ただ二人の覚醒者
「行ってくるね」
「悪いな」
「何が?」
「俺はお前が居ないと駄目らしい」
「青葉、違うよ。君はただ緑川君と同じ様に私にこう言えばいいの、『勝ってこい』って」
はっ。
俺なんかよりも、肉体的にも精神的にもよっぽど彼女の方が強い事は知っている。
だから、そんなお前に全てを丸投げしてしまう事に後ろめたさを感じていた。
なのに、お前はそれでも俺に力を貸してくれると言ってくれる。
ただその言葉だけが、俺が目的に達するための原動力になっていると、お前は知っているか?
「分かった。冬華、【勝ってきてくれ】」
「うん」
それだけ言って、彼女は俺の元から去っていく。
緑川と入れ替わる様に試合場にへ歩いていく。
会場は心さんの魔法と緑川の雷撃でズタズタだが、この対抗戦に全面協力している赤眼と白栄、更に翠涙の探索者の魔法によって修復され、今は最初のグラウンド同様に完全に整備された状態へ戻っていた。
俺が指示した事だ。
あの『二人』には、最高の状態で戦って欲しいから。
(吾輩にも見せろ)
(
(それは楽しみだな)
以心伝心の遠隔視界を使って、魔王もこの試合を見るらしい。
最高のタイミングじゃないか、俺達が日本一になる瞬間に立ち会ってくれるのなら、力の証明としては十分だ。
(俺たちはあんたを越える)
俺の
『見てれば解る』と、そんな雰囲気が目の前にすらいない相手から伝って来た。
「俺は、赤眼の中堅を担当する……」
「大丈夫、貴方じゃないから」
「何を言って……」
その瞬間、陽炎を残して冬華が消えた。
「はっ……!」
何もさせず、いや何も見せず、冬華は相手の探索者を
「出て来て下さい楓さん、私の相手は貴方以外に居ないから」
それは木刀ではあったが、相手探索者の座る席の一番端、荒神楓へ向けた切っ先に込められた切れ味は、常軌を逸していた。
「審判! 開始前の攻撃なんて反則やろ!」
「確かに、花村冬華さんは反則だと思われます」
もしも、この場に恐竜が居たとして。
もしも、その恐竜がもう一匹の恐竜へと牙を向けたとして。
その戦いを止められる人間など、居るのだろうか?
――否。
「私が攻撃した? 誰がその瞬間を見たの?」
冬華の攻撃は、人間の視認できる速度を越えている。
俺の観察スキルは四まで上がっているが、それでも冬華の攻撃は見えなかった。
あれは、『速い』とかそういう次元じゃない。
完全に消えている。
その原理上、どれだけ高性能なカメラを用意して、どれだけ低倍速で映像を流したとしても、冬華の動きを捉える事など出来はしない。
誰が見ても、状況的には相手の探索者を昏倒させたのは冬華だろう。
しかし何よりも、冬華から発せられる威圧と魔力と圧力と重力と斥力と殺気が、『人』に言葉を発する事を許さない。
同時に、これだけの人数が見守る中誰にも攻撃が見えなかったという事実は、どれだけ行ってもそれを証明する物は状況証拠に過ぎず、何よりも、もう一匹の恐竜がそれを受け入れたのならば、外野に控える矮小過ぎる人間等に、その交戦を止める事など出来はしない。
「いいわ。私が、いいえ日本一の探索者が、貴方の相手をしてあげる」
舞台へ立った二匹の恐竜が顔を突き合わせてしまえば、問答などにどれほどの意味があるだろうか。
――そんな物は無いに決まっている。
「感謝します。これで、私は証明できる」
「貴方が日本一の探索者だって?」
「違います。青葉が、日本一のギルドマスターだって事をです」
「そう、羨ましいわ。青葉君には護ってくれる人が居るのね」
「それも違いますよ。私の方がずっと青葉に護られてますから」
「そうなのね。だとしたら、貴方も私は羨ましい。私も、私を護ってくれる人が居れば、貴方の様に強く在れたかしら……」
そう、荒神楓は言葉を紡ぐ。
その意味は、冬華にはきっと分からなかった。
けれど冬華はただ、自分自身の
「私は、貴方が頼り方を知らなかっただけだと思う」
「ふふ。そうかもしれないわね」
そう言って、荒神楓が武器を構える。
巨大な大剣を模した木剣。
対する冬華は、日本刀を模した木刀。
【
荒神楓
レベル14
破壊力2560 (B
耐久力2280 (C
敏捷力2000 (D
精神力2280 (C
感覚力2000 (D
炎80 (B
水38 (E
風38 (E
土52 (D
先天性スキル
《加速》
後天性スキル
《大剣術6》《魔剣士5》《鋼の身体4》《炎属性魔法8》《水属性魔法3》《風属性魔法5》《土属性魔法3》
アーツスキル
《
】
ははは。
やっべえな。
魔法以外の後天性スキルのレベル六なんて魔王様以外に初めて見た。
しかも、以心伝心無しでアーツスキルを発現させてやがる。
そんなの、数か月前まで持ってなかっただろうがよ。
この人も持っているのだ、冬華と同等でありながら冬華とは別種の才能。
十を極める才能ではなく、一を研ぎ澄ます才能を。
だが、だとしても俺は冬華にベットする。
信じてるのは俺の目以上に、冬華という人間を見て来た俺の記憶。
【
花村冬華
レベル12
破壊力2260 (A
耐久力2260 (A
敏捷力2260 (A
精神力2260 (A
感覚力2260 (A
炎64 (A
水64 (A
風64 (A
土64 (A
先天性スキル
《経験倍増》
後天性スキル
《剣術5》《回避5》《受け身5》《見切り5》《体術4》《武術4》《先読み4》《炎属性魔法6》《水属性魔法6》《風属性魔法6》《土属性魔法6》
アーツスキル
《幻歩》《
】
うちの
「魔王の瞳、
「白栄ギルドマスター、そして
「「いざ尋常に、――参る」」
プレイヤー。
それは、第百層で俺に激痛を与えてくれたあの声から着想を得た言葉で、俺が作った造語だ。
だから、その言葉を口にした彼女はもしかしたら、俺同様にあの声を聴いたのかもしれない。
もしも、『未覚醒のプレイヤー』という言葉が、先天性スキルを生まれながらに持たない者という意味であるなら。
もしも、『強制覚醒を実行』という言葉が、先天性スキルを持たない者にそれを与えるという意味であるならば。
もしかしたら、荒神楓は人類で初めて先天性スキル『無し』で第百層へ上り詰めた人物なのかもしれない。
まあ、あの人がゲーマーって可能性も普通にあるから、今それを考えても仕方のない話だが。
今はただ、『視る』事に集中しよう。
あの二人の超高速戦闘に、俺の眼が付いていけるか願うばかりだ。