最強への道
「これは……ギルド対抗戦の誘いね」
「ギルド対抗戦ってあのテレビとかで良くやってる奴だよね? 楽しそうだなー」
「そうね、冬華ちゃんの言う通り。今回の試合もテレビ放送したいらしいわよ?」
あの会談の数日後、赤眼ギルドから俺たち宛てにある誘いの文章が届いた。
それは『ギルド対抗戦』の参加要請だった。
対抗戦は一昔前のオリンピックの様な存在とでも言えばいいだろうか。
世界の関心は今や全世界に発生した謎の建造物である『ダンジョン』とそれを攻略する『探索者』へと向けられている。
あらゆる資源がダンジョンから産出される以上、探索者の強さはイコールでその国の強さだ。
それを測る、もしくは見せつける為に何年かに一度、その国一番の探索者同士が対抗戦と言う形で試合をすることがある。
一般庶民的に見れば何年かに一度のお祭りみたいな物だが、当然今回の対抗戦はそんな大それたものじゃない。
『ギルド』対抗戦である。
国ごとの探索者ではなく、ギルドとギルドが争うそれは一種のエンターテイメントの様なイメージだ。
誘われた対抗戦もカメラを入れたそこそこの大規模な物で、テレビ放送を行う事で『逃げられなくする』事が目的なのだろう。
今までさんざん踏ん反り返っていただけだった赤眼だが、ようやく俺好みの提案をして来てくれた。
「面白くなってきた」
「随分悪い顔してるわよ、青葉君?」
「青葉がその顔してるときは、相手が可哀そうになるときな気がする」
この二人からの俺の評価ヤバい事になってるんだけど。
まあ、可哀そうってのは賛成するよ。
要するに赤眼が冬華とバトらなくちゃならないんだから。
本当に可哀そうだ。
とはいえ、こっちに不利な条件が何もない訳じゃない。
人数だ、対抗戦は『五対五』で行うと書かれている。
こっちギルドメンバー三人しかいねえっつうの。
「にしても五人必要なんて、姉さんも地味な嫌がらせしてくるじゃない」
「まあ、それならそれで問題ないか……あそこから入れればいいだけだし」
「あそこ?」
「新メンバーに心当たりでもあるの?」
「ありますよ、しかもそいつはめちゃめちゃ強い。取り敢えず、こっちからの要望としてはテレビ放送は生中継でやる事だけ言っといてください」
後になって放送しないとかいう卑怯を行わせないための条件だ。
多分、人数の面で不利を被らせている事はテレビ局だって分かってるはずだし、視聴者だってそれじゃあ赤眼を疑う要因になるだろう。
だから、ここから更にこの程度の要求をごねるってのは考えづらい。
「後心さんからもこっちが不利にならない程度の要望は追加しておいてくれると助かるかな」
「分かりました社長」
この人は仕事が早くて助かるな。
俺の言葉を聞いて心さんは直ぐに赤眼に送る用の書類作成を始めてくれた。
「ねえ青葉、私の仕事は?」
「冬華は今まで通りダンジョンで資金稼ぎ。けど対人戦の練習はちょっとしといた方がいいかもな」
「なんだ、つまんないのー」
「そんな事ないって、本番じゃ主役は冬華なんだから。それにうちのエース様にはめちゃめちゃ期待してる」
「まあ、それだったらいいけどね?」
素直に褒めた事に驚いたのか、冬華は顔を背けて小さな声で同意を示してくれた。
さて、俺も少し動かないとな。
「少し出てくるわ。今日の探索は冬華一人で頼めるか?」
「それはいいけど、どこ行くの?」
「人材確保」
◇◆
「それで、なんで僕のところに
「そりゃ、その新進気鋭のギルドへの誘いだよ」
彼の口ぶりでは、彼の方は俺の事をそこそこ知っているらしいが、俺はこの人の事をステータスでしか知らない。
後はそうだな、この人物が
そして、経営者としてだけではなく探索者としても一級品の素養を持っている事も知っている。
そこそこ知ってるな。
ただ、この翠涙ギルドには他のギルドと比べて、特色が幾つかある。
まずは白栄の次にSランク探索者の人数が多い事。
その人数三十五名、赤眼よりもSランクだけの人数で見れば多い。
ただ、それ以外の探索者総数で見ればこのギルドが五大ギルドの中で最も人数の少ないギルドだ。
そのランク別人数比率を見て、このギルドはこう呼ばれる。
『少数精鋭ギルド』と。
他にも翠涙ギルドは実力至上主義で、所属する全ての探索者がB級以上で構成される。
他のギルドもランクが高いと給金が下がるくらいはあるが、翠涙の様に適正以下の探索者を雇わないギルドと言うのは国内ではここ位な物だろう。
では、何故翠涙ギルドは、そんな方法と取っているのか。
人数が増えるというのは、ほとんどのギルドにとって稼ぎ頭が増えるという意味で喜ぶべき事のはずなのに。
その答えは単純にして明快。
翠涙は、普通の方法とは違う稼ぎ方をするギルドだからだ。
このギルドは、日本の五大ギルドを除く殆どのダンジョン素材の買取業を行っている。
この国の中小ギルドの稼ぎ方はこうだ。
まず、ダンジョンへ出向いて素材を回収する。
それを翠涙ギルドの経営する買取所に売って、その利益をギルドと探索者で折半する。
俺たちもこの方法をとっている。
買取所のおばちゃんも実は翠涙ギルドの探索者ではない社員だったりする。
このギルドは他にも探索者の貸し出しを行っている。
SランクやAランクの居ない中小ギルドに高位探索者を貸し出す事で、その探索の利益の何割とか固定料金とかを要求する事で普通よりも多い収入を安全に稼ぐ事が出来る。
この業務の何が優秀かと言うと、顔がめちゃくちゃ広がる事だ。
そのパイプを元に、様々な企業に対してあらゆるダンジョン素材を提供できる。
そりゃ五大ギルドにもなれば、オークションもダンジョン素材の捌きも自社で可能だろうが、中小企業はそうも行かない。
普通に考えて、知らない会社がオークション開いたって脚を運ぶ訳がないのだから。
翠涙ギルドは、日本のダンジョン素材業をほぼ独占していると言っても過言ではない。
そんな大ギルドに来た理由なんて一つしかない。
人材派遣に決まっている。
「件の対抗戦のお話でしょうか?」
いきなり社長室に通されたのは驚いたが、俺の事を知っているようだし対抗戦の事も知っているとは、流石に情報通って事か。
「そう。強い人材を貸してほしい」
「残念ですが、僕達が行っているのはダンジョン探索における人材貸し出しであって、対抗戦にピンチヒッターとして自社の探索者を貸し出すためではありません」
「そうだな、俺はあんたがいいな」
「お話、聞かれておりましたか?」
帳緋色のお陰で、偉い人間の立ち回り方が少し分かった。
要するに相手が納得するほどの自信を持っていればいいわけだ。
「聞いてる。だから、もっと確信的な話をしよう」
「と言いますと?」
「こっちが提供できるのは、『鑑定』。それに、日本一のギルドの契約相手って立場だ」
「……」
緑川は答えない。
悩み、揺れているのだろう。
もしくは、計算していると表現した方が的を得ているだろうか。
だったら、もっと押すのみ。
「鑑定の事は知ってるな? 俺も、鑑定であんたの先天性のスキルを知っている。俺の鑑定を使いたいなら、あんたは俺に協力するべきだ。それに、俺たちは今度の対抗戦で赤眼ギルドを手に入れる。五大ギルド二つが組めば、勝てるギルドは日本にはない。最強のギルドの完成だ。それに加えて、たった二人で百階以上の階層を探索できる日本最強の探索者がうちには居る。これを敵に回すか、味方にするか。聡明なあんたなら解るんじゃないか?」
これが、俺に出せる精いっぱい。
俺の描く未来。
俺と緑川晴斗が組めば、間違いなく日本最強のギルドになる。
それだけの才能が彼にはある。
ならば、その先の光景をどれだけ彼に想像させる事が出来るかに俺の命運は託されている。
「であれば、僕は今の情報を赤眼や白栄に持って行って、貴方を吸収したそのギルドと手を組むことも可能。そうは思いませんか?」
緑川晴斗は、俺にそんな絶望的な言葉を投げかけた。