第1話 前世
コミック版「精霊幻想記」から作品に入ってくださる方をはじめ、新規読者の皆様から「書籍版とWeb版どっちから先に読めばいいの?」とのご質問が多いので、最初に下記の通り説明いたします。こちらのご質問に興味がない方は説明を読み飛ばして下の本編へ進んでください。
記
まず、小説版「精霊幻想記」にはWeb版と書籍版の2種類がございます(登場人物は同じですが、Web版をリメイクして書籍版を執筆している関係上、それぞれ大きく異なる展開を経て物語が進んでいきます(書籍版の方が後々のストレス要素がマイルドであり、戦闘要素や主人公の活躍もだいぶ多いです)。
なお、コミック版「精霊幻想記」の土台となっているのは書籍版のストーリーでして、コミック版をご覧になった後に小説もご覧になる場合は、書籍版から先にご覧になった方が違和感は少ないはずです(コミック版で発生しているイベントがWeb版では発生していないぞ?とか、コミック版とWeb版小説とで展開が違うぞ?とか思うことが少ないはずなので)。
なので、上述の事情を踏まえた上で、Web版と書籍版のどちらから先にご覧になるかお決めいただけると幸甚です(2018年4月現在、書籍版「精霊幻想記」は10巻まで発売されておりまして、おかげ様でたくさんの方々からご好評いただき、「このライトノベルがすごい! 2018」の読者投票でも総合4位にランクインしました)。
説明は以上です。
季節は夏。
透き通るような青空には
地面に敷き詰められたアスファルトからは、空気をも溶かすような熱気を
そんな悪環境の中、春人は、どこか冷めた表情を浮かべて、自らが通う大学のキャンパスへと続く緩い坂道を歩いていた。
道中、春人を発見し、近くを歩いていた女子大生のグループが密かに黄色い声を上げる。
近寄りがたい雰囲気はあるが、春人は背が高く、見た目も端麗である。
また、古武術で鍛えていることから、体格も良い。
それゆえ、春人は大学に通う異性達からちょっとした有名人であった。
とはいえ、春人はそういった噂には一切興味はなかった。
別に男色家というわけではない。
だが、生まれて二十年以上、春人に彼女がいたことはない。
春人には一人の想い人がいる。
その人物は春人の幼馴染だ。
だが、その想いが実ることはない。
憧れた彼女は春人の手が届く場所から消え去ってしまったのだ。
春人の幼馴染が失踪したのはもう五年も前のことである。
そして、春人が幼馴染と最後に話したのは十三年も前のことだ。
春人が彼女と出会ったのは物心がつく前であったからか、彼女のことを好きになるのに時間はかからなかった。
毎日のように彼女と一緒に遊んで、気がつけば彼女のことを好きになっていたのだから、当たり前だ。
だが、幼くして春人の両親が離婚することとなり、春人は田舎にある父親の実家へと連れて行かれることになった。
その時、二人はある約束をする。
いつか出会えた日に二人は結婚する、と。
何の拘束力もない、幼い日の淡く儚い約束だ。
それから、春人は、少女と結婚する将来を夢見て、一生懸命に努力することを誓った。
努力すれば願いは叶うのだと、何の根拠もなく信じて、勉学に励み、農業や家事など家の手伝いをし、祖父からは道場で古武術を習った。
会いたい。
彼女に会うためなら立ち止まってなどいられない。
何でもいいから努力して、成長すればするだけ再会の時は早まるんだと、春人は本気でそう信じていた。
努力し続ける春人の想いが親に届いたのか、春人は幼馴染が住む近くにある有名な高校へと進学することを父から認められた。
その高校で春人は衝撃的な再会を果たすことになる。
偶然、幼馴染の彼女も同じ高校に進学していたのだ。
どくん、と心臓が高鳴るのを、その時の春人は感じた。
間違いなく彼女だった。
大きくなっても見間違えるはずはなかった。
遠く、だけど、とっても身近で、ずっと大切な人だったのだから。
小顔に整った目鼻立ち。
雪化粧をしたかのような白い肌。
小柄だがバランスの良い体型をしており、お淑やかで清楚な雰囲気を持っている。
そんな絵にかいたような美少女だった。
春人は彼女と再会できた運命に歓喜した。
そして、同時に、運命を呪った。
彼女の隣には春人の知らない男がいたのだ。
春人は怖くなった。
もしかしたら二人は付き合っているのではないだろうか、
そう考えると、自分から彼女に声をかけることはできなかった。
そして、そんな風に悩んでいるうちに、春人の幼馴染は失踪してしまった。
それ以来、春人は後悔し続けてきた。
いなくなって初めて、ようやく春人は自らの犯した過ちに気づいたのだ。
心が砕けそうだった。
声にならない悲痛な叫びが身体中に響いた。
けど、諦められない。
諦めきれなかった。
諦めきれるはずがなかった。
まだ自らの想いすら告げていないのだから。
東京に来れば彼女に会えるのではないかと漠然と淡い希望を抱き、地元を出て東京の大学に進学した春人。
だが、いまだに彼女の消息は掴めないままだ。
東京へ来て三年目。
最愛の幼馴染のことを忘れることができた日はない。
幼馴染が失踪した事件については警察も捜査に乗り出したが、真相は謎に包まれたままである。
大学で講義を終えた春人が家の近くまでバスに乗って帰る。
夕方になる前の時間帯はバスに乗る人間も少なく、現在、車内にいる乗客は春人を含めて三人しかいない。
静寂に包まれる車内。
春人は、バスに揺られながら、流れる景色を見つめていく。
その時、突如、バスに大きな揺れが走った。
舞い上がる浮遊感、全身に襲い掛かる大きな衝撃、春人の意識は一瞬で真っ暗になりかけた。
『…………て……』
完全に意識を失う間際の最後の瞬間、美しい声が、自分の知らない言葉で、春人の脳内に響いた気がした。
「次のニュースです。本日、午後三時三十五分、東京都○○区の路上にてバスと中型トラックがぶつかる交通事故が発生しました。この事故でバスに乗っていた乗客三名が死亡、トラックとバスの運転手は重傷を負ったものの一命を取り留めました」