未覚醒のプレイヤーを確認、強制覚醒を実行します。
「ついにここまで来たか」
その扉の前で、俺は一人ごちる。
それは独り言だったが、けれど彼女はそうは思わなかったようで、俺に返答してくれる。
「――楽勝だったよ」
彼女は微笑みすら浮かべながら、そう言った。
ダンジョン九十八階層。
この扉を潜れば、九十九階層のボスが待ち受け、それを倒す事で百階層進出。
Sランク探索者の条件は百階層以上への転移権限だ、この次の階層のボスさえ倒せば俺と冬華は晴れてSランクと認められる。
ただ、当たり前だが、この階層は簡単に攻略できるように作られていない。
日本にいるSランクは凡そ五百人。
一億二千万の内、探索者の人数は凡そ二千万人。その内の五百人しか見れていない頂に、俺と冬華は挑戦しようとしている。
そう考えると、荒神楓がどれだけの手合いなのか数値として実感できてしまう。
日本最高の探索者。
けれど、心さんの能力でその力は既に冬華が吸収している。
日本最大の精鋭ギルド『白栄』の探索者たちの戦闘経験、そして一を知って二を理解する『経験倍増』を持つ冬華は、その更に上を行く。
荒神楓が九十九階層ボスを
だが、花村冬華が九十九階層ボスを単独で倒せるかと言われれば、俺も彼女もYESと答えられる。
それだけの自負を、彼女のセンスと俺の情報によって確立できているから。
『己を知り敵を知れば百戦危うからず』
そんな言葉がある様に、冬華の
九十九階層ボスモンスター
通称『ケルベロス』
正式名称『
その名前の由来は、ヘルジャッカルという魔物が、黒色に変化した強化種が、三匹合成されているという意味かららしい。
能力は敏捷と感覚が高く、時点で破壊力が多め。
その情報を元に導き出した最も適した作戦は『短期決着』。
瀕死時に強化されるのなら、瀕死など通り越して即死させればいいだけ。
満を持して、俺と冬華はその扉に踏み込んだ。
三つ首の化け物は、炎、雷、氷をそれぞれの口から吐き、揺ら揺らと王者の風格を漂わせながら一歩づつ俺たちに近づいてい来る。
もしも、普通の探索者がたった二人でこの場所に迷い込んでいたならば、絶望していたような状況だろう。
ただ、例外は何事にも存在する。
草原を、森林を、山脈を、沼地を越え、九十番台の階層は空に浮かぶ天空の島だった。
その最終フロア。
戦い易さで言えば、今までの場所よりもずっと戦い易い。
ケルベロスの情報は、ネットから俺の鑑定によって予め全て得ている。
ボスフロアにはボス以外に敵は居ない。
予想外は起こらない。
今この場で起きる全てが想定の範囲内で、俺の掌の上。
まるで、全てを支配しているかのような錯覚を覚え、それは現実へと置き換わっていく。
「ホワイトフレア」
白い炎は、彼女を一段階強くさせる。
纏った炎の分だけ、炎耐性が向上する冬華の魔法。
ケルベロスの放った火炎の息吹を、その中を突き抜ける形で完全に無効化する。
「コートブリザード」
氷のマントは、内部の冬華を氷属性、つまり温度の低下から完全に守る。
凍てつく息吹を受け、氷の彫刻と化した冬華だったが、しかし内部から剣を振るう事で氷の中から無傷で生還した。
「シールドアブソープション」
土属性の壁は、雷を全く通さない壁となって、ケルベロスの吐く雷を完全に吸い取って無力化させる。
ただ、そんな魔法が無くともきっとその
何故なら、冬華の方がケルベロスよりも速いのだから。
タッ
靴底が地面を蹴る音と共に、彼女の姿が消える。
敏捷がSランクの俺が観察を持ってしてようやく捉え切れる速度。
それだけ、彼女のスキルによる支援がその運動能力を上げているという事だ。
冬華が持っている劔は、先週までの刀とは全くの別物。
ダンジョン生物の素材によって作られた、『特殊効果付き』の刀である。
それが二本。
片方は、日本刀であり彼女のオーダーメイドで作られた青い刀身を持つ刀。
『
もう一方は、真逆の赤熱した刀身を持つ小太刀。
『
二本の青と赤に煌めく刀身が、彼女の位置を知らせてくれる。
高さだけでも3mはある巨大な犬の、真ん中の頭の鼻先、それが冬華が跳躍して辿り着いた場所だった。
青い刀身が炎を吐いた真ん中の頭を縦に切り裂く、幾ら敏捷性に優れていようと冬華を補強する多数のスキルは今尚進化し続けていて、『速度が速い』程度ではもはや回避不可能。
ソースは俺。
切り裂かれた頭は傷口から凍り付き、最終的にはその頭を氷の巨像に仕立て、首が取れるように地面に落ちた巨像が粉々に崩れ去る。
「わんわん」
それに加えて、右側の氷を吐いた頭に赤熱する猩紅緋を投げ刺す。
その刀身は赤熱しており、触れた物を切るのではなく熱で『溶かす』程の火力を有している。
ジュッ、と肉が焼けるような音が鳴りその顔面に赤い小太刀が入っていく。
ドロドロになった顔はかなりグロテスクだ。
「あと一匹だ」
最後の頭が、彼女に食いつこうと咆哮と共に大口を開けた。
モンスターながら、そこそこの知能はあるのか、冬華が両手を振りぬいた瞬間を狙ったようだ。
だが、それは冬華には無意味だ。
冬華の身体に一瞬のノイズが走る。
瞬間、肩から下げていた鞘に剣が収まり、それを冬華が握っている状態に変化する。
同時に俺は空歩きの魔法を冬華の足場として発動させる。
腰を回さないと本気の一閃は撃てないだろうからな。
それには地面からエネルギーが加えられた方がいいだろう。
「ありがとう青葉」
青い刀身が引き抜かれる。
一閃。
それで、最後の頭は簡単に崩れ去った。
瀕死時の強化には数秒のモーションが必要な事は予め分かっていた。
だから、瀕死にして数秒以内に倒せばそれでチェックメイト。
首三つ落とせば流石に死ぬだろう。
「――ふぅ」
黒変異の地獄犬の身体が、他の魔物と同様に煙の様に消えていく。
その場には、大量のコインとドロップアイテムが残された。
コインは一枚に統合できる。
コインの表に書かれた数値が加算した分変わるのだ。
俺の手持ちのコインに、散らばった全てコインを統合していく。
更にドロップアイテムもカード化してドロップするので持ち運びの不便はそれほどない。
それらを回収して、ボスを倒した事で出現した百階層への扉を潜った。
『未覚醒のプレイヤーを確認。強制覚醒を実行します』
「は?」
そんな声を聴いたときには遅かった。
俺の左目、魔眼とは別の眼球が強烈な痛みを放ち始めた。
「またこれかよ!!」
クソ痛い。
目に熱した鉄棒でも突っ込まれたみたいだ。
けど、一度体験したせいか、大声を上げる程度で済んだ。
「うああああああ!!」
「青葉!? どうしたの! ねぇ――」
冬華の声が聞こえるが、そんな場合じゃない。
聴き向ける思考などあるはずも無く、俺はただ痛みにあえぐ事しか出来ない。
(青葉君! どうしたの、大丈夫!?)
(無理無理無理無理、痛い痛い痛い痛い)
思考のリンクが切れない。
みっともない思考が、心さんに流れてしまっている。
それはつまり、リンクしている冬華にも聞こえてるって事だ。
クソが!
理性で痛みを抑え込む。
一度体験した痛みだ。
耐えられない程じゃないだろ!
「だいじょぶだ……。まった!、く、なんとも! ねえ!」
振り切って立ち上がると、痛みは嘘のように消えてさった。
「本当に?」
(大丈夫?)
「本当に……大丈夫」
「って、その目どうしたの?」
「え? 目?」
「うん、青くなってるよ」
はぁ?
いや、まさか――
【
赤宮青葉
レベル10
破壊力1720 (B
耐久力1720 (B
敏捷力2120 (S
精神力1920 (A
感覚力1920 (A
炎39 (C
水39 (C
風69 (S
土39 (C
先天性スキル
《魔王級魔眼》《天王級刻眼》
後天性スキル
《観察3》《炎属性魔法3》《水属性魔法3》《風属性魔法6》《土属性魔法3》
】
先天性スキルが増えている……?
そんな事在り得るのか?
先天性スキルってのは、後から増えないから『先天性』ってついてるわけで、こんなポンポンと覚えられるわけがないスキルのハズなんだ。
なのに、俺は最初は0だったにも関わらず、今や二つの先天性スキルを持っている。
異常事態にも程があるだろ。
「ってそうだ。スキル鑑定」
鑑定できる対象を増やす過程で、ステータスとして表示された情報に対して更に鑑定を使う事はできるかって意見が出た。
それを試したところ、出来てしまったのだ。
それを使えば、スキルの詳細な意味すら把握する事が出来る。
ただ、名前から察せるような効果ばかりだったのでそれほど重宝していなかった鑑定なのだが『天王級刻眼』なんて全く良く分からないスキルには使えるだろう。
【
《天王級刻眼》
あらゆるスキルを支配する存在である天王の瞳。
その瞳に写したあらゆるスキルを瞳に宿す事出来る。
宿したスキルは任意に使用する事が出来る。
スキルは瞳に写す事で自由に入れ替えが可能。
残り刻眼枠1
】
なんだと……
じゃあ、これが有れば冬華の剣術とか体術を好きに借りれるって事か?
いやまて、どこにも後天性スキルだけが対象だなんて書かれてないぞ?
じゃあ『経験倍増』や『以心伝心』『加速』に『隠密』でも好きに
いや、経験倍増も以心伝心もちょっと効果を実感し辛いか、このスキルの確認は後日に回そう。
「青葉? どうしたの?」
「あ、ああいやすまん。一旦帰ろう」
「そうだね。ちょっと休んだ方がいいよ」
(青葉君、後でちゃんと説明してよ?)
(解ってます)
そうして、色々と意味不明な事はあったが、しかし百階層突破は思ったよりも容易にクリアする事が出来た。
これで俺と冬華は、晴れてSランク探索者となった。