良い話には裏がある
「私の使う大剣みたいに、重量のある武器は敵を斬るというよりは叩き潰す、吹き飛ばすと言った使い方をするわ。けれど、花村さんが持っているようなレイピアの場合、刺突が主な攻撃手段になって相手の攻撃を受ける場合も、受け止めるのには向かないから受け流す方が主体になるわね。けれど、やっぱり私は専門じゃないから後で他の探索者の動画なんかを参考にした方がいいかもしれないわね」
「なるほど、ありがとうございます!」
荒神さんと冬華は随分打ち解けていた。同じ女性という事もあるし、何より戦闘スタイルが近い事が関係するのだろう。
それに冬華の熟達スピードは素人の俺から見ても早い。
良い生徒と言うのは教える側もきっと面白いのだろう。
教師の方が楽しくなる、それは冬華と一緒に居て何度も見てきた光景だ。
「罠って奴は何も魔法が仕掛けられてるとかじゃなくて、それにはそれの機構って奴がキチンと存在する。それを見逃さない観察眼があれば……ほら、君の三歩前のその地面に罠があるって解る」
そう言って、夜琵さんは俺の数歩前の地面に小石を投げる。
すると、勢いよく現れたとらばさみが、ガチン!と音を立ててその場に噛み付いた。
もしも、その場を俺が通っていれば、片足が使えなくなっていただろう。
先天性スキルの『直感』と後天性スキルの『観察』の効果なのだろう。
彼は今まであった全ての罠を見つけている。
「罠って奴は地面だけに有る訳じゃない。壁も、天井も、珍しい奴だと透明化して浮遊していたりする物もある。けど、地面の形跡を、天井の形状を、空間の揺らぎを見つけ出し、情報や情景を味方につけてチームメイトを護る。それが斥候の役目だよ。モンスターと戦うのは脳まで筋肉で出来てる団長みたいな
「聞こえているわよ、夜琵」
「あはは、冗談ですって。いつも助かってまっすっ」
そう言って、目につく罠を空振りさせて無力化していく。
何の気なしでやっているが、それには相当高度な観察眼と集中力が必要だろう。
「罠は機構を外して解除する事もできるっちゃ出来るけど、そんな事は殆どしない。空振りさせりゃあ、自動修復が終わるまでは再発動しないからね。だから、石でもぶつけてやればいいのさ。それで、自動修復が終わるまでの約一時間は安全」
「なるほど、けど解除方法も憶えていた方がいいですよね? 効果範囲の広い罠とかの場合は、空振り出来ない場合もあると思うし」
「うん、それは正しい考えだ。俺も七十階層付近で水流にチームメイト全員で流されたときは死んだかと思ったね」
うわぁ、それは面倒な罠だな。
「それ以外にも、高階層には即死級のトラップが多く設置されてる階層とかもある。ただ、解除方法も勿論だけど、どれが広範囲かつ即死級の罠かって事を見極める必要がある。俺の場合は直感で何とかしてる部分もあるけど、広範囲に影響を及ぼせるトラップは、その効果を発動させるために大きな機構が必要になる。水流で言えば、その水を貯めて置けるタンクがくっ付いて無いといけないって事だ。空間把握って言えば簡単そうだけど、視えない部分までも完璧に把握するのは実質的に不可能」
だから、そう前置きして夜琵は結論を提示してくれた。
「観察力。ダンジョンの形状を、ダンジョンの趣旨を、ダンジョンの製作過程を想像する。まあ、有体に言ってしまえば、考えうる全てを対策するのが最も単純で最も破られにくい鉄則。水が迫ってくるなら、スキルでも魔法でも使って止めればいい、即死級のトラップが降ってくるのなら、上からの攻撃に反応できる反射神経と、とっさに仲間を護り切れる技を持てばいい。まあ、何があっても大丈夫な
実質的に、全ての罠を無効化するのは不可能だ。
夜琵はそう言った。
確かに、小石をぶつけて罠を発動させるのは簡単そうに見えるが、それはここに設置されているようなトラップが、危険性の低い物だからって事だ。
もしも、発動した瞬間に全員が危機に瀕するような罠があった場合、それを発動する訳には行かない。
だから、『罠を見つける術』、『罠を見分ける術』、『罠を解除する術』の三つが必要になる。
「よし、そろそろ三十九階だ。ボスが出てくるから気を引き締めるように」
荒神さんの言葉に、俺と冬華は多少震える。
ここまでに三度、ボスモンスターには遭遇した。
フロアボスとも呼ばれる通常種に加えて特別強力な怪物。
それは、ダンジョンの一桁目が九の階層に設置されている。
九階層『ビッグスライム』十九階層『ゴブリンジェネラル』二十九階層『スケルトンマジシャン』。
どいつも多数の通常モンスターを召喚してくる厄介な怪物だった。
まあ、その全てが荒神楓の剣技や魔法によって吹き飛ばされる姿の方が圧巻だったのだけど。
ただ、三十九階層に到達するよりも早くそれは起こった。
「助けてくれ!!」
そんな野太い声が、俺たちに聞こえるような大きな声で叫ばれた。
ダンジョンでは人が死ぬ。
それは当たり前の事で、誰でも知って居る事だ。
だが、まさか他人の声によってそれを実感するとは思わなかった。
「夜琵、私が行く! 二人の警護は任せるぞ」
そう言って荒神さんが、一気に加速して突き進む。
「違う、団長! そこにはまだ罠が!!」
夜琵の悲痛な叫びが上がるよりも早く、人間の限界を超えたような超スピードで彼女は飛び出していった。
そして、彼女がある境界線を突破した瞬間、その地面から罠が発動した。
それは壁の罠。
その通路を封鎖するようにせり上がって来た分断のトラップ。
「よお、天下の白栄がこんなとこで二人だけなんてあぶねぇぞ?」
そこには、どう聞いても白栄ギルドの事が嫌いそうな口ぶりの凶悪そうな顔面の三人の男達が立っていた。
「うぅ!!」
「大丈夫ですか!? 夜琵さん!」
同時に夜琵が悲痛な叫びを上げた。
ドサリ、と夜琵の身体が倒れる。
冬華が急いで駆け寄るが、夜琵の背中に針のような物が一本刺さっていた。
恐らくは毒針の類だろう。
どうやら、相当なピンチって奴らしい。
「二人とも、逃げるんだ……」
ギリギリ話せる。
そんな雰囲気で夜琵は俺たちにそう言ってきた。
つっても、後ろは罠で作られた壁だし前には男が三人。
左右は壁がある訳で、逃げる場所なんてどこにもないんだよ。
「俺ら白栄のギルド員じゃないんですけど」
「お前らが誰かは知らねえが、運が無かったって事で観念してくれや」
どうやら、逃げさせてくれる様子でも無い。
相当にやべぇな、これは。