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役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! 作者:遠野九重

第2章

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16. フォジーク王国へ&新しい王妃様が処分されました!

 お父様はリベルの言葉に頷きました。


「家が欲しい、か。

 分かった、他ならぬリベル殿の願いだ。

 候補をいくつか見繕っておこう」


「感謝するぞ、義父殿」


 リベルはそう答えたあと、私の方を向いて言いました。


「フローラ、勝手に話を進めてしまったな。

 異論はないか?」


「えっと……はい。

 いちおう、大丈夫です」


 嘘です。


 実は心臓がけっこう大丈夫じゃなかったりします。


 ものすごくドキドキしています。


 というのも――


 今回、リベルは家を欲しいと言いました。


 ただの家ではなく、私と暮らすための家です。


 そんな言葉が出てくるあたり、リベルは私との結婚をきっちりと意識して、前向きに考えてくれているのでしょう。


 嬉しいけれど、照れくさい。


 私としてはそんな気持ちでした。  


 そうして話が一段落ついたところで、お父様が言いました。


「さて、それでは本題に入ろう。

 フローラ、王都からの住民を受け入れる計画については覚えているか?」


「もちろんです」


 私は頷きました。


 隣国のフォジーク王国は多くの問題を抱えていますが、そのうちのひとつが王都の人口過剰です。


 300年ものあいだ平和な日々が続いたことで人口が爆発的に増加したものの、代々の国王は根本的な解決に取り組まず、王都の拡張を場当たり的に繰り返すばかりでした。


 結果、王都には行政の手が行き届かないスラム街がいくつも生まれ、治安は悪化の一途を辿っています。


 これに対して、フォジーク王国はとんでもない解決策を打ち出しました。


 そう、ナイスナー辺境伯国への移民です。


 もともとは王都の住民の1割を受け入れる予定で話が進んでいました。


 ですが、いざ移住希望者を募ってみると、ものすごい勢いで申し込みが殺到したそうです。


 原因は色々と考えられますが、王都の治安の悪さに加えて、私の婚約破棄をめぐる一連の騒動によってフォジーク王国に愛想を尽かした人が多かったのかもしれません。


「結局、どれくらいの人を受け入れることになったんですか?」


 私が質問すると、お父様は執務机の上に置いてあった資料をパラパラとめくり、こう言いました。


「王国側の担当者の報告によれば、3万人から4万人といったところだ」


 私の記憶が正しければ王都の人口はおよそ12万人ですから、およそ3割が移住を希望しているわけです。


「……かなり多いですね」


「私も同感だ。おそらく、何度かに分けて住民を受け入れることになるだろう」


 そう言ってお父様は今後の計画について説明を始めました。


 現在、ナイスナー辺境伯国では西側の開拓に向けて準備を進めていますが、当然ながら人手が必要になってきます。


 お父様としてはここに王都からの移住してくる人々を投入するつもりのようです。


「開拓事業に従事してもらうことは、すでに移住希望者たちに説明を行っている。

 ……『それでも王都にいるよりはマシ』という意見が大半らしい」


「まあ、そうですよね……」


 王都は北側の宮殿を中心として貴族街が広がり、その周辺に平民街があり、外周部に行くにつれてスラム街が目立つようになっていきます。


 ただ、この10年ほどで貧富の差が拡大し、貴族街はよりきらびやかになる一方で、平民街の暮らしぶりは悪化していき、スラム街と区別がつかないような苦境に陥りつつありました。


 そんな状況ですから、王都の人たちが「ナイスナー辺境伯国で開拓をやってるほうがマシ」と考えるのは当然といえば当然かもしれません。


「移民および開拓事業については、冒険者ギルドも協力してくれるそうだ」


 おおっ。


 それは心強いですね。


 冒険者ギルドというのはおよそ300年前、開拓事業を請け負う民間組織として生まれたそうです。


 現在はどこの貴族家も開拓を積極的に行わなくなったため、冒険者ギルドは魔物退治を引き受ける組織として活動しています。


 開拓事業のひとつである『魔物退治』だけがクローズアップされて現在に残った……という形でしょうか。


 とはいえ未開の地を切り開くための知識や技術はきっちり継承されていますし、冒険者ギルドが西部の開拓に手を貸してくれるのは非常に助かります。


「近日中に王都の冒険者ギルド本部で、今回の事業についての話し合いがある。

 フローラ、私の代わりに行ってきてはもらえないか」


「私、ですか?」


「ああ」


 お父様は頷きます。


「おまえも今では国を背負う立場の人間だ。いい経験になるだろう。

 冒険者ギルド本部からも『ぜひフローラに来てほしい』という要望が出ている。3年前の恩返しをしたいそうだ」


 3年前というと……あの件でしょうか。


 当時の私はクロフォード様と婚約しており、次期王妃としての教育を宮廷で受けていました。


 そんなとき、王都の冒険者ギルド本部で魔法の暴走事故が起こったのです。


 私はすぐに宮廷を飛び出して回復魔法での救助活動を行ったのですが、助けた人のなかには冒険者ギルドの幹部や各地の支部長がたくさん混じっていました。


 なんでも、その日はちょうど年に1度の総会が開かれており、重要なポストにある人がみんな本部の建物に集まっていたそうです。


 ……もし私が宮廷を飛び出していなかったら、冒険者ギルドの上層部は半分以上が命を落として、組織は大混乱を起こしていたかもしれません。


 それはさておき――


 冒険者ギルド本部から要望が来ているのであれば、ここは応えておくべきでしょう。


 あえて断る理由もありませんし、3年前に治療した人たちが無事に過ごしているかも気になります。


 だから私はこう答えました。


「分かりました。その話、引き受けさせてもらいます」




 * *




 我が名は青き星海の竜リベル。


 フローラリア・ディ・ナイスナーの婚約者だ。


 義父上殿の話によれば、冒険者ギルド本部での話し合いは今からちょうど10日後に行われるらしい。


 フローラは頼もしい表情を浮かべて「私に任せてください」と言っている。


 ふふん、と誇らしげに胸を張っている姿はなんとも可愛らしい。


 俺は口元が自然と緩むのを感じながら、義父上に告げる。


「冒険者ギルドでの話し合いだが、俺も同行しよう。構わないか?」


「もちろんだとも。リベル殿、どうかフローラを守ってやってくれ」


 義父上は俺のほうを向くと、深く頭を下げた。


 俺たちは家族なのだから、別に、そう畏まる必要はないのだがな。


「ありがとうございます、リベル。頼もしいです」


 フローラが、ふわり、と花がほころぶような笑顔を浮かべる。


「構わん。俺が好きでやっていることだからな」


 本来、竜とは自己中心的な生き物だ。


 にもかかわらず、俺はフローラのために何かをしてやりたいと思っている。


 フローラが喜んでくれれば、俺も嬉しい。


 おそらくこの感情こそが、人間たちの言う「好き」というものなのだろう。



 

 話し合いに出席することが決まってから、フローラの行動は迅速だった。


 国内の町や村を巡っての治療活動を継続しつつ、移民事業や開拓事業の資料を読み込み、会議に向けて準備を進めていた。


 俺にできることはあるだろうか?


 フローラの姿を眺めているだけでも楽しいものだが、どうせなら手助けをしてやりたい。


 そんなわけで夜はいつもフローラの私室を訪れ、俺も一緒になって事業の資料を読むことにしていた。


「ガルド砦を中心にして街を作り、開拓の足掛かりにする……か。いい考えだな」


 ガルド砦はナイスナー辺境伯国の西端にあり、周辺には手つかずの土地も多い。


 魔物の襲来も止まったいま、新たな街を作るには最適な場所だろう。


「フローラならどんな街を作る?」


 俺はふと戯れに、そんなことを問い掛けてみた。


 フローラからの返答はなかった。


「くぅ……。すぅ……」


 机に突っ伏したまま眠っていた。


 無理もない。


 連日のように国内を飛び回り、夜も遅くまで会議の準備に取り掛かっているのだ。


 疲れが溜まるのも仕方のない事だろう。


「あまり無理をしてくれるなよ」


 俺はそう呟きながら、そっとフローラに近付き、長い銀色の髪を撫でる。


 フローラはとても優しい人間だ。


 いつも誰かのためを思い、自分にできる最大限のことをやろうとしている。


 その生き方は、おそらく、尊いものだろう。


 少なくとも俺はそう思う。


 だがその一方で、フローラは周囲を気遣うあまり、自分自身の幸福というものをあまりに軽く扱っている。


「おまえはもっと自分勝手になっていいと思うのだがな」


 つい、独り言が漏れてしまう。


 竜にここまで心配を掛ける人間など、長い歴史の中だけでもフローラくらいだろう。


 俺は軽くため息を吐きながら、そっとフローラの身体を持ち上げる。


 とても軽い。


 そして、小さい。


 この華奢な身体ひとつで、本当によく頑張っているものだ。


 だから――今は安らかに眠るといい。


 俺はフローラの身体をベッドに横たえると、そっと布団を掛けた。


 そうして部屋から立ち去ろうとしたところで――くい、と服の左袖を引かれた。


「フローラ?」


「くぅ……」


 フローラは眠っている。


 どうやら寝惚けて俺の袖を引っ張ったらしい。


 その小さな手は、いまだに袖をぎゅっと握りしめている。


「むにゃ……リベル……」


「……まったく」


 思わず、苦笑する。


 俺の婚約者は、どこまで可愛らしいのだろうか。


 こんなことをされてしまっては、立ち去るわけにはいかないだろう。


 幸い、竜というのは三日ほど眠らなくとも問題のない生き物だ。


 例外といえば、争いで深い傷を負った時くらいだろう。


 俺はベッドの縁に腰を下ろすと、フローラが目を覚ますまでその寝顔を眺めることにした。




 * *




 さて、話し合いの日がやってきました。


 とはいえ、いきなり冒険者ギルド本部に向かうわけではありません。


 まずはお父様やリベルと一緒に王都の宮殿へ向かい、フォジーク王国の国王との謁見を行うことになっています。


 移動手段については、私の魔法のひとつ、えいえい (仮称) こと《ウォーターワープ》を使うことになりました。


 ちなみに命名してくれたのはリベルです。


 水面と水面を繋いでワープするから《ウォーターワープ》、なかなか分かりやすい名前と思います。


「それじゃあ、いきますね」


 私は屋敷の庭にある小さな池に向かうと、そこに魔杖メリクリウスをかざしました。


 意識を集中させて、魔法を発動させます。


「――《ウォーターワープ》」


 すると、池の水面が鏡のような輝きを放ちました。


「まずは俺が行こう」


 リベルがそう言って、水面へと飛び込みます。


 その後ろに続いたのは、護衛役の騎士たちです。


 フォジーク王国は今や私たちにとって「他国」ですからね。


 もしもの場合に備えて護衛を連れて行くのは当然のことでしょう。


 もちろん、フォジーク王国側の許可は得ています。


 騎士たちがみんな移動を終えると、次はお父様、そして最後が私です。


「えいっ!」


 ぴょん、と水面に向かってジャンプすると――次の瞬間、別の水面から飛び出していました。


 そこは王都の宮殿にある、中庭の噴水でした。


 私たちが《ウォーターワープ》を使って移動することは事前に伝えていたため、それほど大きな騒ぎにはなりませんでした。


 宮殿を守る近衛騎士たちに案内されて、謁見の間へと向かいます。


 フォジーク王国の国王は、もともと四つの公爵家の当主から選ばれることになっていました。


 この100年ほどはスカーレット公爵家の当主が代々ずっと国王の座を独占していたわけですが、私の婚約破棄とナイスナー家の独立をきっかけとして、風向きは大きく変わりました。


 先代国王のグーズ・ディ・スカーレットは退位させられ、スカーレット公爵家は国王に就任する権利を無期限に剥奪されました。


 それに代わって国王となったのはバーミリオン公爵家の当主、ドレイク・ディ・バーミリオンという人です。


 今年で45歳になる中年の男性で、顎にはもっさりとした髭が生えていました。


 身体も大きく、動物にたとえるなら外見はクマに似ています。


「グスタフ王、フローラリア姫、そしてリベル殿。今日はよくぞ来てくれた。

 移民については本当に感謝している。滞在中、不自由があれば遠慮なく言ってくれたまえ」


 ドレイク王はよく通る大きな声でそう言いました。


 先代のグーズ王に比べると、頼りがいがありそうな雰囲気を漂わせています。


 ちなみにグスタフというのはお父様の名前です。


 その娘である私は、公的な立場としては『姫』になるのでしょうが……うーん。


 やっぱり『姫』って呼ばれるのは落ち着きませんね。


 なんだか背中がむず痒くなります。


 自分で言うのもなんですけど、私って、『姫』にしてはお淑やかさが圧倒的に足りてないわけですし。


 なんだか世界中のお姫さまに対して申し訳ないような気分になってきます。


 でも、まあ、立場が人を作るという言葉もありますし、もしかしたら私もいずれお淑やかな、姫君らしい姫君になる日がくるかもしれません。


 ……そんな姫君になろうという気持ちが皆無だったりするのは秘密です。


 それはさておき、ドレイク王との謁見はあっさりと終わりました。


 まあ、今日の謁見はほとんど形式的なものですからね。


 いまの私たちにとって、フォジーク王国は「他人の土地」です。


 他人様(ひとさま)の土地で活動をするわけですから、地主であるドレイク王に挨拶をしておくのは礼儀というものでしょう。


 ともあれ謁見も済ませたことですし、冒険者ギルド本部へ向かいましょう。


 お父様のほうは移民の受け入れについてドレイク王と話し合うことがあるらしく、別室で会談を行うそうです。


「お父様、それでは行ってきます」


「ああ。……リベル殿、フローラのことをよろしく頼む」


 お父様がそう言うと、リベルは力強い表情で頷きました。


「義父上殿、心配することはない。

 俺がいるかぎり、フローラには傷ひとつつけさせん」


「はははははっ、頼もしいな!」


 大声で話しかけてきたのは、ドレイク王です。


「だがリベル殿、いくら貴殿が竜とはいえ油断は禁物だ。

 王都のスラム街に住む連中はなかなかに厄介だ。

 あれは人の姿をした魔物と思ったほうがいい。

 うっかりしていると、フローラリア姫を連れ去られるかもしれんぞ」







 リベルを連れて謁見の間を出たあと――


 私はずっとドレイク王の言葉について考えていました。


 人の姿をした魔物。


 自分の国に暮らす人々をそんな風に呼ぶのは、国王として正しいことなのでしょうか?


 そんなことを考えながら宮殿の中を歩いていると、ちょうど、曲がり角のところで豪奢に着飾った中年の女性に出会いました。


「あら、フローラさん。ごきげんよう」


「お久しぶりです。王妃様」


 そこにいたのはバーミリオン公爵家夫人のルイーザ様でした。


 現在、夫のドレイク様は国王の地位にあるので、ルイーザ様は王妃ということになります。


 数年前にお会いしたときは清楚で控えめな雰囲気の、まさに『貴婦人』という印象の女性でした。


 けれども今のルイーザ様は、ええと、なんといいますか……。


 すっごくハデです。


 左右の手の指ぜんぶに宝石の指輪を付けて、さらに衣服のあちこちにも宝石がキラキラと輝いています。


 あ、髪の毛にもダイヤモンドが編み込まれてますね。


 オシャレと言えばオシャレかもしれません。


 まあ、ファッションは個人の自由ですし、そこを批判するつもりはありません。


 とはいえ、かつてのルイーザ様はこういった贅沢を嫌っていたので、私としては戸惑いを覚えてしまいます。


「ねえ、フローラさん」


 ルイーザ様は、金箔の貼られた扇を口元に当てながら話しかけてきます。


「あなたのところで、うちの国のゴミを引き受けてくれるのでしょう?

 本当に感謝していますわ」


「……はい?」


 ええと。


 ルイーザ様はいったい何の話をしているのでしょうか。


 ゴミを引き受ける?


 そんな話は一度も聞いたことがありません。


「あらやだ、とぼけないでちょうだい。

 スラムの汚らわしい連中を、まとめて連れて行ってくれるのよね?」


 ああ、なるほど。


 ルイーザ様は王都からナイスナー辺境伯国への移民について話をしているわけですね。


 そこは理解できました。


 ただ、その、ええっと。


 王国の歴史を学べば分かることなのですが、代々の国王がずっと失政を続けていたからこそ、王都にスラムが生まれ、今も拡大を続けているわけです。


 本来ならば国をあげて取り組む問題のひとつですし、だからこそ私も次期王妃だったころは怪我人や病人の治療などを行っていました。


 スラムの人々は、いわば「失政の被害者」というべき存在です。


 それを「ゴミ」と呼ぶのは、王妃としてどうなのでしょう。


 私が首をかしげていると、ルイーザ様はさらにこう続けました。


「わたくしの暮らす王都が、こんなに汚い場所なんて耐えられませんの。

 いっそ平民をみんな連れて行ってちょうだい。王都は貴族だけが暮らす場所になればいいのよ」


 ルイ―ザ様、頭、だいじょうぶですか……?


 私は思わずそう言いかけて、ハッと口をつぐみました。


 いまの私にとってフォジーク王国は「他国」であり、ルイ―ザ様は「他国の王妃」です。


 うっかり暴言を吐いたら外交問題になってしまいます。


 ここは広い心で沈黙しておきましょう。


 でもルイ―ザ様、よく考えてください。


 この宮殿で働いている人のほとんどは平民ですよ?


 平民がみんな消えてしまったら、身の回りのことは自分で全部やることになるんですが、そのあたりは分かっているんでしょうか……?


 たぶん分かってないですよね、これ。


 話を聞いているのも疲れましたし、そろそろお暇しましょうか。


「あの、ルイ―ザ様」


「なにかしら?」


「実はこのあと、移民の受け入れについて冒険者ギルド本部で会議があるんです。

 話の途中で申し訳ないんですけど、そろそろ――」


「あら、引き留めてごめんなさいね。

 ともあれ、ナイスナー辺境伯国には期待しているの。

 これからも王都のゴミ箱として頑張ってちょうだい」


 あれ?


 いま、聞き捨てならないような暴言が聞こえたような。


 気のせいでしょうか。


 私はほとんど反射的に、ドレスのポケットに入れていた記録水晶を起動していました。


「すみませんルイ―ザ様、いま、何とおっしゃいましたか?」


「あら、聞こえなかったかしら。

 ナイスナー辺境伯国は王都のゴミ箱と言ったのよ」


 ルイ―ザ様は、ニタア、と粘着質な笑みを浮かべると、やけにゆっくりとそう言いました。


「この際だから言っておきますけれど、わたくし、フローラさんのことがずっと嫌いでしたの。

 平民なんて家畜と大差ないのに、そんな連中に手を差し伸べて何になるのかしら?

 ああ、臭い。フローラさんからは汚らわしい平民のニオイがしますわ。

 わたくしの宮殿からさっさと出て行って――」


「……黙れ」


 低い声で割り込んだのは、リベルでした。


「フローラへの侮辱は、婚約者である俺への侮辱と同じだ。

 いい加減に、その口を閉じてもらおうか」


「ヒッ……!」


 リベルが私を庇うように一歩前に踏み出すと、たったそれだけのことでルイ―ザ様は腰を抜かしました。


 その顔は蒼褪め、怯えのあまり声が震えています。


「わ、わ、わたくしに逆らうと外交問題になりますわよ!」


「ほう」


 リベルはあくまで余裕の表情を浮かべたまま答えます。


「外交問題になったら、どうだというのだ」


「え、ええと、その……」


 ルイ―ザ様はなぜか口籠ってしまいます。


 もしかして『外交問題』が具体的に何を引き起こすのか理解していないのでしょうか。


 いや、でも、王妃になって1ヶ月は経つわけですし、それくらいは把握しているはずです。


 たぶん、きっと、おそらく。


 ルイ―ザ様はあちこちに視線を彷徨わせたあと、慌てたようにこう叫びました。


「こ、交易! ナイスナー辺境伯国との交易をやめさせていただきますわ!

 食料が手に入らなくて困りますわよね!」


「フローラ、どうなのだ?」


「……困らないですね」


 ナイスナー辺境伯国は豊かな土地に恵まれていますし、私が水魔法の使い手であることも加わって、この10年は豊作が続いています。


 むしろ食料が余っているからこそ、移民を受け入れる余地があるわけでして……。


 そういう意味では、交易をやめたところでナイスナー辺境伯国にあまりデメリットはありません。


 実際、今後の開拓事業を考えて、王国への輸出を減らす方向で動いていますしね。


 あと、通信水晶や記録水晶のような魔導具って、ほとんどがナイスナー辺境伯国で作られているんですよね。


 独占的な特産品と言ってもいい状態です。


 現在の貴族の生活において魔導具は必要不可欠なものになっています。


 フォジーク王国とナイスナー辺境伯国の交易がストップすると、いちばん困るのはルイ―ザ様自身ではないでしょうか……?


 そのあたりを説明してみたところ、ルイ―ザ様の反応はというと。


「そんなの、知ったことではありませんわ!

 とにかく外交問題! 外交問題ですわ! 謝りなさい!」


 顔を真っ赤にして喚くばかりでした。


 これでは会話になりません。


 そうこうしているうちに人が集まってきて、ドレイク王とお父様もやってきます。


 ルイ―ザ様はすぐにドレイク王のところに駆け寄ると、


「あの小娘がわたくしを侮辱しましたの!

 慰謝料を請求すべきですわ!」


 と叫びました。


「……とりあえず、事情を聞かせてくれんか」


 ドレイク王は疲れたような表情で言いました。







 ドレイク王に状況を説明するにあたって役に立ったのは、ポケットの中の記録水晶です。


 そこには途中からですが、私とルイ―ザ様のやりとりが録音されています。


 すべてを聞き終えると、ドレイク王は困ったような表情を浮かべて呟きました。


「これは……確かに問題発言だな……」


「そうですわよね!」


 ルイ―ザ様が嬉しそうに大声を上げます。


「ざまあみなさい、この小娘!

 わたくしに逆らうからこうなるのですわ!

 まあ、今からここに這いつくばって許しを請うのなら――」


「ルイ―ザ、黙れ」


 ドレイク王はそう言ってルイ―ザ様の言葉に割り込むと、深々と頭を下げました。


「フローラ姫、本当に申し訳ない。

 ……今回の件だが、非はどう考えてもルイ―ザにある。謝罪させてほしい」


「意味が分かりませんわ!」


 ルイ―ザ様が声を荒げます。


「わたくしはこの王国の王妃! 高貴な存在なのですわ!

 辺境の小娘をどう扱おうが許されて当然なのに、どうして謝る必要がありますの!?」


「誰か、ルイ―ザを下がらせろ。部屋から決して出すな」


 ドレイク王がそう命じると、周囲にいた騎士たちがルイ―ザ様を取り囲みました。


「やめなさい! わたくしにこんなことをしていいと思っているの!? 死刑! 全員、死刑ですわ!」


 もちろんルイ―ザ様にそんな権力はありません。


 騎士たちによって強引にその場から引き離されていきます。


「……あれにも困ったものだ」


 ドレイク王は嘆息しました。


「王妃になってからというもの、まるで別人のように豹変してしまった。

 今日は部屋から出ないように言っていたはずだが……困ったものだ。

 ともあれ、ルイ―ザには相応の処分を下させてもらう。

 あれを王妃にしていては国が汚れる」



 * *



 ルイ―ザ様はスラムの人たちを「汚らわしい」と言いました。


 そんな彼女がドレイク王から「王妃にしていては国が汚れる」と言われてしまうのはある意味、皮肉なことかもしれません。


 これは後でお父様から聞いたことですが、ドレイク王としてはルイ―ザ様を廃后するつもりのようです。


 廃后とは、離縁して王妃の身分を剥奪することであり、処分としてはかなり厳しいものです。


 ある意味、社会的な処刑とも言えます。


 ちょっとやりすぎな気もしますが、ドレイク王はナイスナー辺境伯国との関係をそれだけ重視している、ということなのでしょう。






 ともあれ――


 ドレイク王からの謝罪が終わったあと、私はリベルを連れ、宮殿を出ました。


 馬車に乗って冒険者ギルド本部へと向かいます。


 場所としては平民街の西になりますが、このあたりもスラムに呑み込まれつつあります。


 建物の近くで馬車を下りると、ゾロゾロと人が集まってきました。


「フローラリア様、おかえりなさい!」


「聖女様がいらっしゃったぞ!」


「ありがたやありがたや……」


 相変わらずの歓迎ぶりですが、そのなかには私に向かって両手を合わせ、祈っている人までいます。


 いや、ちょっと待ってください。


 私、人間ですよ?


 祈られてもご利益ないですよ?


 戸惑っていると、リベルがぽんぽんと私の頭を撫でました。


「ドレイク王の話によれば、スラムに住む者は『人の形をした魔物』だそうだが……俺にはとてもそうは思えんな」


「ですね」


 私は頷くと、冒険者ギルド本部へと足を踏み入れました。








次回更新は6月21日 (日) 23時00分頃を予定しています!


おかげさまでジャンル別四半期1位となりました。

あとすこしで累計300位に入ります。

みなさま、本当にありがとうございます!


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どうぞよろしくお願いします!



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