魔王
迷宮という奴は複雑極まる形をしている。
その階層は五十一階層にして、今までとは確実に異なった景色を持った場所。
一~三十階層は洞窟の様な装いを見せていた。
それ以降も薄暗い石造りの迷路で、そこまで不可解な変化ではないような気がしていたが、ここからは全く別の風景を持っていた。
草原なのだ。
一面草木が並び、頭上には煌めく太陽が昇っている。
「ダンジョンって奴は、本当に不可思議な物だ」
(何達観してるの、事前情報で知ってたでしょう?)
「それはそうだけど、やっぱり自分の目で見ると違う物じゃないか?」
「青葉、この階層の敵もあんまり強くないみたい」
そう言って、冬華は豚頭の怪物。
通称、『オーク』の首を斬り落としていた。
その巨体から振り下ろされる一撃は、かなりの威力と速度を持っているし、何よりもその巨体からは想像もつかないような速度で疾走できるモンスターという事だったが、どうやら冬華の前では今までの怪物とそれほど違いも無いらしい。
「――残念」
回転切りで、同時に三匹のオークを切り倒した冬華は、血の滴る刀を振り払い鞘に仕舞う。
それは、既にこの階層のオーク数匹に囲まれたとしても、全く問題ない実力を冬華が持っているという事を表している。
「冬華、ついていくから次の階層への扉まで適当に散歩してな」
「はーい」
五十番台の階層地図は普通に売られているし、ネットにも上がっているが、別にそれを購入したりはしていない。
だって、冬華が適当に歩ていれば次の階層への扉はいずれ見つかるのだから、そんな物を買うよりも冬華の実戦経験を増やした方がいいだろう。
俺は『鑑定』と『観察』を使ってトラップを発見するくらいしか仕事は無い。
観察があるから、トラップの違和感にはかなり敏感になっているし、それ以外でも進行方向に対して鑑定を連打しているから見逃すという事も有り得ない。
魔法についても、少し実験をしておこうか。
どうせ、ダンジョン外で魔法なんて使う事無いだろうしな。
ってか、使ったら何らかの犯罪に触れる。
俺はSランクの成長率の『風』の魔法適正を持っている。
この数値が10を越えると、後天性スキルとしてその属性の魔法を習得でき、数値が上がれば上がるほどスキルレベルが上がっていく。
スキルレベルってのは、現代人からしたら多少は馴染みのある言葉だろうか。
文字通り、スキルの強さ、成長段階を表す。
属性魔法スキルで言うなら、数値が増える程にその規模が上がっていく。
レベル1だとコップ一杯分、レベル2だとバケツ一杯分って感じに操れる量が増え、操作性も増していくわけだ。
俺の風属性魔法のスキルレベルは3。
魔法って奴は創意工夫で色々な可能性を秘めている。
例えば、荒神楓で言えば炎属性の魔法を剣に纏って斬り払うみたいな事もしていた。
必ずしもゲームの様に遠距離攻撃としてしか使えないって訳じゃない。
それよりも俺は近接戦闘での補助的な使用方法の方が、重要なんじゃないかと思う位だ。
って事で、ネットで色々な魔法を調べてみたが、風と言って連想されるのはやっぱり空を飛ぶとか風の刃とかその程度だった。
俺以外の奴はステータスを知らない。
って事は、属性魔法のスキルレベルとか、そんな物があるって事すら理解していない訳だ。
『出来そうな感じがする』くらいの考えでしか魔法を使っていない。
それに比べて、俺は何がどこまでできるかを計測した上で魔法を使う事ができる。
そりゃキチンと計測している探索者もいるだろうが、
レベルって概念があって、それが何かの拍子に上がって行っている。
これが、世間一般の探索者とレベルアップについての認識だ。
自分たちがどんな名称のスキルや魔法を扱っているのかすら分かっていない。
正直、俺とは認識に差があり過ぎる。
その認識の差は、イコールで魔法の汎用性に直結する。
風を固めて作る足場。
風を操って呼吸を薄くする。
気流を発生させ竜巻を作り出す。
風を操って自分の背中を押す事で速度を上げる。
どれも、練習に相当な時間を必要としたが、一ヶ月コツコツと無才ながらに努力した結果、この四つの魔法を習得する事が出来た。
他の属性は全然制御できなかったのに。
空歩き
真空間
乱流弾
風速
これだけの魔法を完成させた。
冬華とか、思いつきで魔法を作り出すからそれに比べれば大した事でもないが、風属性だけ見ればSランクの俺とAランクの冬華とではスキルレベルに差が生まれる。
これを鑑みれば、俺が風属性の魔法を作る事は無駄では無いはずだ。
試しに乱流弾をオークにぶつけてみたところ、一撃で倒せはしない物の、吹き飛ばす事には成功した。
真空間を使えば、呼吸を完全に停止させる事は難しいが、相手の体力を奪う事には成功した。
風速も俺のトップスピードをキチンと上げてくれたし、その速度にも慣れて来た。
空歩きは落っこちた時に怖いが、落っこちたら新しく空歩きを発動してクッションを設置すればいいだけなので大丈夫と割り切れた。
「ふんふんふん」
俺が色々と実験をしている内に、冬華が鼻歌交じりに俺の数倍の敵を屠っていく。
冬華のテンションも乗って来たのか、階層を更新する度に次の扉を見つけるまでのスピードが速くなっていく。
これは、ダンジョンと言うシステムに慣れたとかそう言う話じゃなく、単純に冬華が敵を屠るまでの速度が速くなっていくのだ。
ここにきて、まだ戦闘センスを隠しているのか。
(なんか、こう見ると冬華ちゃんって本当に魔王みたいよね)
(だな)
魔王とは言い得て妙だ。
確かに猫様に比べれば、彼女のステータスなんてまだまだ発展途上も良いところだ。
けれど、確かにこの速度で成長していくとしたら冬華はあの魔王に並ぶ瞬間が来るかもしれない。
まあ、魔王のレベルを越えられればの話だが。
その日は、八十階層まで進み、稼いだ金額は過去最高の五百万を超えた。
アイテムの換金所では、俺たちのギルドの話題で持ち切りだって受付のおばちゃんが教えてくれた。