13. 直接対決です!
予定より少し早いですが、公開します!
ガルド砦から王宮までは、通常、馬車だと半月以上の旅路になります。
ですが、竜の姿になったリベルはこう言いました。
「王宮の場所は300年前と同じなのだろう?
であれば、1刻 (1時間)ほどで着く」
さすが竜、とんでもない速さですね。
というわけで、私、お父様、ライルお兄様の3人は、リベルの手に乗せてもらって、王宮へ向かうことにしました。
「お父様、お兄様、いいですか?
リベルの手に乗る時は、ちゃんと靴を脱いでください」
「確かにフローラの言う通りだ。
人間に置き換えるなら、土足で他人の背中に乗るのは失礼というものだからな」
「オヤジ。それ、どんな状況だよ。
まあ、肩車をしてもらうときには靴を脱ぐもんだし、要するにそういうことだろ?」
リベルの掌はとても大きいので、私たち三人が座ってもまだ余裕がありました。
そしてやはり、いつものようにポカポカと暖かいです。
油断すると眠ってしまいそうですが、これから王様と直接対決なわけですし、気を引き締めていきましょう。
えい、えい、おー。
「フローラ、義父殿、義兄上。準備はいいな?」
頭上から、リベルの声が聞こえてきます。
「ばっちりです!」
「リベル殿、よろしく頼む」
「よーし、出発だ!」
「承知した。行くぞ」
リベルはそう言うと、左右の翼を大きく羽搏かせました。
ふわり、とその巨体が宙に浮かびあがります。
「見ろ、ライル。ガルド砦があんなに小さく……!」
「おいおい親父、はしゃぎすぎだぜ。興奮して落っこちるなよ」
空からの風景にいちばん興奮していたのは、意外なことにお父様でした。
まるで子供のように眼をキラキラさせていて、ちょっと可愛らしいです。
「義父殿に喜んでもらえてなによりだ」
リベルはフッと小さく笑みをこぼしました。
なんだか嬉しそうです。
一家団欒って感じがして、私もなんだか気持ちが暖かくなってきます。
そんなとき、パン、とライルお兄様が両手を打ち鳴らしました。
「さて、と。
ほのぼのするのもいいが、王宮に着いたあとの動きについて打ち合わせをしておこうぜ。
ぶっつけ本番ってのはあんまり好きじゃねえからな」
「お兄様って、人生万事いきあたりばったりのイメージなんですけど……」
「おいおいフローラ、そいつは誤解だ。
俺はいつも計画を立ててから動いてるぜ。
計画通りに行ったことが一度もないから、いきあたりばったりになってるだけだ」
「それ、何も意味がないような……」
「いやいや、意外とそうでもないぜ。
頭の中にきっちり計画を用意しておけば、いきあたりばったりになっても『本来だったらこう動いていたはずだ』って意識を持ちながら目標に向かって動けるからな」
「つまり義兄上はこう言いたいのだろう」
と、リベルが口を開きました。
「地図も目印もなく迷子になるよりは、大雑把でも地図や目印があったほうがマシだ、と」
「そうそう、そういうことだ。
さすがリベル、オレの言いたいことを分かってくれるか!」
「おまえたちの先祖も似たような話をしていたからな。
やはり、血は争えんか」
リベルは懐かしそうな表情を浮かべると、フッと口元に小さな笑みを浮かべました。
「それで、何を、どう打ち合わせするのだ」
「まずは状況の整理だな。
なあ、フローラ。
実はおまえの婚約が、ナイスナー辺境伯家の独立を防ぐためでもあった、ってことは知ってるか?」
「……そうなんですか?」
ライルお兄様の話は、私にとって完全に初耳でした。
「お父様からは、魔物から国を守る防波堤であるナイスナー辺境伯家と王家の関係を強くするため、と聞いています」
「まあ、それも間違っちゃいないんだけどな。
……なあ親父。8年前のこと、全部喋っちまっていいか?」
8年前と言うと、私がクロフォード様との婚約が決まった時期のことです。
一体何があったのでしょうか。
私が首を傾げていると、お父様が口を開きました。
「待て、ライル。私から説明したほうがいいだろう」
「ま、そうだな。じゃあ親父、頼む」
「ああ」
お父様は頷くと、私のほうを向き直って言います。
「フローラ。このフォジーク王国に、正式な『王家』や『王族』が存在していないことは知っているな?」
「はい。もともとは四大公爵家の当主を候補にして、侯爵以上の貴族で話し合って国王を決めていたんですよね」
このあたり、私はきっちりと知っています。
なにせ王宮にいたころは、次期王妃としての教育をきっちり受けていましたからね。
ちなみにクロフォード様も次期国王としての教育を受けていたはずなのですが、とにかく不真面目で人の話を聞かなかったらしく、家庭教師のみなさんは嘆いてばかりでした。
だからクロフォード様は、フォジーク王国における『王家』や『王族』がただの慣例であることを知らないのかもしれませんね。
およそ100年前のことです。
当時の王様は四大公爵家のひとつ、スカーレット公爵家の当主さんが務めていました。
けれどその人がものすごい失政をして大きく国を傾けたのです。
普通ならここで国王が交代するところでしょう。
しかし、他の公爵家はみんな揃って後始末を嫌がり、スカーレット公爵家にすべてを押し付けました。
その後、いくつかのゴタゴタを経た結果として、今では慣例的に「スカーレット公爵家の当主が国王を務める」ということになっています。
でも、あくまで慣例は慣例ですからね。
侯爵以上の貴族の話し合いで国王を決める、という制度は今も残っています。
王家も王族も、あくまでスカーレット公爵家の綽名のようなものであり、絶対的な権威ではありません。
もしも国が揺らぐほどの大事件が起こったなら、他の公爵家の当主が王様になる可能性もあるでしょう。
私がそんなことを考えていると、お父様が言いました。
「8年前、実は水面下である計画が進んでいた。
このまま慣例的にスカーレット公爵家の者が国王になるようでは、フォジーク王国の将来は危うい。
私のほかに、当時、改革派と呼ばれていた公爵家・侯爵家の当主たちはそのように考えていた。
第一王子のクロフォード殿も、第二王子のギーシュ殿も、国王としての資質は絶望的だったからな。
だが100年も続いた慣例を変えるのは難しい。
そこで、ナイスナー辺境伯家が独立を宣言することで『国王の失政によって国を守る防波堤を失った』という名目を作り、改革派の貴族たちが国王に対して引退を要求する手筈になっていた」
「……つまり、クーデターですか?」
「ある意味ではそうかもしれんな。
ただ、結局のところこの計画は中止になった。
理由は色々とあるが、慣例というものは長く続けば続くほどに多くの人間の利害に食い込んでくる。
最終的に、ナイスナー辺境伯家と王家のあいだで婚姻を結ぶ、というのが落としどころになった。
改革派としては王家の喉元にナイスナー辺境伯家の影響を残せる、反対派としては辺境伯家の独立を防げる。
……要するに、どっちつかずの結果になったわけだ」
「で、そこからはオレが親父のやってたことを引き継ぐことにしたんだ」
ライルお兄様はニヤリと笑みを浮かべながらそう言いました。
「愛しい妹を、クロフォードのぼんくらに渡すわけにはいかねえからな。
やる気をなくしかけた改革派の貴族に声を掛けて、いつでも計画を再開できるように準備を進めてたんだよ。
……ああ、そうそう。
さっき親父が国王のやつに絶縁を宣言したことは、改革派の連中に通信水晶で伝えておいたぜ。
王都のほうじゃ、さっそく、国王の退任に向けて動いてるはずだ。
このところの国王の動きから考えて、今日か明日あたりに親父がキレると思っていたけど、予想通りだったな」
「つまりお兄様の計画通りだった、ということですか?」
「まあ、半分くらいはな」
ライルお兄様はそう言うと、まずはリベルを、それから私の手元にある魔杖メリクリウスに眼を向けました。
「ただ、伝説の竜がうちの家族になっちまったことや、フローラがご先祖様の遺産を受け継いだことは完全に予想外だったよ。
そういう意味じゃ、計画は大幅修正だ。
ナイスナー辺境伯家だけでこの国を滅ぼせるくらいの力を持っちまうなんて、さすがに考えてなかったからな」
「でも、魔杖はしばらく使えませんよ」
私は右手の魔杖に眼を向けました。
魔杖の力はまだ回復しきっていないらしく、餓死寸前のスライムみたいにフニャフニャとなっています。
……あれ?
ふと思いついたんですが、これ、私の回復魔法で治せないでしょうか。
『世界の傷』も癒せたわけですし、もしかしたらいけるかもしれません。
私がそんなことを考えていると、なぜか、お兄様が心配そうに声をかけてきます。
「フローラ、大丈夫か?
いま、眼が金色になってたぞ」
どうやら未来視の魔法が発動していたようです。
ということは、きっと、杖も回復魔法で治せるのでしょう。
「――《ヒール》!」
私が呪文を唱えると、青色の輝きが魔杖へと吸い込まれ――あっという間に、本来の姿を取り戻しました。
杖の柄には二匹の竜が螺旋状に絡み合うような意匠が施されているのですが、その竜たちもキュピーンと眼を輝かせ、頼もしい表情を浮かべています。
「……ほう」
リベルが驚いたように声を上げました。
「まさか、一瞬で魔杖を蘇らせるとは……。
さすがだな、フローラ」
「ふふん、オレの妹はすごいだろう。
なんてったって、オレの妹だからな!」
ライルお兄様、それ、何の説明にもなってませんよ?
* *
そのあと、私たちは王宮に到着したあとの手筈について簡単に打ち合わせを行いました。
やがて遠くに王都が見えてきます。
「どこに降りればいい?」
リベルの言葉に、私は少し考えてからこう答えます。
「王宮内の庭園にお願いします」
庭園はかなりの広さがありますし、リベルが降り立っても周囲の建物にぶつかることはないでしょう。
私にとっては懐かしい場所です。
あの庭園、景色もいいからお茶会をするのにちょうどいいんですよね。
もしかしたらクロフォード様とミーシャさんがのんびりと過ごしているかもしれません。
そんなことを考えているうちに、リベルがだんだんと高度を下げていきます。
やがて、ズシン、と地響きを立てて着地しました。
私はリベルの右手に乗ったまま、王宮の庭園を見回します。
少し離れたところにはティーテーブルが設置されており、その近くで男性と女性がどちらも椅子から転げ落ちていました。
驚きのあまり腰を抜かしているらしく、その場から動けないようです。
まあ、巨大な竜がいきなり空から降りてきたら、誰だってビックリしますよね。
というか、あの二人って……クロフォード様とミーシャさんのような……?
「リベル、地面に降ろしてもらっていいですか?」
「承知した」
私が声を掛けると、リベルは頷き、身を屈めました。
ピョン、と掌から降りると、靴を履き直します。
さて、準備完了です。
私はクロフォード様とミーシャさんのいるところへ向かいます。
我が家はもうフォジーク王国から独立するわけですし、もう、何も我慢する必要はありません。
せっかくですし、婚約破棄の夜に言えなかったことを言わせてもらいましょう。
「二人とも、お久しぶりです」
「ひいっ、フ、フ、フローラリア……!」
「ど、どうして、フローラリアさんがここに……」
クロフォード様もミーシャさんも、怯えたような表情を浮かべています。
まあ、私の後ろには竜の姿のリベルがいるわけですし、恐がるのも仕方ないですよね。
とはいえ、このままでは会話が成立しません。
私は後ろを向くと、リベルに声を掛けました。
「ごめんなさい。人の姿になってもらっていいですか」
「……そうだな。このままでは、いささか目立ちすぎる」
まあ、竜の姿で王宮の敷地に乗り込んだ時点でものすごく目立っているわけですが、そこは考えないことにしましょう。
リベルはお父様とお兄様を地面に降ろすと、サッと人の姿に変わりました。
「竜が、人になった……?」
クロフォード様が驚いたように声をあげます。
「フローラリア! どういうことだ、説明しろ!」
「あのですね、クロフォード様」
クロフォード様の口調があまりに居丈高なものだったので、私はつい、かつて婚約者だったころのようなお説教モードに戻っていました。
「以前にもお話しましたが、人に物を頼むときは最低限の礼儀というものがあります。
それを怠っていると、周囲から距離を取られてしまいますよ」
「うるさい! おれは王族だ! 王族の命令には従え!
そもそも、婚約破棄されたヤツが何の用事だ!」
別に、クロフォード様に用事はないんですけどね。
たまたま顔を見かけたので、婚約破棄の鬱憤でもぶつけていこうかな、と思った次第です。
……自分で言うのも何ですけど、まるで通り魔みたいな発想ですね。
「ああ、そうか。そういうことか。分かったぞ」
あれ?
なんだかクロフォード様が、ひとり、納得したような表情で頷いています。
私の経験上、こういう時のクロフォード様って、現実逃避をしているんですよね。
自分にとって都合のいい現実だけを繋ぎ合わせて、おかしなことを言い出すことがほとんどです。
そして今回も、まさにそのとおりでした。
「父上に言われたとおり、おれの側室になりに来たんだな!
あの竜は俺への貢物ということか!
ははっ、役立たずの辺境貴族にしてはいい心掛けだ!
褒美として、おれの子供を一人は生ませてやる。
はははははっ、感謝しろ!」
クロフォード様は自分の言葉に酔いやすいタイプなのですが、今回もその通りでした。
喋っているうちに強気になってきたのか、その場から立ち上がると、私のほうに近付いてきました。
そして頭を撫でようとしてきたので――サッと避けました。
「おい、なぜ避ける。
次期国王である俺が褒めてやっているというのに、何様のつもりだ」
「クロフォード様に褒められても嬉しくありません」
「……なんだと?」
クロフォード様は片眉をあげ、困惑したような表情を浮かべました。
どうやら私の言葉がまったく理解できないようです。
「おれは王族だぞ。王族に褒められて喜ばないとはどういうことだ!」
「喜ぶわけがないでしょう。
婚約破棄の夜のことを覚えていますか?
クロフォード様は私のことを心の卑しい魔女と呼び、ミーシャさんに嫌がらせをしたと決めつけて一方的に責め立てました。
そんな相手にいまさら何を言われても、嬉しいとは思えません。触らないでください」
「なっ……!」
クロフォード様は驚いたように声を上げました。
私に反論されるとは思っていなかったのでしょう。
次の瞬間、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきます。
「うるさい!
辺境貴族の分際で、王族に意見をするんじゃない!」
さらには右の拳を振り上げて、私に殴りかかってきました。
ところで私はナイスナー辺境伯家の生まれです。
我が家は何百年ものあいだ魔物の襲撃に晒されてきたこともあって、男であろうと女であろうと、一族の人間はみんな素手での格闘術や、剣や槍、弓の扱い方というものをひととおり身に付けています。
それに対してクロフォード様は、王族として剣術や護身術の指導も受けていた……はずなのですが、どれもこれもサボり倒していたせいで、何も身についていません。
私の頬を殴り付けようとする拳は、まったく体重というものが乗っておらず、避けるのも、それどころか反撃することも容易でした。
たとえば腕の関節を極めて捩じりあげる、とか。
けれど――
私が動くよりも先に、人の姿のリベルが、クロフォード様とのあいだに割り込みました。
そして左手の人差し指ひとつで、クロフォード様の右拳を受け止めていたのです。
「……俺の婚約者に、何をする」
リベルの声は、いままで聞いたことがないほどの怒気を孕んだものでした。
いったいどんな表情を浮かべているのでしょうか。
私のいる場所からはリベルの背中しか見ることができません。
一方で、リベルの真正面に立っていたクロフォード様はというと――
「ひっ、ひいいいいいいっ! や、やめてくれ! 殺さないでくれ!」
顔を真っ青にして、その場に尻餅をつきました。
そのまま立ち上がることもできず、這うようにして逃げ出すと、なんとミーシャさんの後に隠れました。
「ミ、ミーシャ! ミーシャならどうなっても構わん! だからおれだけは、おれだけは助けてくれ!」
えーと。
そのセリフ、なんだかおかしくないですか?
おれはどうなっても構わないからミーシャは助けてくれ、なら分かるんですけど……。
「お、おい! フローラリア! 聞いてくれ!
悪いのはミーシャだ! こいつが嘘を吐いて、おまえを嵌めたんだ!」
「……知ってますけど」
そのあたりは婚約破棄の数日後、リーザー侯爵の調査で明らかになっていたと思います。
いまさら「ついに明かされる衝撃の真実!」みたいな雰囲気で言われても……。
「お、おれは騙されたんだ! おれは悪くない!
ミーシャとの婚約は破棄する!
フローラリア、おまえを婚約者に戻してやる!
ど、どうだ! それで満足だろう!?」
「いえ、謹んでお断りします」
私は自分でもびっくりするくらい冷たい声でそう告げていました。
なんというか、クロフォード様の醜態があんまりにもひどいせいで、言葉を交わすことすら面倒になっていました。
「というか、ミーシャさんとのあいだに真実の愛とやらを見つけたんじゃなかったんですか?」
「それは……」
クロフォード様は弱ったような表情を浮かべました。
ミーシャさんが立ち上がったのはそのタイミングでした。
タタタタッとリベルの方へ駆け寄ると、足元に縋りつくようにして、上目遣いでこう言ったのです。
「助けてください! わたし、あの人に脅されてたんです……!
男爵家を取り潰されたくなかったら、フローラリアさまとの婚約破棄に協力しろって……!」
えーと。
ミーシャさん、さすがにそれは嘘として苦しくないですか……?
リベルの背中からは呆れたような雰囲気が漂っています。
けれどもミーシャさんはそれに気付いていないらしく、涙声になって続けました。
「そ、そういえば、クロフォード様がさっきこんなことを言ってました!
側室として王宮に来たら、手足を切り刻んで泥水に放り込むとか!
ナイスナー辺境伯家の連中が揃って乗り込んできても、全員、返り討ちにしてくれるとか!
ひどいですよね、最低ですよね!」
「ミーシャ、おれを裏切るつもりか!」
クロフォード様が怒りの声をあげました。
でも、先にミーシャさんを売ったのはクロフォード様のほうですし、これは自業自得ではないでしょうか。
「ミーシャこそ、フローラリアのことをめちゃくちゃにしてやる、と言っていただろうが!」
「わたし、そんなこと言ってません!」
「嘘を言うな、この魔女が!」
……気が付くと、クロフォード様とミーシャさんのあいだで言い争いが始まっていました。
ある意味、二人だけの世界を作ってますね。
「……どうする?」
リベルは私の方を振り向くと、困ったような表情を浮かべながらそう呟きました。
「どうしましょうか」
私としても、ひたすら呆れ返るばかりです。
これが真実の愛とやらの結末と思うと、なんだか虚しくなってきます。
「……やはり、クロフォード様は王の器ではなかったか」
「どうしようもねえな、コレ」
お父様とライルお兄様も、やれやれ、と言いたげな表情でこちらに近付いてきます。
その時でした。
「竜! 竜だ! ついに竜が蘇ったのだな!」
王宮のほうから、男性の大声が聞こえました。
視線をそちらに向けると、国王陛下がこちらに近付いてきます。
少し離れたところには、お供の人たちの姿もチラホラと見えます。
「ん……?」
国王陛下は私たちに気付くと、怪訝そうな声を上げました。
「なぜナイスナー家の連中がここにいる。
……まあいい。ちょうどいいところに来たな。
見たであろう、先程、王宮に降り立った巨大な竜を!
ついに竜を復活させることに成功したのだ!
くははははははっ! これでワシに逆らえる者はおらん!
貴様らナイスナー家の連中も、ワシに引退を要求してきた貴族どもも、すべて焼き払ってくれる!」
どうやら国王陛下の話から推測するに、改革派の貴族はすでに国王の交代に向けて具体的な動きに出ているようです。
こんなに早く動けるのは通信水晶の存在……だけでは説明できませんね。
さっきライルお兄様も言っていましたが、もともと、今日や明日のうちに我が家が独立を宣言すると睨んで準備を進めていたのでしょう。
それはともかくとして、王様はさらにいい気になって宣言します。
「ほら、ナイスナー家のクズども。
謝罪するなら今のうちだぞ。
泣いて頭を下げるというのなら、まあ、命だけは助けてやろう。
さあ、どうする?
竜の力が恐くないのか?」
「……ほう」
リベルが、口の端をわずかに歪ませながら声をあげました。
何か悪だくみを思いついたような表情を浮かべながら、国王陛下の方へ向かっていきます。
「な、なんだ、貴様は!
ワシに逆らう気か!
竜がいれば、おまえのようなやつなど一瞬で灰にできるのだぞ!」
「……おまえの言う竜というのは、このような姿ではなかったか?」
リベルの身体が、カッ、と青い光に包まれました。
人の姿が溶けるように消え、代わりに、青色の美しく大きな竜が現れます。
私やお父様たちを踏みつぶさないように配慮してか、少し、宙に浮かんでいました。
「お、おおおおおおっ……!」
国王陛下は竜の姿となったリベルを見上げると、感嘆の声を上げました。
「竜は、人の姿にもなれるのか!
くははははっ! 素晴らしい!
さあ、ナイスナー家の連中を食い殺せ!」
「……お前は何を言っているんだ」
リベルは呆れたような声を漏らすと、大きな左手で国王陛下の身体を掴むと、そのまま持ち上げました。
「な、何をする! 放せ!
貴様を復活させてやったのはワシだぞ!?」
「どうやら、まだ勘違いしたままのようだな」
リベルは嘆息すると、さらに言葉を続けます。
「竜は死ぬとき、世界に溶けて一体化する。
骨など残さん。貴様が手に入れたという竜の骨とやらはニセモノだろう。
そもそも俺はナイスナー辺境伯領の洞窟で眠っていた。
この身体を蝕む傷を癒し、新たな目覚めをもたらしてくれたのは婚約者のフローラだ。
フローラの頼みならともかく、貴様ごときの命令など聞き入れるわけがないだろう」
「そんな馬鹿な……。竜の骨がニセモノだと……?
このワシが、騙されるはずが……」
どうやら国王陛下は現実が受け入れられないらしく、茫然とした表情で呟いています。
――そこに、緊迫した場の空気にはまったく似合わない、やけに明るい声が響きました。
「うおおおおおっ、すっげえええええ! 本物の竜じゃん!!!
ヒャー、かっけえ! わー! わー!」
無邪気な声をあげて王宮の方から走ってきたのは、第二王子のギーシュ様でした。
あやしい占い師にそそのかされて政務をほっぽりだし、冒険者を引き連れてはあちこちの山を掘り返している人ですね。
ちなみに今年で18歳になりますが、甘やかされて育ったせいか、言動はちょっと幼かったりします。
「あれ、オヤジじゃん。
なんで竜に握り潰されかかってんの?」
「ギーシュ!」
国王陛下は必死の形相で叫びます。
「た、助けてくれ!
ワシはまだ死にたくない!」
「え、無理」
ギーシュ様はあっけらかんとそう言い放ちました。
「人が竜に勝てるわけないじゃん。諦めたら?」
ギーシュ様、なかなかすごいことを平然と言いますね……。
王宮にいたころに何度か会話をしたことがありますが、なんというか、色々な意味で浮世離れしているというか、妖精みたいにつかみどころのない印象だったのを覚えています。
「あ、そうそう。宮廷魔術師の連中、竜の骨の蘇生に成功したってさ」
「おおおおおおっ!」
国王陛下はギーシュ様の話を聞くと、勝ち誇ったような声を上げました。
「やはり竜の骨は本物だったか!
くはははっ、やはりワシに逆らえる者などおらんのだ!」
ええと、国王陛下?
今のご自身の状況を理解されてますか。
リベルがその気になったら、プチッと潰されちゃうわけですけど……。
「いやあ、それがさあ」
ギーシュ様は底抜けに明るい声で言います。
「闇魔法で骨を蘇生させてみたら、ゾウになったらしいんだよ。
ほら、南部に生息してる、耳がデカくて鼻が長いやつ」
「……ゾウだと?」
「うん、ゾウ」
ギーシュ様は頷きます。
「要するに、オヤジは騙されたってこと。
あの骨を持ってきたのって、マーロン男爵だっけ。
王様相手に詐欺をやるって、スゲエ度胸だよなー」
ギーシュ様はまるで他人事のようにそう言ってのけると、あはははははっ、と邪気のない笑い声をあげました。
一方で国王陛下は「馬鹿な……」と項垂れています。
ええと。
この空気、どうしたらいいんでしょうか……?
* *
その後、お父様とライルお兄様が通信水晶で他の貴族のみなさんと連絡を取り、謁見の間で、あらためて独立についての話をすることになりました。
とはいえ、竜の骨が偽物だったこともあり、国王陛下の心はすっかり折れていました。
ですので、独立についてはかなりすんなりと話が進みました。
「通信水晶でお伝えしました通り、今日を最後にフォジーク王国とは縁を切らせていただく」
お父様はきっぱりとそう言いました。
「ライル、フローラ、おまえたちもそれでいいな?」
「俺はもともと独立に賛成だぜ。
つーか、これで何もしなかったら領民たちがキレるだろ」
「私も賛成です。
国王陛下やクロフォード様からは役立たずの辺境貴族と言われましたし、王国から抜けても問題ないですよね」
こうして我が家はフォジーク王国から独立することになりました。
さて、本題はこのあとです。
我が家が独立を宣言したことを理由に、改革派の貴族たちはあらためて国王陛下に引退を要求し、他の公爵家から国王を選出することを宣言しました。
真っ先に反論したのは、第一王子のクロフォード様でした。
「おまえたちは何を言っているんだ。
スカーレット王家は唯一無二の存在だぞ!
公爵家の連中が国王になれるわけがないだろう!」
「そうです! おかしいです!」
ミーシャさんも一緒になって声を上げました。
どうやらリベルに擦り寄っても無駄と分かったらしく、再びクロフォード様に鞍替えしたようです。
真実の愛って何でしょうか……。
それはともかくとして、二人の考え違いはきっちり正しておいたほうがいいでしょう。
「クロフォード様、ミーシャさん」
私はお説教モードになって口を開きます。
「この国に、厳密な意味での『王家』なんて存在しません。
慣例的としてスカーレット公爵家がそう呼ばれてるだけで、本来は公爵家の当主なら誰でも国王になる資格があるんですよ」
「何だと!?」
クロフォード様は声を荒げます。
「そんな話は聞いてないぞ!」
「いちおう、貴族としての常識なんですけどね……」
たしかにクロフォード様は次期国王としての教育をサボってばかりでしたが、ここまで何も知らない人とは思っていませんでした。
正直、びっくりです。
この場には大勢の貴族が揃っていますが、改革派の方も、そうでない方も、揃って呆れたような表情を浮かべています。
「というか、ミーシャさんも知らなかったんですね……。
マーロン男爵家では教育を受けさせてもらえなかったんですか……?」
「だ、だって……。勉強とかつまらなかったし……」
気持ちは分かりますけど、私たちは貴族です。
何不自由ない暮らしをさせてもらっているのだから、その分、学ぶべきものはきっちり学ぶべきではないでしょうか。
さて、解任要求が最終的にどうなったかといえば、決め手はリベルの一言でした。
「もし貴様がこのまま国王を続けるというのならば、俺はうっかり竜の姿に戻って、貴様を食い殺すかもしれん」
「ひいいいいいいっ!」
国王陛下は玉座から転げ落ちると、今にも泣き出しそうな表情でリベルに言います。
「や、やめてくれ!
クロフォードやギーシュはどうなっても構わん!
だが、ワシだけは見逃してくれ!」
うーん。
さっき、クロフォード様も似たようなことを言ってましたね。
ミーシャはどうなってもいいから自分を助けてくれ、とか。
子は親の背中を見て育つといいますが、嫌な育ち方ですね……。
「貴様が国王の座を降りるというなら、命だけは助けてやろう。どうする?」
「わ、分かった!
ワシは国王の座を降りる!
次の国王は他の公爵家の当主に任せる!
この先、未来永劫、スカーレット公爵家の者は誰も国王にならん!
だから許してくれ!」
どうやら国王陛下は……いえ、元国王陛下は追い詰められるとうっかり口を滑らせてしまうタイプのようです。
今の発言、たくさんの貴族が聞いていましたし、書記官の方も記録していますね。
クロフォード様はというと、絶望の表情を浮かべて「おれ、次の国王になれないのか……?」などと呟いています。
ミーシャさんはついにクロフォード様を見限ったらしく、タタタッとその側を離れると「お父様!」とマーロン男爵のほうへ駆け寄っています。
あ、突き飛ばされました。
マーロン男爵から「おまえなど娘ではない! 勘当だ! 平民として野垂れ死ね!」などと怒鳴り付けられています。
完全に八つ当たりですね……。
そもそもマーロン男爵も、竜の骨の偽物を使って国王陛下に取り入ろうとしたわけですから、裁きを受けるべきでしょう。
このあと自分にも裁きが下されると分かっているから、取り乱しているのかもしれません。
ともあれ、こうして国王陛下は引退することになりました。
それだけでなく、スカーレット公爵家の当主についても引退し、その座をクロフォード様に譲る、と宣言しています。
これにて一件落着……と言いたいところですが、もうちょっと続きます。
内務卿のリーザー侯爵をひとまずのまとめ役として、今回の件について事後処理の話し合いが行われました。
最初の議題は、というと――
先程、クロフォード様は貴族として最低限の知識すら持っていないことを大勢の前で露呈したわけですが、これが新たな火種になりました。
他の貴族たちはそれを理由として、
「クロフォード様に領主としての資質があるとは言い難い。
これではスカーレット公爵領をうまく統治できないだろう」
と強く主張し、さらに
「そもそもナイスナー辺境伯家が独立したのは、クロフォード様の軽率な言動が原因だった。
その罰という意味でも公爵領を縮小し、他の家に任せるべきではないか?」
と提案したのです。
詳細な議論は別の日に持ち越されることになりました。
ただ、お父様の見解では「スカーレット公爵家は骨も残らないだろう」とのことです。
ちなみにこれは未来視の魔法で知ったことですが――
一年後、弟のギーシュ様は突如として貴族の正しい在り方というものに目覚め、親である元国王陛下と、兄のクロフォード様を家から追放し、当主として家の立て直しに奔走するようです。
追放された元国王陛下とクロフォード様のその後については、まあ、ノーコメントということで。
他の人たちのことを
マーロン男爵家については、国王に対して偽証を働いた罪もあり、取り潰しが決定しました。
最後に、我が家の解体に賛成していた貴族たちについてですが――
彼らもナイスナー辺境伯家が独立する原因になったということで、我が家への賠償金を課せられるだけでなく、家そのものの取り潰し、あるいは領地の大幅縮小が決定されました。
こうして私の婚約破棄から始まった一連の騒動は、ようやくの終息となりました。
ところで……
以前、私のご先祖様はこんな言葉を残していました。
『この先、王宮の謁見の間に行くことになったら、玉座に水の魔力を注ぎ込んでみろ。
たぶん、俺が残した仕掛けはまだ残ってるはずだからな』
いったいどんな仕掛けなのでしょうか。
内心でずっと不思議に思っていたのですが、話し合いが終わって解散になる直前、リベルが私に言いました。
「さて、そろそろいいだろう。
フローラ、玉座に水の魔力を注ぎ込むといい。
……アイツの残した仕掛けを使うなら、今がいいだろう」
いったい何が起こるのでしょうか。
私は魔杖を玉座に向けたあと、意識を集中させました。
いつもお読みくださりありがとうございます!
本編はエピローグ (もう一押しのざまあ)を残すところとなりました。
前回もお知らせしましたが、エピローグのあとは不定期に後日談を投稿していきますので、ブクマ・更新通知はそのままにしておいていただけると幸いです。
(後日談のひとつとして、今回ノーコメントで済ませた元国王とクロフォードの末路を考えています)
次回更新は5月30日 (土)22時30分頃を予定しています。
ぜひ、最後までお付き合いくださいませ!
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