悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:アンニュイな千鳥足
前半で2失点。
さらには不動の卑劣な策によって、雷門イレブンの表情に影が差していた。
「ぐっ……!」
「円堂、大丈夫か?」
なえのシュートを受け、倒れていた円堂を土門が引っ張って起き上がらせる。
彼はボロボロな彼を見て、申し訳なさげな顔をしていた。
「すまねえな円堂。なえを止められなかった」
「気にするなって。取られたら取り返せばいいんだ」
「そりゃそうだけどよ……」
バツが悪そうに土門を頭をかく。
いつもは励みになるはずの円堂の言葉も、この状況では効果は薄い。雷門イレブンはほぼ全員が俯いていた。
「佐久間にシュートを撃たせるなってのはいいんだけどさ……」
「シュートが撃てなきゃ勝てない……」
「これじゃあ試合にならないでヤンス!」
それぞれが苦言を吐露する中、なんとかこの状況を改善しようと鬼道はその原因となっている二人に訴えた。
「目を覚ませ佐久間、源田! 自分の身体を犠牲にした勝利に、なんの価値がある!?」
「ハァッ、ハァッ……わかってないのはお前だよ、鬼道ぉ……!」
「勝利にこそ価値があるっ! 俺たちは勝つ! どんな犠牲を払ってでも!」
しかしその言葉が彼らに届くことはない。
心臓が口から飛び出てきそうなほど荒く息を吐きながらも、二人は勝利という呪いに取り憑かれていた。
その異常な光景を見て、小暮は無意識に後ずさる。
「な、なんなんだよこいつら……っ。サッカーにそこまで命賭けるなんて……」
「違うね。サッカーだからこそ、命を賭けるんだよ」
小暮の口からこぼれ出た言葉を、拾ったなえが否定した。
サッカーについて語るその顔は、試合前には感じられなかったほど生き生きしている。
「さあ、戦おう雷門イレブン。命をチップに、このデスゲームを楽しもうよ!」
『
その顔は残酷なほど、美しかった。
♦︎
キックオフ後、染岡が駆け出す。
それと同時に、私は右足に青い光を纏わせた。
「スピニングカットV3!」
「なにっ、ぐはぁっ!!」
以前よりも分厚くなった衝撃波の壁に吹き飛ばされて、染岡は走っていた方向とは逆に転がる。
そのとき空中に打ち上がったボールを—–—鬼道君が捉えた。
「お前が最初にそう来ることは読めていた!」
さすが、長い付き合いなだけあるね。
私のスピニングカットが強化されていることも織り込み済みか。
鬼道君は私の頭上を飛び越え、攻め込んでいく。
その先にはミッドフィルダーである不動。
意図せずに、司令塔対司令塔の衝突となる。
「抜かせるかよ! キラースライド改!」
まるでマシンガンのような勢いで連続して蹴りを、スライディングしながら不動は繰り出す。
狙いはボールではなく足。
鬼道君を負傷させるつもりなのだ。
だがその目標は、突如彼の視界から消え失せた。
「イリュージョンボール改!」
ふわりと空中で一回転しながら不動を飛び越し、さらには着地と同時にボールを踏みつける。
するとボールは幻のようにいくつにも分身し、センターディフェンスの目座の目を欺かせた。
その隙に鬼道君は通り抜ける。
鮮やかな二人抜き。
鬼道君の本領は司令塔としての力にあるけど、個人能力も優れている。私や不動以外じゃ対応するのも難しいだろう。
だけど私は、雷門側のコートへ走っていた。
だってそうでしょ。
いくら相手を抜いたって、最終的にはシュートを撃てないんだから意味がない。
「染岡!」
「おうっ! ワイバーン……っ!」
弓を引きしぼるように足を振り上げたところで、染岡の視界に源田の姿が目に入った。
一瞬動揺して、彼は動きを止めてしまう。
その隙を逃す真帝国の選手たちではなかった。
「ホーントレイン!」
「ゴハッ……!」
荒れ狂う猛牛を思わせる、強烈なタックル。
染岡は郷院のその巨体にはねられて、宙を舞った。
「くそっ、どうすればいいんだ! これじゃあ八方塞がりだ!」
全員の声を代弁したかのような、風丸の声が響く。
いやー、やっぱ酷い作戦だわこれ。
だけど、決して
つまりはこの卑怯なことを含めて、サッカーなのだ。
サッカーが許している限り、私はどんな手を使っても試合に勝ってみせる。
ボールはミッドの小鳥遊へ。
佐久間のマークは相変わらずだ。てことで、前々から攻め込んでいた私にボールが来る。
でもそれを読んでいたようで、ボールを受け取る前に、土門が走りこんできていた。
「同じ手を二度もくらうかよ!」
「安心しなよ。飽きないように工夫はしてあるから、さ!」
飛んできたボールをダイレクトでさらにパス。
その先には——酷く表情を歪ませて笑っている、不動がいた。
「ハハッ、くらいやがれ! ——マキシマムサーカス!」
不動が頭上に浮かばせたボールに手をかざすと、ボールはなんとカラフルな色になりながら五つに増えた。
それらを間髪入れずに蹴り込み、五つのシュートは紫色のオーラを纏いながら、最後に融合してゴールへと向かっていく。
「マジン・ザ・ハンド改! ……ぐあっ!」
魔神が出現し、シュートを受け止めようとする。
しかし勢いを消しきれず、ボールはバーに当たって前方に跳ね返ってしまった。
「くっ、ダメージが全然抜けていない……!」
「今だ小鳥遊、比得!」
「ヒーッヒヒ! 行きますよぉ!」
やっぱ笑ってる姿怖いなあの人……。
ピエロのようなペイントを顔に施している比得と小鳥遊が飛び上がり、空中でボールを何十何百と蹴りつけていく。
初期のころからいた雷門のメンバーは、これを見て
ただし、これはその進化版。
その名も——。
『二百列ショットッ!!』
何度も蹴られて蓄積されたエネルギーが、爆発したかのようにボールを推し進めさせる。
円堂君は体の痺れが取れていないのか、必殺技の体制に入れていない。
決まったね。
と思ったところで、大きな影がボールの行く手を遮った。
「ザ・ウォールッ!」
それは雷門ディフェンスの壁山だった。
彼が叫ぶと、巨大な岩でできた壁がその背後に出現。
シュートを防がんと立ち塞がる。
しかし、それじゃああのシュートを止めるには足りない。
二百列ショットは壁を打ち砕き、さらに奥へと進んでいった。
だけど、吹き飛ばされていた壁山は笑っていた。
まるで自分の役割を終えたとばかりに。
「あとは頼んだッス!」
「ああ! 任せておけ!」
彼の背後には、すでに魔神がその腕に力を蓄えていた。
そうか、あれはただの時間稼ぎか。
本日四度目のマジン・ザ・ハンドが放たれる。
ザ・ウォールによって威力が減少していたのもあって、ボールはあっさりと円堂君の手に収まった。
「ハァッ、ハァッ……!」
「まずい、このままじゃ円堂が……」
しかしその代償は大きい。
円堂君は大技を短時間で何回も使用した疲労で、膝をついた。
その足にダラダラと、汗の滝が流れ落ちている。
皇帝ペンギン1号のダメージがまだ残っているのは確認済みだし、果たしてあと何回耐えられることかな?
「円堂をカバーする! いくぞ!」
「待てぇ鬼道! どこへ行くつもりだぁ!!」
鬼道君がボールを持ったとたん、すっごい気迫で佐久間が走ってきた。
うん、勢いはすごいんだけどさ……なんというか、その走り方がどこぞのアニメの奇行種というか、獣というか……。
とにかく気持ち悪い。
超気持ち悪かった。
「っ、佐久間……!」
もはやよだれを垂らし、ゾンビのように佐久間は何度も何度も、執拗にプレスをかけようとする。
だけど悲しいかな。
ダメージを受けた身体じゃ細かい動きはできないらしく、そのまま勢いに流されて彼は転んでしまった。
だから魚みたいにビチビチ跳ねるな!
気色悪い!
「説得しようたって無駄無駄。こいつらは心の底から勝利を望んでいる。勝ちたいと願っているんだ」
「不動……っ!」
ヘラヘラと悪魔のような笑みを浮かべた不動と。
鬼のような形相の鬼道君が、正面から衝突する。
それは高次元の攻防だった。
フェイント、タックル、ドリブル。
なによりも、こいつには負けたくないという気迫。
滲み出る闘気が汗となって、グラウンドに飛び散る。
「なぜだ!? なぜ、あいつらを引き込んだっ!?」
「俺は負けるわけにはいかねえんだよっ!!」
いやQ&Aしっかりやんなよ。
答えになってないよそれ。
「ハァァァァァァッ!!」
「オラァァァァァッ!!」
双方の渾身の蹴りが、ボールを間にぶつかり合う。
ボールはやり場を失ったエネルギーを抑えきれず、光を放ちながら空へと昇っていった。
あれは……必殺技の兆候?
その考えはホイッスルの音によって途切れてしまった。
ハーフタイムだ。
不動と鬼道は互いに睨み合いながら、それぞれのベンチへと戻っていった。
♦︎
ベンチに戻っても、佐久間たちの荒い息は絶えることはなかった。
筋肉が破壊されかけているため、わずかな動作だけでも激痛が走るのだ。
それでも、二人の目に宿っている、濁った光は消えることはなかった。
「おいおいもうへばったのかよ? まだ前半だぜ。しっかりしてくれよぉ?」
「安心しろっ。後半戦も、皇帝ペンギン1号で点を取り……」
「ビーストファングで、どんなシュートも止めてみせる。そして——」
『必ず、勝つっ!』
「そうそう、それでいいんだ」
痛々しげな二人の姿に、雷門イレブンの表情が曇る。
無理もない。
ただ敵が強いというだけなら、いくらでもあった。
だが現在直面している問題は、それとはまた別のものだ。
相手の選手生命がかかっている試合。
そんな中でプレイしていて、普通の中学生が平気でいられるわけがなかった。
「二人のためには、試合を中止した方がいいのかも……」
「っ、そうだな。たしかに試合がなくなれば、禁断の技を使わせずに済む」
「残念ながら、試合中止は認めないわよ」
秋と土門の提案を、瞳子は受け入れなかった。
曰く、この試合にもエイリア学園が関わっている。だから、負けるわけにはいかない、と。
誰もが理屈ではわかっているが、簡単に聞き入れることはできなかった。
そんな中、場違いな拍手が雷門の面々の耳に入った。
「うんうん、私もその意見には賛成だね。せっかくここまでやったんだ。中止するのは野暮ってもんだよ」
「なえ……っ!」
なえは不気味なほど、綺麗な笑みを貼り付けながら、ゆっくりと雷門ベンチへ近づいてくる。
雷門イレブンは、それを聞いて激怒した。
すぐさま、怒りを発散するように食ってかかる。
「お前、わかってるのか!? このままじゃあいつらは!」
「あんた、鬼道と同じ帝国学園の仲間だったんだろ!? それとも、自分の便利な駒に過ぎなかったとでも言うつもり!?」
「まさか。私は帝国も世宇子の選手たちを、どっちも大切な仲間として見ていたよ」
「ならどうして!?」
「だって仕方ないじゃん。これはサッカーなんだもん。戦いで仲間が傷ついちゃうのは当たり前でしょ?」
「なっ、なんだよそれ……!?」
あまりに身勝手で、理不尽な理由。
それを前に、塔子は絶句して何も言い出せなくなってしまう。
「君はサッカーができなくなることの辛さがわかっているのか!?」
その言葉を発したのは、普段は温厚で平和的な一之瀬だった。
しかし、彼は今明らかに、彼女に対して怒っていた。
「俺は、昔事故にあって、サッカーが二度とできないって言われたことがある。それがどんなに悔しくて、辛かったか……っ!」
「それが甘いって言ってるんだよ一之瀬一哉! 足が折れたなら砕け散るまでボールを蹴れ! 心臓病なら破裂するまで走り続けろ! 今お前が生きてるのが、お前の甘さなんだよ! 怪我が理由で全力でプレイしない選手なんて、死んでしまえ!」
突如響いた、雷のような怒声に誰もが目を見開いた。あの鬼道ですらも。
彼女に怒っていた一之瀬も、そのあまりの気迫に怯んでしまう。
突然の豹変。
一之瀬以上に、なえが怒ったところを鬼道は見たことはなかった。
だが、今の彼女はまるで別人だ。
普段貼り付けている笑みは消えていて、ただただ無表情。
それがなによりも、恐ろしく感じられた。
「選手生命? 関係ないね! 私たちはサッカープレイヤーだ! サッカーが目の前にある限り、どんな手を使おうが、命果てるまで全力で! 最後まで! プレイしてやる!」
高らかに、なえはそう宣言してみせた。
今までは、佐久間や不動から感じられるものを、そう呼ぶのだと思っていた。
しかし今の彼女を見て、その溢れ出る薄ら寒いものをなんと呼ぶか、このとき全員が理解する。
狂気。
圧倒的な、狂気。
彼女は純粋に、サッカーに狂っているのだ。
「……試合を続けよう」
「鬼道っ!?」
鬼道の言い出したことに、全員が正気を疑った。
鬼道は佐久間たちを見やりながら、真剣に理由を述べる。
「たしかに、試合を止めれば今の佐久間たちを救うことはできる。だが、それではあいつらはこの先ずっと、影山の影響下に置かれてしまう。そして、いずれまたあの技を使い、二度とサッカーできない身体に……」
勢いよく視線を上にやり、影山がいるであろう場所を睨みつける。
「やはり、この試合で救い出すしかない!」
「……わかった。だけど絶対に、佐久間たちにあの技を出させないようにしよう!」
全員が覚悟を決めた。
円堂を中心に、なえがいるにも関わらず、あれこれと作戦案を出し始める。
「そう、それでいいんだよ」
なえは邪魔になると思い、その場を去ろうとした。
なえが許すのは『サッカー内』での行為であって、作戦の盗聴は彼女のルールに反する。
しかし、真帝国ベンチへ戻っていく彼女を、円堂が引き止めた。
「なえ、やっぱりお前の考えは間違ってる。サッカーのために仲間が犠牲になるなんてことはあっちゃいけない。サッカーは仲間がいなかったらできないんだ! 仲間を蔑ろにするお前に、それを教えてやる!」
「……こりゃ一本取られた。そう言われちゃ、反論できないね」
まるでイタズラが失敗した子供のように、なえは頭をかきあげる。
「だからこそ、あなたは面白いんだよ。円堂君」
それだけ言い残して、今度こそ彼女は去っていく。
その顔には、先ほどまで浮かべていなかった笑顔が貼りついていた。
♦︎『マキシマムサーカス』
オリオンで得た不動さん念願の個人技。
やったね! これで韓国戦でノーマルシュートをバカスカ撃っては全て止められるなんて悲劇は食い止められそうだ!
詳しい描写はネットで調べましょう。