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役立たずと言われたので、わたしの家は独立します! 作者:遠野九重

第1章

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5. 天井とか魔物とか吹き飛びました!

 改めて振り返ってみると、私の人生、かなりの荒波模様ですよね。


 第一王子の婚約者だったのに、冤罪で婚約破棄を突き付けられたり。


 辺境伯領に帰ってみれば、魔物の大軍勢がかつてないほどの規模で押し寄せてきたり。


 生贄になるつもりで竜神様のところに行ってみれば、生贄になる必要はなくって、それどころか「危なっかしい」とか「放っておけん」などと心配されてしまいました。


 予想外の展開ばかりで、さすがに混乱してきました。


 こういうときは変にジタバタせず、流れに身を任せれば、なんだかんだで丁度いいところに落ち着くものです。


 たぶん、きっと、おそらく。


 ダメだったら、まあ、そのときに考え直せばいいでしょう。


 こんなのだから私、図太いって言われるのかもしれません。


 お腹まわりはキュッと引き締まってるんですけどね。




 さて。


 私がぼんやりとそんなことを考えていると、視線の先で、大きく美しい青色の竜……リベル様が大きく翼を広げました。


「そろそろ力も溜まった。外に出るとしよう」


「どうやって出るつもりですか?」


「……む」


 リベル様はピタリと動きを止めると、長い首をぐるりと動かし、鍾乳洞の中を見回しました。

 これ、何も考えてなかったやつですね。


「天井を壊すしかなさそうだな」


「巻き添えで私も死んじゃいますよね」


「心配することはない。フローラリアは俺が守ろう」


 リベル様はそう言うと、上半身を起こして、右手 (右の前足?)をスッと差し出してきました。

 掌を上にしています。 

 乗れ、ということでしょうか。


「ええと、失礼しますね」


 私はリベル様の右手に近付くと、靴を脱いでからその上に乗りました。

 土足のまま、というのは失礼な気がしたのです。


「ほう」


 リベル様が興味深そうな声をあげました。


「フローラリア、なぜ靴を脱いだ?」


「土足とか汚いですし、乗られる側としては嫌な気分になりませんか?」


「嫌というほどではない、竜は寛大な生き物だからな。

 だが、おまえの気遣いは嬉しく思うぞ」


 リベル様はクスッと笑みをこぼしたあと、真剣な表情になって言いました。


「少し騒がしくなるぞ。

 フローラリア、耳を塞いでいろ」


 さてさて、いったい何を始めるつもりなのでしょうか。

 私は両手で耳を押さえながら、天井のほうに眼を向けます。


 その時でした。


 リベル様の全身が、ピカッと、蒼色に輝いたのです。


「……グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 続いて、凄まじい咆哮が大気を震わせました。

 私は両耳を塞いでいましたが、それでもなお聞こえるほどの大音量でした。

 鍾乳洞全体がグラグラと揺れ始めます。


 そして次の瞬間、リベル様の口元で、まばゆい閃光が弾けました。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 伝承によれば竜という生き物は、その(あぎと)から魔力のブレスを吐き、ありとあらゆるものを消滅させるそうです。


 リベル様は魔力のブレスによって、鍾乳洞の天井をわずか数秒のうちに消し飛ばしていました。


 いま、私の頭上には澄み切った青空が広がっています。


 太陽の光が、鍾乳洞の中を明るく照らしていました。


 暖かいですね。


 ここまで常識外れの事態になってくると、驚きの感情すら湧いてきません。


 私がぽかーんと空を眺めていると、リベル様がこちらを向きました。


「怪我はないか?」


「大丈夫です。……なんというか、すごいですね」


「それが竜というものだ。さて、飛ぶぞ」


 リベル様はごく当たり前のようにそう言うと、左右の両翼をゆっくりと動かし始めます。


 ばさ、ばさ。


 ばさ、ばさ。


 翼が上下するたび、その大きな身体が宙に浮かんでいきます。


「これ、どうやって飛んでるんですか?」


「ふむ……」


 リベル様は少し考え込んでから答えました。


「人族の魔法理論にたとえて説明するなら、竜の翼と言うのはそれ自体がひとつの巨大な魔法陣だ。

 翼を動かすたびに血液が循環し、それによって風の魔法が発動する……とでも考えればいいだろう」


「分かるような、分からないような……」


「安心しろ。俺もよく分からん。

 300年前、隣の大陸には学者肌の竜が住んでいた。

 そいつが生きていれば、面白い話が聞けるかもしれんな」


「その竜とは、友達だったんですか?」


「友か。……まあ、そうかもしれんな」


 リベル様はそう言って、ふっ、と少しだけ寂しそうに笑いました。


「だが、もう生きてはいないだろう。

 外の空気に触れたのは300年ぶりだが、竜の匂いが絶えている。

 やはり、生き残ったのは俺だけか」


「ええと……」


 こういう時にどんな言葉を掛けるべきなのか、私にはよく分かりません。

 けれど、リベル様がまるで取り残された仔犬のような表情を浮かべているものだから、つい、こんなことを口にしていました。


「竜じゃなくて人ですけど、私がいますよ?」


「ん?」


「魔物を追い払ったら、色々な場所へ連れて行ってくれるんですよね。

 じゃあ、私たち、友達です。

 そうは思いませんか?」


「……おまえは優しいな。フローラリア」


 リベル様はクスッと口元を緩めると、ぐるりと尻尾を動かして、ぽんぽんと私の背中を撫でました。

 竜ならではのジェスチャーですが、たぶん、親愛の表現とか、そんな感じの意味なのでしょう。


「フローラでいいですよ。友達ですし」


「分かった。……フローラ」


「はい」


「これは、少し、気恥しいな」


 リベル様は小声で呟くと、私から視線を逸らしました。

 それから、少しぶっきらぼうな調子でこう言います。


「ならば俺のことは、リベル、で構わん。

『様』は不要だ」


「でも、無礼じゃないですか?」


「俺は気にしない。

 そもそも、フローラは命の恩人だ。

 できることならば対等に接してほしい」


「じゃあ、コホン」


 私は咳払いしてから名前を呼びます。


「リベル」


「……ああ」


 リベル様、じゃなくてリベルは、ぷい、と横を向いてしまいました。


「やっぱり気に障りましたか?」


「いや、そういうわけではない。

 ……どうやら俺はこの300年のあいだに、ずいぶんと照れ屋になったらしい」


 あー。

 なるほど。


 長い間ずっと洞窟に引きこもっていたせいで、人付き合いの耐性が下がってしまったんでしょうね。


 舞踏会でもたまに見る光景です。

 それまで箱入り娘で育てられてきた令嬢さんとか、他の人に話しかけられるだけでアワアワと顔を赤くしちゃいますし。


 このあたり、人も竜も同じようなものなんでしょう。


「ところで」


 リベルはやや強引な調子で話を変えます。


「西から来る魔物を追い払えばいいんだな」


「はい、お願いします。

 ……西がどっちか分かりますか?」


「おまえたち人族は知らんだろうが、この地上は球の形をしている。

 つまり、方角など考えずとも、適当に飛び続けていれば目的地にはいずれ辿り着ける。

 それが竜という種族の生き方だ」


「何を言っているかよく分からないですけど、方角が分からないんですね」


「……すまない」


「大丈夫です。私に任せてください」


 このときリベルはすでに空高くまで舞い上がっていました。


 風は気持ちよく、さやさやと私の銀色の髪を撫でていきます。


 落ちるんじゃないか、という不安感はありませんでした。


 リベルの手はとても大きく、まんなかに寝転がってゴロゴロゴロと三回くらい寝返りを打ってもまだ余裕があるほどの広さでした。


 こちらを包み込むように、かるく、指を曲げています。


 うっかり落っこちないように気遣ってくれているのでしょう。 


 こういうところを見ると、いい人だな、と感じます。


 竜ですけどね。


 私はクスッと笑いながら、遠くを眺めます。


 どこまでも広がる草原は気持ちのいい絶景でしたが、いまはのんびりと鑑賞している場合ではありません。


 やや左の方に、ガルド砦が見えました。


 周辺の地図を頭に浮かべます。


 竜神の洞窟は、ガルド砦のちょうど北に位置しているわけですし……ちょっと右寄りに飛んでいけば、いずれ魔物の軍勢に出くわすでしょう。


「あっちに向けて出発してください」


「本当に合ってるのか?」


「大丈夫です。私、ここ一番の度胸には自信がありますから」


「度胸があっても間違えるときは間違えるんじゃないか……?」


「そこはまあ、その時ということで。

 さあ、行きましょう」


「……本当に大丈夫なんだろうな」






 結果から言えば、大丈夫でした。


 私たちはガルド砦の西部にある丘陵地帯に辿り着いたのですが、そこでは魔物たちの大群がゾロゾロと移動を始めていました。


 たとえば一軒家ほどの大きさを持つ“おでぶスライム”、ちなみに命名したのは私のご先祖さまです。

『おでぶ』というのは故郷のことばで「すごく大きい」という意味なんだとか。


 他にも色々な魔物がいます。

 ハリネズミのような針を甲羅に持つ巨大なカメの魔物……ニードルタートル。

 カメのような甲羅を針の下に隠し持つ巨大なハリネズミの魔物……シェルターヘッジホッグ。


 正直、どっちがどっちなのか分かりにくいので、片方に統一してほしいと思います。


 それはさておき――


 魔物の数としては、おそらく千匹を越えているでしょう。

 かなりの数です。


 一方、丘陵地帯に騎士や冒険者、傭兵たちの姿はありません。


 これは推測になりますが、お父様は前線をガルド砦の手前まで下げ、援軍が来るまで籠城するつもりなのでしょう。


 援軍とは竜神、つまりはリベルのことです。


「フローラ、あの魔物どもを吹き飛ばせばいいのか?」


「はい。派手にやっちゃってください」


「いいだろう。おでぶスライムは念入りに焼き尽くすとしよう。

 昔、顔に貼り付かれたときはベトベトで気持ち悪かったからな……」


 その気持ちはちょっと分かります。


 貴族の人たちは洒落た言い回しのつもりで「スライムに貼り付かれたと思って忘れたほうがいい」なんて言いますが、実際に貼り付かれたら、わりとショックですからね。


 あの感触はなかなか忘れることができません。


 私も昔……って、自分語りはここまでにしましょう。


 リベルの全身が輝き、その(あぎと)からブレスが放たれます。


「――グゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァァァァァッ!」


 それは鍾乳洞の天井を消し飛ばした時よりも、遙かに巨大で、激しく、そしてゾッするほどに美しい光の奔流でした。


 眼が眩むほどの閃光が広がり、魔物たちを白く、白く塗りつぶしていきます。


 爆発が起こりました。


 轟音が響き、烈風が吹き荒れます。


 リベルは両手で包み込むようにして、しっかりと私を守ってくれました。 


 やがて光が過ぎ去ったあと、そこにはとんでもない光景が広がっていました。


 魔物の軍勢どころか、丘陵地帯がまるごと綺麗に消滅していたのです。


 地面は大きく深く抉れ、巨大なクレーターが生まれています。


 破壊の副産物として地下の水脈を掘り当てたらしく、クレーターの底には水が溜まりつつありました。


「そのうち、新しい湖が出来そうですね」 


 私としては、そうコメントすることしかできませんでした。


 なんというか、人と竜のスケールの違いをまざまざと見せつけられた気分です。


 これだけの力を持っていたら、そりゃ『竜神』なんて呼ばれるのも当然ですよね。


「……やりすぎたな」


 リベルとしても、ここまでの破壊活動を行うつもりはなかったのでしょう。

 意外そうな表情を浮かべていました。


「ちょっと力加減を間違えたらしい」


「まあ、魔物は一掃できたから大丈夫ですよ」


 いちおうここもナイスナー辺境伯領ですけど、人が住んでるわけじゃないですからね。

 むしろ湖ができたら魔物が来なくなるかもしれませんし。

 そういう意味では好都合でしょう。


「ともあれ、魔物を倒してくれてありがとうございます。

 お父様に報告したいですし、ガルド砦に向かってもらえますか?」


「承知した」


 リベルは頷くと、ぐるりと旋回して、砦の方へと移動を始めます。


 さて。

 この状況、お父様にはどう説明しましょうか。


 日間総合2位となりました! ありがとうございます!

 一度くらいは1位を取りたい……!


 楽しんでいただけましたら、ブックマークと、下にスクロールして☆を押していただけるとすごく嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!



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