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役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! 作者:遠野九重

第1章

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6. 砦に戻りました!

 私はリベルの右手に乗ったまま、東のほうを眺めます。


 遠くにガルド砦が見えてきました。


 ガルド砦には西の魔物からナイスナー辺境伯領を守るための防波堤としての役割があって、その周囲には合計で五つの堅牢な城壁が存在していました。


 けれどもこの10年のあいだに何度となく魔物の大群が押し寄せたせいで、城壁の修理が間に合わず、最も内側のひとつを残して、他は全壊、あるいは半壊となっています。


 ガルド砦を空から見下ろすのは初めてですが……なかなか悲惨な光景ですね。


「危ないところだったな」


 頭上で、リベルが言いました。


「あのまま魔物の大群が押し寄せていれば、この程度の城壁など、夕刻までに破られていただろう」


「でも、魔物は消え去りました。

 リベルのおかげですね」


「あの程度、大したことではない。

 俺に本気を出させたいのならば、同じ竜でも連れてくることだ」


 ふふん、とリベルは得意げに鼻を鳴らします。

 確かにあの強さを考えれば、魔物が何千匹、ううん、何万匹いても簡単に蹴散らせてしまうでしょう。


 ……改めて考えると、私、とんでもない存在と一緒にいるんですね。


 けれども恐怖を感じていないのは、リベルの人柄 (竜柄?)によるものでしょう。

 話せばわかるというか、基本的に善良ですし。


 そんなことを考えているうちに、ガルド砦の近くまで来ていました。


「……ん?」


 最も内側の、唯一無事なままの城壁に眼を向けると、その上にはたくさんの人が集まっていました。


 どうしたのでしょうか……って、考えるまでもありませんね。


 ガルド砦の人たちにしてみれば、いきなり竜が迫ってきたわけですから、驚いて警戒するのも当然でしょう。


 もしかしたら攻撃してくるかもしれません。


「リベル、ゆっくりと城壁に近付いてもらっていいですか。

 できればこう、友好的な感じで」


「これはまだ随分と難しい注文だな……。

 まあいい。ならばひとつ、歌を披露しよう」


「歌、ですか」


「竜の喉は、咆哮のためだけに存在するのではない。

 地上で最も美しい音色を響かせる楽器でもあるのだ」


 リベルはそう言うと、大きく息を吸い込みました。


 そして、


「LAAAAAAAAAAAAAAAA――――」


 とても高く、澄み切った歌声を、青空のもとに響かせたのです。


 それはまさに絶世の楽器のような音色でした。


 リベルは翼を大きく羽搏かせました。


 すると、不思議なことが起こりました。


 歌声が、幾重にも折り重なって聞こえ始めたのです。


 詳しいことは分かりませんが、たぶん、風を操ることで音を反響させているのでしょう。


 たくさんの歌声が耳に届くものだから、ここに何匹もの竜が集まって合唱をしているようにさえ思えてきます。


 竜の合唱団。


 そんな光景が、頭に浮かびました。


 ガルド砦の城壁に眼を向ければ、その上に集まった人たちはリベルの歌声にすっかり聞き惚れているようでした。


 攻撃しようという意思も、警戒の色もありません。


 一匹の青く美しい竜が歌いながら舞い降りてくる光景に、すっかり魅了されていました。


 やがてリベルは地面に降り立つと歌うのをやめましたが、しばらくのあいだは歌声の反響が残っていました。


 少しずつ、少しずつ、聞こえなくなっていきます。


 そうして歌声が完全に消えたあと、リベルは城壁に向かって右手……私を乗せている手を差し出しました。


 私はリベルの手からピョンと飛び降りると、城壁の上に着地します。


 とりあえず、脱いでいた靴を履き直しましょうか。


 周囲には騎士や冒険者、傭兵のみなさんがゾロゾロと集まっています。


「あれは……フローラお嬢さん……?」


「回復魔法の使い過ぎで倒れて、後方に運ばれたって話じゃなかったのか?」


「ああ。さっき、辺境伯はそう説明してたはずだぜ」


 どうやらお父様は、私が生贄になることを伏せて説明していたようです。


 真実を話せば、砦のみんなが動揺するかもしれませんし、最悪の場合、私を竜神の洞窟に行かせまいと引き留めにくる可能性もありますからね。


 お父様の判断は貴族として当然のことだと思います。


 もしも私が同じ立場だったら、同じように嘘を吐いていたでしょう。


 大切なのは、どんな手段を使ってでも魔物の侵攻を防ぎ、領民を守ることですから。


「フローラ!」


 左のほうから、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきます。


 そちらを見れば、人混みがサッと割れ、背の高い大柄な男性――お父様が私のところへ駆け寄ってきます。


「ああ、無事だったか……! フローラ、よかった……」


 お父様はその場に膝を衝くと、私のことを全身でギュッと抱き締めてくれます。


 ちょっと力が強すぎて痛かったりしますが、それだけ私の無事を喜んでいるのでしょう。


 やっぱり私は恵まれているな、と思います。


 胸がぽかぽかして、つい、口元が綻んでしまいます。


「お父様、ただいま戻りました」


「よく戻ってきてくれた……。生贄には、ならずに済んだのか?」


「ならずに済んだというか、なる必要がなかったと言いますか……」


 私はチラリと背後のリベルに視線を向けます。


 リベルはというと、暖かな視線を私とお父様に向けていました。


 ただ、同時に、すこし羨ましそうな表情を浮かべているようにも思えます。


 とはいえ、竜の顔というのは人族とまったく異なる形ですし、私の気のせいかもしれません。


 リベルは私の視線に気付くと、ゆっくりと口を開きました。


「おまえが、今のナイスナー辺境伯だな」


「……これは、とんだご無礼を」


 お父様は私から両腕を離すと、立ち上がり、リベルのほうを向き直りました。


 その横顔は、再会を喜ぶ父親のものから、凛々しい領主のものに変わっています。


「我が名はグスタフ・ディ・ナイスナー。

 ナイスナー辺境伯家の現当主を務めております。

 竜神様におかれましては――」


「違う」


 お父様の言葉を遮るように、リベルが言います。


 その口調は私に語り掛ける時とはまったく違って、突き放したような荘厳さを漂わせていました。


「俺は、竜神などではない。

 それは、おまえたち人間が勝手につけた名前だろう。


 我は、遥か遠き天より零れ落ちた雫のひとつ、青き星海の竜リベル。


 リベル、と呼ぶがいい」


「承知しました。では、リベル殿、と」


「うむ」


 リベルは納得したように頷きました。


 私の時みたいに、呼び捨てで構わない、とは言わないんですね。


 まあ、リベルなりの基準があるのでしょう。


「話は、貴様の娘……フローラから聞いている。

 どうやら俺のことは、ずいぶんと間違った形で伝わっているようだな。


 俺はおまえたちの先祖と争っていたわけでもなければ、生贄を欲しているわけでもない。

 まったく、『伝言げえむ』とやらは恐ろしいものだ」


「なんと……」


 お父様は驚きの表情を浮かべて固まっています。


 まあ、無理もないですよね。


 私だって、真実を知ったときはビックリしましたから。


「お父様、少しよろしいですか?」


 とりあえず説明はしておいたほうがいいでしょう。


 私はお父様に対して、竜神の洞窟に入ってからここに至るまでの出来事を、簡単にザッと説明しました。


 ちなみに周囲には騎士や冒険者、傭兵のみなさんもいて、私の話を聞いていました。


 どんな反応だったかといえば……


「つまり、どういうことなんだ?」


「フローラのお嬢さんは、自分が生贄になる覚悟で、竜神の洞窟に行ったってことだよ。

 そうしないとガルド砦が魔物に攻め落とされて、オレたちみんなが殺されちまうから……ってな」


「マジかよ……。

 おれたちのために命を投げ捨てるとか、フローラお嬢さん、マジで聖女じゃねえか……」


「いや、もともと聖女だろ」


「そりゃそうだけど、想像以上に聖女だったつーか、フローラお嬢さんに頼ってばっかりで申し訳ないつーか……」


 いや、そこは別に気にしなくていいと思いますよ?


 私なんか後方で回復魔法を掛けているだけですし。


 それに比べれば、最前線で傷つきながら戦っているみなさんのほうがずっと勇敢で偉いと思います。


 まあ、あえて注文をするなら、聖女、聖女と連呼するのはやめてくれると嬉しいです。


 なんだか恥ずかしいというか、詐欺を働いているような気分になります。


 だって、私の心の中って、どくどくスライムばりに毒がドクドク出てますから。


 これで聖女なんて名乗ったら、天罰が下るんじゃないでしょうか。




 * *




 ともあれ――


 私はここまでの経緯をお父様に説明したわけですが、最後の部分は、やはりというかなんというか、かなり驚かれてしまいました。


「新しく、湖ができた……?」


「はい。リベルのブレスで地面がごっそり抉れちゃったんですけど、たまたま地下の水脈を掘り当てたみたいでして」


「確かに、かなり大きな爆発だったが、ううむ……」


 どうやらリベルのブレスによる爆発は、このガルド砦からも見えていたようです。


 お父様は眉を寄せて考え込むと、やがてこう言いました。


「その湖は、どこにあるのだ」


「あっちです。あ、リベル、ちょっと横にズレてもらっていいですか?」


 私は湖の方向を指差そうとしたのですが、そこにはちょうどリベルの姿がありました。


 申し訳ないですが、ちょっとどいてもらいましょう。


「いいだろう」


 リベルは頷いて、ズシン、ズシンとカニ歩きで右にズレます。


 なんだかその姿が妙に可愛らしくて、私はクスッと笑ってしまいました。


 でも、なぜか、周囲にはどよめきが広がっていました。


「フローラお嬢さん、すげえな。あんなデカい竜と普通に喋ってるぞ」


「竜に『どいてくれ』なんて、そうそう言えるもんじゃねえだろ。

 やっぱ度胸あるな、フローラお嬢さん」


「フローラお嬢さんは図太……いや、うん、腹が据わってるからな」


 いま図太いって言いかけた人、誰ですか。


 正直に出てきなさい。怒りますから。


 ついでに、いつも服が生乾きになる呪いをかけますよ。


 水の魔法使いですから、それくらいは楽勝だったりします。


 まあ、今はお父様と話している途中ですし、見逃してあげましょうか。


 私はコホンと咳払いをすると、リベルのブレスによって生まれた湖を指差しました。


 そこはすでにクレーターの半分ほどが水に沈みつつあります。


 たぶん夜までには立派な湖になっているでしょう。


「……すさまじい力だな。想像以上だ」


 お父様はゴクリ、と息を呑みました。


「これが、竜というものか……」


「うむ」


 お父様の呟きに、リベルが頷きました。


「竜とは地上最強にして、最も美しい歌声を持つ種族なのだ。


 今代の辺境伯、グスタフよ。

 自分の娘に感謝することだな。


 フローラは俺を目覚めさせることで、ナイスナー辺境伯領を魔物から守り抜いたのだ。

 それは賞賛されるべき行為だろう」


「それは、重々承知しております」


 お父様はそう答えると、私の方を向き直ります。


「フローラ、本当によくやってくれた。

 おまえのおかげで、たくさんの命が救われた。

 ……心から感謝する」


 そして、右手を伸ばすと、ぽんぽん、と私の頭を撫でてくれました。


 ふふん。


 やっぱり褒められると気分がいいです。


 子供扱いされている感じもなくはないですけど、嬉しいのでよしとしましょう。


 周囲の人たちも、


「フローラお嬢さん、ありがとうな!」


「本当に助かったぜ!」


 と、感謝の言葉を口々に発しています。


 こういう時って、どう反応すべきなんでしょうね。


 困ってリベルのほうを見ると、なぜかものすごく優しい視線を向けられました。


 うーん。


 まあ、こういうときは慌てず騒がず、腰を据えて事態が過ぎ去るのを待つとしましょう。


 やがて騒ぎが収まると、お父様はゴソゴソと懐から記録水晶を取り出しました。


「お父様、その記録水晶は何ですか?」


「これは初代当主のハルト・ディ・ナイスナーが遺したものだ。


 言い伝えによれば、竜神殿……リベル殿が近くにいるときだけ記録が再生できるらしい。


 おそらく、リベル殿への伝言か何かだろう」


「ほう」


 リベルが興味深そうに声を上げました。


「アイツの伝言か。それは、ぜひとも聞かせてもらいたいな」


「私も、興味があります」


「分かった。では再生を……ぬ」


 お父様はなぜか困ったような表情を浮かべます。


 いったいどうしたのでしょう?


「この記録水晶を起動するには、水の魔力が必要らしい。

 ……フローラ、頼んでいいか」


「分かりました、任せてください」


 私はお父様から記録水晶を受け取ると、両手にしっかりと抱えて、その内部に魔力を注ぎ込みました。


 すると水晶がぱあっと青色の光を放ち――ご先祖様の声が、流れ始めます。


 それは珍しいことに、故郷のことばではなく、この国のことばでした。


『あー、テステス。

 この記録水晶が再生されているってことは、リベルのやつも傷が治ったってことだろうな』


 ご先祖様の口調は、あいかわらず、やたらと軽いものでした。

 その子孫であるお父様とは似ても似つかない雰囲気ですが、あえて言うなら、ライルお兄様に近いかもしれません。


『300年後の世界はどうだ?

 ちょっとはマシな世の中になってるか?

 まあ、たぶん大丈夫だろう。

 いちおう未来視の魔法を使って、確認したからな』 


 未来視の、魔法……?

 そんな魔法なんて聞いたことがありません。


 ご先祖様が天才的な魔法使いだったことは知っていますが、未来を知ることなんて、本当にできるのでしょうか。


 ……そんな私の考えを読んだように、ご先祖さまはこう続けます。


『未来を知る魔法なんて信じられないだろうから、ちょっと予言してやろう。


 この記録水晶は、いま、銀髪のすげえ可愛らしい女の子が持っているはずだ。


 名前はフローラリア・ディ・ナイスナー、いまはちびっ子だが、3年もすればすくすく育つから安心しろ』


 あっ、それは嬉しい知らせですね。


 未来視の魔法が存在することも信じていいかもしれません。


『さて、ここからが本題だ。そこにリベルがいるよな?』


「うむ」


 ご先祖様の声に答えるように、リベルが頷きます。


「久しぶりだな、我が友」


『言っておくが、こいつはただの記録音声だ。

 会話が成立してるように見えても、ただの錯覚だぞ』


「そうか……」


 あ、いま、ちょっとリベルがしょんぼりしましたね。


 他の人は気付かないようですけど、私にはなんとなく分かります。


『まあ、元気出せよ。生きてりゃいいことあるさ。

 それはさておき、初代当主の権限として、ひとつ遺言を残させてもらう。


 オレの子孫にして、水の魔法に関してはオレ以上の才能を持ち、いずれ未来視の魔法を受け継ぐフローラリア・ディ・ナイスナーを、青き星海の竜リベルの婚約者とする。


 リベル、断るなよ。


 おまえが眠るための洞窟を作ったときに言ったよな。

 将来、借りは返してもらう、って。

 それが今だよ。


 なに、悪い話じゃないさ。

 おまえ、前に言ってただろ。

 いつか願いが叶うなら家族が欲しい、って。


 そしてフローラリア、リベルは王家のお坊ちゃんに比べりゃ、数千倍はいい男だよ。

 ま、安心してくれ。


 オレの未来視によれば、ちゃんとうまくいくからな』



 そして、記録音声の再生が終わりました。


 ええと。


 その。


 話の内容が予想外すぎて頭が混乱しているんですけど。


 婚約者ってことは、結婚する、ってことですよね。


 リベルと。


 リベルのほうをチラリと見ます。


 向こうも私のことを見ていたらしく、視線が合いました。


 なんとなく気まずくて、互いに目を逸らします。


 周囲では、お父様やナイスナー家の騎士、そして冒険者や傭兵のみなさんも、揃って困惑したような表情を浮かべていました。


 そりゃそうですよね。


 竜の婚約者になれとか、意味不明すぎますし。


 誰も彼もがポカーンとしていると、人混みを掻き分けるようにして、誰かがこちらに近付いてきます。


「その婚約、ちょっと待った!」


 大声を張り上げて現れたのは、ライルお兄様でした。


「空気を読んで隅っこで大人しくしていたが、さすがにそいつは聞き捨てならねえ。


 フローラリアはオレの大切な妹だ。


 ポッと出の男に……いや、竜だからオスか……?


 ともかく、そんなヤツにポンと渡せるわけがねえ。


 つーわけで、だ」


 お兄様はリベルの真正面に立つと、ビシリ、とその顔を指差して宣言しました。


「青き星海の竜リベル、だったな。

 妹を賭けて、アンタに決闘を挑ませてもらう!」


 あの、お兄様。


 さすがにそれは無茶というものではないでしょうか……?

 皆様のおかげで日間総合ランキング1位 (2020年5月10日&11日)取れました!

 本当にありがとうございます!


 これからも頑張っていきます……!


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