大県神社の梅まつりが始まります。植付けてからまだ5年程なので、豪華さはありませんが、約240本の枝垂れ梅が、紅白の花で愛らしさを競うそうです。3月初めが見頃とのことでした。
大県神社は大変古く、しかも由緒あるお宮です。今から千年以上も昔に編纂された延喜式(本シリーズ2でも触れました)と言う書物の中に出てきます。
尾張の国丹羽郡の社、「大一座、小二十一座」がのっており、その「大一座」が大県神社です。他の二十一の社より、格が一段高いことを示しています。
また、平安時代には尾張の国の「二の宮」として「一の宮」である真清田神社につぐ社格を与えられています。ついでですが、「三の宮」は熱田神宮です。
大県神社の祭神については色々な説がありますが、本宮山の麓を開墾し、西の方木曽川流域の村々をまとめ、最初に邇波県を支配した県主である大荒田命と考えるのが妥当のようです。
ここから3.5㎞程西の方に青塚古墳があります。「王塚」とも呼ばれていたようです。愛知県では名古屋の断夫山古墳につぐ二番目に大きな古墳です。四世紀中頃の古墳で、埋葬されている主は大荒田命ではないかと考えられています。
話は縄文時代の末期にさかのぼります。水田で稲を作る稲作文化を持った人たちが西の方からやって来て、濃尾平野に達します。しかしここまでやって来た稲作文化の東進は東部の山地に妨げられて、この地で二百年程ストップします。
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納豆の消費量
出典:福田アジオ、「番と衆」(1997年)
発行:吉川弘文館 |