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役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! 作者:遠野九重

第1章

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12. クロフォードとミーシャ、転落前のふたり

今回は三人称です


 こうしてフローラリアたちは宮廷に乗り込むことを決めたわけだが、一方そのころ――


 第一王子のクロフォードは宮廷の庭園で悠々と紅茶を楽しんでいた。


 木製のティーテーブルを挟んで向かいには、現婚約者のミーシャが座っている。


 たれ気味の瞳に、栗色でふわふわの毛。


 その雰囲気は小動物にも似ており、クロフォードにとっては庇護欲……いや、優越感をくすぐられる存在だった。


「クロフォードさまぁ、ナイスナー辺境伯家の領地が減らされるのって、ほんとうですかぁ?」


 ミーシャは甘い、媚びるような声で問い掛けてくる。


 少しでも観察力のある人間ならば、それが好意に基づくものではなく、打算や計算が裏に隠れていることに気付いただろう。


 現に、周囲にいる給仕たちはミーシャに冷ややかな視線を向けている。


 しかし、クロフォードはあまりに鈍感だった。


 ミーシャから“真実の愛”を向けられていると思い込み、いい気になって笑い声をあげる。


「その通りだとも。

 ナイスナー辺境伯は渋っているようだが、国王の命令なのだから逆らえるわけがあるまい。

 もし逆らうようならナイスナー辺境伯家は取り潰しだ! 

 平民としてみじめな一生を送るがいい! ははははははっ!」


 クロフォードは王族だが、致命的なまでに現実というものを知らなかった。


 己の父である国王がナイスナー辺境伯家の取り潰しを命じた瞬間、まるで魔法のようにナイスナー辺境伯家というものが消滅し、すべての地位と権力を失うとばかり信じ込んでいた。


 ナイスナー辺境伯家が独立する可能性など、まったく考えていない。


「そういえばクロフォード様ぁ」


 ミーシャが相変わらずの猫撫で声で話し掛けてくる。


「フローラリアさんが側室になるって話を聞いたんですけど、本当ですかぁ?」


「ああ、その話か」


 クロフォードは深くため息を吐いた。


「父上から聞いたが、あれはナイスナー辺境伯に対しての温情らしい。


 まあ、俺としてはいいオモチャが手に入るから構わんがな。


 フローラリアのやつが王宮に来たら、地下の牢獄に閉じ込めて、奴隷のように扱ってやる。


 くははははははっ、ざまあみろ! オレを見下した罰だ!」


「あはははははっ! そうですよねぇ!」


 釣られたようにミーシャが笑い声をあげる。


「次の国王様を見下すなんて、フローラリアさんって、最悪ですよねぇ!」


「ああ、その通りだとも!

 ミーシャは本当に物分かりがいいな、フローラリアとは大違いだ!」


 ……実際のところ、フローラリアがクロフォードを見下すような行為を取ったことは一度もない。


 むしろ逆である。


 クロフォードが宮廷でトラブルを起こすたび仲介に入ったり、醜聞が広がらないように火消しを行ったり――


 フローラリアはまるで母親のように、彼のことを献身的に支えていた。


 もしかするとクロフォードという人間は、反抗期を拗らせたまま年齢を重ねてしまった「子供」なのかもしれない。


 なお、彼の母親は20年以上前に亡くなっている――。


「そもそもフローラリアのことは、昔から気に食わなかった」


 クロフォードは昏い表情を浮かべて語る。


「あの女が婚約者だったころ、王都で何をしていたか知っているか?


 周辺の神殿や施療院を回って、平民どもに回復魔法を掛けていたのだ。


 平民など生まれながらの奴隷ではないか。


 あいつらは奴隷だ。『平民』という呼び名を与えてやっているだけでも大した温情だというのに、それ以上のことをして何になる。


 ああ、忌々しい。


 フローラリアもフローラリアだ。


 平民どもから『聖女』などと呼ばれていい気になりおって……!」


 クロフォードの言葉は、これ以上ないほどに平民への蔑視と、フローラリアへの嫉妬に満ちていた。


 フローラリアは王都にいたころ、通常の治療では治る見込みのない者達に回復魔法を掛けて回っていた。

 それは「貴族は平民のために動くべき」という信念に基づいてのことだった。


 だがクロフォードは平民というものを徹底的に見下しており、奴隷同然の存在と考えていたため、フローラリアの考えをまったく理解できなかった。


 理解しがたい行動をしている女が、なぜか平民(どれい)どもから『聖女』として慕われている。


 それどころか王都では「クロフォード様は微妙だが、聖女様が王妃なら安心だ」なとという話も囁かれていた。


 クロフォードはそれが気に食わなかった。


「そもそも俺は王族だぞ。次期国王だぞ。

 なのにどうして平民(どれい)どもは、オレでなくフローラリアを支持する」


「おかしいですよねぇ。

 クロフォード様は、いずれこの国のトップに立つ方なのに。

 まあ、でも、平民(どれい)はしょせん平民(どれい)ですからね。

 きっと生まれが悪いせいで、頭も悪いんですよ。あははははっ!」


「うむ。ミーシャの言う通りだ。

 平民(どれい)たちは家畜と変わらん低能ばかりだ。

 だからフローラリアなどをチヤホヤするのだ。まったく理解できん」


 ……客観的に見れば、それは当然の結果だろう。


 次期国王の座にふんぞり返り、トラブルを起こしてばかりのクロフォード。


 そのトラブルの後始末をしながら、人々に手を差し伸べるフローラリア。


 どちらに人望が集まるか。


 答えは言うまでもなく、フローラリアである。


 だがクロフォードは肥大化したプライドゆえ、それを認められなかった。


 フローラリアを逆恨みし、いつかあの澄ました顔に泥を塗りつけてやりたいと思っていた。


 ミーシャに出会ったのは、そんな矢先のことである。


 上目遣いでいつも自分に媚びてくるミーシャの姿は、クロフォードにとって心地良いものだった。


 クロフォードはミーシャにのめり込んでいき、ついにはフローラリアに対して婚約破棄を突き付けるに至った。


 ははははあっ、ざまあみろ。


 オレに逆らうからこうなるんだ。


 ……実際には逆らっていないし、むしろフローラリアは婚約者としてクロフォードを支えようとしていた。


 だがクロフォードはまったくそれに気付いておらず、むしろ逆恨みしている始末である。


 次期国王である彼の眼は、現実というものをまったく見ていなかった。


 フローラリアに婚約破棄を突き付けて以来、王都の人々のあいだで王家への反感が爆発的に高まっていることも気付いていない。


 人々の不満については軽く耳にしていたが「平民(かちく)の鳴き声など気にすることもない」と無視を決め込んでいた。


「いずれにせよ、ナイスナー辺境伯家はもう終わりだ。

 ざまあみろ、フローラリア!」






 * *






「いずれにせよ、ナイスナー辺境伯家はもう終わりだ。

 ざまあみろ、フローラリア!」


 クロフォードの言葉に、ミーシャは満面の笑みを浮かべて頷いた。


「そうですよねぇ! ほんとうに、いい気味です!


 フローラリアさんって辺境の田舎貴族のくせに生意気で、昔っからイライラしてたんです!」


「そういえば、ミーシャはなぜフローラリアのことを嫌っているのだ?」


 クロフォードの質問に、ミーシャは待ってましたとばかりに答える。


「実は昔、フローラリアさんのせいで、すごく嫌な目に遭ったんです」


「なんだと! 俺の大切な婚約者を傷つけるとは、やはりあの女は許せん!」


 クロフォードはガン、と机を叩くと椅子から立ち上がった。


 あまりにも感情的で短絡的な行動だが、ミーシャはそれを咎めず、むしろ眼を潤ませて感動したような表情を浮かべる。


 内心では「本当にこの馬鹿王子は単純ですねぇ」とほくそ笑みながら、話を続ける。


「わたしのために怒ってくださってありがとうございます。


 クロフォード様は本当に素敵な方ですね。


 こんな人と結婚できるなんて、わたし、すごく幸せです!」


 だって、口先一つでホイホイ踊ってくれますから。


 これで玉の輿に乗れるなんて、世の中チョロいですね。


 ……そんな本音などおくびに出さず、ミーシャは言う。


「昔、リーザー侯爵家のお茶会にお呼ばれしたときに、フローラリアさんのことが話題に上がったんですよね。


 そのときに私、こう言ったんです。


『フローラリアさんの実家って、辺境伯家ですよね?


 辺境伯家なんて、ジメジメした辺境で暮らしてる貧乏伯爵じゃないですか。


 正直、平民と大差ない存在ですし、そんな家の人間が次期王妃なんてありえないと思います』って。


 そうしたら、みんなから『辺境伯家がどういう地位なのか知らないのですか?』なんて説教されて、すごく悔しかったんです……」


 ミーシャは当時の屈辱を思い出しながら、ホロリと嘘泣きをしてみせた。

 すると予想通り、クロフォードはさらに声を荒げて叫ぶ。


「フローラリアめ! やはりミーシャに嫌がらせをしているではないか!

 側室として王宮に来てみろ、手足を切り刻んで、泥水に放り込んでやる!」


 ……言うまでもないが、この一件、ミーシャに非がある。


 辺境伯家は国外から押し寄せる魔物や蛮族などから国を守る防波堤であり、フォジーク王国においては非常に大きな領地と権限を認められている。


 慣例的に辺境“伯”と呼ばれているが、侯爵と同等以上の地位と言っていい。


 これは貴族家の令嬢なら誰でも把握しているはずの基礎知識である。


 ……だが、ミーシャは実家で甘やかされて育ち、家庭教師から学んだのは「自分のような可愛い女が上目遣いでお願いすれば大抵のワガママは通る」という歪んだ教養だけだった。


 いちおう最低限の礼儀作法は身に付けているが、それ以外の部分については貴族未満の存在である。


 だが貴族としてのプライドだけは高く、それゆえ、リーザー侯爵家のお茶会で周囲から説教を受けたことについても、素直に自分の非を認められないでいた。


 むしろ逆恨みし、フローラリアに対して筋違いの怒りを向けていた。


「フローラリアさんは『聖女』なんて呼ばれてますけど、中身は魔女です!

 どくどくスライムみたいな女に決まってます!

 もし宮廷にやってきたら、めちゃくちゃにしてやりましょうね! あははははっ!」


「任せろ。ミーシャがいるかぎり俺は無敵だ!

 たとえナイスナー辺境伯家の連中が揃って乗り込んできても、全員、返り討ちにしてくれる!」









 ――それからほどなくして、王都に、巨大な竜が飛来した。






 

 いつもお読みくださりありがとうございます!


 残り2話 (王宮での対決とエピローグ)で本編完結、その後、不定期に後日談を投稿していきます。


 次回更新は5月23日 (土)22時30分頃を予定しています。


 いよいよクライマックス、お楽しみいただけると幸いです。



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