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役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! 作者:遠野九重

第2章

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17. ギルドの会議に出席します!


 西部の開拓事業をどのように進めていくか。


 それを話し合うため、私は冒険者ギルド本部を訪れたわけですが――


「フローラリア様、お久しぶりです!」


「3年前は危ないところを助けていただきありがとうございました!」


「西部の開拓事業、全力でお手伝いします!

 あの時の恩を返させてください!」


 建物に足を踏み入れると、一階のロビーにはギルドの職員さんたちが大勢集まっていました。


 その顔にはどれも見覚えがあります。


 3年前、魔法の暴走事故が起こった際、私が回復魔法で助けた人たちです。


 この様子だと、みなさん、後遺症もなく仕事に復帰しているみたいですね。


 私も頑張って治療をした甲斐があるというものです。


 ちょっと安心しました。


 私がホッと一息ついていると、白髪のおじいさんがこちらに近付いてきます。


 冒険者ギルドのグランドマスター、ヘラルド・ファームさんです。


 グランドマスターというのは、冒険者ギルドという組織の頂点に立つ役職で、国にたとえるなら王様のようなものでしょうか。


「フローラリア様、お久しぶりでございますな」


「ヘラルドさん、ご無沙汰しています。

 お身体に変わりはありませんか?」


「もちろんです。フローラリア様のおかげでピンピンしておりますぞ」


 ヘラルドさんは、3年前、冒険者ギルド本部で起こった魔法の暴走事故によって瀕死の重傷を負いました。


 そのままなら死んでいたところですが、私の回復魔法によって一命を取り留めています。


 いえ、それだけではありません。


 当時のヘラルドさんはひどい腰痛持ちだったのですが、それも回復魔法によって治ってしまったのです。


 スッと背筋を伸ばした立ち姿は、「隙のない老紳士」といった雰囲気を漂わせています。


「フローラリア様、隣にいらっしゃるのは噂の婚約者殿でいらっしゃいますかな」


「ええ、はい」


 私が頷くと、リベルはヘラルドさんのほうを向いて言いました。


「我は、遥か遠き天より零れ落ちた雫のひとつ、青き星海の竜リベルだ。

 リベル、と呼ぶがいい」


「承知いたしました。では、リベル殿、と。

 いやはや、それにしてもお似合いの二人ですな。

 きっとよい家庭を築けることでしょう。

 フローラリア様も幸せそうで安心いたしました」


 ヘラルドさんは、まるで孫の成長を見守るおじいちゃんのように優しい表情を浮かべながら、うんうん、と首を縦に何度も振ります。


「さて、それでは会議室に向かいましょう。

 他の幹部たちもフローラリア様にお会いできるのを楽しみにしていますからな。

 わたしが独り占めしていては、怒られてしまいます」






 会議室は冒険者ギルド本部の五階にあります。


 階段を上っていくのであれば大変でしょうが、幸い、この建物には魔導エレベーターが備え付けられています。


 中に乗り込んでボタンを押せば、自動的に五階まで連れて行ってくれるのです。


 ちなみに――


 この魔導エレベーターですが、私のご先祖様が発明したものだったりします。


「……懐かしいな」


 魔導エレベーターの中で、ふと、リベルが呟きました。


「300年前、おまえの先祖に頼まれて、この魔導具の試作品に乗ったことがある。

 空中で爆発したときは、さすがに驚いたな」


「よく無事でしたね……」


「当然だろう。俺は竜だからな。

 その程度のことではかすり傷にもならん」


 私たちがそんな話をしていると、魔導エレベーターは五階に到着しました。


「では、参りましょうか」


 グランドマスターのヘラルドさんに連れられて、私たちは魔導エレベーターから出ます。


 廊下を歩くと、奥に黒塗りの大きなドアがありました。


 ドアの上には金属製のパネルが打ち付けられており「大会議室」という文字が刻まれています。


「フローラリア様、どうぞ」


 ヘラルドさんはそう言ってドアを開けてくれます。


 さあ、いよいよ会議です。


 お父様から代理を申し付けられてからというもの、このときに備えて着々と準備を進めてきました。


 ナイスナー辺境伯国の代表としてここに来ているのですから、失敗は許されません。


「緊張しているのか?」


「……そうですね」


 リベルの問い掛けに、私は頷きました。


「ちょっと、ドキドキしてます」


「そうか。……だが、心配することはない」


 リベルはそう言って、私の頭に手を置きました。


 ぽんぽん、と優しい手つきで撫でてくれます。


「フローラが今日まで頑張ってきたことは、俺がよく知っている。

 おまえならば立派に役割を果たせるはずだ。

 いざとなれば俺も手を貸そう。安心するがいい」


「……ありがとうございます」


 私はそう答えながら、胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じます。


「もしものときはフォローしてくださいね」


「ああ、任せておけ」


 頼もしい調子でリベルが言います。


「なに、いざとなれば竜の姿に戻ればいい。

 俺が翼を広げて咆哮すれば、大抵の交渉は通るだろう」


「あの、それって交渉じゃなくて脅迫って言いませんか?」


「冗談だ」


「……え?」


 私は思わず変な声を出してしまいました。


 というのも、リベルが冗談を言うとは思っていなかったからです。


 これ、ものすごくレアな場面じゃないですか?


 びっくりして眼をパチパチさせていると、リベルはフッと口元に笑みを浮かべました。


「冗談には、緊張をほぐす効果があると聞いた。

 ……上手く行っただろうか」


「ええと……たぶん?」


「ダメだったか……」


 しゅん、とリベルは肩を落とします。


 その姿がなんだかちょっと可愛らしくて、私はクスッと笑ってしまいました。


「ふふっ、ダメじゃないですよ。

 ちゃんとリベルのおかげでリラックスできました。

 これなら大丈夫です。さあ、行きましょう」


 私はリベルにそう声を掛けて、会議室へと足を踏み入れました。





 * *






 オレの名前はイース・ジャッジマン、冒険者ギルドの職員だ。


 生まれはリーザ―侯爵領で、15歳のとき、地元にある冒険者ギルドの支部に就職した。


 オレの実家は商人で、小さいころから経理の手伝いをやっていた。


 その知識と経験を生かして支部の経営改善に乗り出したところ、想像以上の大成功となり、支部の収支は万年赤字から大幅な黒字へと転化している。


 その功績を認められ、昨年、オレは冒険者ギルド本部の財務課へと栄転することになった。


 ……いや、栄転なんて言葉は間違ってるな。


 本部で働くようになってから給料は上がったが、王都の治安はいまひとつよろしくない。


 暮らしぶりとしてはリーザ―侯爵領にいたころのほうがマシだった。


 そのうち人事課に掛け合って、元々働いていた支部に戻してもらおう……と思っていたら、予想外の仕事が降ってきた。


 いま、冒険者ギルドはナイスナー辺境伯国とともに西部の開拓を行おうとしている。


 その開拓事業の財務部門を取り仕切るよう、グランドマスターのヘラルドさんから言いつけられたのだ。


「そんな大役、オレみたいな若手に任せていいんですか?

 しかも、本部に来てまだ1年しか経ってないですし……」


 オレの言葉に対し、ヘラルドさんは穏やかな表情を浮かべながらこう告げた。


「イースくん。あなたが若手で、しかも本部に来て日が浅いからこそ、今回の仕事をお願いしたいのですよ」


「どういうことですか?」


「3年前、冒険者ギルド本部で魔法の暴走事故があったことは知っていますね?」


「はい」


 当時のオレはリーザ―侯爵領の支部で働いていたが、本部で魔法の暴走事故が起こったことくらいは知っている。


 原因は不明だが、本部の建物が半分以上も吹き飛んでしまったらしい。


「あのとき、本部の人間の多くはフローラリア様の回復魔法に助けられました。

 今回の開拓事業を、3年前の恩返しと捉えている者も少なくありません。

 何を隠そう、わたしもその1人です。

 フローラリア様のためならば、どんな協力も惜しむつもりはありません。

 ……ですが、組織のトップが損得を見失うほど一個人に肩入れしているのは危険な状況でしょう。

 だからこそブレーキ役として、あなたを財務に任命するのです」


 ああ、なるほど。


 そういうことか。


 俺は若手で、本部に来てから日が浅く――フローラリア様との関わりも薄い。


 その立場を生かし、中立的な視点から開拓事業を眺めること。


 ヘラルドさんとしては、オレにそんな役割を期待しているのだろう。


「分かりました。つまりオレは『嫌われ役』をやればいいんですね」


「はい。あなたを財務に抜擢することについては、他の幹部たちからも同意を得ています。

 ……彼らも、フローラリア様にずいぶんと入れ込んでいますからね。

 そしてそれが組織の在り方として危険なことを理解しているようです」


「なんつーか、その」


「どうしました?」


「冒険者ギルドって面白い組織ですね。

 ああ、いや、別に皮肉とかじゃないです。

 たしかに一個人を贔屓するのって、大きな組織としてはヤバいですよね。

 それをちゃんと自覚して、対応策を取れるのはすげえなあ、って」


「ありがとうございます。ですが、それは初代グランドマスターのおかげですよ」


 初代グランドマスターといえば、つまり、300年前に冒険者ギルドを設立した人間のことだ。


 名前はたしか、トルハかトハルだったか、そんな感じだった気がする。


 オレが記憶を遡っている間にも、ヘラルドさんの話は続いている。


「初代の遺言にこのようなものがあります。

『大事を為す時は、空気を読まず、かつ、空気に逆らうことのできる者をひとり重用せよ』。

 わたしはそれに従ったまでのことです」


「……いい言葉ですね」


「わたしもそう思います。

 では開拓事業の財務のほう、よろしくお願いします。

 わたしの直属で動いている、という形にしますので、人員が必要ならいつでも言ってください」


 そうしてオレは開拓事業の財務部門の代表となり――会議の日を迎えた。


「ナイスナー辺境伯国のフローラリア・ディ・ナイスナーです。本日はよろしくお願いします」 


「我は、遥か遠き天より零れ落ちた雫のひとつ、青き星海の竜リベルだ。リベル、と呼ぶがいい」


 オレがフローラリア様を直に見るのは初めてだったが、しばらくのあいだ、我を忘れて見惚れていた。


 まるで妖精のようだ、と思った。


 ふわりとした銀髪、きらめく青い瞳、淡雪のような白い肌――。


 可憐という言葉がそのまま人の形を取ったような姿だった。


 隣に立つ、リベルという男もまた美しい。


 顔は細く、輪郭は端正で、まるで神が手掛けた芸術作品のようだ。


 ほどなくして会議が始まったが、オレは何も言うことができなかった。


 本当なら『嫌われ役』として、疑問や質問を投げかけるべきなのだろう。


 しかし、オレみたいな若造が口を利いていい相手には思えなかったのだ。


 そんな時だった。


「財務部門の代表者さんは、いらっしゃいますか」


 フローラリア様が、そんなことを言った。


「……オレです」


「今回の開拓事業について、冒険者ギルドからはかなりの助力をいただけると聞いています。

 とはいえお金は有限ですよね。予算についてお伺いしたいのですが――」


 そうして財務についての議論が始まったのだが、驚いたことに、フローラリア様はこの事業における金の流れというものをきっちりと把握していた。


 国王である父親の代わりとして会議に出席しているそうだが、その姿は決してお飾りの人形などではなかった。


 国を背負う者としての自覚を持った、立派な「王族」だった。


 ……フローラリア様が王妃になっていたら、この国はどうなっていたんだろうな。


 財務についての話が一段落ついたところで、オレはふと、そんなことを考える。


 フローラリア様は前国王の息子であるクロフォード様の婚約者だった。


 これまでの慣例通りならクロフォード様が国王の座に就き、フローラリア様は王妃となっていたはずだ。


 フローラリア様が王妃だったら、ぼんくらで有名なクロフォード様を手の上でうまく転がしつつ、フォジーク王国をいい方向に導いてくれたかもしれない。


 ああ、でも、やっぱダメだな。


 クロフォード様なんかに、フローラリア様はもったいない。


 なによりも、リベル様の横にいるフローラリア様はとても幸せそうだ。


 会議のあいだも時々、チラリと視線を交わしては頷き合っている。


 言葉はなくとも通じ合うものがあるのだろう。


 それが微笑ましく、羨ましい。


 ……参ったな。


『嫌われ役』のはずなのに、オレも肩入れしたくなってきた。


 だが、公私混同はするべきじゃない。


 きっちりと線引きをしよう。


 ただ――


 実家に連絡して、開拓事業に手を貸すことを勧めるくらいはしてもいいだろう。


 オレの実家は商人だ。


 もうちょっと正しく言えば、実家のジャッジマン商会はフォジーク王国でも一、二を争う規模だったりする。


 今回の会議を通じて確信した。


 この開拓事業はきっと成功する。


 だったら、実家に対して一枚噛むようにアドバイスしておくのは、個人的な感情を抜きにしても間違いではないはずだ。




 * *


 


 ……ふう。


 事前にきっちりと準備を進めておいたおかげか、無事に会議は終わりました。


 財務部門の代表であるイースさんからはいくつか厳しい指摘があったものの、そのおかげでお金についての議論はきっちりと詰めることができました。


 冒険者ギルドのみなさんが協力的なのはありがたいですけど、イエスマンばっかりじゃ危険ですからね。


 イースさんみたいに、空気に流されず、必要なことを発言できる人は大切にするべきだと思います。


 さて――


 会議のあと、グランドマスターのヘラルドさんがこんなことを言いました。


「実はフローラリア様にお渡ししたいものがあります。

 よろしければ、一緒に地下までお越しいただけませんかな」


「分かりました。リベルにも来てもらっていいですか?」


「もちろんです。では。こちらへ」


 そう言ってヘラルドさんは魔導エレベーターに乗り込みます。


 私とリベルもその後ろに続きます。


「渡したいものって、なんですか?」


 私が問いかけると、ヘラルドさんは少し考え込んでからこう答えました。  


「実はわたしにもよく分からないのです。

 300年前に冒険者ギルドを設立した初代グランドマスター……トルハ・ラハリオの遺産だそうです。

 トルハ氏はこのような遺言を残しております。

『ナイスナー家が西部の開拓に乗り出した時、我が遺産をその家の娘に渡すべし。必ずや開拓の手助けになるだろう』と」


 ええっと。


 ちょっと待ってくださいね。


 なんだかいま、ものすごく頭に引っ掛かるものがありました。


 初代グランドマスターの名前、どこかで聞いたような……?


 私が考え込んでいると、隣でリベルが呟きました。


「冒険者ギルドを設立したのは、フローラ、おまえの先祖だ。

 あいつはナイスナー辺境伯領の開拓にあたって各地から人材を集め、冒険者ギルドという形で組織化を行った。

 ……トルハというのは偽名だな。名前を逆から読めば分かるだろう」


 トルハ――ハルト。


 ああ、なるほど。


 確かに、私のご先祖様の名前です。


 ご先祖様は未来視の魔法を持っていましたし、ナイスナー家が西部の開拓に乗り出すことも、私が冒険者ギルド本部を訪れることも分かっていたのでしょう。


 はたしてここにはどのような遺産があるのでしょうか。


 魔杖メリクリウスもご先祖様の遺産ですが、ものすごい力を持つアイテムでした。


 今回も、ちょっと楽しみです。





次回更新は7月5日 (日) 23時00分頃を予定しています!

(2週間後なのでご注意ください)



おかげさまで累計300位に入りました!

みなさま、ありがとうございます……!


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どうぞよろしくお願いします!



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