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俺だけ使える鑑定スキル 作者:水色の山葵
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届かなかった想いがあった



 ――ああ、なんでこんな昔の夢を見てしまうのだろうか。



 あれは、俺が高校の時の夢。

 俺が通っていた高校は通信制の学校だったが、それは二年と三年の話であって一年の時は普通科の高校に通っていた。


 俺はその時はまだ普通の高校生だったと、今でも思う。

 今の様に自堕落的な生活を送っていたわけでも、内向的だった訳でもなく、好き嫌いの十分に多く思ったことを直ぐに言ってしまうような、けれどただそれだけの普通の人間。


 一つ、強調するべき点があるとするなら、圧倒的に俺には成功した経験が少なかった。


 成功体験の数は成長において大きなファクターと言われるが、しかしそれが全くなかった俺でも夢や希望くらいは持ち合わせていた。



 なんせその時はまだ、将来成りたい職業もあったし、結婚したいと密かに思う相手も居たのだから。



 それが崩れたのは、冬休みの明けた頃だった。

 まだ雪の残る景色を眺めながら、いつも通りに登校していた。


 そんな時になんの気なしに一人の少女の秘密を俺は知ってしまったのだ。



「え、佐崎ささきさん?」



 俺の思い人である彼女が、三十代を越えたような年齢の男と話しているのを目撃した所からそれは始まった。



「……えっ」



 彼女はそう言って、その男と一緒に俺から逃げるように離れていった。

 最初は、お父さんとか知人とか別にそう言う関係の人で、邪推していた訳じゃなかった。



 ただ、アクションを起こしたのは向こうの方からだった。


 その日の放課後、俺は彼女に屋上へと呼び出された。



「ねえ、あの人と私が一緒に居た事誰かに言った?」



 彼女は、開口一言目に俺にそう聞いて来た。



「いいや、なんで?」


「良かった。じゃあ、そのまま誰にも言わないでね。お願いだから」



 想いを寄せる相手に『お願いだから』とまで言われてしまえば、俺はそれに頷く以外の選択肢は無かった。

 だが、そんな事よりも俺はもっと彼女の事を知りたいと思った。

 仮に、彼女が『そういう事』をしていたとしても、それを知らずにいるよりも知って助けたいなどど、身の程知らずな事を考えてしまったからだ。



「今朝一緒に居た人ってどんな間柄なんだ?」


「パパだよ。ああ、『そういう意味』のパパね。お金貰ってる相手って意味」



 どうやら、邪推の方が正しい様だと俺はその時把握した。

 止めた方がいいなんて事は言えなかった、ただそんな事よりも『何故』の方が先に来た。



「なんでそんな事してるの?」


「借金があるの、百五十万」


「百五十万!? 一体どうして……」


「あはは、嘘だよ。本気にしないで、ただお金が欲しかっただけだから」


「なんだよそれ……」


「ごめんごめん」



 彼女はいたずらっ子の様な笑みを浮かべて、平謝りしてきた。

 俺はそれを見て気が抜けて、こう考えてしまった。



(なんだ、別に思い詰めてるとか悩みがあるとか、そんな理由じゃないんだ)



 今となっては、彼女がその時どれだけ慈愛に満ちていた事かはっきりと解る。



「ねえ、赤宮君。もしもの話なんだけどさ、百五十万借金抱えたらどうする?」


「学生の俺なんかにはどうしようもない額だよ。逃げる位しか思いつかない」


「あー、確かにそれはいい考えかもね」



 その時の屋上の会話は、これで終わりだった。



 そして、その二日後彼女は遺体となって発見された。


 屋上からの転落死。

 その時の事を想像するだけで、俺は彼女の恐怖と不安を今尚思い出せてしまう。

 それをさせたのは、いいや止められなかったのは確実に俺の不徳以外の何物でもない。



 ◆◇



「はっ!! はっ、はっ、はっ……」


「どうした貴様? 魘されて居った様だが、さては昨日さくじつのダンジョンでも思い出したか?」



 俺の部屋、俺の布団、そして俺の家で飼ってる喋る黒猫(魔王)。

 いつも通りだ、何も焦る事は無いし、何も思い出す必要もない。


 なのに、俺の脳は勝手にその時の背景を思い出してしまう。


 あんな夢を見たのは、また人の死を体験したからだろうか。


 佐崎白ささきしろ、俺の好きな人であり自殺した同級生。

 死因は屋上から飛び降りての転落死、自殺。

 理由は、援助交際が俺じゃないクラスメイトに発覚し、それを使って脅迫された事。


 彼女には約二百万円近くの親が残した負債があり、それを返すために援助交際に手を出していたらしい。

 ただ、その借金は彼女に返済義務のない不当な物と言うのが彼女の死後に分かっている。


 俺はそれを切っ掛けに、転校する事を決意した。

 彼女を死へと追いやった奴は、数ヶ月の自宅謹慎の後に元の学生生活に戻っているというのが耐え切れなかった事と、彼女が居た空席を見ながら過ごす事が出来なかったから。


 俺はその時からずっと、力を欲していた。

 金が無かったから、彼女を救えるだけの知識も力も無かったから、何よりも彼女に向き合えるだけの自信が足りていなかったから。



 そして俺はつい先日、遅すぎる決断をした。



 もう、何もできない自分の無力を体感するだけなんて事には絶対にしない。

 力が無いと嘆くのは終わりだ、何故なら力は手に入れたのだから。


 俺には才能は無いが、一つだけ自信はある。

 他の多くの人間が経験するそれよりも、極上の失敗を経験しているという事だ。

 成功体験が人を形成すると言うが、なら失敗体験からは何も得る事はできないのだろうか。



「魔王様、感謝してるよ」



 俺はそうは思わない。

 何故なら、その記憶があるからこそ、俺はこの力を使い熟せるように努力しているのだと思うから。



「お前のお陰で、俺は俺を作り直せる」



 もう、三年前のトラウマには十分苦しんだ。

 だから、これからは快進撃と行こう。

 俺の加護下にあるあらゆる物を護りぬく。

 その誓いだけが、あの三人の殺人鬼ハンターにすら怯む事のない精神を俺に与えるのだから。



「そうか、吾輩が貴様を選んだのは死の匂いに釣られたからだった。だが、たった数日で五十階まで攻略して見せた今は、それ以上に貴様を頼りにしておる。その眼を好きなように使い、この世界を貴様が手中にするのであれば、吾輩がこの世界へ来た時の征服も楽になるという物だ」



 魔王様はそう言うと、機敏な所作で俺の部屋から出て行った。



「さてと、今朝の朝食は何肉だろうか」



 肉限定かい。

 ってそうだ、冬華も居るんだった。


 俺の家は一軒家だ。

 親はローンを払い終えて死んだので、俺だけが住むにしては広すぎて彼女はしょっちゅう来るせいで、冬華の部屋も一応ある。

 昨日は冬華も泊まっていったんだった。



「おはよう、青葉」


「ああ、おはよう」



 リビングに行くと、エプロン姿の冬華が出迎えた。


 魔王様は既に肉にかぶりついている。

 俺もそれを見て、朝食の置かれた席の椅子に座った。



「あ、そうだ冬華。一つ言わなきゃいけない事があった」


「何?」


「冬華、俺は……取り合えずギルド作ろうと思う」


「……え?」



 さあ、まずは見せしめよう。

 俺の能力の本当の使い方を。

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