオドの鎧に、ウズマが目を見開く。
精霊術による身体能力と肉体の強化は肉体に纏わせるオドの量に比例して上がる。
素の身体能力と肉体の強度が獣人族のウズマに劣っているのならば、それを上回る程にオドで身体能力と肉体を強化してやればいい。
リオはそう考えてそれを実行した。
だが、やろうと思ってできることではない。
大量にオドがあっても、それを一度に扱えるかどうかは別の話であるからだ。
大量のオドを凝縮させて身に纏うには相当なオドの制御力が必要となる。
「今までは本気ではなかったということか」
ウズマは薄っすらと笑みを浮かべた。
「いえ、本気でしたよ。ただ、これほどの強化を行って戦う機会はなかったものですから全力だったとは言い難いかもしれません」
「なるほど。とはいえまだまだ上限ではなさそうだがなっ」
いつの間にかリオの前へ移動すると、ウズマが槍を振るう。
「いえ、結構いっぱいいっぱいですよ」
と、ウズマの膂力を真っ向から受け止めながら、リオが言った。
「涼しい顔をしてよく言う! はぁっ!」
緩急をつけた乱れ突きがリオを襲う。
その一つ一つを最低限の動作で躱していくと、呼吸の合間を見計らったように、ウズマが突き出した槍の懐に入り込み、リオが剣を振るった。
「くっ」
危うい様子でリオの攻撃を受け止めると、木剣を受けた部分を起点にして槍を回し、ウズマは横薙ぎの打撃をリオの顔に目がけて打ち込んだ。
リオが顔を逸らしてそれを避ける。
直後、リオとウズマの武器が幾度も重なり合う。
金属製の武器ならば轟音と火花が散っていることだろう。
痛烈な連続攻撃がリオに降り注ぐ。
しかし、それらすべてをリオは一歩も動かないで捌いていた。
「すごいな。どう打ち込んでも攻撃が当たる気がまったくしない!」
ウズマが嬉しそうに声を出した。
意地でもリオを動かそうと、捨て身を覚悟で、槍の先を蹴りあげるように跳ねあげ、ウズマが奇襲の一撃を入れる。
リオは半歩横に移動することでそれを避けると、返す刃で反撃を放った。
「ぐっ」
遂にリオの木剣がウズマの胴体を捉える。
寸止めはされたものの、確実に避けることのできない一撃であったことを察し、ウズマが悔しそうに顔を歪めた。
「……私の負けです。申し訳ない。少し熱くなりすぎました」
が、すぐに普段の冷静な声色に戻り、礼儀正しくリオに対して頭を下げた。
リオは彼女の顔が少しだけ赤くなっていることに気づいた。
熱くなりすぎたことを恥ずかしく思っているのだろう。
「いえ、自分も同じですから。楽しかったです。よろしければまたお相手をしてください」
「ええ、是非とも」
ウズマが微笑みながら、朗々とリオの申出を快諾する。
既にリオに対するぎこちなさは完全に消えていた。
どうやらウズマの中で何か感じるものがあったようだ。
そんな二人の激戦の果てに、サラ、オーフィア、アルマ、アースラは唖然とした表情を浮かべていた。
「ね、言ったでしょう! お兄ちゃんの方が強いって!」
そんな中、ラティーファだけは、得意げな表情で、当然だと言わんばかりに、慎ましやかな胸を張っていた。