モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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大分遅くなりました。
申し訳ございません。


第17話 救出、モモンガ

ーーーーーーー

共同墓地の奥地にある霊廟。その地下にある神殿をカジット達はアジトとして利用していた。

彼は自分が長年計画していた儀式…『死の螺旋』が現在のところ上手く進んでいることにほくそ笑んでいた。

 

 

「ククク…負のエネルギーがどんどん溜まってくるわ。これならば…私の目的も達成出来るだろう。」

 

 

カジットが企んでいた儀式…『死の凱旋』とは、かつてズーラーノーンの盟主が行ったとされる魔法儀式である。

アンデッドが密集する場所には負のエネルギーが蓄積し、より強いアンデッドが生まれる傾向にある。強いアンデッドが生まれればそこへ更に強いアンデッドが生まれる。このように螺旋を描くかの如く強いアンデッドが無限に生まれ続けてくる現象から『死の螺旋』と呼ばれるようになった。

 

盟主はこの死の螺旋を実行したことによって、小規模ながら1つの都市をアンデッドが跋扈する悍しい死都へと変えたのだ。

 

カジットはかつて盟主が行ったこの儀式を自らの手で行おうとしていた。だが、彼の目的はエ・ランテルの死都に変えることではなく、それは目的を果たすための単なる通過点に過ぎない。

 

カジットは地下神殿最奥へ辿り着くとそこにいる人物へ目を向けた。

 

 

「……死の螺旋は順調だ。これでお前の望みも叶うだろう。」

 

 

そこにいたのは積まれた瓦礫の上に座っているクレマンティーヌがいた。しかし、その顔は何処か不快感が滲み出ていた。

 

 

「ふーん、まぁ上手く行ってるならいいよ。」

 

「どうした。やけに不機嫌そうじゃないか?あの小僧が意識を失う前に楽しんだんじゃなかったのか?」

 

 

カジットの言葉に彼女は舌打ちをした。

 

 

「ぜーんぜん。満足するどころか逆に欲求不満が溜まったよ。唯一良かったのは痛め付けた時の悲鳴だけ。でも、ぜーんぜん足りないし、その前にカジッちゃん達の準備が終わっちゃったからさー。」

 

「なるほど、それでか。」

 

「っにしてもカワイソーだねあの子。アレじゃあ結婚なんて無理じゃないかなー?使いモンになんないよアレ。ま、最期に私みたいな美人でイイ思いしたんだから満足かなー?私はぜーんぜんだけど。あーあー、これならその辺の孤児相手にしてた方がマシだったよ。」

 

 

儀式を始める前に彼女がンフィーレアと何をしていたのかを知っていたカジットだったが、ちゃんと彼は生きてはいたし儀式の道具として問題無く機能しているため特に文句はない。寧ろ、全然満足するどころか欲求不満が更に膨れ上がった彼女が下手なことをしないかが心配だった。

 

だが、今も彼は問題無く生きている為、それは杞憂と受け止めた。

 

 

「楽しませろと言ったのはお前の方だ。私のせいにはするなよ。」

 

「チッ…クソが。分かってますーー」

 

「なら良い。くれぐれも馬鹿な真似は………なに?」

 

「ん?どしたのー?」

 

 

カジットは弟子からの《伝言》を受けていた。そして、その顔が不快に歪ませる。その顔を見るや何やら面白そうにクレマンティーヌの口角が吊り上がっていく。

 

 

「どうやらアンデッドの大群を切り抜けて此方に向かって来る冒険者がいるらしい。数は1人で全身が漆黒の全身鎧を纏ったヤツだ。」

 

「あーー、アイツね。」

 

 

その人物の特徴にはクレマンティーヌもピンときていた。見た目だけなら一級の戦士を思わせるあの男……ンフィーレアが雇った護衛の冒険者の内の1人にソイツはいた。あの風貌なら誰しもそう簡単に忘れる事ばできない。そいつが1人で此処へ向かって来る目的はンフィーレアの救出と見て間違いないだろう。

 

クレマンティーヌは三日月様に目を歪めせた笑みを浮かべた。あの男ならこの欲求を満たしてくれるかもしれない。勿論、嬲り殺すという意味でだ。

 

 

「へーー、ちょっとは期待できそうかなー?」

 

 

一方でカジットは少し焦っていた。

 

 

「十分な強さを持つアンデッドは生まれていないとは言え、あれほどの大群を1人で切り抜けて来るか……油断出来んな。おい、クレマンティーヌ。」

 

「分かってるよー」

 

 

クレマンティーヌは立ち上がるとニヤニヤと笑いながら地上に向かう為、その場を後にした。彼女の楽観的な態度は一々気に入らないが、その実力は本物である為、頼らざるを得ない。

 

 

(死の螺旋を邪魔させるわけにはいかん)

 

 

そう言うと彼は懐から黒い鉄の様な輝きを持つ無骨な珠を取り出した。それは妖しい光を纏うと彼はニヤリと笑った。

 

ーーーーーーー

共同墓地半ば辺りでモモンガは湯水の如く湧き出て来るアンデッドの大群を、その両手に持つ2本のグレートソードで斬り伏せ続けていた。

 

 

「よっ、と」

 

 

更に薙ぎ払いの横一閃で動死体(ゾンビ)を斬り伏せると、改めて周囲を見渡した。

 

 

「大した強さじゃないにしても、これだけの数のアンデッドを相手にするのは精神的に疲れるなぁ。」

 

 

やれやれとモモンガは溜息を吐く。

 

彼が冒険者モモンガとしてではなく、死の支配者(オーバーロード )のモモンガであれば造作も無いのだが、陽光聖典との一件で何時何処で誰が覗きに来るのか分からなくなっている為、安易に姿に戻れずにいたのだ。故に対策はしているも念には念をと人化の姿のままで活動している。また、魔法も極力使わず此方の手の内を明かさないよう心掛けていた。

 

 

「既に1000体近くは倒してるんだけど、レベルアップの気配が全然しない……経験値のメーターとか見れる魔法があれば良いんだけど、そんなのユグドラシルには無かったしなぁ〜。」

 

 

モモンガは此処でもちょっとした検証をしていた。人化になった時の彼のレベルは85。その後、死の騎士(デス・ナイト)死の戦士(デス・ウォリアー)2体相手に戦士職の獲得とレベルアップを目的とした訓練を丸一日行った。

 

その結果、『騎士』の戦士職を獲得し、レベルアップも1だけだが成功した。

 

 

(中位アンデッドの2体と丸一日特訓…それでやっと1レベル。だが、此処にいるのは全て低位アンデッドのみで5〜12前後ばかりだ。単純にレベルが低過ぎて、経験値を得られるにしても高レベルの俺には微量過ぎるのか。それとも、高レベルまで上がると一定レベルの弱小モンスターを幾ら狩ったところで経験値自体入らなくなるのか……興味が尽きないな。)

 

 

ここはユグドラシルとは違う。自分が持つユグドラシルの情報や知識では計り切れないモノだって存在する。正直、レベル上げの検証ももう少し行いたい所だが、流石にこれ以上彼を待たせるのは危険だ。

 

 

「どれ、最後に騎士lv1のスキルを試してみるか。」

 

 

モモンガは初めての戦士職スキルを発動させた。実は内心ワクワクしている。

 

 

「《剣撃強化》」

 

 

ギュイン!と自身が持つ2本のグレートソードにチカラが漲るのを感じる。これは自身が持つ刃物系武器の攻撃力を一定時間増強と会心率を増やす効果がある。

 

その間にモモンガの周囲には血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)内臓の卵(オーガン・エッグ)などのアンデッドに囲まれていた。しかし、モモンガは焦る事なくもう一つの戦士職スキルを発動させた。

 

 

「《薙ぎ払い》」

 

 

文字通り周囲の敵を薙ぎ払う技なのだが、普通の薙ぎ払いとは違い此方は軽微ながら強化が施されている。更に軸がぶれる事無く360°に一瞬で攻撃を与える。加えて先ほどの《剣撃強化》による強化もあり、周囲のアンデッドは通常攻撃では不可能な程に粉微塵となって消滅した。

 

 

「うむ。全然問題無しだな。」

 

 

更に調子を上げたモモンガはンフィーレア救出に向け、アンデッドを蹴散らしながら更に先へと進んで行った。

 

 

 

ーーーーーー

無限に湧き出てくるアンデッドを蹴散らしながら先へ進んでいくと、奥に石造りの建物が見えて来た。

 

 

「ん?アレは霊廟か」

 

 

気が付くとアンデッドの数が徐々に減ってきていた。また、上空から偵察していた死霊(レイス)達からの報告では、あの建物周辺にはアンデッドは存在しておらず、代わりに黒いロープを纏った者が数人、赤黒いローブを纏うスキンベッドの男が1人いる事が分かった。

 

 

(さてさて、首謀者たちのお出ましか。)

 

 

モモンガは伏兵に警戒しつつ、彼らの姿がハッキリと見える位置まで近付いた。当然彼らも自分の存在にとっくに気付いている。その内の1人が赤黒いローブを纏うスキンベッドの痩せ細った男に「カジット様…来ました」との言葉が聞こえた。

 

 

(見た感じアイツが首謀者か?いや、実は囮で本物はあの取り巻きに紛れているとか?……うーん)

 

「お主何者だ?どうやってあのアンデッドの群れを突破して来た?」

 

 

どうやら見た目通りあの赤黒いローブを纏ったスキンヘッドの男ーーカジットでよかったか?ーーがあの中の代表格らしい。

 

 

「見ての通り銅級の冒険者だ。実はある人物の誘拐事件が起きていて、私はその人を捜しているんだ。名前は…言わなくても分かるな?」

 

 

カジットとその取り巻き連中が僅かに身構えた。どうやら彼らで間違いなさそうだ。そして、彼らの背後にある霊廟…あそこに彼がいるのはほぼ間違いないだろう。

 

 

「フン、生憎そんな少年(・・)は知らん。他を当たるんだな。」  

 

 

モモンガは彼の言葉に一瞬呆然とした。

 

 

(軽くカマかけたつもりだったのに……こんな簡単に墓穴を掘るとは思わなかった。)

 

 

彼は単純に頭脳が弱いのか?いや、おそらくこういった腹の探り合いに不慣れなのだろう。彼は心理的駆け引きや読み合いの経験が圧倒的に不足している。モモンガ的にこれは致命的な弱点と言える。

 

 

「ふーん…『少年』、ねぇ?」

 

「……ッ!?貴様…」

 

 

いや、勝手に暴露したのはそっちじゃないか。モモンガはツッコミを抑えて、グレートソードの剣先を彼らに向けて告げた。

 

 

「このアンデッドの異常な大量発生も、彼のタレントを利用しての事なんだろう?ならばその元凶たるお前たちを見過ごすワケには行かない。大人しくお縄を頂戴させてもらうぞ、カジット!」

 

「何…?」

 

 

何か思い出したカジットは恨み籠った目で取り巻きの1人を睨み付ける。「名前言っちゃったしなぁ〜」と内心彼が気の毒に思えてしまう。そして、何気に考えていた決めゼリフも上手くいったモモンガは、その隙に魔法で相手の大まかなレベルを探った。

 

 

(取り巻きは15〜19か。そして、カジットは……25か。)

 

 

レベルだけなら大した事はないタダの雑魚だが、故に怪訝に思う。

 

今起きているアンデッドの大量発生はほぼ間違いなく第七位階魔法の《死の軍勢(アンデス・アーミー)》だ。第七位階魔法を行使するには最低でもlv49以上は必要になる。しかし、彼のレベルは25と必要なレベル数に達していない。にも関わらず彼は現在第七位階の《死の軍勢》を行使している。

 

 

(低レベルでも高位魔法を扱える?……もしかすれば超位魔法も?)

 

 

もし今モモンガが考えている事が正しければかなり不味い事になる。警戒レベルを上げて相手の動向を探るとレベル判定の魔法が霊廟側にも感知し始めた。「やっぱり伏兵がいたか」と思っていたが、その伏兵があの中で1番の高レベルだった。

 

 

(……レベル39だと?)

 

 

正直結構驚いた。これまで出会った人間の中でダントツのレベルでハムスケよりも高い。

 

 

「お主の名は…?」

 

「モモンガだ。別に知らないだろう?それから……もう1人そこに隠れているな?」

 

「……ワシらだけー」

 

「誤魔化しても無駄だ。出てこい、そこにいるのは分かっている。恐らくお前がその中で一番強いんだろう?それとも何か?怖くて出てこれないかのか?」

 

「何を馬鹿なー」

 

「もういーよ、カジッちゃん。なーんか、バレちゃってるみたいだし。」

 

 

霊廟の奥から女性の声が聞こえてきた。ゆっくりとした歩みで出て来たのは首から下を黒いマントで隠した金髪ショートボブの若い女性だった。

 

 

「っにしてもよく分かったねー。これでもけっこう気配消すのは得意なんだけど。うわー凹んじゃうなー」

 

 

妙に間延びした喋り方をする彼女は終始歪んだ笑みを此方に向けていた。その耳元まで避けた口元の笑みと雰囲気から彼女がマトモでない事が伝わる。何よりもあの態度…アレは恐らく自分よりも強い相手と殆ど会ったことのない者の態度だ。

 

ユグドラシルでも舐めプしてくる連中はたくさん見てきた。何となく彼女の態度はソイツらと同じ感じがしたのだ。

 

 

「あのアンデッドの群れを突破する程の実力者ねぇー。この街の高位冒険者は調べた筈なんだけど、モモンガなんて名前は聞いたことないなー。あ、私はクレマンティーヌ。よろしくね。」

 

 

彼女…クレマンティーヌは恐らくあの中で一番強い存在で、切り札と言っても良い強さを持っている。霊廟の奥にいるンフィーレアを盾にして現れなかった限りでは余程彼女自身も強い自信があるという事だろう。

 

一方、余裕な態度の彼女とは逆にカジットは強い警戒心を抱いていた。

 

 

(あのモモンガとか言う男……中々アタマがキレると見えた。それにあのアンデッドの群れを突破して来ても尚、息を一つ乱れておらぬとは…只者ではないぞ!)

 

 

低位と言えど数千体規模のアンデッドの群れを無傷で突破する実力者など、エ・ランテルには存在しない筈だった。唯一いるとすればクレマンティーヌくらいだ。そんな彼女でさえ、無傷だとしても多少の疲労は出てくるだろう。だが、今目の前にいる男…モモンガは息ひとつ乱れていない。

 

 

(クレマンティーヌを超えるほどの体力を有しているのか……それとも、疲労軽減ましくは疲労回復のマジックアイテムを…?)

 

 

もし後者であればそれは国宝級と言っても過言ではない。そもそもあの身なりからしてそんじゃそこらの店で揃えられるようなものですらない。

 

 

(モモンガ…一体何者だ?)

 

 

どちらにせよこの死の螺旋を止めようと言うのであれば何としてでもここで奴を仕留めなければならない。

 

 

「クレマンティーヌよ……協力して奴を仕留めるぞ。」

 

「んー…いつもなら断るところだけど、今回ばかりは仕方ないっかなー?」

 

 

彼女から拒否もなく協力を得られたのは少し驚いた。てっきり自分1人で倒せるみたいな事を言うものだと思っていたが、どうやら彼女なりに彼の危険度を感知したらしい。

 

カジットは取り巻きの弟子たちに目で合図を送る。弟子たちもそれを理解し静かに頷いた。

 

 

「…念のために聞くが、モモンガよ。お主、ワシらに協力する気はないか?そうすれば組織への加入にワシから口利きしても良いぞ。無論、高待遇を約束するが…どうだ?」

 

 

モモンガは一切迷いなく答えた。

 

 

「断る。」

 

「そうか…ならば仕方あるまい。」

 

 

カジットは持っている杖を掲げると、モモンガの足元から数体のアンデッドが出現した。

 

 

「我が使役アンデッド共よ!ヤツを殺せ!」

 

 

これらのアンデッドはカジットが呼び出したモノらしく、彼の命令に従いモモンガに襲い掛かってきた。モモンガは焦る事なく一振りで現れたアンデッド達を消滅させる。

 

 

「《火球(ファイヤーボール)》!」

 

「《死者の炎(アンデッド・フレイム)》!」

 

「《呪詛(ワード・オブ・カース)》!」

 

 

その隙を狙い透かさず弟子達が魔法で攻撃を仕掛けて来た。しかし、どれも第6位階以下である為、モモンガの『上位魔法無効化Ⅲ』を貫通出来ず、彼の目の前で霧散してしまった。

 

 

「なに!?まさかその鎧には、魔法耐性があると言うのか!?」

 

 

驚愕するカジットとその弟子達だが、クレマンティーヌはただ静かに戦いを見据えて続けていた。その顔には先ほどまでのニヤけた顔は無かく、戦士の面構えをしていた。

 

 

(うーん、品定めされてるなぁ。)

 

 

騎士の姿をしているが本職は魔法詠唱者であるモモンガはボロが出ないかと内心ドキドキしていた。観察する事は慣れていても、されるのは苦手なモモンガは直ぐに終わらせるべく一気に畳み掛けた。

 

まず弟子の1人の直ぐ目の前まで持ち前の膂力を活かし接近。遠くにいた筈の敵が直ぐ目の前に現れた事に弟子の1人は激しく動揺するも、モモンガは容赦なくグレートソードの腹の部分で脳天を叩いた。

 

 

「ほっ!」

 

「ぎゃぶッ!?」

 

 

一歩間違えたら頭を潰しかねない為手加減が難しい。それでも何とか上手く相手を気絶させる事は出来たので、この調子で他の弟子達にも同じように剣で脳天を叩き付けた。

 

 

「うぎゃ!」

 

「ほげぇ!?」

 

「ぶっ!?」

 

 

あっという間に残りはカジットとクレマンティーヌのみとなった。

 

 

「さてと…残りはお前達だけだ。」

 

 

驚愕と焦りでカジットの顔は脂汗に塗れていた。クレマンティーヌも驚きはしているものの、その様子は至って冷静だった。

 

 

「な、何という……!」

 

「へー、すごいねキミ。」

 

「呑気な事を言っている場合ではないぞ、クレマンティーヌ!ええい、ワシの5年もの月日を掛けた『死の螺旋』の儀式を…こんな所で台無しにされてたまるものか!」

 

 

死の螺旋?…儀式?

聴き慣れない単語にモモンガは首を傾げた。

 

 

「死の螺旋だと?」

 

 

思わず口に出た素直な疑問をカジットは興奮気味に答えた。

 

 

「そうだ!人間には到達不可能な領域である第七位階魔法を使い、アンデッドを無限に生み出し都市一つを死都へと変える儀式魔法!!それが『死の螺旋』だ!ワシはそれによって生じる負のエネルギーを儀式によって己の中に封じ込め、自らが強大なアンデッドになる!そして、ワシは…!ワシ、は……!!」

 

 

ギリリ…と歯軋りの音が聞こえる。何となくだが彼の言葉には組織とはまた別の…彼自身の目的が含まれている気がした。するとカジットは懐から黒い輝きを持つ無骨な珠を取り出した。

 

 

「貴様なんぞに潰されてたまるものかァ!!」

 

 

カジットは取り出した珠を高く掲げる。

 

 

「『死の宝珠』よ!!」

 

 

珠の輝きが増し始めた。

するとモモンガの上を大きな影が覆う。直ぐに背後へ飛び退くと、先程まで彼がいた場所に大きなモノが落ちて来た。大地を揺らし、土煙を激しく舞い上がらせたのは巨人だった。

 

 

「おぉ、あれはー」

 

骨の巨人(スケリトル・ジャイアント)!あの者を殺せ!!」

 

 

そこに現れたのは全長10メートル以上はある人型の骨の巨人だっま。その体は人骨の集合体で、右手には無数の頭蓋骨を固めたような棍棒が握られている。

 

 

「フハハハハハ!!スケルトン系のアンデッドでありながら殴打・斬撃に高い耐性を持つスケリトル・ジャイアントだ!!お主が幾ら強かろうとも、このスケリトル・ジャイアントの前では手も足もでまい!」

 

 

モモンガは目の前に立つ骨の巨人を見上げる。その風貌は見るものを威圧させるものがあるが、レベル差ゆえかモモンガはとくに怖さなど微塵も感じなかった。

 

 

(いたなぁ〜スケリトル・ジャイアント。ユグドラシルでは中盤ステージの一部のダンジョンにしか出ないから、地味にレア何だよなぁ。ま、特別なアイテムをドロップするわけじゃないんだけど。えっと…レベルは21。確か…殴打・斬撃に高い耐性を持ってるけど、それが適応されるのはレベル24以下までであって、レベルが25以上なら普通にダメージ入るし、そこまで難的じゃないんだよなぁ。)

 

 

あまり馴染みがないアンデッドだが、モモンガにとってはただの雑魚となにも変わらない。それをカジットは切札を見せつけてやったと言わんばかりに勝利を確信している。

 

 

「ひゅーー!カジッちゃん酷ーい。オリハルコン級のチームでも倒せるかどうかのスケリトル・ジャイアントを呼ぶなんてさぁ。いくらアイツでもあれを相手にしちゃあ勝ち目なんて無ー」

 

 

次の瞬間、クレマンティーヌは信じられない光景を目の当たりした。スケリトル・ジャイアントの右太腿の3分の1ほどが吹き飛ばされたのだ。

 

 

(並大抵の物理攻撃など物ともしないスケリトル・ジャイアントをたった一撃だけであれほどのダメージを与えただと!?)

 

「ふむ、軽く撫で斬りしたつまりなのだが…意外と脆かったな。」

 

 

スケリトル・ジャイアントは一時的に片膝を着くが、すぐにバラバラになった身体の一部が吸い込まれるように元の位置へと戻ると、再び立ち上がる。

 

 

「負のエネルギーが満ちていれば、通常のアンデッドの倍の回復力を得る、か。なるほど、下手に加減すると倒すのに少し時間が掛かりそうだ。」

 

 

なんて事も無いのんびりとした雰囲気でモモンガはスケリトル・ジャイアントを眺める。

 

 

「おのれ…!何をしておる、スケリトル・ジャイアント!!」

 

 

骨の巨人が棍棒を振り下ろす。それをモモンガは軽く避ける。棍棒は地面に激突し無数の瓦礫を散らせた。尚も続けて巨人は棍棒を振り回し続けるが、モモンガはそれら全てを余裕で避け続けた。

 

スケリトル・ジャイアントはその見た目に似合わず俊敏な動きをする。プラチナ級以下の冒険者ではその攻撃を避ける事すら困難を極めるのだが、モモンガには擦りもしない。

 

 

「ぐぅ!お、おのれ!死の宝珠よ!!」

 

 

カジットが死の宝珠を再び掲げると、今度は2体目のスケリトル・ジャイアントが現れた。

 

 

「…増えたところでどうという事はー」

 

「あるんじゃなーい?」

 

 

僅かな隙を狙い背後にまわり込んでたクレマンティーヌが腰に備えていた刺突武器のスティレットを手に持ち、モモンガの兜と鎧の隙間にある首筋目掛け突き刺して来た。モモンガは瞬時に身体を捻りその一撃を躱すと同時にグレートソードを横へ振う。

 

 

「《流水加速》」

 

「なに?」

 

 

しかし、クレマンティーヌは普通ならば回避不可能な体勢にも関わらず、流れるような動きでモモンガのグレートソードを躱した。躱すだけならともかく、そのまま懐まで接近し鎧の隙間目掛けスティレットを突き刺して来た。その違和感を覚える感じ…まるで彼女の周りだけ流れる時間が違う様に、モモンガの攻撃を躱し攻撃を仕掛ける。

 

その動きにモモンガは何処かで見た事があると思った。彼が思い出す暇も無く、クレマンティーヌは続けて攻撃を繰り出した。彼女の突き出したスティレットの鋭利な先端がモモンガの兜のスリットを狙う。モモンガはそれも避けると、一度距離を取るべく大きく背後へ飛び退いた。

 

 

(ふぅー、全部とはいかないけど、避けれない事はない。でも、結構早いな。…む?)

 

 

ふと自分の上に影が覆っている事に気付き、慌ててその場からも離れると、ほぼ同時にスケリトル・ジャイアントの棍棒が振り下ろされた。

 

 

「のんびりする暇は与えないわけか。おっと…!」

 

 

逃げた先にもう一体のスケリトル・ジャイアントが待ち構えており、巨大な棍棒を何度も振り回す。グレートソードで軽く往なしながらその場をやり過ごしながら距離を取るが、そこへ空かさずクレマンティーヌが距離を詰めて来た。真正面からの突っ込んでくる彼女にモモンガはグレートソード盾にする体勢で構えた。

 

 

「馬鹿一直線か?」

 

「馬鹿はおめーだよ!」

 

 

するとクレマンティーヌは纏っていたローブをモモンガに向けて放り捨てた。一瞬、視界を奪われたモモンガは瞬時にローブを斬り捨てるが、既に目の鼻の先にクレマンティーヌが迫っていた。

 

 

「はぁい!右肩もーらい!!」

 

 

ガギィィ!という音と激しい火花が鳴り響く。しかし、見事に一撃が決まったクレマンティーヌはどこか怪訝な顔を浮かべた。

 

 

「チッ……」

 

 

避けられなかった事による苛立ちから思わず舌打ちが出てしまった。クレマンティーヌはその高い機動性と俊敏性を活かしながら彼の死角や背後などに回り込もうとする。モモンガはこれ以上の攻撃は受けないよう、彼女の猛攻を何とか捌いて一撃を与えようとするもー

 

 

「《不落要塞》」

 

ガァァン!

 

 

モモンガの一撃を細いスティレット1本で受けても彼女は吹き飛ばされるどころか、モモンガ自身が逆に弾かれてしまい大きく仰け反ってしまった。

 

 

(まただ。この不思議な感じ……そうだ、陽光聖典を相手にガゼフが使っていたのと同じヤツだ。)

 

 

モモンガは彼から聞いた《武技》と呼ばる特殊能力を思い出していた。《武技》は所謂前衛職専用の特殊技術(スキル)の様なもので、自身の能力を上げたりなどその効果は様々だと聞く。モモンガも知らない未知の能力だが、欠点として発動時に集中力や体力の浪費が激しいなど肉体への負荷が強い事だ。

 

そして、なによりも気になるのが彼女の格好だ。

 

 

(痴女かあれ…?いや、マントを羽織るあたりビキニアーマーで街中を彷徨くほど変態では…ないよな?)

 

 

回避力と機動性に重視した軽装備なのだが露出度の高いビキニアーマーな為、正直目のやり場に困る。その鎧には無数の冒険者プレートが打ち付けられており、彼女なりのハンティングトロフィーになっている様だ。

 

 

「なるほど…これが《武技》。早々に体感出来て良かった。」

 

「はぁ?」

 

「いや、何でもない。なかなか良い動きをするじゃないか。」

 

 

舐めた様な態度に苛立ちを覚えた彼女はスティレットをモモンガの左肩の鎧と鎧の隙間目掛けて突き立て来た。大剣を振るうがまた《超回避》と《流水加速》で躱されてしまう。

 

 

「舐め腐りやがって…今度こそ肩もーらい!!」

 

 

僅かな繋ぎ目を貫く感触に手応えを感じたクレマンティーヌはニヤニヤと笑みを浮かべる。モモンガの右手に持つ大剣が手から離れ、地面へと落ちて行く。肉と腱を断裂させた事でもう彼の右肩は使えないと察すると、もう片方の手に持つスティレットを使い今度はスリットを狙おうとする。

 

 

「これでおーわり!!!」

 

 

勝利を確信した。

だがー

 

 

「『終わり』?それは少し困るな。」

 

 

クレマンティーヌは右肩を貫かれ使い物にならなくなった筈の彼の右手を見て気が付いた。その手は彼女を捕らえようと首根っこに目掛けていたのだ。

 

 

「クソッ!」

 

 

彼女はすぐに体勢を変え、彼の身体を足場にして蹴り退いた。あと寸前、気付くのが遅れていたらあの右手に捕らえられていた。

 

 

「うーん、今のはおしかった。」

 

 

その後、モモンガはさっきの攻撃など何でもなかったかのように普通に右腕を動かし、落とした大剣を拾った。

 

 

(コイツ…明らかに今まで相手して来た連中と違う。)

 

 

クレマンティーヌは彼の戦いを思い考えていた。先ず純粋な戦士としての戦闘技術は駆け出しもいいところだ。明らかにこの手の戦闘に慣れていないのが一手二手を見れば直ぐに分かる。

人外の領域に達した英雄級の戦士である自分とは比べ物にならない。剣の動きは基本的に単調で読み易く、機動力も自分の方が圧倒的に上だ。

 

じゃあ彼は弱いのか?

 

 

(っなワケねぇだろが)

 

 

普通に強い。 

 

戦士としの技術は半人前以下だが、それ以外は一級品だ。まだ手加減しているとは言え自分のスピードにちゃんと反応出来てるし、決して遅れていない。何より驚いたのがその膂力。あれほどの大剣を片手でそれも木の枝でも振り回すかの様に軽々と扱っている。《不落要塞》で受け止めてたが、《武技》を使わなければ一度でもまともに受けたら致命傷は必須の攻撃力を持っている。

 

 

(身体能力だけなら…隊長とほぼ五角。おいおい、まさかコイツも覚醒した神人なのか?)

 

 

だとしたら今の装備では心許ない。

アレとやり合うなら少なくとも隊員時の装備が必要だ。しかし、逃亡中の身である今の自分にそんなものは無い。

 

やはり今の装備と《武技》を使ってヤツを倒すしか無い。だが…

 

 

(あの肩の一撃……間違い無く肉を貫いたと思ったのに何で平気なんだ?)

 

 

肩を抉ったあの一撃を受けても平然としていた。それどころか血すら一滴も流れていない。

 

 

(内側にも何か特殊な防具を?)

 

 

そう考えると少し納得はいく。あの貫いた瞬間、僅かに違和感があった。肉を貫いた様な感覚が無かったのだ。だが、もしそうだとしてもあそこまで身軽に動けるものだろうか?確かに魔化された鎧なら通常の鎧よりも軽い。だとしても全く重く無いわけでは無い。

 

 

(いや、あの膂力なら納得は出来るか。)

 

 

どちらにせよ長期戦は避けるべきだ。

ここは全力を持ってアイツを殺す必要がある。

 

クレマンティーヌはふとカジットの方へ目を向けると、2体のスケリトル・ジャイアントに強化魔法を掛けていた。今は彼のスケリトル・ジャイアントが2体がかりでモモンガの相手をしているが、それでも不利な状況に変わりは無かった。

 

彼の戦い方は倒しに来ていると言うよりも、経験を積もうとしている風に感じられる。

 

 

(相手が魔法詠唱者ならスッといってドスで終わりなのに…その方がカジっちゃんだって、スケリトル・ドラゴンを呼べば勝ち確定だったけど。)

 

 

スケリトル・ドラゴンは魔法に対する絶対耐性を有している魔法詠唱者にとっては天敵とも言える存在。かの『逸脱者』と呼ばれる生きた伝説フールーダ・パラダインも単体で倒す事は不可能だ。しかし、スケリトル・ドラゴンはミスリル級の実力を持つ前衛職であれば倒せなくはない難易度である為、今は半人前以下だが戦士として高い素質を持つモモンガが相手では分が悪すぎる。

 

前衛職に強いスケリトル・ジャイアントならばアダマンタイト級でも張り合えただろう。

 

しかし、「だったらいいのに」なんて考えは通用しない。現に相手は戦士職だ。しかも『成りたて』の成長途上。

 

 

(まだ勝てる見込みがある内に仕留めなきゃヤバいかもなー)

 

 

アレは成長すると危険な存在。今後の逃亡生活において自分の障害となり得る可能性が十分にあると、彼女の中の本能的がそう警告する。

 

そもそも、これ以上この場に居続ければこの街に潜伏している風花聖典の連中に見つかる可能性も高くなる。

 

自分が無事逃げ延びる為にもー

 

 

「今のうちに潰しますかー……」

 

 

その瞬間、彼女の雰囲気が一気に変わった。ただ狩りを楽しむ狂人から目の前の敵を殺す超一級の戦士の面構えになる。獣が獲物に飛び掛かるが如き前傾姿勢の体勢で身を沈める。

 

確実に仕留める。

それも最短最速で。

 

 

「《疾風走破》《超回避》《能力向上》《能力超向上》」

 

 

とっておきの《武技》全てを発動させる。これなら例え相手が此方に気を向けていても仕留める自信がある。しかも相手は今、スケリトル・ジャイアント2体に夢中だ。

 

クレマンティーヌは相手の動きや手段を何十通りも思い浮かべるが、それでも相手が隙だらけの今は何をして来ても確実に仕留める事が出来る。心の奥底にほんの僅かな不安はあるが、彼女の中にある戦士としての意地と誇り…自負心がそれに屈する事を許さなかった。

 

こらだけの《武技》を発動しても勝てない存在は数える程度しか無い。その中の1人…漆黒聖典の現隊長はその1人だ。何度か手合わせしたがまるで敵わなかった。その上、あの隊長よりも更に強いあのバケモノがいる事を知った。

 

惨めな人生の中で唯一の自信が持てた戦士としての強さ…それが砕かれかけたのだ。これ以上自分の存在意義を……ましてや無名の冒険者如きに潰せるなどあってはならない。

 

 

(確実に…殺す!)

 

 

クレマンティーヌは大地を蹴った。自身が生み出せる最高速度で相手が対応出来ぬまま懐まで接近し、《火球》と《電撃(ライトニング)》の魔法が込められた両の手に持つスティレットでスリット越しの頭部へ突き刺す。これが決まれば相手は死亡確定だ。クレマンティーヌの勝利となる。

 

瞬く間にクレマンティーヌは未だにスケリトル・ジャイアントを相手にしているモモンガの直ぐ側まで接近、兜の僅かなスリット目掛けてスティレットで突き刺そうとした。

 

 

「死にやがー」

 

 

次の瞬間、モモンガから尋常じゃないほどの威圧感が突風の様に現れた。まるで目の前に天高く聳える巨大な壁が現れる錯覚を覚えるほどに。そして、自分なのか、それとも世界なのかは分からないが地揺れの様に視界が大きく揺れている。

 

 

(嘘…でしょ…!?)

 

 

威圧感…いや、強者の覇気とでも言うべきだろうか。身体中から冷汗が滲み出てくる程のこの嫌な感じは、かつて隊長と手合わせした時とあのバケモノと初めて会った時に似ている。あの男…モモンガのソレは少なくとも隊長と互角…いや、それ以上のものだろう。

 

気付けば自分は長くその場に停滞している様な感覚に襲われている。実際には瞬きの間でコンマ数秒しか流れていないに、今の自分は時間の流れから置いてかれている様な状態だ。この感覚は、まだ自分が弱かった時代…任務で何度も経験した事がある。生命の危機に直面した時、全ての物事が自分含め遅く感じるアレだ。

 

 

(あー……なるほど)

 

 

刹那、モモンガはたった一振りの一閃で立ちはだかる2体のスケリトル・ジャイアントを凄まじい斬撃と剣圧、そしてそれらによって生じる衝撃波によって周辺の地面ごと扇状に消し飛びした。1体は負のエネルギーによる回復も間に合わず消滅し、もう1体はバラバラに砕け散った。

 

あんな芸当、漆黒聖典第十席次の『人間最強』ですら不可能だ。

 

驚愕も一周して冷静になりつつある。

 

今度は此方を見てきた。

そして、突き付けられた2本のスティレットを持ち手ごと掴み止めた。

 

そこで漸く、彼女の時間が元に戻った気がした。

 

最高速度で突っ込んでクレマンティーヌをその身ひとつで受け止めた事で、2人の周囲にブワッと風圧が発生する。

 

 

「は、離せ…!」

 

「ふむ……まだ慣れないな。」

 

「は、はぁ?」

 

 

何か訳のわからない独り言を呟いている。明らかに舐め腐った態度に改めて苛立ちがこみ上げて来るも、掴まれたその手を振り解く事が出来なかった。それどころか微動だにしない。

 

 

(な、なんつー馬鹿力…!)

 

 

ならばとモモンガの頭部目掛けて蹴りを入れようと考えるが…

 

 

「さて…それじゃあ大人しくしてて貰おうか。」

 

「な、何をー」

 

 

彼女が先ず最初に感じたのは凄まじい引力だった。その次に視界がめちゃくちゃになり今自分はどんな状況にあるのか理解出来なかった。僅かな浮遊感と股間がヒュッとなる感覚、そして、優れた動体視力で僅かに見えた景色が逆さまになっている事に気づいた。

 

今自分は投げられている事を理解できた。

 

迫り来る地面。受け身を取ろうにもその勢いから体勢を整える事は不可能で、両腕も今はガッシリと掴まれている状態だ。

 

漸く思考が戻った頃、自分の顔は恐らく酷く青褪めていた事だろう。こんな時に限って冷静になる位なら心が折れていた方がマシだ。

 

 

「ふ、《不落要さー》」

 

 

本能的に防御系の《武技》を発動させようとするも、背中全体に強烈な衝撃と痛みが雷に打たれたかの如く駆け巡る。

 

 

「かはッ…!?」

 

 

投げ飛ばされた自分は背中から地面に叩き付けられたのだ。

 

地面は大きく凹み、土と土煙が舞い上がる。

 

 

「一本。いや、技有りだったか?」

 

 

またわけの分からない事を言っている。声を発しようにも衝撃によるダメージから肺が押し上げられてしまい、上手く呼吸が出来ない。少しでも動かそうとすると全身に激痛が走る。背骨と肋骨、あと内臓も幾つかヤラレているだろう。身動き一つ出来ない。

 

 

「さてと…それじゃあー」

 

 

モモンガが語りかけようとした瞬間、彼の背後からまだ生き残っていたスケリトル・ジャイアントの上半身が起き上がり、その巨腕を振り下ろそうとしていた。

 

 

「ワシの5年の計画が、お前如きに潰されてたまるものかぁぁ!!!!!」

 

 

気が狂った様な剣幕でカジットが叫んだ。もしこのままあの巨腕が振り下ろされれば、身動き一つ取れないクレマンティーヌは直撃を受けてしまう。いくら英雄級の実力を持つ彼女でも今の状態であの一撃をまともにくらえば絶命は免れない。

 

そして、モモンガは間違いなくその一撃を避けるだろう。

 

 

(あーあ……しょーもない人生だったなー)

 

 

法国で生まれ、優秀な才能を持って生まれた兄を持っていた。それが悲劇の始まりだったのかもしれない。両親や周りは事あるごとに優秀な兄と私を比べては、兄ばかりが認められ、私は「出来損ない」だと咎められる日々。どんなに頑張っても、周りは私ではなく兄を見続けた。両親も、兄も、誰も私を見てくれる事は無かった。

 

『クインティアの片割れ』

 

皮肉めいた意味で周りは私をそう呼ぶ様になった。

 

そして、優秀な兄の妹という事もあり、漆黒聖典へスカウトされた。私は兄と同じ所には居たくなかったが、逆らう事は許されなかった。次期漆黒聖典の隊員となるべく私は地獄の様な訓練と任務を与えられてきた。心と身体を追い込み、殺したくもない相手を殺し続ける日々を送った結果…こんな人格破綻者が生まれてしまった。

 

でも、今の自分を拒否するつもりはない。そんな事をすればあの地獄の日々を耐え続けた事が無駄になる気がしたからだ。だから私は今の自分を好いている。

 

けど…もし神がこんな自分に憐みを抱いてくれるのならー

 

 

(生まれ変わったら…もちっとまともな人生を送りたいなー…)

 

 

なんて事を自傷気味に笑いながら思った。

ま、どうせ最期なんだし。

 

瞳を閉じ、最期の瞬間を待った。

 

 

(………あれ?)

 

 

しかし、その最期はいつまで経っても訪れる事は無かった。不思議に思いソッと目を開けると、そこにはスケリトル・ジャイアントの一撃を軽々と受け止めながら此方をじっと見下ろすモモンガの姿があった。

 

 

ーーーーーーー

(思ったより強すぎたなぁ。それに力のコントロールが微妙に難しいぞ。)

 

 

2体のスケリトル・ジャイアントを相手にしたあの瞬間、モモンガは《完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)》を発動していた。

 

レベル86の純魔法職基礎能力値をそのまま純戦士系へと変える特殊な魔法だ。これによって純戦士系にしか装備不可な装備も可能となるのだが、人化のモモンガでも装備は可能なのであまり意味はない。それに魔法は使えない。発動前のモモンガは戦士系基準で言えば30前後の能力値だが、今は80レベル台となっている。だが、やはり純戦士系と比べると能力値は劣る。

 

 

(それにしても、彼女…クレマンティーヌだったか?あの距離から一気に距離詰めて来たなぁー。スケリトル・ジャイアントとの連携も取れてたし、戦士系戦闘技術も高い。《武技》も豊富……)

 

 

彼女は適任なのかもしれない。

そう考えていると、此方を意識が薄れながらも驚く彼女が此方を除いていた。

 

 

「な……に…を…?」

 

 

何とか声を絞り出し彼に問い掛ける。

すると、彼は素直に答えた。

 

 

「君が必要だと思ったからだ。それに、なにも死ぬ必要は無いしな。」

 

 

正直、彼の言っている意味が理解出来なかった。

 

私が必要?

死ぬ必要はない?

何を言っているんだ?

 

色んな疑問が頭をよぎる中、モモンガの片手が空間の中へ消えて無くなった。それに目を見開いて驚愕するが直ぐに手は空間の中から戻ってきた。その手には赤い液体の入った小瓶が握られている。何をするのかと思うとモモンガはその赤い液体を倒れている彼女へ振り掛けると、彼女は全身の痛みが瞬く間に消えていくのが分かった。

 

ゆっくりと上体だけ起こすが、既にクレマンティーヌは武器を取って戦うという気は起きなかった。

 

 

「ふむ。大丈夫そうだな。」

 

「な、何で…わたしを助けたんだ…?」

 

「その答えはもう少し待ってくれ。」

 

 

モモンガはグレートソードを振るい、今度こそ残り1体のスケリトル・ジャイアントを葬る。

 

後に残ったのは目の前で起きた出来事が信じられないとばかりに驚愕するカジットだった。

 

 

「ば、馬鹿な……たった1人で…こんな…こんな…!」

 

 

信じられない。信じたくない現実が目の前で起こっている。そして、5年にも渡る自身の計画が音を立てて崩れていく。

 

 

「さて、お前を倒せば、死の螺旋…だったか?まぁそれが破綻するんだろ?もっともこの現象は、死霊系第七位階魔法《死の軍勢(アンデス・アーミー)》を発動させているに過ぎないんだが。」

 

「な、なんだと…!?」

 

「《敵感知(センス・エネミー)》に目立った反応はない点と、先ほどお前が言った『儀式魔法』といった点を考えると、この《死の軍勢》は複数人規模で発動させていると踏んでいるのだが…どうなのだ?」

 

 

死の宝珠のチカラは全て使い果たし、切り札だったクレマンティーヌは敗れ、我が弟子達も倒されてしまった。

 

もう抗う術は無く、絶望したカジットは膝から崩れ落ちた。

 

 

「そんな分かりきった事を聞いて今更なんになる?」

 

「ただの興味本位。知的好奇心というやつだ。」

 

「……何故だ?漸く願いが叶おうと言うのに…漸く、ここまで来たと言うのに…お主のような物事現れ…邪魔をするのだ…ワシの全てが…何故…僅かな時間で無駄になる…」

 

 

もう既にカジットに生きる気力も希望も失っていた。全てが無駄に終わる。そう悟った彼の瞳からば涙がポロポロと溢れていた。

 

例え悪党とは言え、ここまで気が落ちて泣いている大人の姿を見るのはあまり気分が良いものではない。ここは事情聴取の意味も含めて少し彼から話を聞くことにした。

 

 

「お前ば何を成し遂げたかったのだ?この都市を死の都に変える事が目的か?」

 

 

カジットは少し間を置いてから静かに答えた。

 

 

「ワシは…ワシはただ……母を蘇らせたかっただけなのだ。」

 

「…母だと?」

 

 

この事にモモンガ…いや、鈴木悟の心が動いた。

 

その後も彼の話は続いた。

 

彼はごく平凡な農村に生まれ、優しい両親と共に普通に過ごしていた。だが、そんなある日、当時子供だったカジットは遊びに暮れてしまい、家に帰るのが少し遅くなってしまった。そして、黄昏時になって漸く家に帰ると、そこには床に倒れていた母親の姿があった。

 

死因は脳に血の塊が出来ていたとの事だった。

 

誰が悪いわけでもない、ただ不幸な運命だったとしか言いようがなかった。だが、カジットは他ならぬ自分自身を責め続けた。

 

もっと早くに家に帰っていれば、母の異変に気付けたのかも知れない。そうすれば、母を神殿へ連れて行く事が出来たのかも知れない。

 

自分が遊びに暮れ無ければ、大好きな母が死ぬ事はなかったのかもしれない

 

故にカジットは誓った。

 

例えどれだけ苦難の道であろうと、例えどんな外道に堕ちようと、例えどんな力を利用してもー

 

大好きだった母を甦らせる、と。

 

それは思った以上に困難な道のりだったが、幸いなことに自分には魔法詠唱者としての才能があった。その才能を開花させつつ、知識も身につけていった。

 

そこで彼は信仰系第5位階魔法に死者を蘇らせる《死者復活(レイズデッド)》の存在を知った。だが、僅かに見えた光明も直ぐに消えてしまった。《死者復活》は生命力が足りない者に使用すると復活出来ずに灰と化すのだ。

 

ただの村人に過ぎない母に使えるはずもなかった。

 

その後も必死になって探し続けたが、《死者復活》を超える魔法は存在しなかった。

 

存在しないのなら自らの手で創るしかなかった。

 

だが、人の一生ではあまりにも短過ぎる。人間程度の寿命では、とてもじゃないが時間が足りな過ぎたのだ。

 

 

「だから……ワシは…かつて盟主様が行ったこの死の螺旋を発動させた。それによって生み出された膨大な負のエネルギーをワシの中に封じ込める事で……強大なアンデッドになろうと。」

 

 

そこから先は嗚咽しか聞こえなかった。

モモンガは何を発するでもなく無言だった。

 

彼の母親に対する異常なまでの渇望と愛情は歪みきっており、狂っているとさえ言える。だが、不思議とこんな人間をごく最近まで知っている気がしたのだ。

そして、その答えは見つかった。

 

 

(いなくなった仲間たちを待ち続けた俺に…少しだけ似てる。)

 

 

だからこそ、彼の気持ちが少しだけ分かる。

 

鈴木悟自身、母親を幼い時に失っている。だが、悲しみはあれど彼ほど深くはなかった。恐らく、あの時の自分は色々なことに諦めていたのだ。そして、ユグドラシルで仲間たちと出会い…過疎化が進み、1人また1人とユグドラシルから去っていった。

 

 

(俺にとっての悲劇は…それだったなぁ)

 

 

今でこそ仲間たちに対する渇望の念は殆ど無いに等しく、新たな出会いと人生を楽しもうとも思えるようになった。だが、もしこの世界へ来るのがまた別のカタチであった場合……もしかしたら自分は、かつての自分以上に消えた仲間たちを求め続けていたのかも知れない。

 

 

(自分はこの世界に1人で来て、様々な人と出会った。そういう切っ掛けがあったからこそ今の俺がある。)

 

 

彼はその切っ掛けを見つける事が出来なかったのか、あったとしても気付かなかったのかも知れない。それほどまでに母を甦らせたいと言う思いは強いのだろう。やり方は間違ってはいるが、気持ちは多少理解出来る。

 

 

「例えどんな動機や事情があるにせよ…お前がしでかした事を容認するわけにはいかない。お前がやるべき事は真っ当な道を歩む事だ。」

 

「ふ…もう生きる目標を失ったワシには意味のなー」

 

「真摯にこれからの人生を歩むというのなら、お前の望みを叶えてやるぞ。」

 

「……なに?」

 

 

カジットは我が耳を疑った。

あの男は今なんと言った?母を甦らせると?

 

 

「何を言うかと思えば……そんなでまかせでワシを宥められるとでもー」

 

「俺は本気だぞ?お前が自分の罪と今後の人生を見つめ直し、真っ当に生きると確約出来るのであればお前の母親を生き返らせると約束しよう。」

 

「貴様……ワシを馬鹿にしているのか?」

 

「そう睨むな。まぁ…言いたい気持ちは分かるな。言っておくが、アンデッドになれば良いという訳ではないぞ。母親を生き返らせる術を仮に見つけたとしても、それは信仰系の可能性が高い。そうなるとアンデッドには扱えん。あと、お前が思っている以上にアンデッドは生者に対し何の価値も感じない場合が多い。お前がアンデッドになったら母を甦らせたいという願いが〝くだらない〝と思えてくるぞ。…何が言いたいのかと言えばそうだな…アンデッドになってもお前にとっては良いことはあまりない、という事だ。あ、いや…まぁ悪い事ばかりでも無いぞ。例えばー」

 

 

カジットは彼の言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。まるでアンデッドの気持ちを理解している……彼自身がアンデッドであるかのような言い分に困惑していた。

 

 

「その…口振り……まるでお主自身が…アンデッドであるような…」

 

「え?…あ」

 

 

モモンガは頭をかきながら溜息を吐いた。しかし、これはある意味好都合かも知れないと思い、彼を更生させると言う意味でも仕方がないだろうと思えた。

 

 

「これから見せる光景を他言しないと誓えるか?」

 

「は?」

 

「もし誓えるのであれば、お前に俺のもう一つの姿を見せよう。それで俺が言った言葉が嘘では無いと信じてくれるかも知れないからな。」

 

 

どうせ生きてもなんの意味もない。下らない戯言に付き合ってやろう。そう考えたカジットは頷いた。

 

 

「クレマンティーヌもいいな?」

 

 

モモンガが振り返る。まだ地面にへたり込んだままの彼女は何度も頷いた。それを確認するとモモンガは兜を外した。人化の指輪のチカラによる姿が露わになる。

 

 

(ふーん、結構整ってんだ)

 

 

少しだけ余裕を取り戻したクレマンティーヌはその素顔を見て素直に感心した。

 

 

「では見せよう。これが俺の…もう一つの姿だ」

 

 

モモンガは人化の指輪を外した。

人の姿が煙のように消えるとー

 

 

「ッーーー!?」

 

「な…!」

 

 

その光景に2人の顔が驚愕で引き攣った。

漆黒の鎧を纏った人間が、悍しい骸骨の顔へと変わったのだ。スケルトンとは明らかに格が違うのが見て分かる。もっともっと…遥か上の存在だ。

 

 

「え、死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)?」

 

 

クレマンティーヌは自分が知り得るアンデッドの中で一番近い種の名前を思わず口にした。

 

 

「半分正解と言ったところかな。私はリッチ系最上位の死の支配者(オーバーロード )だ。聞いた事はないか?」

 

 

呆然と眺めるカジットは首を横に振るが、クレマンティーヌは違った。

 

 

(似てる…あの御方に…)

 

 

クレマンティーヌのモモンガを見つめるその瞳は深い畏敬の念が込められていた。しかし、モモンガはその変化に気づかない。

 

 

(ふむ…となると、やっぱり俺しかいないのか?最上位アンデッドは…いや、それは早計だ。ユグドラシルと同じモンスターがいるのなら、探せば見つかるかも知れない。)

 

 

敵対しなければ是非出逢いたいものだ。そう考えていると、カジットが突然モモンガの前で土下座をし始めた。

 

 

「い、偉大なる死の王よ!不遜なるこの身の度重なるご無礼誠に申し訳わけございません!」

 

 

さっきまで無気力だった男の張りのある生き生きとした変化に驚いた。その瞳はギラギラと尊敬の眼差しで満ち溢れており、正直言ってドン引きする。

 

ズーラーノーンは邪悪な秘密結社である為、そこの十二高弟と1人であるカジットであれば跪くないわけにはいかなかった。明らかに盟主よりも偉大で行為な存在が突如として目の前に現れたのだから無理もない。

 

一先ず興奮する彼を落ち着かせると気を取り直して話を進めた。だが、その過程である問題が浮上した。

 

 

「ふむ。では自首をしたところで意味がないかもしれないということか?」

 

「はっ。ご存知の通り王国は汚職と腐敗に酷く、仮に捕まったとしても、私はズーラーノーンの手のモノによって釈放されてしまうでしょう。そこに私の意志がございません。」

 

「むぅ…そうか。なら真っ当に生きよ。それで新たな生きがいを見つけるのだ。それを約束出来るのであれば、お前の母を蘇らせよう。」

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉ!!!…ち、誓います!!この命に変えても、必ずや真っ当に生きてみせます!」

 

カジットは歓喜の涙を流しながら感謝の言葉を口にする。モモンガはその様子を眺めながらウンウンと満足気に頷いた。

 

 

(さて…そうとなるとズーラーノーンへ話を付けに行く必要があるな。本来なら彼が行くべきなんだろうけど……絶対そんな事許してくれる風には思えないんだよなぁー)

 

 

いろんな意味でブラックそう…。腕を組んで悩んでいるとカジットの懐から声が聞こえてきた。カジットはそれを取り出すと、出てきたのは例の無骨な黒い珠だった。それは怪しい光が脈動するように輝いていた。

 

 

「どれ、貸してみろ。」

 

「は、ははーっ!」

 

 

モモンガが手に取ると黒い珠…死の宝珠が彼に語りかけてきた。

 

 

ーーおぉ…貴方様こそ正に偉大なる死の王ーー

 

「…なんだこれ?」

 

 

なんか喋ってきたし…。モモンガは静かに《上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》を発動させた。

 

 

(『死の宝珠』か……なるほど、謂わゆる知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)と言うやつか。ユグドラシルには無い種類のアイテムだな。効果は……なるほど。負のエネルギーを溜め込む事で、それをMPの代わりとして活用し、アンデッド召喚の補佐を行えるのか。他にも《アンデッド創造(クリエイト・アンデッド)》で召喚出来るアンデッドの数を増やせるのか。)

 

 

効果は正直微妙だが、ユグドラシルには無いアイテムという事もあるためコレクター意欲が掻き立てられる。アイテムとしてレベルは40程度と中級〜上級アイテム並みの価値と言ったところだ。

 

 

ーー貴方様のその絶対なる死の気配に、敬意と崇拝を…ーー

 

 

その敬う様な喋り口調もあの珠から出ていると考えるとなんか笑えてくる。まぁたまに話し相手としては悪くないだろうし、そもそもユグドラシルに無いアイテムならばほっとくわけにはいかない。

 

 

「死の宝珠か…面白い。カジット、これは俺が貰っても構わないか?」

 

「はっ!勿論で御座います!私の全てを貴方様に捧げます!」

 

 

異様なまでの忠誠心にゾッとする。少しだけ本来の姿を見せたことを後悔した。

 

 

「さて、お前は一体どこから来たのだ?その…ズーラーノーンとかいう組織のモノなのだろう?」

 

 

ーーその通りで御座います 我が主よ 我はかつて盟主によって造られた存在にございますーー

 

(盟主が造った?…つまり作成系に特化した存在?…うーむ)

 

 

モモンガは再び問いかけた。

 

 

「盟主とは何者だ?」

 

ーースレイン法国の元神官長の座についていた者でございます 真名はわかりかねますがズーラーノーンの盟主として活動していた際は自らを『ハーデス』と名乗っておりました もっともその名でさえ知るものは十二高弟でもごく僅かーー

 

「ハーデス?…ハデスのことか?」

 

 

カジット達の方へ目を向けると2人ともかなり驚いていた。どうやらこれは2人も知り得なかった情報らしい。

 

 

(しかしまた法国か…何かと悪縁があるなぁ)

 

 

またも法国絡みでゲンナリするが直ぐに気持ちを切り替える。

 

 

「因みに…その盟主の居場所は分かるか?できれば幹部連中が集まる…そうだな、本拠地だ。」

 

ーー申し訳ありません我が主よ そこは我にも……しかし 王国の王都にズーラーノーンの本拠地を知るツテを持つ者がいると風の噂で聞いたことがありますーー

 

「王都か…ふむ」

 

 

残念なことに本拠地まで分からなかったが、その手掛かりとなる人物が王都にいる事はわかった。それにこれは王都に行く良い機会かも知れない。そろそろ、王国の首都を見てみたいと思っていたところだった。流石に今すぐというわけにはいかない。まずは何事も準備が必要だ。

 

だがその前に本来の目的を果たさなくてはならない。

 

 

「さて、そろそろ人の姿に戻るぞ?」

 

 

モモンガは人化の指輪を再び装着した。指輪を外す前の整った容姿が再び現れた。

 

 

「この状態では私はどうなのだ、死の宝珠?」

 

ーー死の気配は感じられません しかし消えたとは違うかと思われます 隠蔽に近いでしょうか…そのように感じますーー

 

 

へーそうなんだ。これはある意味貴重とも言える情報を手に入れた。

 

 

「ンフィーレアはあの霊廟の奥にいるんだな?」

 

「はい!そうでございます!」

 

「案内を頼めるか?」

 

「勿論で御座います!」

 

 

モモンガは立ち尽くすしているクレマンティーヌへ振り返る。

 

 

「動けるか?」

 

「へ?あ、は、はい!」

 

「よし。それじゃあお前もだ、行くぞ。」

 

「は、はい!」

 

 

クレマンティーヌは言われるがまま彼の後について行った。

 

 

ーーーーーー

ンフィーレアは2人の案内の元、霊廟の奥にいた。だが、そこで目にしたのは異様なまでに薄く透けた衣服を纏った彼だった。

 

 

「これは……え?なんでこんな格好?」

 

「彼が装備しているマジックアイテムの副作用でございます、モモンガ様。装備者は自我を失い、装備出来る身着衣も薄絹のみとなるのです。」

 

「え?なんで?…いや、それよりも」

 

 

自我を失う?なにそれ怖。

詳しく話を聞くと要は装着者の自我を封じる事でその者を超高位魔法を発動させるためだけの道具にするというものだ。普通の衣服すら装備出来なくなるのは、道具に身着衣は不要との意味だと勝手に踏んでいる。

 

 

(なるほど、確かにさっきから此方に対しなんの反応も見せてこないのはソレか。それに…)

 

 

もう一つ気付いた点は彼の両瞼の下に一直線の刀傷が走り、切り裂いている点だ。傷は赤黒い涙の様に固まっている。完全に目を潰された状態だ。

 

 

(目も潰す必要あるのか?……まぁそのくらいすぐに治せるんだが。)

 

 

モモンガは彼が頭に着けている例のマジックアイテムに目を向けた。蜘蛛の糸のようなら細さの金属糸の所々に無数の小粒の宝石がつけられており、それはまるで水滴が付着した蜘蛛の巣を思わせる中々綺麗な作りをしていたサークレット型のアイテムだ。額部部にあたるサークレットの中心部には黒い宝石が埋め込まれている。

 

 

(なるほど。コイツがそうか……って、え?)

 

 

その格好ゆえにあまり意識しないように考えても、どうしても見てしまったあの部分に目を向けてしまったのだ。そして、気付いてしまった。

 

 

(な、無い?……うそ、ンフィーレアって女だったのか?…いや、そんな筈は…確かに男だ、彼は…間違いない!)

 

 

まさかと思いモモンガはクレマンティーヌをチラリと見た。

 

 

(まさかあの女……目だけじゃ飽き足らず、ンフィーレアのンフィーレアまで斬り落としたのか…!?)

 

 

だとしたら何と末恐ろしい女だ。彼女を選んでしまったのは間違いだったかと内心冷汗をかくモモンガだったが、すぐに首を横に振った。

 

 

(いやいや、だとしても彼女は貴重な現地トップクラスの戦士系だ。今さら切り捨てるわけにはいかない……いかないが……ひぇ)

 

 

彼女の残虐嗜好は早急に何とかする必要がある。そう考えていると彼女は此方の視線に気付き、苦笑いを浮かべた。

 

 

(も、もしかしてバレた?…私が彼をおもちゃ代わりに色々と遊んでたのが?)

 

 

クレマンティーヌも内心冷汗をかいていたし、なんならモモンガよりかなり焦っていた。ンフィーレアを性玩具にして遊んでいたのは事実である為、彼の救出に来た彼がそれに気付いたとなれば自分も無事では済まないのかもしれない。

 

だが、モモンガは何かするでも言うでもなく、再びンフィーレアに顔を向け直した。

 

心の中で安堵の溜息が出る。

 

 

「まぁ…いいか、うん。先ずはこのアイテムだな。どれどれ、《上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》。」

 

 

モモンガはじっくりとサークレット型アイテムの効果や特性を観察した。

 

 

(一応、さっき聞いた話の通りだな。装着者を高位魔法を発動させる道具に変える、か。装着者は100万人に1人の適合者で女性に限る…なるほど、だからンフィーレア狙ったのか。それでも目を潰す理由には……ん?)

 

 

モモンガは鑑定の最中、厄介な効果を見つけた。

 

 

(外すと装着者の自我を崩壊……これは厄介だな。俺が持ち得るアイテムを使っても治せる保証はない。)

 

 

自我を崩壊させずに取り外す方法はただひとつ。それはアイテムの破壊のみ。だがそれ自体は《上位道具破壊《グレーター・ブレイクアイテム》》で何とでもなる。

 

問題はそのアイテム…『叡者の額冠』を入手出来なくなる事だ。

 

アレは性能的にユグドラシルでなあり得ないアイテムで、データクリスタルを用いたとしても再現不可能だろう。そう考えるとこのアイテムはかなり貴重だ。出来る事なら拠点の宝物庫に仕舞っておきたい一品である。

 

 

「ま、諦めるしかないな。よし、壊すか。」

 

 

彼の無事であるならそれに越したことはない。モモンガはそのまま《上位道具破壊》を発動させる。

 

『叡者の額冠』は無数の細かな輝きとなって砕け散った。

 

ぐらりと崩れ落ちるンフィーレアを優しく抱き止めた。このまま目を治しても良いのだが、あの2人がいる内はやめた方が良いかもしれない。

 

 

「今回の騒動は他の黒装束達に仕立て上げようと思う。カジットとクレマンティーヌは…そうだな、俺が拠点としている所へ一時的に連れて行こう。そこには俺の使役アンデッド達がいるのだが、お前達が来ても襲わぬよう命令は出しておく。」

 

「ははーっ!」

 

「は、はい。」

 

 

モモンガは《転移門(ゲート)》を開き、2人にその中へ入るよう促した。2人は見たことのない高位と思われる魔法に茫然とするが、言われるままその暗黒の楕円形の中へと恐る恐る入って行った。

 

そして、残されたのはモモンガとンフィーレアのみとなった。

 

 

(外で待機していたデスシーフ達の報告では、あのアイテムを破壊した途端にアンデッドの大群が消滅したらしい。やはりスキルではなく魔法…《死の軍勢》だったか。)

 

 

モモンガは下級治療薬(マイナー・ヒーリングポーション)を使い横たわるンフィーレアの全身に掛けていく。さりげなく、下腹部のある一点を重点に。

 

みるみる彼の目の傷は消えていくは確認出来た。あとは彼が意識を取り戻すのを待つばかり。流石にその未着衣は変態なのでその辺にあったボロ布を巻くことにした。だが…

 

 

「おかしい…何故だ…?何故斬り落とされたあの部分だけ治らない。」

 

 

彼のアソコだけ何の変化も起きてない。まさかこういった部位にポーションは無効なのかと焦る中、モモンガは僅かに見えたソレに気付いた。

 

 

(え?まさか…)

 

 

モモンガはマジマジと彼の下半身のある部分を見つめる。無論、変態的な意味ではないが側から見ればそう捉えられても仕方がない。

 

そして、見つけた。

見つけてしまった。

 

 

「あーー…そうか、うん。あったよ、うん、あったあったよ、なんかゴメン……あったよ。」

 

 

キョロキョロと動揺しながら独り言が一人でに口に出る。気絶しているとはいえ何か彼に申し訳ない事をしてしまった。

 

 

「その…人それぞれだし……うん、頑張れ。」

 

 

これからも彼には優しく接するようにしようと心に誓ったモモンガは、彼を抱きかかえて霊廟を後にした。

 

数日後、カジットの弟子達に《記憶操作》を行い今回の騒動の首謀者に仕立て上げた。後でカジットから聞いた話では今回の計画は組織には報告していない独断行動であると分かった為、ズーラーノーンに気付かれる前にそのようにしたのだ。

 

もっとも騙し切れるとは思っていない。あくまで組織を見つけるまでの時間稼ぎだ。やる事は増えたが、悪の秘密結社を探すのはかなり胸が高まるものであった為、結構楽しく思えたのはモモンガだけの秘密である。そして、ンフィーレアのンフィーレアについても…。

 

その後、彼は『エ・ランテルの英雄』と呼ばれるようになり、普通ならあり得ない銅級から一気にミスリル級にまで昇級した。漆黒の剣のメンバー達との交友も深まり、非常に充実した日々を送る事となる。

 

ンフィーレアについてはその日以降、あまり会う機会が減ってしまった。たまに会った時に挨拶する程度で会話という会話は殆ど無いに等しい。地味にショックだが、あの出来事の後では仕方がない。色々とトラウマになっているのかも知れない。

 

ならここは温かく見守るのが先決だ。

 

 

 

ーーーーーー

数日後、モモンガ拠点は相変わらず平和だった。

唯一違いがあるとするならば此処に新たな同居人が増えた事だろう。

 

家から出てきたモモンガは燦々と輝く太陽と雲ひとつない空を仰いだ。

 

 

「うむ、絶好の特訓日和だ。それじゃあ今日からよろしく頼むぞ。」

 

 

モモンガが振り返る。

そこから遅れて家から出て来た1人の女性…

 

 

「はいはーーい♡」

 

 

クレマンティーヌが上機嫌で出て来た。

だがその格好は…

 

 

「頼むから上を着てくれ…。」

 

 

上は何も纏っていない状態なのだ。その程良い豊かさと貼りのある2つの巨峰が歩くたびに揺れている。

 

モモンガは頬を少し赤らめて咄嗟に視線を逸らした。今のモモンガは『淫夢魔の呪印』を装備していても彼女を直視するのは危険なのだ。

 

 

「あれれー?モモちゃんどこ見てんのー?いやーん変態エロすけべー♡」

 

「お、お前……ワザとだろ?」

 

「だってこーーんなに解放的で安全な場所に来たの初めてだもーん。風花聖典の連中の捜索網も此処にいれば引っかからないし、周りの目を気にしないでいいんだしーー。あ、勿論モモちゃんだけは特別だよー♡」

 

「はぁ…こんな変態じゃあ国から追われるのも無理ないんじゃないか?」

 

「人の事言えるのかなー?数日前のモモちゃんだってー」

 

「あーもー!分かった分かった!!とにかくやるぞ!それにあの時はお前から仕掛けて来たんだからな!!」

 

「モモちゃんもノリノリだった癖にーー。」

 

 

モモンガは戦士としての指南役に英雄級の強さを持つクレマンティーヌを身内に引き込んだ。当初は戸惑いもあった彼女だが色々(・・)あって今はすっかりモモンガとの生活に馴染んでいる。

 

 

「それじゃあ、いっきまっすよーー」

 

「やれやれ……よし来い!」

 

 

渋々上着を着たクレマンティーヌは獲物を狙う様な前傾姿勢の構えを取ると素朴な片手剣を腰から引き抜いた。モモンガも軽装備で2本の大剣を構えた。

 

そして、互いの剣と剣が激しくぶつかり合う音が丸一日響き渡る。その後、甘く甲高い声が3日間聞こえた。




本来2話で送る中身を1話に無理やりまとめました。

アンケート実施します
暇な時で構いませんのでご協力のほど宜しくお願いします

ンフィー君にトドメを刺す展開を…

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