22 ステラ(前編)
━━ステラ視点
あいつを、アランを男の子として意識し始めたのはいつからだったっけ。
最初はただの幼馴染だった。
狭い村で唯一の同い年として生まれて、親同士も近所で仲が良くて、一緒に居るのが当たり前の兄妹みたいな関係。
だからお互いに遠慮なんて欠片もなくて、言いたい事我慢せずに口に出して、よくギャーギャー言い合って喧嘩してた。
でも、それが妙に居心地良かったのよね。
あの頃は当たり前過ぎて深く考える事なんてなかったけど、勇者になってお城に連行されて、勇者という立場に相応しい立ち振舞いとかを求められるようになった今なら、肩肘張らなくていい気楽で自由だったアランの隣が、どれだけ恵まれた居場所だったのか実感してるわ。
その自由で気楽なだけだった兄妹みたいな関係が、いつからか変わってたのよね。
いや、あいつは全く変わってなかったんだけど、私の意識の方が変わってた。
アランの側に居るとちょっとソワソワして、ちょっとだけ落ち着かなくて、でも相変わらず居心地は良くて。
恋……というには淡い感情だけど、男の子として意識してたのは間違いないと思う。
ホント、キッカケは何だったんだか。
何か劇的なキッカケがあった訳じゃないような気がする。
ただ、なんというか、あいつはナチュラルに優しかった。
普段は憎たらしい事この上ないけど、私が落ち込んでたらちゃんと気づいてくれるし、そういう時はちゃんと優しくしてくれるし、私が怪我とかしたら結構本気で慌ててくれたし……。
多分、そういう事の積み重ねで意識していったんだと思う。
でも、そんな恋未満の淡い感情が、一気に恋へと傾いてしまうような事件があった。
ある日、村に吟遊詩人が立ち寄って、村の広場で英雄と呼ばれたとある冒険者の歌を歌っていった。
それを聞いて二人ともテンションが上がって、ノリと勢いで修行ごっこをする事になって、そこら辺の木の枝でチャンバラを始めたのよね。
そうしたら、私は予想外に剣に見立てた木の枝を上手く操れて、気づけばアランの脳天にいいのをぶち込んで気絶させちゃった。
幸い、無事に起きてくれたから良かったけど……揺すっても起きなかった時は焦ったわ。
あともうちょっと起きるのが遅かったら、私は半狂乱になってアランの家に駆け込んでたかもしれない。
そんなこんなで無事(?)目を覚ましたアランだったけど、その直後、あいつは私に抱き着いてきた。
私に、抱き着いてきた。
大事な事だから二回言ったわ。
初めてあんな間近で感じたアランの体温、肌の感触、心臓の鼓動。
こっちの心臓が口から飛び出すかと思った。
嫌じゃなかったけど、嫌じゃなかったのが逆に凄い恥ずかしくて……。
でも、私の脳内が一瞬でピンク色に染まるのと裏腹に、アランの体は小刻みに震えてた。
アランが、怯えていた。
話を聞いてみると、アランは頭を打ったせいで怖い夢を見たらしい。
落ち着かせようと思って茶化してみても、震えは全く止まらない。
本気で心配になってもう少し細かく話を聞いてみると、アランが見た夢というのは、私が勇者になって死ぬ夢だったんだとか。
しかも、リアリティー抜群の。
当時は意味不明だったけど、今となっては笑えないわよね……。
けど、それも今は置いといて。
重要なのは、この時にあいつが言った台詞よ。
『もしそうなっても、俺が絶対にお前を守る。絶対に。絶対にだ』
どんな口説き文句!?
しかもこれ、口説くつもりで言ってる訳でも、洒落や冗談の類いで言ってる訳でもなく、心の底から本気で言ってるってわかるだけに、尚の事タチが悪いのよ!
意識してた相手からの大胆なスキンシップに加えて、耳元で言われたお前を絶対に守る宣言は、幼い私にとって、ちょっと破壊力が高過ぎた。
顔が熱くなって、心臓がバクバクして、思わず変な声出しちゃったわ。
多分この時に、私の感情は淡い想いを突き抜けて、恋に落ちてしまったんだと思う。
それからの3年間は、私にとって結構幸せだった。
アランが強くなる為に修行を始めて、私もそれに付き合っておじさんに貰ったオモチャの剣で打ち合うのが日課になって。
全然勝ち越せないのは凄い悔しかったけど、それはアランの努力の結果で、その努力は私を守る為だってわかってたから、憎たらしさよりも嬉しさが先に来た。
頑張ってるアランの姿はカッコ良かったし。
けど、私が負ける度に清々しい顔で煽ってくるのだけは許さないわ。
まるで積年の恨みを晴らしたとでも言わんばかりの、あのドヤ顔が私の闘志に火をつけた。
私も積極的にアランの修行に付き合い、家でもお父さんに剣を教えてもらって努力を重ねる。
全ては、あの憎たらしいドヤ顔に一発ぶち込んでやる為に!
あと、本当にアランが言った通りの未来がやって来た時の為に。
もし本当に私が勇者になって、魔王に負けて死ぬっていうなら、強くなっておけば殺されずに済むかもしれないし。
アランが守ってくれるって言ってるけど、それで大人しく守られてるだけっていうのは私のキャラじゃない。
王子様に守ってもらえるお姫様ポジションにも憧れはあるけど、どっちかと言えば私は英雄譚の方が好きだ。
アランと恋愛するなら、お姫様のようにただ守られるだけの存在としてじゃなく、戦友みたいに対等な立場で付き合いたい。
一緒に苦難を乗り越えていく内に、二人の距離は徐々に近づいていって……みたいな。
うん、いい。
そういうシチュエーション萌えるわ!
そうして修行と妄想を繰り返してる内に3年が過ぎて、あの日がやって来た。
その日は私の10歳の誕生日で、日付の近いあいつの誕生日と合わせてお祝いするから、いつもなら、あいつと二人でソワソワしながらパーティーの開かれるお昼を待つんだけど……その日に限って、あいつの姿を朝から見なかった。
おかしいと思った。
思い返してみれば、アランは数日前からちょっと様子が変だったし。
本人が上手く隠してたから違和感は些細なものだったけど、実際にあいつがいなくなるという異変が起こってみれば、その些細な違和感にとてつもなく嫌な予感を覚えた。
何かが起きてる。
そんな根拠のない確信を覚えて、即座に行動に移せた自分を今は誇りに思う。
異変が起きてる。
そう考えて真っ先に頭に浮かんだのは、あいつが見た夢の話だった。
アラン曰く、ある日突然この村が魔族に襲われて、そいつから皆を守る為に私は勇者の力に覚醒するらしい。
でも、考えてみれば、あいつはその正確な日付を教えてくれた事はなかった。
所詮は夢の話だと思って深く突っ込まなかった私も悪いんだけど、今思えばはぐらかされてたんだと思う。
なんでそんな事したのかと一瞬思って、すぐに答えは出た。
あいつは、私を守る為に一人で戦う気なんだと。
その結論に至ると同時に、村の外から凄い音が聞こえてきた。
まるで嵐が来た時みたいな、とてつもない風が吹き荒れる音が。
それが戦闘音だと気づくまでに数秒かかったけど、気づいた瞬間、私は全速力で音の発生源に向かって走り出した。
このタイミングで常軌を逸した戦闘音が聞こえてくるなんて、そんなのどう考えてもアラン関連に決まってる。
そうして駆けつけた場所で、私は見た。
そこは街の東側にある森の中。
なのに、周囲の木は一本残らず鋭利な刃物で斬られたみたいに切断されてて、その倒れた木々の中心にアランは居た。
地面に倒れ伏す、見た事もない化け物と一緒に。
その化け物は、とてつもなく禍々しい気配を放っていた。
一目見ただけで、こいつは敵なんだと本能が全力で訴えてくるような、おぞましい生物。
そんな奴が血塗れで倒れていた。
アランがやったんだと思えば「凄い!」って連呼したくなる程嬉しかったけど、そんな場合じゃない。
化け物が、最後の力を振り絞るように鎌みたいな腕を振り上げ、力を使い果たしたように倒れてるアランに向けて振り下ろそうとしてたんだから。
その光景を見た瞬間、私の中で何かが弾けた。
守らなきゃという強い想いだけが心を支配し、体の奥から謎の力が湧き上がってくる。
暖かくて、力強い、謎のパワー。
それがアランの言ってた勇者の力だと気づくまでに少しかかったけど、瞬時にわかった事が一つだけある。
それは、これが誰かを守る為の力だという事。
それだけは本能的に理解できた。
私の想いと、この力の目的は合致してる。
迷う事はなかった。
「私のアランに何やってんのよ! この化け物!」
私は心のままに湧き上がってきた力を持ち出してきた剣に込めて、化け物に向かって振り下ろした。
剣は光を纏い、その光が瞬いて、一瞬にして化け物を消滅させる。
そうして、私はアランを守る事ができた。
その後、全身ズタボロな上に左腕まで無くしてるアランの姿に、内心かなりテンパりながら治癒魔法をかけた。
一人で先走った事を怒りながら。
なのに、あのバカは……!
「だったら、わかってるだろ……。お前が今使ったのは多分勇者の力だ。それを使えるようになったら勇者として戦場に行かされる。そして死ぬ。なのに、なんで……」
そんな大バカな事を言い出した。
思わず重傷者だって事も忘れて頭突きしちゃったわよ。
だって……だって……!
「それであんたが死んじゃったら意味ないでしょ! アランが死んじゃったら、私は、私は……!」
好きな人の命と引き換えに助かったって絶望しかないわよ!
なんで、そんな簡単な事がわからないのよ!
悲しいやら腹立たしいやらで、涙が溢れてきて止まらない。
そんな私の様子を見て、アランはようやく察してくれたのか、
「悪かった。次は頼る。その時は一緒に戦おう」
「……約束だからね!」
「ああ」
そう言って、私と一緒に戦ってくれるという約束をしてくれた。
その数日後に、アランの言った通り、偉い人達が村を訪れた。
私を勇者として連れて行く為に。
覚悟は決まってたわ。
私が戦わないと、魔王は倒せない。
魔王を倒せないと、また今回みたいな事が起こって、今度こそ私の大切な人達が殺されてしまうかもしれない。
だから、私は戦うって決めたの。
死ぬかもしれない。
でも、隣にアランが居れば怖くないから。
そんな私を迎えに来たのは、剣聖のルベルトさんと、シリウス王国の最精鋭騎士団の人達。
出会った当初はそんな事知らなかったけど、一目見ただけで、ただ者じゃない事はわかったわ。
だって、その人達は皆、今までに見た事もないような力強いオーラを纏ってたんだもの。
魔族から感じた気配とは全くの真逆。
力強く、神聖な、私の勇者の力によく似たオーラ。
これが噂に聞く加護の力だってすぐにわかったわ。
神様が特別な人間にだけ与えてくれる力。英雄の条件とまで言われる力。それが加護。
そんな加護を持つ人達を見たのは初めてだった。
その力強さときたら、噂に聞いてた以上にとんでもなかったわね。
この人達を筋骨隆々のマッチョと例えるなら、普通の人はヒョロヒョロに痩せた子供よ。
それくらいの差がある。
その中でも特に別格のオーラを放ってたルベルトさんに至っては、同じ人間なのかさえ疑わしくなるレベルだったわ。
……ちなみに、後から聞いた話だけど、向こうも私を見た時に、私の身に纏う加護の大きさに驚いて絶句したらしい。
別格のルベルトさんと比べても尚、圧倒的だったって。
自分じゃよくわからないけど。
けど、そんな事より気になったのは、そういうオーラをアランからは一切感じなかったって事よ。
アランはよく、自分には加護がないだの才能がないだの言ってたけど、私はそんな訳あるかと思ってた。
あんたに才能がないなら、そのあんたに負け続けてる私は何なの?
一応、私だって勇者の力に覚醒する前から、自分がそれなりに強い事は自覚してた。
少なくとも、長年仕事で村の平和を守ってきた熟練の兵士であるお父さんを、赤子の手を捻るように軽く倒せるくらいには強い。
お父さんは、私には多分加護があるんだろうと言ってくれたわ。
だから、私より強いアランに加護がない訳ないと思ってた。
でも、違った。
本物の加護持ちという比較対象を見て、ようやく気づいた。
アランには正真正銘加護がなくて、特別な力なんて何も持ってないただの子供の身で、あの魔族に立ち向かってくれてたって事に。
そこに思い至って、私はむしろアランを尊敬したしキュンとした。
私の為にそこまでしてくれたんだって。
だけど、騎士団の人達はその事をわかってくれない。
あろう事か、アランは弱いから連れて行けないとか言い出した。
アランは強いんだから!
そう反論してみたら、アランは自分の力を証明する為に、加護を持つ騎士達に立ち向かってくれた。
騎士の一人の急所を蹴り上げて簡単に倒してみせた時は「さすが!」って思ったけど、次に出てきたのは、別格の強さを感じる剣聖ルベルトさん。
覚醒した勇者の力を使ったとしても、当時の私じゃ勝てる気がしなかった怪物。
そんな人を相手にアランは臆する事なく立ち向かい、ルベルトさんの頬に傷を付け、剣聖から称賛の言葉を引き出してみせた。
けど、その直後、本気になったルベルトさんの一撃によって、アランは負けた。
だけど、あの戦いは無駄じゃないわ。
ルベルトさんは言った。
いつか自分を超えてみせろと。
そして、こうも言った。
アランが私の仲間になるには、聖戦士以上の力を示す事が最低条件だって。
つまり、いつかアランがルベルトさんよりも強くなったら同行を認めてくれるって言質を取ったようなものなのよ。
王都への馬車の中で本人にも確認したから間違いないわ。
ルベルトさん曰く、あえて本気も見せたのも、到達しなければならない明確なラインをアランに認識させる為だったらしい。
アランは負けても一切諦めてない。
目は死んでないどころか、大いに燃えてる。
だから、ここで慰めるのは違うと思った。
いつものように、私がたまにアランに勝ち越せた時みたいに、煽って、焚き付けて、負けん気を引き出して。
そうやって次の勝負に繋げながら別れるのが、私達らしいと思った。
そうして別れる間際に、アランは私が一番言って欲しかった事を、ちゃんと言葉にして伝えてくれた。
「必ずお前を守れるような男になって迎えに行く。だから待ってろ」
堂々とした男らしい言葉。
加護がどうとか関係ない、私が知ってる中で一番強くて、一番カッコ良くて、一番大好きな人が言ってくれた約束の言葉。
嬉しくて、ドキドキして、心臓が爆発するかと思った。
「ええ! 待っててあげるわ! だから、せいぜい早く迎えに来なさいよね!」
気を抜いたら照れて俯いちゃいそうで。
だけど、アランとは笑顔で別れたかったから、精一杯強がっていつも通りを心掛けた別れの言葉。
ちゃんと、いつも通り強気に笑えてたらいいなと思う。
こうして、私はアランと別れ、勇者としてシリウス王国の中心へと旅立った。
◆◆◆
それから5年が経って、遂に魔王討伐の旅へと出る日がやって来た。
あいつは、まだ来ない。