鑑定スキル
『
映像が写り、音が出る機械。
つまり、テレビからそんなニュースが伝えられる。
これは、朝からずっと流れているダンジョンについての情報番組だ。
荒神楓は日本に存在する過去も含めた探索者の誰よりも多くの階層を攻略した探索者として、朝からずっとニュースに取り上げられている。
勿論彼女単体ではなく、所属するギルドでの功績だが、それでもその部隊を率いていた彼女が一面に飾られることは実績的にも実力的にも間違ってはいない。
【
荒神楓
レベル14
破壊力2560
耐久力2280
敏捷力2000
精神力2280
感覚力2000
炎72
水30
風30
土44
先天性スキル
《加速》
後天性スキル
《大剣術5》《魔剣士5》《鋼の身体3》《炎属性魔法7》 《水属性魔法3》 《風属性魔法3》 《土属性魔法4》
】
俺がそのニュースに映った荒神楓の顔を見れば、そんな画面が視界に出現する。
この力は俺の先天性スキル、なんかじゃあない。後天的に植え付けられた先天性スキルだ。
何を言っているか分からないのは、俺も一緒だから安心してほしい。
話は昨日に遡る。
ニート万歳な生活をしていた19歳彼女無し金なし、そろそろ自殺でも考え始めていた時、俺の目の前にそいつは現れた。
黒猫。
一般的には、不幸の象徴とも言えるその生き物だが、俺にとっては幸運の象徴だった。
黒猫は俺に対して言葉を発した。
聴き慣れた日本語で。
『死を望む者よ吾輩の配下となれば、この世界で神にすらなれる
何を言っているのか意味不明だし、そもそも黒猫が話す事すら意味不明だ。
けど、俺はやっと来たと思った。
このクソみたいにつまらない人生の中に現れた転機。
やっと、NPCにしか見えない奴らの渦から飛び出してプレイヤー側の視点に成れる。
同年代の奴らがどんどん成功をほしいままにしていくニュースが流れるこのクソみたいな世界で、やっと俺の番が来た。
そう思った。
「なるさ。成るに決まってる。だから、このつまらない人生を壊せる力を俺にくれ」
『良かろう。今ここに盟約を契る』
その瞬間、俺の右目が焼けるような痛みを神経を通して脳へ伝えた。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――
熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い――
数日、いや数時間、それとも数分、まさか数秒だろうか。
時計の針を見れば、進んだ時間は僅か15秒。
俺は永遠とも思えた煉獄の痛みから解放され、そしてこの鑑定眼の能力を開花していた。
そして右の瞳が赤く変色していた。
この世界で成功する為には、最も簡単な方法が存在する。
遺伝でも財産でも家庭でも権力でもない。
先天性スキルの有無。
それが、この世界での成功者と失敗者を分ける最も大きな要素だ。
しかも、それは凡そ運によってしか関与されないと来た。
つまり、画面に映る荒神楓は
ただ、俺の何もなかったはずの先天性スキルに黒猫によって新たな能力が追加された。
これまで、先天性スキルは生まれ落ちた瞬間から得ている物だと思われていた。
いや、だからこそ、それは先天性なんだ。
だが黒猫はその法則を破り捨て、俺にそのスキルを貸し与えた。
今俺が行使しているのは借り物の力だ。
「ゴミステ」
何故、ニートな俺が
ただ、見て愕然としたね、そのゴミみたいなステータスにさ。
今表示された情報以外にも俺は、その人物の成長率を見ることができる。
【
破壊力 B
耐久力 C
敏捷力 D
精神力 C
感覚力 D
炎 B
水 E
風 E
土 D
】
これが荒神楓の成長率を表すステータスだ。
S項目どころかA項目すらない、どう見てもリセマラ案件だ。
確かに先天スキルの加速は『数秒間だけ自身の速度を三倍にする』という破格の能力を持っている。
だが、それは成長率がカスなら三倍しても高が知れている。
他の一級探索者も粗方見たが、どいつもこいつもAが一つでもあればラッキーくらいの成長率しか持っていない。
成長率は、その人物のレベルアップ時の成長値を表す項目だ。
最終的な強さはこの成長率に依存する。
それでも、探索者界隈の有名人が軒並み成長率が低いのには当然理由がある。
成長率が低い程、初期パラメーターが高い傾向にあるんだ。
これは、そこら辺を歩いているレベル1の一般人を鑑定しまくって統計的に得たほぼ間違いない情報だ。
この世界では、本当の才ある者ほど自分に才能が無いと思い込む。
まあ、鑑定スキルなんて俺以外に見たことも聞いたこともないから仕方ない。
『それでどうするのだ? まさか、吾輩の言った言葉を忘れた訳ではあるまいな?』
「忘れてないって」
『ならば良いがな』
この黒猫と契約した事によって、俺はある物をこいつへ渡した。
この眼は黒猫の意思一つで返還され、返還と同時に俺は死ぬらしい。
生殺与奪の権って奴を、俺は握られている。
黒猫が提示した期間は5年。
それだけの時間を掛けて黒猫の要望が叶わなければ、『俺は死ぬ』。
要望とはダンジョンの500階層に設置されている宝玉の破壊または回収。
「別に今更裏切ったりしねえからさ、その宝玉にどんな意味があるのか教えてくれよ?」
『良かろう』
黒猫は我が家で飼っている。
一人暮らしなのは幸いした。
勝手に冷蔵庫の中の食い物を荒らす厄介猫だが、こいつから貰った
黒猫は語る。
その目的を。
『吾輩は異世界の魔王なれば、しかしこの世界へ侵攻するには結界が邪魔してこんな姿でなければ入れん。しかもこの姿では殆どの力が行使できぬしな。故に貴様の様な現地の協力者を作り、その結界を維持している宝玉の破壊か回収をさせる』
「侵攻って何すんだよ?」
『決っているだろう? 征服だ、この世界もあの世界と同じように全て我が物とする。それだけの話だ』
世界征服ね。
「今時、そんな事したがるのは相当な暇人位だと思うけどな」
俺からしてみれば、それだけの力があるのなら、人からチヤホヤされる程度でちょうどいいと思う。
だから、そんな言葉が漏れた。
「しょうもな」
黒猫は睨む。
そりゃ自分がしている事を否定されれば誰だってそいつが多少嫌になるだろう。
けど、悪いが空気を読めなかったから俺はここに一人で居るんだ。
常識人になろうと努力はしたさ。
話を聞いて、処世術とか話術の本も読んだ。
けど、それでも思う。
自分を変えてまで、相手に合わせる必要性。
結論から言えばそんな物は何処にも存在しない。
きっと人は人から嫌われたくないからそうする。
だけど、俺は誰に嫌われてもいいと思えるようになってしまった。
だから、俺は俺の考えをただ話す。
否定したいなら否定しろ。
「なあ魔王、もっと面白い物見せてやるよ。お前が来る必要なんてないし、世界征服なんてする必要すらない。俺と居る方がきっと楽しいぞ?」
『……』
黒猫は答えない。
が、それで十分。
迷えばいい。
「俺が目指すのは、お前を超える最強だ」
『面白い』
この瞬間、俺の目標は500階層への到達に加え、魔王様懐柔が加わった。