OVERLORD -the gold in the darkness-   作:裁縫箱

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 ハーメルンでは初投稿です。よろしくお願いします。




1、教師と生徒

 リ・エスティーゼ王国王都、ヴァランシア宮殿の一室。開け放たれた窓から、彼は静かに眼下の夜の街を見渡していた。

 右手を桟に置き、白色の髪を室内の明かりが照らしている。

 

 面白みのない街だと、彼は思った。数十年という歳月、特に変化もなくただ流れてく時を貪る、生産性のない街。他種族という害虫から守られ、丁寧に育てられた結果、過剰な栄養により腐りかけ、今にも地に落ちようとしている、王国という果実の象徴のような街だ。

 

(法国も分かってないな~。君たちが育てているのは植物じゃないんだ。外的な要因によって出来が決まるのはあくまでも表面的なもの。本当に人間という種族を鍛えたいんだったら、全ての人間に等しく恐怖を与えないと。今のように、外の世界を知らず呆けて暮らしていくようだったら、このまま人間は滅びるよ。近いうちに、尊厳も文化も組織も、全てを失って、この大陸の歴史から人という種族は抹消される。)

 

 そんな未来を想像して、フフッと含み笑いをした彼に、後ろから声がかかる。

「何か面白いものでもありましたか。先生。」

 可愛らしい少女の声だ。

 身にまとっているローブを翻して、彼は窓から体を離した。

 

「いーや、何もなかったよ、ラナー。」 

 彼の声の先には、椅子に座ってこちらを見ている少女がいた。年のころは十代前半といったところだろう。金色の髪に、彼と同じ碧色の目。色白の肌。王国のみならず、周辺諸国にその美貌を広く知られた「黄金」の呼び名を持つ姫だ。

 

 彼女は、その細い眉を寄せてテーブルの上にカップを置いた。

「あら、それは残念です。先生が面白いと思えるような話でしたら、私も楽しめるのですけれど。」

 本心から残念がっているような声色だ。いや、おそらくは本心からなのだろう。しかし、彼女の演技力を考えると、どこまでが本気かは彼をもってしても判別しづらい。

 演技力が上がっているなと思い、警戒を強めながら彼は少女の対面の席に座る。彼が先ほどまで座っていた椅子だ。

 

「残念だったね。それで、君の課題は終わったのかな。」

 ラナーの手元にある無数の紙に視線を移す。そこには、王国語ではない別の言語で、びっしりと何事かが書き込まれていた。それを揃えてラナーは彼に手渡してくる。

「ばっちりです。今回も取り組みがいのある内容ではありましたけど、もう少し量があっても良かったですね。」

 紙束を受け取りながら彼は苦笑した。

「ハハッ。アルベドに伝えとくよ。」

 ラナーの方も花が咲くような微笑を浮かべる。

「はい。よろしくお願いします。・・・ところで、先生はその内容、どう思われますか。」

 付け足された質問に応えるべく、彼は手元の紙束に目を落とす。

 本来なら相当の時間を掛けなければ理解できないような量と質だったが、彼の種族からすると、大した事ではない。

 三秒ほどで全ての文に目を通し終えた彼は、顔を上げて質問に答える。

「いい内容だと思うよ。少なくとも、アルベドが考え出した案にはない斬新さがあるね。」

 感想のような答え方だ。不満に思ったらしく、ラナーが頬を膨らませて抗議する。

「もうっ。毎回言ってますけど、もう少し具体的に意見を言ってください。いつもいつも機嫌を取るような口ぶりで、私怒ってるんですからね。」

 その様子に年相応の幼さを感じて、彼はほほえましく思った。

「いや悪いとは思ってるよ。でも、ここで何か言って期待させるのも良くないから、僕の意見はあまり気にしないで欲しいな。」

 

 ラナーの意見書は、このまま彼からアルベドの手に渡り、そこでデミウルゴスや、場合によっては他の守護者などを含めての議論の末、その是非を決められる。今までのケースでは、たいていが他の案との折衷案となり、彼女の意見をそのまま採用したことはない。ラナーにとってさらに悔しいことに、相手の意見も、彼女の意見に匹敵する価値を含んでおり、それを認めざるを得ないことだ。

 ただの人間の意見に、ナザリックの知恵者たちが耳を貸すというのは、異例のことではあるが、彼女にとってそれは慰めにはならないらしい。

 

「う~んんん。」

 なおも仏頂面でこちらを睨んでくるラナーに根負けし、彼は少しだけ言葉を続ける。

「まあ、そうだね。じゃあ、少しだけ。コホンッ。今回の問題は種族ごとに何を食べるのかが異なるというところから出発している。種族が違えば、当然味覚も違うわけだから、仕方がないともいえるね。ただ、それではすまない事態が起きた。解説をお願いしようかな。」

 なおも不満そうだったが、構わず彼はラナーにボールを投げる。

 

「・・・はい。先生の主導により、多くの種族が一つの国に納められました。その結果、今までは敵同士だったからまだ救われたものの、今度は味方同士で互いを食料として見てしまうという問題が発生してしまったのです。これには、将来的に、統一された多くの国々が再び分裂してしまう危険性を含んでいます。」

 ラナーの説明に彼は頷く。

 

「そう、困った問題だ。しかし、僕は国が分裂してしまうこと自体は、大した問題ではないと考えている。それぞれがまだ自由に己の意見を持ち、それを実行するだけの力があるということなのだから。本当にまずいのは、その体制に不満があるにもかかわらず、それを押し殺させ、無理やりにも一つの国の中に押しとどめることだ。そうなれば、多くの思想が磨り潰され、最終的にとてもつまらない世界になってしまう。一つにまとまった世界なんて、想像するだけで嫌になるよ。」

「はい。それは理解できますが。」

 ラナーは小首をかしげながら此方を見た。彼の目指している世界については、これまでにも幾度か話しているので何を今更といった様子だ。・・・本当にそう思っているかは別として。

 やりづらさを感じながらも彼は話を続ける。

「それと同じだよ。君の視点は僕にとってとても有意義なものなんだ。君は僕の配下たち大半のように異形種ではないし、彼らのように強くもない。それでいてとても賢い。だから君は自分の価値に自信をもって、気兼ねなく僕に意見を言ってほしいんだ。僕の周りに、君のような人間は他にいないからね。だから自信を持って。」

 

 本心から言った言葉だったが、まだラナーは疑わし気な様子だ。顔を横に向けてツンとすまし顔をしている。

「・・・・分かりました。今回はこれくらいで引き下がってあげます。でも、次も同じような態度でしたら、此方にも考えがありますから。覚悟なさってください。」

 

 強気な台詞だが、頬が若干赤くなっているのは、照明のせいではないだろう。教え子の意地っ張りな態度にやれやれと思いながら、彼はそのことには突っ込まないで置いた。さらなる口論に発展すると、厄介なことになるのは目に見えている。

 

「ふふ。ああ、次来るときは、気を引き締めておくよ。さて、用も済んだし、僕はこれでお暇しよう。あまり長いこと彼に眠ってもらうのも気の毒だからね。精神操作というのも万能ではないし、後遺症が残ってしまっては、僕も寝覚めが悪い。」

 紙束をもって椅子から立ち上がった彼の視線の先には、ソファーに仰向けになって寝ている、一人の少年がいた。口を半開きにして、目は虚ろに、ここではないどこかを見ている。身に着けている鎧に体格が合っているとは思えず、せいぜいラナーと同じか少し上くらいの年齢だろう。

 

 少年を見て何か思い出したのか。彼は部屋を出ようと発動させようとしていた魔法の行使を止め、ラナーを振り返った。彼女もまた、彼を見送るためか席を立っている。

「・・・そういえば、彼の鎧はまだ新しくしなくていいのかい。以前君が用意すると言っていたけれど。確か、ミスリル製の品が欲しいと言っていたっけ。もしよければ、僕が準備させることもできるよ。」

 本当ならば、ミスリルどころかそれを遥かに凌駕する逸品でも、簡単に用意できるのだが、この世界の技術レベルからして妥当なものでいうと、その辺が限度だろう。ただの全身鎧でも、下級の冒険者には決して手に入らない代物なのだから。

 そういう点で言うと、いくら王族の護衛とはいえ、まだ十代の少年が鉄製の全身鎧を身に着けているのは異常ではあるが、そこらへんはもう彼の感覚のずれというしかない。

 

 それらも含めて彼という存在を理解している少女は、静かにほほ笑んだ。

「いいえ。先生の手を借りるには及びませんわ。もう少し時間をかけようと思っているんです。クライムの努力に最も報いるタイミングであり、私が最も効率的にミスリルを手に入れられるタイミングは、まだ先のようですから。」

 慈しむような瞳で少年を見つめるラナー。それは、常人には、姫と騎士の尊い信頼関係に映る光景だ。しかし、彼は常人ではない。よって彼の眼には、無垢な少年を、悍ましい毒蛇が絡めようとしている光景が見えた。人並外れた精神性を持つ彼にとっても、少し怖気が走るような、そんな一場面だ。

 

(まったく。悪意がないところが君の恐ろしいところだよ、ラナー。)

 かつて彼がラナーに与えた課題である人心掌握。その進捗が順調であることを改めて認識した彼は、面白そうに口元を歪ませる。

 

「ならいいよ。僕の方では、変わらず君を援助する用意があると、言っておくけどね。」

 これは投資だ。いずれ成長した少女が自分に貢献する日が来るときのための。彼としては、こういった彼の態度のすべてを、少女が学習して自分のものにすることを望んで、人心掌握という課題を、僅か7歳の少女に与えたのだ。

 

「はい、先生。それでは、また会える日を楽しみにしております。」

 そして、そういった意図に気づいていながら、少女は彼を敬愛している。何一つとして己という存在を理解してくれなかった世界の中で、ただ一人だけ、自分を見てくれた存在に、彼女は恋をしてさえいる。願わくば、いつか彼が一人の女として己を見てくれる時を夢見ながら。

 

「ああ、次もまた、事前に連絡を入れるからそのつもりで。」

 丁寧に頭を下げた教え子の姿を見たのを最後に、彼は室内から姿を消した。

 

 

 

 彼の姿が消えたのを見送り、少女は、ソファーに横たわる少年のもとへと駆け寄る。

 魔法が解除された結果、少年の意識が戻り、目の焦点がゆっくりと合いだしていた。

 彼からすると、尊敬している王女の警護に付いていたところから、突然意識が途絶えているはずだ。この状況に、違和感を覚えているだろう。

 そんな少年の疑念を溶かすべく、少女は声をかけた。

 

「クライム!目を覚ましたのね。ああ、本当に良かった。心配したのよ。大丈夫?何か体でおかしなところはない?」

 矢継ぎ早な質問で相手の混乱を煽り、同時に顔に浮かべた悲痛ともいえる心配げな表情で、庇護欲を刺激する。そうすることで相手は、すぐさまこの状況を解決しようと、最もありえそうで、かつ、最も短絡的な発想に行きつくはずだ。それが真実とはほど遠くても、焦っている思考がその可能性を塗りつぶす。

 

 少女の狙い通り、少年の瞳に理解の色が映った。

「姫・・さ・ま。私は、気を失っていたのですか?」

 

 未だ強張りが解けない体で、必死に言葉を紡ぐ少年に内心ほくそ笑みながら、少女は演技を続ける。

「そうよ。いきなり倒れるんだもの。心配したんですから。幸い、後ろにソファーがあったからまだよかったけれど、そうじゃなかったら大変だったわ。」

 

 この発言で、少年の中ではこんな筋書きが生まれたのだろう。曰く、自分は過酷な訓練や日頃の気苦労から知らず知らずのうちに疲労が蓄積し、王女の警護という最も重要なタイミングで気絶するという不手際をやらかした、と。

 

 少年の顔色に深い罪悪感と後悔が浮かぶ。

「申し訳ありません、姫様。この失態、いかなる罰でも甘んじて受け入れる所存です。」

 急いでソファーから身を起こそうとする少年を、少女は手で押しとどめながら、テーブルからとってきた自分のカップを差し出した。

「駄目よ。ほら、これを飲んでしばらく寝ていて。普段クライムは頑張ってるんだから、こんな時くらい休まないと。」

「しかしっ。それでは護衛として。」

 なおも言い募る少年の口にカップを押し付けて反論を封じると、少女は表情に影を落とした。

「だって、クライムが倒れたのは私のせいですから。あなたが大変な立場にあることは分かっていても、力のない私では、あなたを守ってやれない。一番近くにいたのに、クライムがそんなに疲れていることにも気づいてあげられなかった。だからせめてこれくらいはしてあげなきゃって。」

「・・・姫様。」

 言葉を失った少年を見て、ラナーはまた一つ布石を打てたことを確認した。

 

 思いつめた表情でソファーに横になっている少年の世話をしながら、ラナーは自らの師がなぜああいった行動をとったのかについて考察する。

 以前より、彼とラナーの密会時には、護衛についている少年の意識を失わせたうえで記憶を操作し、対応してきた。この世の理を超越している師にとっては、都合の悪い事実をなかったことにする程度簡単なことだ。そのため、少年は自分が気を失っていたという認識すら消され、何事もなく日常を送れていた。

 しかし今回、師は少年の意識を断っただけで、記憶の修正は行わずに去っていった。そのままであれば、少々厄介なことになると分かっているのにも関わらず。

 なぜ、慎重な師がそんなリスクのある事を行ったのか?

 

 その問いに対する答えは既に出ている。・・・出ていると思いたい。

 勿論、自らを凌駕する知性を持つ師のことだ。自分の考えが絶対に正しいなどと、思い込むことはできない。

 しかし、彼に対する思慕の念が、その答えを信じたがっていた。

(私も少しは、先生に認められてきたのでしょうか。そうであれば、こんなに嬉しいことはないですが。) 

 ラナーであれば、問題なく事態を解決してくれる。そう、師が思ったのだろうか?もしかしたら、彼に言った文句に応えてくれたのだろうか?

 これは彼女の憶測にすぎない。根拠など、本当に何もないのだ。

 だが、ラナーはそう思うことで感じられる幸せを噛み締めるために、そういった不都合な事実からほんの少しの間だけ目を逸らす。それが、不幸を生みかねないことを理解していながら。

(本当にひどい人です。論理的に考える事の重要性を解いておきながら、人の感情というもので私を惑わすなんて。)

 

 

 

::::::

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、一人の少女がいる。

 

 彼女は、一人だった。

 

 名前はある。

 家族もいる。

 彼女を世話する従者もいる。

 

 しかし、彼女は一人だった。

 

 誰も彼女を理解できず、彼女も周りを理解できなかった。

 

 あらゆる言葉が、態度が、行動が、互いの間ですれ違い、無に帰した。

 

 どれだけ言葉を尽くしても、互いを理解できることはなかった。

 

 その虚ろな期間が数年たち、彼女は己を疑った。

 

 なぜ自分は、みんなと同じでないのだろうか、と。

 

 なぜ自分は、みんなに通じる言葉をしゃべれないのだ、と。

 

 なぜ自分は、みんなに理解されないのだろう、と。

 

 無数の疑問が、彼女という存在を傷つけた。

 

 無数の疑問が、彼女を恐怖へと追いやった。

 

 そしてその疑問は、やがて自分を除く世界に向けられる、・・・筈だった。

 

 己の心を守るために、常人には理解できない趣向に走った哀れな怪物が生まれる、・・・筈だった。

 

 しかし、未来は覆される。

 

 誰も理解できなかった彼女に、正しく手を伸ばした異形の王の存在により。

 

 

 

 

 

 

 初め、彼女はいつもと同じようにその手を恐怖した。

 

 どうせ今回も、また失望させられるだけだと。

 

 だが、失望するときは、終ぞ来なかった。

 

 恐怖は疑いに。

 疑いは困惑に。

 困惑は期待に。

 期待は信頼に。

 信頼は恋に。

 

 それだけの年月を過ごし、彼女はようやく自分という存在の価値を見つけた。

 

 自分という存在を、世界から取り残された異物ではなく、あらゆる存在と同じように、世界の一部だということを、彼女は知った。

 

 そして自分を見せてくれた手の主に、自分が為せるだけのことを返したいと思った。

 

 

 

 

 

 

 これは、不死の王の物語ではない。

 

 不死の王の配下たちの物語でもない。

 

 不死の王に抗う人々の物語でもない。

 

 

 

 これは、異形の王と、その王を見つめる少女の、物語だ。

 




 正直言って、オーバーロードの二次小説ではあまりやらないことをしたと思っています。何か、禁忌的なことに触れてしまったような、そんな気分です。

 批評、感想ありましたらどしどし下さい。

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