11. 国王陛下が無茶苦茶を言ってます!
『世界の傷』はすっかり塞がり、再び開く気配もありません。
黒竜も倒したことですし、これで戦いは終わりです。
ふう。
さすがに疲れましたね。
全身が重いです。
私が一息ついていると、空から、竜の姿でリベルがゆっくりと舞い降りてきます。
「フローラ、よくやったな」
「リベルこそ、黒竜を引き付けてくれてありがとうございます。
おかげで助かりました」
「なに、大したことではない。
一番の功労者はおまえだ。誇るがいい」
リベルはそう言うと、次に、ライルお兄様とシールさんのほうを向きました。
「二人とも、よくフローラを守ってくれた。
心から感謝するぞ」
「なあに、いいってことよ。
妹を守るのは兄貴として当然のことだからな」
「お褒めに預かり光栄です。ありがとうございます」
ライルお兄様が、ガハハハハ、と笑い声をあげる横で、シールさんはその場に跪いて騎士の礼を取りました。
こういうときって、性格の差が見えて面白いですよね。
「さて」
とリベルが言いました。
「我々のするべきことは終わった。砦に戻るか」
「あ、ちょっと待ってください」
私はリベルにそう言ってから、右手の魔杖を山の方へ向けました。
昨夜、リベルは『傷』から出てきた魔物をブレスで一掃したそうですが、その余波によって山が5つくらい消えちゃってます。
これ、私の回復魔法で治せませんかね。
せっかく思いついたわけですし、試してみましょう。
こういう実験をしておくと、意外と後で役に立ったりするんですよね。
私は大きく息を吸い、意識を集中させます。
杖の先端にある水晶玉がピカッと輝きました。
ただ、さっきに比べると光は弱くなっています。
連続して何度も使うことはできないのかもしれません。
「――《ワイドヒール》!」
魔法を発動させます。
すると、青白い閃光が山のあたりで弾け――次の瞬間、まるで時間が逆戻りするかのように山々が再生を始めました。
「なんだと……!」
リベルが驚きの声をあげます。
300年以上も生きている竜をビックリさせた、と思うと、なんだか達成感がありますね。
「すげえ……。回復魔法って、そんな使い方もあるのかよ……」
「まるで神様ですね……」
ライルお兄様とシールさんも、目を丸くしながら、山々が元通りになっていく光景を眺めています。
やがて修復が完全に終わりました。
山々の風景は、以前と同じものに戻っています。
同時に――
「なんですか、これ」
魔杖が、まるで死ぬ寸前のスライムみたいにフニャフニャになっていました。
金属製とは思えないほどのクタクタ感です。
魔杖の柄には二匹の竜が螺旋状に絡み合うような意匠が施されているのですが、その竜たちは疲れ切ったような表情に変わっています。
ちょっと可愛らしいですが、いったい何が起こっているのでしょう。
「ふむ」
リベルが眼を細めながら言いました。
「どうやら杖が限界を迎えたようだな」
「もしかして、もう二度と使えないんですか?」
「いや、心配することはない。
魔杖メリクリウスは星々の光を糧としているからな。
夜が来るたびに星の輝きに晒してやれば、3日ほどで力を取り戻すだろう」
「意外と短いですね」
それはありがたい話なのですが、魔杖の力はとても大きいですし、扱いには気を付けたほうがよさそうです。
うっかり制御を誤って世界が滅びました、なんてことになったら取り返しがつきませんし。
ともあれ――
他にやることも残っていませんし、ガルド砦に戻りましょうか。
「フローラは俺が運ぼう。二人はどうする?」
リベルはお兄様とシールさんに向かって尋ねます。
「俺たちは長馬で来たからな。それに乗って帰るぜ」
お兄様はそう答えると、右手の親指と人差し指で輪っかを作り、口元に当てました。
ヒュウウウウッ! っとカン高い口笛が鳴ります。
すると「ヒヒヒヒィィィィィィィィィィィィンッ!」という力強い
お兄様の愛馬、ナガナガです。
名前のとおり、他の長馬よりもさらに長い胴体を持っています。
たぶん、大人の男性が五人ぐらい乗れるのではないでしょうか。
お兄様はナガナガの頭近くに、シールさんはその後ろに
「というわけで、またな」
「フローラ様、後程、砦でお会いしましょう」
「ヒッヒン!」
二人と一匹 (?)はそう言うと、颯爽とその場から去っていきました。
それじゃあ私たちも帰りましょうか。
私は靴を脱ぐと、リベルの右手に乗りました。
手は暖かくてポカポカしていて、なんだか眠くなってきます。
……ぐう。
「フローラ、着いたぞ」
「ふぇ……?」
気が付くと私はリベルの掌ですっかり眠りこけていました。
戦いが終わったことで気が抜けていたのかもしれません。
「すみません。私、寝ちゃってて……」
「構わん。お前の寝顔は、なかなかに可愛らしかった」
「……見ていたんですか」
うう。
不覚です。
「見るに決まっているだろう。
おまえは俺の、大切な婚約者なのだからな。
いつも気に掛けているとも」
その言葉は嬉しいのですが、なんだか恥ずかしいような、照れくさいような……。
耳や頬のあたりが、かあっ、と熱くなってきます。
きっと私の顔は真っ赤になっていることでしょう。
「……ふっ」
リベルは小さく笑みをこぼすと、ぐるりと尻尾を動かし、ぽんぽん、と私の背中を撫でました。
「子供扱いしないでください」
「もちろんだとも。
子供ではなく、婚約者として可愛がっている。
さて、おまえの父親のところに行くとしよう。
『傷』を塞ぎ終えたことを報告せねばな」
「分かりました。……ただ、ゆっくり行きましょう」
だって、私の顔はいまだに赤いままですから。
心臓もバクバク言ってますし、こんな状態でお父様の前に出るのはさすがの私も気まずいです。
* *
人間の姿になったリベルを連れ、私はガルド砦に戻りました。
お父様の執務室に向かってみると、先程まで誰かと喋っていたのか、机には通信水晶が置かれています。
「フローラ、無事だったか……!」
お父様はなぜか少し疲れた様子でしたが、優しげな笑みを浮かべて、私のことを出迎えてくれます。
「よく無事で戻ってきてくれた。
おまえに怪我がなくて、本当に良かった」
「リベルのおかげです。
それから、お兄様とシールさんが助けに来てくれました」
「そうか。あの二人は間に合ったのだな」
お父様は納得したように頷きました。
どうやらお兄様とシールさんが『傷』のところに向かったことは、すでにお父様も知っていたようです。
「念のために確認するが『世界の傷』はどうなった?」
「ばっちり塞がりました。
そうですよね、リベル」
「うむ」
リベルは力強く頷きます。
「二度とあの『傷』が開くことはあるまい。
西からの魔物も激減するはずだ。
もしも領地の拡大を望むのならば、開拓の好機だろう。
あくまで300年前の話だが、ナイスナー辺境伯家には、西側を自由に開発する権限が認められていたはずだ」
「確かにリベル殿の言うとおりだ」
と、お父様は頷きます。
「西の開発については頭に入れておく。
フローラ、そしてリベル殿。
ナイスナー辺境伯領の領主として、礼を言わせてくれ。
『傷』を塞いでくれて感謝する。ありがとう」
そういってお父様は、深く頭を下げました。
自分の親からこんなふうにお礼を言われると、なんだかくすぐったいですね。
でも、悪い気はしません。
ちょっぴり大人扱いしてもらっているようにも感じます。
さて、それじゃあ報告も終わりましたし、部屋に戻ってお昼寝でも……と言いたいところですが、ひとつ、気になることがありました。
「お父様、どうしてそんなに疲れた顔をしていらっしゃるのですか?」
私がそう問いかけると、お父様は誤魔化すような笑みをフッと浮かべます。
「なに、大したことではない。
昨日まで激戦が続いていたからな。その疲れが残っているのだろう」
うーん。
なんだか嘘っぽいです。
リベルも同じことを思ったのか、チラリと私のほうを見ると、小さく頷きました。
「義父殿よ、何か悩み事があるのではないか?
俺たちは家族だろう。
一人で背負い込むことはない。
困っているならば力を貸そう」
「リベルの言う通りです。
たまには、私のことも頼ってください。
……というか、もしかして、王家から何か言われたんですか?」
私の頭をよぎったのは、領都ハルスナーで聞いた話です。
「そういえば最近、国王陛下が『婚約破棄騒動の真相』とやらを発表したそうですね」
私が不特定多数の人とアレコレしてたとか。
マーロン男爵家のミーシャさんはそれを告発しようとしていたとか。
どう考えても嘘だらけの話なんですけど、世の中には「国王陛下の発表だから」というだけで信じちゃう人もいますからね……。
さらに言えば、貴族の世界においては、真実よりも自分の利益を優先する人も多かったりします。
私が「汚れた女」であるほうが利益に繋がるなら、嘘だらけの公式発表を支持することも十分にありえるんですよね。
「もしかして王家から、婚約破棄の慰謝料でも請求されましたか?」
「……ふむ」
お父様は一言呟くと、なぜか懐かしそうな表情を浮かべました。
「フローラ。おまえは死んだ母さんによく似ている。
カンがいいところもそっくりだ。
……その通りだとも。
先程、国王陛下から我が家に対して慰謝料の請求があった。
それだけではない。
次期王妃の実家であるマーロン男爵家を筆頭として、他の貴族家との連名でナイスナー辺境伯領の解体を求めている。これには国王陛下も強く賛成しているそうだ」
「……どういうことですか?」
ナイスナー辺境伯領の解体?
さすがにこれは意味がわかりません。
私の疑問に、お父様はこう答えます。
「まず国王陛下の言い分だが、次期王妃の実家であるマーロン男爵家が小さいままでは箔がつかんから、だそうだ」
さらに他の貴族からは『ふしだらな女を王家に送り込もうとした辺境伯家を罰するべき』『国の端にいるだけの貴族に大きな土地を与えておくのは勿体ない』『多くの家が土地不足に困っているのだから、いっそ辺境伯家を解体すればいい』という声が上がっているそうです。
そう主張する貴族のなかには、私が婚約破棄された直後、慰めの言葉を掛けてくれた人もいました。
「……まあ、世の中ってそんなものですよね」
私は思わずそう呟きました。
土地という利益を目の前にしたら、くるっと手の平返しをするのは仕方のない事です。
今の時代、ほとんどの貴族家が土地不足で困っていますからね。
考えなしに分家を増やし過ぎた結果、同じ家どうしで土地争いとかしてますし。
そんな人たちからすれば、ナイスナー辺境伯家の解体は魅力的に見えるのでしょう。
過程はともかく土地さえ手に入ればいい……みたいな認識で『婚約破棄騒動の真相』という大嘘に乗っかっているのだと思います。
ろくでもないですね。
ちなみに我が家は300年に渡って魔物の脅威に晒されていたこともあって、あんまり分家がありません。
みんな、わりと安易に命を捨てちゃいますからね……。
もっと自分を大切にしたほうがいいと思います。
さて。
お父様の話が終わったあと、リベルはしばらく考え込み、やがてこう呟きました。
「理解しがたい話だ。
土地が欲しいのならば、戦って奪い取ればいい。
少なくとも300年前の人間はそうだった。
なぜ、今の時代の連中はこうも回りくどい方法を取る」
「……あまり自慢できたことではないが、我が家が恐ろしいのだろう」
と、お父様が答えます。
「フォジーク王国は300年の長きに渡って平穏を謳歌してきた。
貴族の中で戦いというものを知っているのは、魔物の侵攻に晒され続けてきた我が家だけだ。
他の家にしてみれば、ナイスナー辺境伯家は血に飢えた蛮族のようにも見えるのかもしれん」
「あの、お父様。
ちょっと質問してもいいですか?」
私が声を上げると、お父様がこちらを向きました。
「どうした、フローラ」
「我が家が蛮族のように思われているなら、私、どうしてクロフォード様の婚約者になれたんですか?
そんな人間を王家に入れるなんて、普通ならありえないと思うんですけど……」
「そういえば、そのあたりの事情をきちんと話していなかったな」
と、お父様が言います。
「おまえとクロフォード様の婚約が決まったのは八年前だが、当時の宮廷は今よりもずっと
そのころの重臣たちはナイスナー辺境伯家のことを恐れつつも、魔物から国を守る防波堤であることを理解していた。
だからこそ、おまえとクロフォード様の婚約を提案し、国王陛下に認めさせたのだろう。
……しかし、当時の重臣らはその後、国王の不興を買って次々に左遷されていった。
残っているのは内務卿のリーザー侯爵くらいだ。
今の重臣たちは、国王とクロフォード様を担ぎ上げて、金と土地を手に入れることしか考えていない。
……振り返ってみれば、あの夜のことも、裏で重臣たちが糸を引いていたのかもしれんな。
クロフォード様は、私が国王陛下と話をしている隙を狙って、おまえに婚約破棄を突き付けた。
失礼な言い方になるが、クロフォード様にそのような賢いマネができるとは思えん。
重臣の誰かが入れ知恵をしたと考えるべきだろう」
「……なるほど、な」
お父様が話し終えると、リベルが口を開きました。
「背景はおおむね理解した。
義父殿よ、それで結局、
計算通り?
いったいどういうことなのでしょう。
私が首を傾げていると、説明のつもりか、リベルがさらに言葉を続けます。
「今、このナイスナー辺境伯領では『王国から独立すべし』という意見が大々的に叫ばれて、街中で王国旗が取り除かれているそうだな。
だが、領民たちが自分の意思だけでここまでの行動に出るとは考えられん。
義父殿は初めから王国からの独立を考え、裏から領民らを支援していたのではないか?」
言われてみれば、確かにその通りです。
いくら魔物の対応に追われているとはいえ、領民たちの動きに対してお父様が何の手も打たない、というのはあまりに不自然です。
放置していれば、国から反乱を疑われる危険性もありますから。
「どうなのだ、義父殿」
詰め寄るように、リベルが言葉を発します。
……やがてお父様は観念したような表情を浮かべると、重々しい口を開きました。
「リベル殿の言うことは、半分ほど正しい。
確かに私はナイスナー辺境伯領の独立も選択肢のひとつに入れていた。
だが、領地と領民が脅かされないかぎりは国に従うつもりだった。
私は貴族だからな。領民たちの生活を脅かすわけにはいかん。
……まあ、ライルのやつは、私と違う考えだったがな。
自分が当主になったらフローラを王家から取り戻して、どんな状況であろうと独立するつもりだったらしい。
つくづく、妹離れのできん兄だ」
お父様は苦笑すると、さらに話を続けます。
「信じがたい話かもしれんが、領民たちが独立を叫んでいる件については、私もライルもまったく関わっていない。
私もライルも、西からの魔物にかかりきりだった。
最悪の場合、二人揃って討ち死にしていた可能性もあった。
そのような状況で領民を扇動するなど、あまりにも博打が過ぎる。
やるならば、もっと適切なタイミングを選んでいたとも」
まあ、確かにそうですよね。
お父様はわりと慎重派ですし。
今回、領民たちが王国への反感を声高に主張しているのは、偶発的な部分が多いのでしょう。
……そして偶発的であるがゆえに、手の打ちようがないのかもしれません。
意見を翻すようですが、私はそう思いました。
「いずれにせよ我がナイスナー辺境伯家は、大きな分岐点に立たされている」
お父様がそう口にした直後のことです。
執務机に置かれていた通信水晶が、ブルルルルル、と震えました。
水晶玉は紫色……国王を示す色に光っています。
「また国王陛下からか……」
お父様は心底疲れたように呟きました。
「まさか、あの話の続きか?」
「あの話、と言いますと……?」
私がそう訊ねると、お父様は答えました。
「フローラと、そしてリベルにも関わることだ。
ここで聞いていても構わんだろう」
私とリベルに関わる、というのは、一体どういうことでしょう。
私が首を傾げていると、お父様は執務机のほうに向かいました。
通信水晶を手に取り、魔力を込めました。
すると、水晶玉から国王陛下の声が聞こえてきます。
『おお、辺境伯。少しいいか。
先程の話の続きじゃが……』
「……はい」
『他の重臣とも話し合ったが、慰謝料を取られ、さらに領地まで割譲されてしまっては、おぬしとしても納得できんだろう。
そこで、ひとつ、温情をくれてやることにした』
「温情……ですか」
お父様は納得しかねるような表情を浮かべました。
私も同じ気持ちです。
そもそも婚約破棄を言い出したのはクロフォード様ですし、婚約者がいるのにミーシャさんと真実の愛とやらを育むのって不貞ですよね?
本来なら、王家の側がこちらに慰謝料を払うべきではないでしょうか。
意味が分からないです。
国王陛下って、ここまでアレな人でしたっけ?
昔、私がクロフォード様と婚約したばかりのころは穏やかでマトモな王様でした。
ただ、年を取るにつれて段々と「大丈夫かなこの人?」と思うような言動が少しずつ増えてきました。
たとえばミーシャさんが嘘吐きということが分かった時も『本人の気持ちが大事だから……』『子供のやることだから水に流して欲しい』と無茶苦茶なことを言ってましたよね。
今の会話を聞いていると、その残念さ加減に磨きがかかったようにも感じられました。
私はそんなふうに内心で毒づいているあいだにも、国王陛下は話を続けます。
『おまえの娘のフローラリアだが、いくら辺境の穢れた女といえど、回復魔法の優秀な使い手ではある。
これを逃すのは王家としても惜しい。
不貞の女を許すのも男の器だ。クロフォードの側室に迎えてやろう。
どうせ他に嫁の貰い手などおらんだろうし、娘が王家の一員になるのだ。
これならばおまえも、気持ちよく金と領地を差し出せるだろう。くはははははっ』
いや、気持ちよく差し出せるわけがないでしょう。
というか、私、かなり怒っています。
もしも魔杖が力を失っていなかったら、いますぐ王宮に氷の大槍を打ち込んでいたでしょう。
リベルの方を見ると、眼を閉じて、ジッと黙り込んでいました。
ただ、その姿はまるで噴火する直前の火山のような、危険な予感を漂わせています。
私という婚約者を馬鹿にされて、腹を立てているのかもしれません。
『ほら、どうした。辺境伯。光栄だろう?』
国王陛下は、まるで煽り立てるように言いました。
それに対してお父様は――
「いいえ、まったく光栄ではありませんな」
『なんだと?
……もう一度言ってみよ、辺境伯』
「私としては慰謝料を払うつもりも、領土を明け渡すつもりもありません。
ましてや大切な娘を、貴様のぼんくら息子に渡すつもりはない。
その耄碌した頭ごと地面に打ち付けて死んでしまえ、この愚王……と言ったのです」
ひええええっ。
お父様、キレてます。
口調はすごく平坦ですが、それがかえって凄みを漂わせていました。
『貴様……! 国王を侮辱するとは、それでも貴族か!』
「貴族のつとめは、領地と領民を守ることです。
そして今のあなたは、ナイスナー辺境伯領にとって害悪以外の何物でもない。
であれば、これにて王家とは縁を切らせていただきます」
『貴様、その言葉、後悔するなよ!
もういい。ナイスナー辺境伯家は取り潰しだ!』
国王陛下はヒステリックな声でそう叫びました。
「どうぞお好きに」
お父様はこともなげに切って捨てます。
「だからどうだというのです。
あなたが取り潰しと叫べば、我が家の人間がすべてこの世から消滅するとでも?」
『調子に乗るな、辺境のゴミ貴族が!
貴様は知らんだろうがな、いま、王家には竜神の遺骨がある!
次期王妃ミーシャの実家、マーロン男爵家から献上されたものでな、王宮の占い師たちも本物と言っておる。
ククク……。それがどういうことか分かるか?』
さっぱり分かりません。
というか、竜神なら私の横にいるんですけど。
リベルのほうを見ると、
「竜は死ぬとき、骨は残さんのだがな」
と呟きました。
「そうなんですか?」
「我らは命を終えるとき、ただ溶けるようにして世界に同化する。
遺骨とやらは、別の生物のものだろう」
「じゃあ、国王陛下は騙されている、ってことですか?」
「おそらく、そうだろう」
私とリベルは小声でそんなことを囁き合います。
気付くとお父様も近くに来て、こっそり話を聞いていました。
一方、通信水晶の向こうにいるであろう国王陛下は、ものすごく気持ちよさそうに喋っています。
『聞いて驚くがいい!
今、宮廷魔術師たちに命じて、闇の魔法で竜神を復活させる儀式を行っておる。
300年前、この大陸を支配したという竜神の力があれば、貴様も、貴様の娘も、一瞬にして灰になるだろう!
後悔してももう遅い。その命を王家に返すがいいわ!
まあ、貴様の娘を奴隷として差し出すなら、考え直してもいいがな。
くはははははははははっ!』
国王陛下、それなりのお年なのに元気いっぱいですね。
でも、ご自身の発言がもはや支離滅裂というか、無茶苦茶になっている点は気を付けたほうがいいと思います。
なんだか怒りを通り越して、呆れるしかありません。
お父様も冷ややかな視線を通信水晶に向けています。
そしてリベルはというと――
「吠えたな、小僧」
まるで氷点下の突風のように鋭く突き刺さるような声で呟くと、通信水晶の前に向かいました。
『だ、誰じゃ! 貴様は!』
「おまえが言うところの、300年前の竜神だ。
悪いがフローラは俺の婚約者だ。
貴様に渡すつもりはない。
ああ、そういえば――
竜神の力とやらで、我が義父殿と、そして愛しい婚約者を灰にする、などと言っていたな。
その言葉、ぜひ、俺の前でもう一度聞かせてくれ。
今からそちらに行く。命乞いの言葉でも考えていろ」
リベルはそう告げると、通信水晶に触れました。
ブツン、という音が鳴り響きます。
どうやら通話を強制的に切断したようです。
それから、私とお父様のほうを振り返って言います。
「義父殿は、国と縁を切るつもりなのだろう?
あのような愚者は、徹底的に叩かなければ後々の禍根となる。
俺が王宮に行って、話をつけてくるとしよう。
それに、大切な婚約者を愚弄されたのだ。
このまま黙って見逃すわけにはいかん」
「……私も行っていいですか。
あれだけ言いたい放題されてリベルに任せきりじゃ、スッキリしません」
「分かった。
義父殿はどうする」
「リベル殿がよければ、同行させてもらいたい。
国とはこれで縁を切るが、今まで、その傘下で恩恵に預かっていたことも事実だ。
最後に顔を合わせて話をするのが、せめてもの礼儀というものだろう」
やっぱりお父様、このあたりは律儀ですね。
「――オレも同行するぜ」
お兄様!
どうやらいつの間にか執務室に入っていたようです。
「話は聞かせてもらった。
せっかく家族総出で王宮に殴り込むんだ。置いてけぼりにしないでくれよ」
かくして――
私たちは王宮へ、最後の“話し合い”に向かうことにしたのです。
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次回更新は5月20日 (水)22時頃を予定しています。
残り3話、お楽しみいただけると幸いです。
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