わいらす 国立病院機構仙台医療センター ウイルスセンターホームページ

ウイルスセンタートップ >> みちのくウイルス塾 >> 第14回みちのくウイルス塾 >> 聴講録 >> 高崎先生

医療関係者の方々へ ウイルス分離・抗体検査依頼について ウイルス分離および抗原検出情報 地域レベルのパンデミック・プランニング 夏の学校 みちのくウイルス塾
    バリフード® バリフロー®  

「70年ぶりに再興したデング熱とは?ヒトスジシマ蚊って?」を聴講して

国立感染症研究所ウイルス第一部 第二室長 高崎 智彦 先生国立感染症研究所ウイルス第一部 第二室長 高崎 智彦 先生

2014年に70年ぶりに国内流行したデング熱について、症状、感染環、重症化のしくみ、流行地の分布拡大、過去の日本におけるデング熱研究と流行、デング熱を媒介するヒトスジシマカの生態等、多岐にわたる内容についてご講演頂いた。

概要

アルボウイルス及びデングウイルス

節足動物媒介性ウイルスは、アルボウイルスと総称される。アルボウイルスは、節足動物によりヒトをはじめとする脊椎動物にウイルスが伝播するとういう疫学的な共通性にもとづいた概念であり、ウイルス学的な分類上その中には、フラビウイルス科、トガウイルス科、ブンヤウイルス科、レオウイルス科等のウイルスが含まれる。

デング熱はRNAウイルスであるフラビウイルス科フラビウイルス属のデングウイルスによって生じる急性熱性疾患である。デングウイルスには、1,2,3,4の4つの血清型がある。

デング熱とデング出血熱

デング熱の症状・所見としては、38℃以上の高熱や頭痛、全身の筋肉痛や関節痛、発疹などがある。発疹は発熱より遅れて出現する(ただし、37℃台の患者もいるし、発疹が出ない患者もいる)。

ウイルス血症は発病1~2日前から解熱するまで続く。この期間はウイルス遺伝子検出が可能であり、この期間に吸血した蚊は、他人へデング熱を媒介する感染蚊となる。また、非構造蛋白NS1抗原も血中で認められる。それを検出する迅速抗原検出キットもあり、用いた場合、感度はウイルス遺伝子検出とほぼ同等かつ解熱後数日間も検出可能であるとされている(ウイルス遺伝子検出よりも検出期間が長い)。一方、IgM抗体は発病後3~4日頃から検出可能である。

感染した型に対しては終生免疫を獲得するとされるが、他の血清型に対する交差防御免疫は数か月で消失し、その後は他の型に感染しうる。この再感染時にデング出血熱になる確率が高くなると言われている。

デング出血熱の症状としては、出血症状、血小板減少、血漿漏出がみられる。小児のデング出血熱の発生頻度は、初感染では0.18%だが、再感染ではそれより約10倍高い2.01%であるという報告がある。

ヘテロのデングウイルス抗体によるEnhancement効果(再感染で重症化するしくみ)

再感染時に重症化するしくみとして、初感染時に誘導された抗体が、Fcレセプターを有する細胞でのデングウイルス感染を増強させることが考えられている。

初感染時に誘導された抗体は、異なる型のデングウイルスに対しては結合するものの防御的には働かない。むしろ、ただ結合するだけの抗体とデングウイルス(初感染と異なる型)の抗原抗体複合物は、Fcレセプターを介した感染を引き起こす。生体内には多くのFcレセプター発現細胞が存在するため、異なる型のウイルスの再感染時には感染がさらに増強され重症化につながると解釈されている。

なお、3回目以降の感染では、抗体が防御的に働く人が多く発症しない場合が多い。

デングウイルスの感染環とヒトスジシマカ

デングウイルスの生活環は、ヒト-蚊-ヒトである(日本脳炎ウイルスにおけるブタのような増幅動物は存在しない)。蚊は種類によって、ターゲットを追って長距離を移動する“探索型”と生息地で吸血機会を待つ“待ち伏せ型”の2タイプに分けられる。デングウイルスを媒介する蚊は、ヒトスジシマカ、ネッタイシマカで、どちらも待ち伏せ型の蚊である。

ヒトスジシマカは国内では、秋田県と岩手県南部を北限として全国の都市部によくみられる(ネッタイシマカは現在国内に分布しない)。背中にある1本の白い筋が大きな特徴で、飛翔距離は50-100m、寿命は30~40日程度とされる。夜間に吸血するアカイエカと異なり、主に朝方から夕方にかけて吸血する。吸血の様子を動画で紹介いただいた(その動画は、国立感染症研究所HP内の衛生昆虫動画館でも見ることができる)。ヒトスジシマカの幼虫は比較的小さな容器、雨水マス、植木鉢やプランターの水受皿、空き缶やペットボトル等のプラスチック容器、古タイヤ、木のうろ(樹洞)などの小さな水域を利用し、発生する。なお、ネッタイシマカは屋内の水域も活用するため、トイレのタンク、給水機の水受け、水瓶等といったとんでもないところから発生するそうである。

ヒトスジシマカの分布

ヒトスジシマカは熱帯から温帯まで広くアジアに分布していたが、現在は分布域を拡大し、オセアニア、ヨーロッパ、北米、中南米、インド洋島諸などに新たに侵入定着している。ヒトスジシマカの卵は乾燥に強く、数か月の乾燥に遭遇しても、いったん水に浸かると孵化する。そのため、古タイヤに付着した乾燥卵が輸出されるなどして、海を越えて分布域が拡大した。

国内でもヒトスジシマカの分布は拡大しており、数十年前は東北以北ではほとんど生息していなかったが、現在は盛岡市や能代市でも確認されている。年平均気温が11℃以上の地域で定着するようで、2035年には青森県の平地すべてに分布すると推定されている。

ヒトスジシマカの発生によりデング熱患者が増えた台湾の事例

海外事例の紹介として、2014年に患者が急増した台湾・高雄の事例が紹介された。2014年7月、台湾・高雄で大規模なガス爆発事故があり、その際避難住民が公園などで野外生活をせざるを得なくなった。デングウイルスに感染したヒトスジシマカが大量発生した結果、例年より多くの患者が発生した(デング熱患者が15,765人、デング出血熱患者139人そのうち20人死亡)。

日本におけるデング熱研究と流行

国立感染症研究所ウイルス第一部 第二室長 高崎 智彦 先生デング熱は、戦前には沖縄で流行したことがあり、動物実験を含めた様々な研究が行われていた。1942~1945年にかけて西日本(長崎、大阪、福岡、広島)を中心に20万人規模のデング熱の国内流行が発生した。この背景には、戦地からの帰国者による持ち込み、焼夷弾に備えた防火水槽の増加によるヒトスジシマカの増加などがあったそうである。熱心な研究を背景に、1943年には堀田進博士らが長崎でデング熱患者からデングウイルス1型ウイルスを世界で初めて分離した(Dengue virus type1, Mochizuki strain)。流行の終息には、DDTの散布や防火水槽の撤去が効を奏したと考えられる。

デング熱輸入症例は、統計を取っている1999年以降、毎年増加傾向にあり、2010年には200人を超えている。都道府県別のデング熱輸入症例では、東京、神奈川、大阪、愛知、兵庫、福岡が上位であり、国際線の航空機の発着が多い地域となっている。2013年8月、観光で日本を訪れたドイツ人が帰国後デング熱を発症し、日本での感染が強く疑われ、そして、2014年には代々木公園を中心にデング熱の国内感染が確認された。2015年の輸入症例は1型と2型の報告が多い。

2014年デング熱の国内流行

代々木公園での2014年8月以降のデング熱流行は、海外で感染して帰国した人が公園内の複数の蚊に刺され、その蚊が他に人を刺したことによって広がったと考えられた。代々木公園にはヒトスジシマカの発生源である雨水マスや水がたまるような容器等が多数存在し、潜み場所となる草木も繁茂しているため、ヒトスジシマカの生息数も多かった。また、年間を通して多くのイベントが開催され、国内外から多くの人が集まる場所であった。まさしく、デング熱が流行する条件が整っている状況で起きた流行であった。

デング熱のワクチン

ワクチンが望まれるが、1-4型すべてに高レベルの防御免疫(中和抗体)を誘導すること、ワクチン接種者がデング熱にかかったとしても重症例が多発しないこと(ワクチン接種により、デング熱初感染者に再感染で重症化するような現象が起こらないようにする)、安価であることという3つの条件を満たす必要がある。開発中のワクチンはいくつかあるが、試験が一番進んでいるものでもまだ第3相が終了したばかりである。また効力も56.6%(アジア)、60.8%(中南米)とまだあまり高くなく、実用化には時間がかかるのが現状である。

チクングニア熱

デング熱以外に流行が懸念される蚊媒介性疾患として、チクングニア熱の紹介がなされた。臨床症状は、発熱、発疹、関節痛を主訴とする。特に関節痛が顕著で、急性症状が治まった後も、関節炎は続くことがある。一度感染すると、終生免疫を獲得する。アフリカ、インド洋諸国、南アジア、東南アジアで流行していたが、2013年にカリブ海諸国で発生した流行が拡大し、2015年にはアメリカでも流行している。チクングニア熱を媒介する蚊は、デング熱と同じくヒトスジシマカとネッタイシマカであることから、国内での発生が懸念される感染症である。

デング熱対策

デング熱にかからないために、1.ヒトスジシマカのいるところに行かない、2.ヒトスジシマカに刺されないようにする、3.ヒトスジシマカの発生場所をなくす、の3つの対策が重要である。具体的には以下の通りである。

  1. ヒトスジシマカの成虫の潜む場所は、低木やツタの葉裏や茂みの中であり、このような場所を避ける。ヒトスジシマカの活動範囲は約100メートルであることから、感染する可能性のある場所(例えば今回多数の患者が出た代々木公園のような所)から離れれば、リスクは極めて小さく、必要以上に怖がり過ぎる必要は無いと考えられる。夏季の野外活動では、長袖、長ズボンを着用し、肌の露出を避ける。あるいは、虫除けスプレーを使用する。虫よけ剤としては、DEETが長く持続し高い効果を確認されている(DEETは、アメリカ環境保護庁により昆虫の忌避剤として有効性と人および環境への影響を評価され認可を受けた有効成分で、世界中で使用されている)。日焼け止めを塗る場合は、日焼け止めが十分乾いてから、塗ること。
  2. ヒトスジシマカの発生場所をなくすには、幼虫の発生しやすい雨水マスに昆虫成長制御剤(IGR)を投与するなど行政レベルで行うことと、水がたまるものを撤去するといった個人レベルでできることがある。ヒトスジシマカはわずかな水たまりでも産卵するので、空き缶やペットボトルを全国規模で速やかに処理する(カントリー(缶取)大作戦)。

感想

山形県衛生研究所研究員 的場洋平デング熱に関する多岐に渡る情報を、総論から各論まで分かりやすく講演して頂き、大変充実した時間となった。戦前からの国内のデング熱研究の話を聴きながら、地方衛生研究所に勤める身として、自分達が今捉えている感染症の流行情報等を、将来も利用できる状態で記録に留め発信することの大切さを改めて考えさせられた。

昨年の国内流行で一気に社会的注目を集めたデング熱だが、平素から着々とサーベイランスを実施し有事に備える大切さを学ぶことが出来る事例であったと思う。まさしく高崎先生が最後に述べられた「治に居て乱を忘れず」である。

最後に、聴講の機会を提供してくださった西村先生はじめ、御講演くださった先生方、ウイルスセンターの方々にお礼申し上げます。

山形県衛生研究所研究員 的場洋平

 

 

▲第14回みちのくウイルス塾聴講録の目次へ戻る

 

 

 

 

 

 

〒983-8520 宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目11番12号
独立行政法人国立病院機構仙台医療センター内
直通電話:022-293-1173  ファックス:022-293-1173   電子メール:113-vrs.center@mail.hosp.go.jp