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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第一章 異世界にて目覚める

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第5話 謁見

 リオの模擬戦が行われてから少しばかり時は過ぎる。

 ベルトラム王国の国王であるフィリップ三世は、近衛騎士団長であるヘルムート=アルボーから直訴を受けていた。


「陛下! 私はあの小僧に対してさらなる尋問を行う必要があると愚考しております! どうか御許可を!」

「ならぬ。そもそもあの模擬戦は他の間者が誘拐犯達を倒したというそなたの言により行われたのだぞ? あの孤児が娘達を助けたことが事実であることはあの模擬戦の結果からも裏打ちされたではないか」


 力強く語りかけてくるヘルムート。

 だが、フィリップ三世はヘルムートの言を受け入れるのに消極的な態度を見せている。


「その通りでございます。しかし、一介の孤児が近衛騎士を制するだけの力を持っていることはどう考えても不自然です! どこかで戦闘訓練を受けたとしか思えません!」


 それでもヘルムートは憤った様子でフィリップ三世に食ってかかった。

 あまりにも必死なヘルムートの様子に、フィリップ三世は内心で苦笑した。

 リオが不自然に強いことはフィリップ三世も十分に承知している。

 だが、とある思惑もあって、今はそれを取り合うことはしない。


「それはおかしいな。ヘルムートよ。ならばどうして近衛騎士との模擬戦を行わせた? 悪漢を四人も撃退する能力があるのなら近衛騎士を相手取ることもできると、そなたが申していたと記憶しているのだがな」


 フィリップ三世はヘルムートの供述の矛盾点を指摘した。

 だが、ヘルムートは想定していたと言わんばかりに即座に受け答える。


「それは、たとえあの小僧が近衛騎士に勝てずとも、姫様方を救う実力の持ち主であることを証明できると考えたからです。しかしあの小僧は近衛騎士に勝利した。いまだ十にもなっていない孤児がです。明らかに異常としか思えませぬ!」


 先ほど同じことを殊更に強く主張する。


 たしかに、ヘルムートの言うことはもっともだ。

 リオのあの実力は一介の孤児が持ちえるものではない。

 油断していたとはいえ仮にも騎士である者を十歳にもならない孤児が苦も無く御したのだ。

 それが普通ではないということは先に述べたとおりフィリップ三世も理解している。


 しかし、今回の件はフィリップ三世にとってはある意味で好都合であった。

 というのも、これまで宮廷内で絶大な影響力を持っていたヘルムートが、フィリップ三世には少々厄介な存在であったからだ。


 王族を守護する近衛騎士団が王宮の中で王族であるクリスティーナとフローラの誘拐を見逃してしまった。

 近衛騎士にとっては大失態である。

 そして、その監督責任は近衛騎士団長であるヘルムートにも当然に及ぶ。


 現在、ヘルムートは窮地に立たされていた。

 何とかして自らの失脚を防ぐことができないかと、彼は必死になっているのだ。

 その唯一の方法は黒幕をヘルムートが暴くことだった。


 彼は黒幕が自らの失脚を狙う反対勢力だと確信していた。

 が、恐ろしい程に鮮やかな手つきで、黒幕はほとんど証拠を残していない。

 唯一の証拠が実行犯である四人の男達だが、彼らも気がつけば毒殺されてしまった。

 看守を死刑にしてやりたいところだったが、それどころではなかった。


 残ったのはクリスティーナとフローラを助けたリオという名の孤児だけだ。

 冷静に考えればリオだけが毒殺もされずに放置されている時点で、黒幕にとっては、リオが取るに足らない人物であることを意味するのだが、そのことに気づけるほどに冷静ではいられなかった。


 そこで、ヘルムートは残された最後の権力を振り絞ってリオに対する取調べを強行することにしたのである。

 何でもいい。

 僅かな情報でもいいから、黒幕に繋がる情報を吐かせなければならなかった。


 ヘルムートが稼ぐことができた時間は三日が限界だった。

 それ以上時間が経てば先に自分が失脚してしまう。

 そこで、三日にわたって取調べを行わせてみたが、リオは何も情報を吐かないという。

 王族を救ったという功績があることからあまり手荒な真似はできなかったが、タイムリミット間近になってはそんなことも言ってられず、多少強引に尋問するように取調官に命令もした。

 だが、結果としてそれも功を奏することはなかったと、取調官から報告が上がってきている。


 取調べと並行して、最後の手段として、ヘルムートはリオと近衛騎士を戦わせることを提案してみたが、これも失敗している。

 そもそもヘルムートがリオと近衛騎士と戦わせようとしたのはリオの実力に疑問を感じていたからだ。

 何の訓練も受けていない孤児が王族の誘拐犯を倒した。

 その報告をヘルムートは信じることができなかったのだ。

 クリスティーナとフローラはリオが助けたと供述していたが、きっと別な人間が裏で援護したのではないかと、ヘルムートはもはや妄想に近いことを考えていた。


 リオがとんでもなく弱いことを証明できれば王女達の供述の信用性を揺るがすことができるのではないか。

 そう思ってリオの実力を確かめてみたいと国王や貴族のいる前で言うと、かなりあっさりと周囲の者達の同意も得られ、決闘が行われることとなった。

 その結果はヘルムートにとって信じがたいものだった。

 リオはその場からほとんど動くことなく近衛騎士を制してしまったのだ。

 呆然としながら観客席に立っていると、宿敵の一人であるユグノー公爵と視線が合った。

 ユグノー公爵は嫌味垂らしそうにヘルムートに微笑んでいた。


 ヘルムートは思った。

 この男はリオとかいう小僧の強さを知っていた。

 だから、この試合を止めなかった。

 きっと私に恥をかかせるつもりだったのだ。

 こいつだ。

 きっとこいつが犯人だ。

 まるで妄執するかのように、ヘルムートはそう信じ込んだ。


 そうして、今に至るわけだが、ヘルムートの言葉はもはやフィリップ三世には届かなくなっている。

 そのことを、自らの敗北を、ヘルムートは察していた。

 ヘルムートは、自身がフィリップ三世にとって目の上のたんこぶ的存在であると、自覚している。

 ここまで来たらもはや敗北を覆すことはかなわないだろう。

 だが、理解はできてもまだ納得はしきれていない。

 だからまだ足掻きたかった。


「武勲には応えねばならぬ。それがたとえ孤児だとしてもな。仮に貴様の言う通りあの小僧がいずれかの勢力に属するとしてだ。その証拠はあるのか?」


 フィリップ三世の言葉に、ヘルムートは苦々しい表情をした。


「……逆にあの者が潔白である証拠がございません」


 流石に聞き苦しいヘルムートの言葉に、フィリップ三世が顔をしかめる。

 リオがこの場にいたら思わずふざけるなと叫んでいたかもしれない。


「だから拷問して自白させるというのか? 確実な容疑もないのだ。仮にも王族の恩人に対して行うべきことではないな」


 不機嫌さを隠そうともしない冷たい口調であった。


「あ、あの異国の風貌。あの年齢にしてあの実力。あれが噂に伝え聞くアサシンではないかとも私は思っております」


 と、そんなフィリップ三世の不機嫌さを察しながらも、ヘルムートは苦し紛れの弁を口にした。


「もうよい……。ヘルムートよ。そもそも今回娘たちが誘拐されたのは近衛騎士の怠慢ではないのか? 王族の楯となるべき近衛騎士があのような年端も行かぬ子供に負けたのだ。これは近衛騎士の質の低下と思った方が良いかもしれぬのう」


 フィリップ三世はヘルムートの妄想ともいえる言葉を切って捨てた。


「そ、それは……」


 ヘルムートが押し黙る。

 ここで引きたくはない。

 ここまで来るのにどれだけの労力をかけてきたのかは計り知れないのだ。

 ヘルムートは野心家で強欲な男であった。


 ベルトラム王国には二つの騎士団が存在する。

 国土全域の守護を任務とする国の正規軍の中核をなす王国騎士団と、王族と宮廷の守護を任務とする近衛騎士団である。

 王国に仕える騎士の数は約六千人、そのうち実に九割以上が王国騎士団に所属し、残りが近衛騎士団に所属している。

 国に仕える魔道士と並んで騎士は国に所属する立派な貴族の一員だ。

 平民や爵位を有しない貴族の次男坊以下でも、試験を受けて騎士になれば、一代限りではあるが、騎士爵が与えられて名実ともに貴族となれる。

 つまり、騎士は成り上がりの登竜門であるとともに、爵位を継げない貴族達にとっては最大の雇用口でもあるのだ。

 その就職口は先に述べた通り王国騎士団と近衛騎士団の二つがある。

 では、その違いは何か。

 それは構成員の家格である。

 王国の貴族を構成するのは、騎士爵、魔道士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵である。

 騎士と魔道士の中には上級貴族扱いされる称号を持つ者が少数いるが、子爵までが下級貴族、伯爵から上級貴族である。

 このうち国内に領地を保有するのは伯爵以上の貴族だけであり、騎士爵を除いて宮廷貴族でない下級貴族は、上級貴族から領地の一部を借りてそこを管理したり、上級貴族や自分よりも高位の下級貴族を補佐したりする。

 一方、王国騎士団の主要な構成員が平民や下級貴族の中でも低位の家の出身であるのに対し、片や、近衛騎士団の主要な構成員は有力な下級貴族や上級貴族の家の出身である。

 この違いが生み出されたのはヘルムートが近衛騎士団長に就任してからだ。


 かつて近衛騎士の任命権は国王が保有していた。

 しかし、その任命権をヘルムートは先代の国王から巧みに勝ち取った。

 先代の国王が現役の頃は忠実にその任命権を行使していたヘルムートだったが、死の間際になるとその本性を現し始めた。

 フィリップ三世が王位に就くまでの間に、ヘルムートは、近衛騎士団の任命権を背景に、爵位を継げない有力な貴族の子弟達を近衛騎士に任命して恩を売っていったのだ。

 その結果、ヘルムートは宮廷内に大派閥を形成することに成功し、軍人の身でありながら宮廷内で絶大な政治的影響力を手にすることとなった。

 その影響力は国王であるフィリップ三世も無視できない程であった。


(あと、少し! あと少しで元帥の地位に就けたんだ! そうすれば国の全軍が私の手中に入った! その構図はできていた!)


 ヘルムートは国王が兼任するのが習わしとなっている国軍で最高の権力を有する地位を掠め取ることすらも狙っていた。

 そこまでいけばヘルムートの影響力は国王を遥かに凌ぎかねない。


 だが、今回の失態によりヘルムートの権威は大きく失墜する。

 ヘルムートは欲をかいて敵を作りすぎたのだ。

 ヘルムートを妬ましく思う貴族は少なからず存在し、彼に敗れて宮廷を去ることになった政敵も多い。

 自らの娘が二人も誘拐されたことは許せないが、フィリップ三世にとって今回のヘルムートの失墜は歓迎できるものであった。


「かねてより近衛騎士の質の低下も問題となっていたな。今回の件で近衛騎士団の改革を図る必要があるかもしれん」


 これ幸いにと近衛騎士団が抱えてきた問題を解決するために、フィリップ三世はついにその重い腰を持ち上げる。


「今後、近衛騎士の選任権は国王である余の元に戻すこととする。そなたには此度の件の責任をとってもらい近衛騎士団の団長の座を辞職してもらう。近衛騎士団長の後任は現副団長であるアルフレッドがよかろう」


 と、フィリップ三世はヘルムートの処遇を言い渡した。

 それはヘルムートが役職を失い王宮から立ち去らなければならないことを意味した。


(くっ、いつか、いつか必ず返り咲く! そしてあのユグノーの若造に目に物を見せてやる……)


 どす黒い負の感情を抱いたまま、ヘルムートは臣下の礼をとった。

 だが、再び顔を上げた時にはその感情を打ち消していた。


「畏まりました。陛下の御心のままに。しかし、此度の件の黒幕がいまだ判明していないのも事実であり、万が一の事態に備えて諫言かんげんていするのが我が役目にございます」


 顔色一つ変えずにそう言ってのけたのは、流石に歴戦の大貴族といったところか。


「あの小僧が黒幕と関与しているという可能性もゼロではありませぬ。適当な理由をつけて我が国で飼い殺すのが得策だと申し上げます」


 と、ヘルムートはリオの危険性を仄かに示す。

 それはフィリップ三世も懸念していたことであった。


「ふむ。そなたの忠心に感謝を。あの孤児が得体のしれぬことは余も理解しておる。ゆえにその扱いについては頭を悩ませておった。騎士爵を与えようとも思ったが、七歳では流石に、な……」


 リオを騎士に取り立てるという言葉を聞いてヘルムートは思わず驚きの表情を浮かべた。


僭越せんえつですが、七歳の小僧に騎士爵は破格の待遇にすぎると存じます。騎士ともなれば相応の教養も求められます」

「わかっておる。結局、成人となる十二歳までの間は教養をつけさせるという名目で王立学院に特待生として入学させるつもりだ。その後どうなるかはあの孤児次第だがな」

「それならばまぁ……妥当な線かと。学院の講師を使えば管理もしやすいでしょう」

「ああ」


 リオと呼ばれる特異な孤児の存在を頭の中に思い浮かべながら、フィリップ三世は今回の件の複雑さに頭を悩ませる。

 フィリップ三世も今回の件が十中八九ヘルムートの力を削ぐことを狙いとした勢力の演出であることを察していた。

 宮廷内は、王族が外部の者に易々と誘拐されるほどに、間抜けな警護が敷かれているわけではないのだ。

 しかし、いかんせんヘルムートに宿敵が多すぎるために、その黒幕を特定することはできない。

 本当に厄介な男である。


 おそらく黒幕は最初からクリスティーナとフローラに命の危険が及ばないように配慮していたのだろうが、それでも可愛い娘達を利用したことは許せなかった。

 いや、実際には、クリスティーナは軽傷ではあるが怪我を負ってしまった。

 しかし、大切な娘が二人も同時に誘拐されたことに対して怒りを感じていることは確かであるが、それで視点を曇らせるほどに王として耄碌しているわけでもなく、フィリップ三世は冷静に犯人を分析していた。

 とはいえ、ここですぐに次の行動に移すほど黒幕も愚かなことはしないであろう。

 今後、確実に起こるであろう宮廷内の波乱を想像し、フィリップ三世は内心でため息を吐いた。


 ☆★☆★☆★


 翌日、謁見に先立ってリオは身だしなみを整えた。

 無造作に伸びきって口元にまで届きそうだった前髪はバッサリと切られ、幼いながらも整った目鼻立ちを露わにしていた。


 リオの容姿は前世の天川春人のものにそこそこ近かった。

 だが、瓜二つという程ではない。

 あくまでも人種的に日本人の容姿に近いというだけで、せいぜい前世の自分の顔とこの世界の人間族の顔を足して割ったハーフと言ったところだろう。


 この国では珍しい黒髪はエキゾチックな雰囲気もあり、先日の近衛騎士との模擬戦の際とは別人のようになったリオに、現在、謁見の間にいる人物達は感心と好奇の混ざった視線をリオに投げかけている。

 周囲の視線が降り注ぐ中、リオは謁見の間の下段で俯いたまま国王の言葉を待っていた。


 アリアから教わった謁見の際の最低限のマナーは既に頭の中に叩き込み済みである。

 とはいえ、曲がりなりにも一介の孤児風情が謁見のマナーを踏んでいる姿は貴族達から見れば奇異に映った。

 中には鼻についたように不機嫌な顔をする者もいる。

 やがて謁見の間に王族達も集まると、ようやく謁見が開始した。


「リオよ、面を上げよ」

「はっ」


 国王の許可を得たリオが顔を上げる。

 壇上にある玉座には国王であるフィリップ三世が座っており、その一段下には王妃と娘であるクリスティーナとフローラが座っていた。

 クリスティーナとフローラはリオの容姿の変化に驚いているようだ。


「此度はよくぞ娘達を救いだしてくれた。大義であったな。礼を言うぞ」

「恐れ多くもありがたきお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」


 と、深く頭を垂れると、リオは淡々とした口調で言った。


「ほお。なかなか堂に入った振る舞いだな。それはどこで身に着けた?」

「付け焼刃で身に着けた所作にすぎませぬ。王族の方々に不敬があってはいかぬと、昨晩のうちに私にお付けいただいた女官の方に教えを乞いました」


 その言葉を聞いてフィリップ三世は感心した表情を浮かべた。


「なるほど。殊勝な心がけだ。とても七歳の孤児であったとは思えぬ。そなたがどのようにして育ったのか興味があるな」


 フィリップ三世の目がスッと細くなり、探るような目つきでリオを見つめた。

 内心で溜息と悪態を吐きつつも、リオは笑みを浮かべたまま畏まった様子を見せた。


「はっ。私はこの王都で生まれこの王都で育ちました」

「ほう。我がベルトラム王国、それも王都の出であったか。そなたの両親の話を聞いてもよいか?」


 他国の間者か何かと一部で疑われていたリオだったが、自国の出身だったと聞いて、フィリップ三世の目に好奇の色が浮かんだ。

 もちろんその言葉をそのまま鵜呑うのみして信じるわけではない。

 どのような話が聞けるものかと、フィリップ三世はリオの両親について尋ねた。


「はい。父と母は国をまたいで旅をする冒険者だったと聞いております。旅の途中で私を出産することとなりこの国に定住することを決めたそうですが、父は依頼の最中に死に、母は私が五歳の時に亡くなりました。それ以降はその……一人でスラムにて暮らしておりました」


 母親の死に際を思い出し、リオは僅かに顔を顰めた。

 フィリップ三世はリオの過去に何かがあったのだろうことを察する。


「それは何とも……。辛いことを聞いたな。髪の色からして東の国の出身かと思ったが、そなたの両親がそうであったのだろうな」

「はっ。場所はわかりませぬが、父と母はヤグモの出身だと聞いております」

「ほう。ヤグモとな。東の最果てにある地方だか国の名ではないか。それはまたずいぶんと遠いところから来たのだのう」

「はい。いずれはその地へ赴くのが私の目標でございます」

「む、そうか。ところでな、娘達を二人も助けてもらったのだ。そなたに恩賞を与えようと思っておるのだが――」


 いったん言葉を切って、フィリップ三世がリオを見据える。


「どうじゃ、我が国の王立学院初等科に特待生として入学することを認めよう。そなたが望むのであればその後の働き口も優遇するぞ。成績が良いようであれば中等科への進学も支援しよう」


 と、褒賞の内容を口にした。

 この世界の教育を受けることができるというのなら、リオにとっては願ってもない幸運ではあった。

 とはいえ、この国の文明水準からしておそらく通うのは富裕層が中心となるだろう。

 そんな場所に貧民層の代表であるリオが行けば厄介なことになりそうでもある。

 だが、こうした場で王から与えられた褒賞を無意味に拒否するということは不敬に当たりかねない

 だから、何らかの理由か覚悟でもない限り断りようもないと、ここに来る前にアリアから教わっている。


「ありがたき幸せ。身に余る光栄ではありますが、お言葉に甘えさせていただきたいと存じます」


 瞬時に損得を計算したリオは国王の褒美を受け入れることとした。


 ちなみに、ベルトラム王立学院は国中から富裕層の子弟が集い通う唯一の国営教育機関である。

 生徒は貴族の子弟がメインであるが、中には貴族よりも金を持っている豪商の子弟もいる。

 学院には地方から通う子弟のために寮も完備されている。

 教育年数は初等科が六年、中等科が三年、高等科が二年となっており、初等科は六歳以上、中等科は十二歳以上、高等科は十五歳以上であれば試験を受ける資格を得ることができる。

 七歳であるリオも試験を受ける資格は保有しているが、国王の推薦により特待生として無試験により学費免除で入学することとなったというわけである。


 今は年度途中なのでリオは中途入学することになる。

 王族以外で特待生として入学が認められたのは、千年近い歴史を誇るベルトラム王国史上でもほぼなく、極めて異例の事態である。

 そのことに謁見の間にいた貴族たちは驚きの声を上げるが、その場でフィリップ三世の裁定に逆らう者が出るわけでもなく、リオの王立学院入学は確定事項として決定された。


 なお、王国の教育水準は日本と比べると恐ろしく低い。

 まず人口の九割以上を占める平民は一部の富裕層を除いて文字や数字を読むことすらできない。

 平均的な下級貴族もせいぜいが小学校低学年程度の教養を有しているにすぎない。


 国の唯一の教育機関である王立学院を卒業した者は、小学校高学年程度の教養を身につけることはできるが、王立学院は慈善事業ではない。

 初等科の入学にあたっては魔金貨が一枚必要となり、年間の授業料も金貨が十枚必要となる。

 つまり入学から卒業までの間に魔金貨が二枚と金貨が十枚も必要となるのだ。

 そんな大金を支払える者は豪商といった富裕層の子弟、有力な下級貴族、それか上級貴族くらいだ。

 さらに、リオには金貨四十枚の褒賞が与えられ、それとは別に王立学院の初等科を卒業するまでの間に一年ごとに金貨十枚の奨学金も与えられることとなった。

 ちなみに金貨四十枚というのは下級貴族の年収程度である。


 そして、数日後、リオは王立学院へ入学する。

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