23 ステラ(後編)
━━ステラ視点
「おはようございます、ステラさん」
魔王討伐の旅へと旅立つ日の朝。
現在、私がお世話になってる聖神教会の本部で私に話しかけてくる子がいた。
高位神官の証である白の修道服に身を包んだ、私と同い年の少女だ。
私と一緒に魔王討伐の旅に赴くメンバーの一人でもある。
「おはよう、リン」
彼女の名前はリン。
治癒と防御魔法系最高位の加護『聖者の加護』を持つ少女。
『聖女』リン。
か弱そうな見た目してるけど、歴とした聖戦士の一人である。
「……いよいよですね」
リンが固い顔をしながらそんな事を言う。
どうやら緊張してるらしい。
「未だに信じられませんよ。私が勇者様の仲間として魔王討伐の旅に出るなんて……。ちょっと前まで片田舎の教会でこき使われてたのに、今じゃ聖女様聖女様って敬われて、人類の守護者の一人として重大な責任を背負う立場に……。人生何が起こるかわかりませんよね。胃が痛いです」
「全くもって同感だわ。できる事なら気楽だった頃に戻りたいわよね」
「ホントですね」
「「ハァ……」」
そうして、私達は二人揃って深いため息を吐いた。
リンは元々、片田舎のそんなに大きくない教会で治癒術師として働いてたらしい。
仕事はキツかったそうだけど、今と比べれば遥かに気楽な生活を送っていたリンは、ある時、街の周辺に現れたという魔族を討伐する為に派遣されて来たブレイドと遭遇。
私がルベルトさんを見て別格のオーラを纏ってるとわかった時みたいに、ブレイドはリンの纏う加護の大きさから、リンを聖戦士だと判断した。
今の時代、聖戦士はとてつもなく貴重な戦力であり、片田舎で遊ばせておく余裕なんてない。
結果、リンは私と同じようにドナドナされて来たって訳よ。
なんでも、ブレイドと会うまで他の加護持ちと会った事がなかったから、誰にも指摘されず、リンの加護は『癒しの加護』だと本人も周りも誤認してたみたい。
そんな事ってあるのね。
で、最初は栄転だって喜んでたリンだけど、すぐに自分の役割の重要さを知らされて青い顔になってたわ。
現在、聖戦士の殆どは自分の担当区域を魔王軍から守る事で手一杯。
魔王討伐の旅に出せる聖戦士がいなくて困ってた。
長年歴代勇者達を送り出してきた教会曰く、パーティーのバランス的に考えて、勇者の仲間には『剣聖』『賢者』『聖者』が最低でも一人ずついる事が望ましいんだとか。
その内、剣聖と賢者は何とか当てがついてたけど、聖者だけはどうにもならなくて、教会上層部はかなり頭を悩ませてたらしい。
そこに降って湧いたように現れたリンは、まさに教会にとっては天からの助け、棚から埋蔵金レベルの幸運。
しかも勇者である私と同い年で、教育するならセットでできるという都合の良さ。
そうすれば連携とかも小さい内から仕込めるし、本当に考えれば考える程、リンは都合の良い女だった。
そんなリンが勇者の仲間に選ばれるのは、もはや必然。
避けられない未来というやつよ。
という訳でリンは私の仲間となり、以来同じく田舎からドナドナされて来た同志として愚痴を言い合ってる内に、勇者パーティーの中でも特に仲良くなった。
まあ、仲良くなった理由はそれだけじゃないけど。
「アランくん、来ますかね?」
「……さぁね」
リンが突然話題を変えた。
それを聞いて、私はちょっと不機嫌になる。
別に他の女の子の口からあいつの名前が出てきたのが嫌な訳じゃない。
単純に、来るのが遅いから気に食わないのだ。
……わかってはいる。
アランがやろうとしてる事、加護の差を覆して聖戦士以上の力を得るという事が、どれだけの無理難題なのかは。
ここで勇者として過ごす内に、修行相手として加護持ちの英雄達の強さを知って、実戦訓練として赴いた戦場で加護を持たない人達との実力差を知って。
その上で客観的に考えるなら、加護を持たない者が聖戦士を超える事は『不可能』だ。
それどころか、普通の加護持ちを超える事すら不可能だと思う。
だけど、アランならできると私は信じてる。
盲目的な信頼じゃない。
実際に、アランは加護持ちと同等の力を持つと言われる魔族を瀕死にまで追い込んだのだ。
しかも、たった10歳の時に。
既にアランは不可能を可能にした実績を持ってる。
だから、更なる不可能である聖戦士超えだって、きっと可能にしてくれるって信じる事ができるのよ。
それでも、そんなアランですら聖戦士の強さに至るには、かなりの時間がかかると思う。
それこそ何十年という修行の果てに、ようやく光明が見えるかどうかってレベルの話。
間違ってるのは、たった5年待っただけでふて腐れてる私の方だ。
わかってはいる。
わかってはいるけど……せめて顔くらい見せに来てもいいんじゃないの!?
そりゃ、「必ずお前を守れるような男になって迎えに行く」(キリッ)とか言った手前、強くなる前に来るのは抵抗あるかもしれないけど、好きな人に5年も会えない私の気持ちも考えなさいよ! バカ!
「あらら、ステラさんが拗ねちゃいました。アランくんは女泣かせですねぇ」
「そんなんじゃないから!」
プイッと顔を背けてリンのニマニマした視線から逃れる。
リンはそんな私を見てクスクスと笑っていた。
緊張は解けたみたいで何よりだけど、そうやってアランの事で定期的にからかって来るのは、如何ともしがたいわ。
まあ、こういうアランをダシにした気安いトークのおかげでより仲良くなれたんだけどね。
リンはドナドナされる直前に、偶然街に立ち寄ったアランと知り合ってたみたいで、私と別れた後のアランの事を知っていた。
ふとした拍子にその事を知った時、私が過剰反応して色々聞いたせいで、色々と察せられた感じ。
それ以降、リンは私を目上の存在の勇者様としてじゃなく、普通の女友達みたいな感じで接してくれるようになった。
結果オーライと言えば結果オーライなんだけど……素直に認めるのもちょっとシャクだ。
いつかリンに好きな人とか出来たら、今度は私が思いっきりからかってやろうと思う。
「おうおう、女子二人。朝からかしましいじゃねぇか」
「げ、ブレイド……」
「あ、おはようございます、ブレイド様」
廊下の途中で話し込んでたら、リンとは逆に、ちょっと苦手な奴が来たわ……。
いや、別に悪い奴じゃないし、嫌な奴でもないんだけど……なんて言うか、相性がちょっとだけ悪いのよね。
それも私が一方的に感じてるだけなんだけど。
こいつは『剣聖』ブレイド・バルキリアス。
あのルベルトさんの孫にして後継者。
そして、魔王討伐のメンバーの一人。
その肩書きに恥じない程の実力者で、自身の身の丈以上の大剣を振り回して戦う姿は圧巻の一言に尽きる。
なんだけど、私は彼がちょっと苦手だ。
理由は、こう、なんというか……ブレイドってちょっと不真面目なのよね。
訓練をたまにサボったり、戦いの場でも緊張感が足りなかったり。
別に怠惰って程じゃないんだけど、一言で言うと、必死さと真剣さが足りない。
私の知ってる
剣を振らない日は一日としてなかったし、私との勝負の時も、それ以外でも、剣を振る時のアランはいつも真剣だった。
いつもいつも並々ならぬ努力をしてて、必死に頑張る姿はとってもカッコ良かった。
ブレイドとアランじゃ、心構えも、努力の量も質も圧倒的にアランが上回ってる。
なのに、ブレイドの実力は当時のアランより遥かに上だ。
それが加護の与えるどうしようもない格差だってわかってるけど……なんだかブレイドがズルい存在に見えちゃって、どうしても苦手に思っちゃうのよね。
まあ、それを言ったら私の方が大概なんだろうけど。
「げ、とはなんだよ、げ、とは。相変わらず、お前は俺に冷てぇな、ステラ」
「あはは……ステラさんはブレイド様が苦手ですからね」
「だよなぁ。アレか? 好きの裏返しの照れ隠し的なアレか? ふっ、俺の魅力にも困ったもんだぜ」
「ああ、それは絶対に、間違いなく、100%ないから安心しなさい。あんたは私の理想と正反対のタイプだから」
「おまっ!? そんな虚無を顔に張りつけたような無表情で断言すんなよ! さすがに悲しくなるわ!」
ブレイドがわざとらしく「傷ついたわ~」と言い始め、リンが仕方ないなって感じの顔で宥め始めた。
私と違って、この二人は仲良いのよね。
リンがブレイドを立ててる感じで。
まあ、リンにとって、ブレイドは命の恩人みたいなものだし、当たり前と言えば当たり前なのかも。
「ふぁぁぁ……。朝から元気じゃのうお主らは。若さが眩しいわい」
そんな事やってる内に、最後のパーティーメンバーが眠そうな顔で現れた。
魔法使い風のローブを身に纏い、豪奢な魔法の杖を持った、外見年齢12歳くらいの幼女。
年寄りくさい事を言ってたけど、この場の誰よりも若々しい人だ。
だけど、その中身は見た目通りじゃない。
彼女の耳は、鋭く尖っていた。
これは人類の中で最も長寿な種族として知られる『エルフ』の特徴。
外見年齢とは裏腹に、この場の誰よりも歳を重ねているのも彼女だ。
それこそ、さっきの年寄りくさいセリフが似合う程に。
彼女の名は『大賢者』エルネスタ・ユグドラシル。
数百年の時を生きるエルフの大魔法使い。
過去に勇者の仲間として魔王を討伐した実績もあり、同じく『賢者の加護』を持つ者達と比べても頭一つ二つ頭抜けて強い、最強の聖戦士の一人。
故に、人は彼女を『大賢者』と呼ぶ。
「おはよう、エルネスタさん」
「おはようございます、エルネスタ様」
「エル婆でよいぞ。って、このやり取り何度目じゃろうな?」
エルネスタさんが寝惚け目を擦りながら首を傾げる。
なんか小動物みたいで可愛い。
だって、見た目はお人形さんみたいな可愛い女の子だもの。
とてもお婆さん扱いなんてできないわ。
私もリンも。
まあ、ブレイドは別だけど。
「エル婆、随分と眠そうだが大丈夫か? 今日はこの後、出立の式典だぜ?」
「眠れる時に寝る。これが長く戦うコツじゃよ。心配せんでも、せっかくの式典でヘマはやらかさんから安心せい。ワシは立ったまま寝るのも得意じゃからな」
「いや、ダメだろそれ!?」
ブレイドが元気よくツッコミを入れたけど、エルネスタさんは意にも介さない。
さすが、数百年も生きてるだけあって図太いわ。
私もリン程じゃないけど内心ちょっと緊張してたから、この図太さは頼もしい。
この三人が当代の勇者の仲間達。
時代が時代だから、勇者パーティーとしては最低限の人数しかいないけど、それでも全員が聖戦士という、とてつもない精鋭部隊。
普通に考えれば頼もしい仲間達だけど……
アランの夢によれば……私以外の全員が魔王に辿り着く前に戦死する事になる。
アラン曰く、少なくとも村を旅立った時点では、夢の私より今の私の方が強いらしいから、何とかなるかもしれない。
それでも、アランの夢の精度を知ってる私からすれば、到底安心なんてできない状況。
早く来てほしいという想いが募る。
でも、私はただアランの助けを待つだけのお姫様じゃない。
私は、アランの隣に立つ戦友になりたい。
だから、あいつの助けがなくたって、あいつが来るまで立派に戦ってみせる。
私だって、胸を張ってアランと再会したい。
「勇者様方、式典の準備が整いました。どうぞ、こちらへ」
「わかりました」
「うし、行くか!」
「そ、そうですね!」
「緊張する事はないぞ」
その覚悟を持って、私は仲間達と一緒に、迎えに来た神官さんについて行った。
私が勇者として旅立つ為の盛大な式典が、始まる。
「凄いわね……」
「「「ワァアアアアアアアアア!!!」」」
勇者の出立式。
その会場である教会のバルコニーに立った私は、眼下を埋め尽くす人の群れと、彼らが放つ大歓声に圧倒されていた。
この王都に住まう殆どの人がここに来てるんじゃないかとすら思う。
それだけ、勇者という存在は重要視されて、注目されてるって事ね。
戦力不足のこの時代に、大量の騎士達がここの警護に当たるくらいだし。
私達の近くには、ここの警護責任者としてルベルトさんの姿まである。
それだけ大規模な式典。
エルネスタさんとブレイドは、こういう人の群れに結構慣れてるのか動揺してないけど、リンは冷や汗をかいてた。
「それでは勇者様。真なる勇者の証『聖剣』の啓示を」
「はい」
この場の最高権力者の片割れ、純白の法衣を身につけた穏やかそうなお爺さん、聖神教会教皇の言葉に従って、私は腰に差した剣を引き抜き、空に掲げた。
この剣こそが、人類と勇者を長きに渡って支えてきた最強の武器。
神様が初代勇者に授けたとされる、勇者にしか扱えない魔王殺しの剣。
それが、私の手の中で光を放った。
魔を滅し、人を守護する神の光を。
聖剣は、自身を振るうに足ると判断した勇者にしか引き抜けず、その勇者が使う事によって神の光を放つ。
有名な逸話。
多分、この世界で最も有名な逸話の一つ。
故に、その意味は誰もが理解する。
「新たなる勇者の誕生に祝福を!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
勇者の誕生。
人類の希望の出現に人々は熱狂する。
もし私が魔王に負けたら、どれだけの人が殺されるのか見当もつかない。
その中には、私の大切な人達も交ざってるかもしれない。
プレッシャーが半端ないわ……。
潰されそうな程の重圧を感じる。
歴代勇者達は、よくこんな重圧の中で魔王を倒せたわね。
私なんて、既に緊張で心臓がバクバクして、呼吸が乱れてきてるのに。
人々の熱狂は止まらない。
これで救われる。もう魔王に怯えなくて済むという無邪気な信頼が、痛い程のプレッシャーとなって私を襲う。
覚悟はしてたけど、実際に体験してみると想像以上にキツイ。
でも、誰も止めてはくれない。
この熱狂は人々にとって必要な事だから。
私の心の安寧と引き換えに、多くの人達が安心と希望を抱く為に必要な事だから。
仕方のない事だと理解はしてる。
だけど、まるで不安も恐怖も全部私に押しつけられてるみたいで。
それが少しだけ悲しかった。
「何者だ貴様!?」
「え?」
━━しかし、そんな熱狂を破壊する者が現れる。
下から聞こえてきた誰何の声。
そこそこ大きな声だったけど、大多数の熱狂にかき消されて、周囲には伝播しない。
それでも、その周囲だけは確実に熱狂が冷めていた。
だからなのか、その声は不思議と私にまで届いた。
そこにいたのは……警護の騎士達に剣を向けられた不審者だ。
ボサボサの黒髪を無理矢理後ろで纏めた少年。
ボロボロの黒い羽織を纏い、これまたボロボロの二つの刀を腰に差した不審者の少年。
それが、観客の立ち入りが許可されたラインを越えて、騎士達の警戒エリアにまで侵入していた。
神聖な式典に土足で踏み行った不審者。
そいつのせいで騎士達の警戒心は煽られ、周囲の人達は目の前で突如発生した不安のせいで、熱狂の渦から強制的に解き放たれてしまった。
「…………あはは!」
私はそれを見て思わず笑ってしまう。
マジか、あいつやりやがったって感じだ。
なんでこんな事したのかっていうのは、なんとなくわかる。
大方、私の表情が曇ったからとか、その程度の理由だと思う。
たったそれだけの理由で、あいつは勇者の出立式という、全世界でも最上位に位置する式典に水を差したのだ。
もう笑うしかない。
「止まれ!」
不審者の進撃は止まらない。
騎士の制止の声を無視して歩き続け、徐々にこっちへ近づいてくる。
騎士達が全力で邪魔をしたけど、意にも介さない。
流れるような動きで騎士達の振るう剣を潜り抜け、足を引っ掻けて転ばせたり、腹や顎に一撃入れてダウンさせる。
やがて、その事態を重く見たのか、騎士の中でも精鋭である加護持ちの人達が不審者に向かって行った。
「貴様、ここをどこと心得る!? 畏れ多くも勇者様の出立の場だぞ! どこの馬の骨とも知れぬ、加護も持たぬ雑魚が荒らしていい場所ではなぁい! このシリウス王国精鋭騎士団の一人! ドッグ・バイトが成敗してくれる!」
あ、ドッグさんだ。
アランに男の急所を蹴り上げられて悶絶してた人。
それでも、彼は『剣の加護』を持つ歴とした英雄の一人。
そんな人が、今度はちゃんと自身の相棒である剣を構えて、不審者に斬りかかった。
「成敗!」
それに合わせて、不審者が腰の刀を抜く。
見覚えのある小さな刀。
それを片手で振るった不審者の剣速は決して速くない。
ドッグさんの剣の方が遥かに速い。
けど、不審者の刀とぶつかったドッグさんの剣は手品のようにあらぬ方向へと逸れ、驚愕して一瞬動きが止まったドッグさんに向けて、不審者は容赦なくカウンターの急所蹴りを放った。
「はうっ!?」
まるで5年前と同じように、ドッグさんは男の急所を抑えて踞る。
ここまで来て、ようやく不審者の脅威を正確に認識したのか、加護持ちの人達が束になって不審者に襲いかかった。
でも、当たらない。
剣も、槍も、弓も、魔法も、不審者は手に持った小さな刀一本で受け流し、時には避け、騎士達の体を盾に使い、反撃で確実に沈ませていく。
誰も彼の歩みを止められない。
その頃になると、派手な魔法の音のせいか、この場を包み込んでいた熱狂すらもかき消えていた。
死屍累々の騎士達の屍(死んでない)を乗り越えて、遂に不審者は私達の居るバルコニーの真下にまで辿り着く。
困惑と人々のざわめき、騎士達の敵意だけが場を支配する。
ブレイドは驚愕し、エルネスタさんは興味深そうに不審者を観察し、リンは頭を抱え、私は笑いを堪えるのに必死だった。
「何をしておる!? 早くその不届き者を捕らえよ!」
そんな中で声を上げたのは、教皇さんと対を成す、この場の最高権力者のもう片方。
シリウス王国の国王だ。
騎士達はその命令に従おうとして……でも、できない。
何故なら、不審者には彼らが突けるような隙が存在しないからだ。
そして、人類最大の国の国王の言葉を無視して、不審者は刀を真っ直ぐにバルコニーへと向けながら、高らかに名乗りを上げた。
「俺は勇者ステラの友! 『剣鬼』アランだ! 勇者との約束に従い、彼女を迎えに来た! 俺からステラを引き離した『剣聖』ルベルト・バルキリアス殿! あなたの出した要求に今こそ応えよう! 俺の勇者パーティーへの加入を賭けて、あなたに決闘を申し込む!」
不審者……いや、私の大好きな人であるアランの言葉は、まるで魔法でも使っているかのように大きく、周囲に響き渡った。
国王が驚愕した顔で私とルベルトさんを見る。
ルベルトさんは……笑っていた。
まるで我が子が遂げた最高の成長を喜ぶように、いつもの老紳士の仮面を脱ぎ捨てて、心の底から笑っていた。
「ククク……! 見事だ少年。勇者の出立式に乱入し、その警護に当たっていた加護持ちの英雄達を蹴散らした時点で、君の力は証明された。あとは聖戦士である私を倒せば、誰に憚る事もなく勇者様の仲間となれるだろう。無礼など問題ではない。この時代、聖戦士に匹敵する戦力など、誰であっても喉から手が出る程欲しいのだから」
ルベルトさんは独り言のようにそう呟いた後、晴れ晴れとした表情でバルコニーの縁へとやって来た。
そして大きく息を吸い込み、アランに負けない大声で言葉を返す。
「あいわかった! その決闘、喜んで受けよう! そして君が勝った暁には、この『剣聖』ルベルト・バルキリアスの名に置いて、君を勇者様の仲間として認める! 誰にも文句は言わせん!」
「感謝します!」
「ふむ! では、参るぞ!」
ルベルトさんがバルコニーから飛び降りて、アランの方へと向かう。
その時、ふと視線をアランの方に向けて、目が合った。
5年ぶりに見るアランの顔は、幼さが抜けてよりカッコ良くなっていた。
顔には歴戦を思わせる傷が出来ちゃってる。
それも痛々しいけどカッコ良い。
アランが私に向けて微笑んだ。
村でもたまに見せてくれた優しい笑顔。
同時に、凄く私を安心させてくれる、頼れる男の子の顔。
ドクンと心臓が跳ねた。
しかも、アランは私が重荷に感じていた人々の熱狂すらも吹き飛ばしてくれたのだ。
今の人々の注目は私ではなく、突然の急展開と、その中心となったアランとルドルフさんに向いている。
あの痛い程の注目の中で、それでもアランは不敵に笑う。
神様に与えられた力なんかじゃなく、自分の努力で掴んだ力を絶対の自信に変えて、私の愛しい人は大胆不敵に笑うのだ。
「やっぱり、敵わないなぁ……」
思わず、そんな言葉が口から溢れた。
アランは凄い。
本当に凄い。
私には勇者の加護という与えられた力以外で、アランと対等だと胸を張って言える自信がないわよ。
でも、いつかは必ず追いついてやるから。
負け越したままの勝率も、あまりにも強すぎる心の強さにも、いつかは追いついて隣に立つ。
そして、胸を張ってあんたが好きだと伝えるわ。
だから、こんな所で負けたら許さないんだから。
勇者の加護のせいで不当に開いた差なんていらない。
早くその距離を埋めて、私の側に来て。
それで、今度は私にあんたの背中を追いかけさせてほしい。
楽しかったあの頃みたいに、夢中であんたの事を追いかけるから。
だから、だから……
「頑張れ! アラン!」
私は大きな声で声援を飛ばした。
その言葉にアランは……
「ああ! 任せとけ!」
どこまでも頼りになる返事をしてくれて。
そして、アランは小さな刀を鞘に戻し、もう一つの見た事ない黒い刀を引き抜いた。