初陣
その場所は31階層。
俺たちが相対するのは、ミノタウロスと呼称される頭が牛、身体が人間の異形の怪物。
冬華が前衛、俺が後衛を務め、帳さんはオフィスで待機している。
俺たちギルド『魔王の瞳』で行う、初陣となる戦いだ。
引率無しでは初となる
『心配しなくても、お前は絶対に負けないよ』その一言で、冬華は帯を締めてくれた。
白栄ギルドの協力(例によって鑑定と交換)を行って、日本最高峰のギルドの人員の中から特に秀でた探索者を借りて『以心伝心』の実験を行った結果、俺の予想を遥かに凌ぐ成果を得ることができた。
その成果を得られたのは、一重に彼女の才能が経験『倍増』なんて言葉では全く足りていない程に超越した物だったからだ。
もしも、俺が冬華の才能を名にするのなら、きっと『努力の才』なんて名前にするだろう。
それほどまでの、圧倒的な技術を身に着ける才能。
【
花村冬華
レベル5
破壊力1000 (A
耐久力1000 (A
敏捷力1000 (A
精神力1000 (A
感覚力1000 (A
炎29 (A
水29 (A
風29 (A
土29 (A
先天性スキル
《経験倍増》
後天性スキル
《剣術5》《回避5》《受け身4》《見切り4》《体術4》《武術3》《先読み3》《炎属性魔法2》《水属性魔法2》《風属性魔法2》《土属性魔法2》
アーツスキル
《幻歩》《
】
俺が他に見たこともない項目を、彼女は出現させるに至った。
その才能をもしも見くびる物が居るとするなら、きっとそいつは手痛いしっぺ返しをくらうだろう。
今ここに断言できる、既に花村冬華は剣才だけで言えば荒神楓を越えている。
冬華は既に武器をレイピアから変えている。
それは彼女が最も強いと感じた武器へ、使い易さではなく強さという基準で選ばられた彼女にこそ相応しい最高の武器。
それに伴って、スキルも細剣術から剣術へと変化していた。
ミノタウロスの拳が冬華が居た場所へ突き刺さる。
しかし、その場所に既に彼女は居はしない。
その地面を削る程の威力で放ったパンチが捕らえたのは、正しくその残像だった。
アーツスキル。
それは、技術を表す後天性スキルとは違う、後天性スキルを複数個組み合わせる事で発現する『技』自体を指すスキル。
残像を残してミノタウロスの後ろへ高速で移動した冬華は、ミノタウロスの巨体へと剣を振り下ろす。
それは敵を殺す事に特化した武器、日本で最も人を殺したとまで謳われる近接武器。
彼女は『刀』をミノタウロスの背中へ振り下ろす。
ただ、ミノタウロスのパワーは幾らステータスで強化されているとは言っても、元が女性の筋力である冬華の優に上を行く。
そのパワーをスピードへ変換し、後ろへ向けて腕を薙ぎ払う形で攻撃する。
ただ、その動きは完膚なきまでに彼女へ伝わっている。
俺の目を通して、『以心伝心』を伝って、冬華と俺は二人分の視覚情報を得ているのだから。
そして、速度という観点で見れば、既に彼女の
ノイズが走ったように、彼女の身体が一瞬捕えられなくなる。
ただそのノイズは一瞬で、コンマ1秒すら経過する前にその姿は鮮明になる。
しかし、その姿はノイズが走る前、刀を振り下ろす姿勢とは全く別。
納刀、居合。
刃を鞘に納め、今か今かと、その虎が吠えるのを待つ姿勢。
コンマ1秒すら経過せずに、振り下ろしと言う運動を完全に0へした挙句、その姿勢は納刀状態。
それが彼女のアーツスキル『終構』の効果。
彼女が設定した姿勢に強制的に構えるスキル。
名前の通り、完全な虚を突かれた相手はその構えを最後に終わりを迎える。
このスキルは運動と言うよりは『転移』に近い。
だからこそ、必要な時間は実質0秒。
納刀スピードはマックススピードの荒神楓すら、否、光すら越える、『超速』。
その速度に対応できる相手など、きっと世界中どこを探しても見つからないだろう。
「――はぁあああ!」
鞘に仕舞われた刀を親指で押し出し、その刃の煌めきと共にミノタウロスの巨体を文字通り横に一刀両断する。
『シュッ、カチリ』、その音は彼女がその刃の血糊を払って刀を鞘に仕舞った音だ。
それは、この戦いの終戦を意味する。
「ふぅ――」
クソつえぇ。
分かっていた事だが、『経験倍増』と『以心伝心』によって得た超濃度の戦闘経験が彼女の
きっと、冬華と帳さんのどちらの方が功績が大きいと言われれば、確実に俺は冬華と答える。
何故なら同じく『以心伝心』を使って一ヶ月で覚えられた俺のスキルは『観察2』だけなのだから。
確かにたった一月でレベル2のスキルを覚えられるというのは驚異的な効果だが、冬華の成長速度はそれだけでは説明がつかない。
経験倍増を勘定してもそうだ。
『倍』増程度で俺と冬華の間にここまでの差が開くわけがない。
俺に才能がない事は認めるが、彼女の才能が倍程度であるという事は否定せざる負えないだろう。
その日、俺たちは二人ペアで一階層からダンジョン探索を行い、結果として第50階層まで一日で到達する事が出来た。
既に冬華の戦闘能力はステータスに倍の差がある荒神楓と並ぶと俺は思っている。
ただ、この程度の戦果は彼女のスキルを考えれば当然と言えば当然だ。
コイン四十三万枚。
ドロップアイテムの換金合計額、百五十八万七千円。
それが今回の探索で得た収入だ。
百五十八万円と言うのは五十階層までの攻略にしては大金であると思えるかもしれないが、これはボス討伐込みの合計金額である。
ボスは通常なら、数十人規模のレイドを組んで討伐するような相手だ。
それだけ、ボスの素材は高額に取引される。
それを全て倒せばこんな物だろう。
このうち、まず半分は会社の経費となる。
それを俺と冬華と帳さんで三分割した物が給料という事になる。
大体一人二十六万の収入となる。
日給二十六万だ。
幾ら俺でもあり得ない大金だと理解できる。
ただ、最高位の探索者の年収は億を軽く超えると聞いたこともあるし、こんな物なのかとも思う。
「というか、私も貰っていいの? ダンジョンに入ってすら無いんだけど」
「いいに決まってるじゃないですか。だって帳さんの協力が無かったら、ここまで大きな結果は出てないんだから」
チームメンバーは俺と冬華と帳さんの三人だ。
事務に財務にスキル習得まで手伝って貰って、ダンジョンに入ってないからって稼いだ金を渡さないのは可笑しいだろうと思う。
これは冬華にも既に納得して貰っている事だ。
「けど……、いいえ分かったわ。それじゃあこのお金は頂きます」
渋々ながら、彼女なりに納得したようで受け取ってくれた。
けど、俺たちが目指すのは五百階層だ。
この程度で満足しては居られない。
それに稼いだ金額で行っても、俺の鑑定が一人百万だからそこまで多いとも思えない。
「青葉、モンスターを切るのって楽しいね」
探索中に冬華に言われたその言葉は思い出す度にゾッとするが、しかし同時に頼もしさも憶えた。
多少狂気があった方が、探索者に向いているに決まっている。
だったら、それを楽しめる冬華は探索者としてもきっと有能なんだろう。