明日に戴冠式を控え、昼間から前夜祭·····夜ではないので、正しくはないだろうが·····だが、雰囲気としてはそれだろうか。
つまり、前祝いで盛りに盛り上がるバルブロ陣営。いつの間にか軽いツマミまで運び込まれ立食パーティーになっている。
つい先日までは追い込まれていたバルブロや、その支援者達にとって明日の戴冠式を前に邪魔なザナックを捕らえたというのは勝利を確信するに足りた。
だが、彼らは忘れている。バルブロは戴冠式を終えていないのだ。つまり彼は王を自称しているだけであり、国内でも国外からも認められていないのだ。
そして、·····彼らが盛り上がっている場に息を切らせて駆け込んでくる若い兵の姿があった。
「き、緊急事態でございます!」
嗄れ声が部屋に響き渡ると歓談の声が弱まった。
「どうした騒々しい」
バルブロの大声に場はシーンとなり、跪く兵士に視線が集中する。もちろん、盛り上がりを妨げたことによる冷たい視線だ。それも半端なく冷たい視線だ。
その無数の冷たいアイビームを受けた兵士の身体がブルりと震えたのは気のせいではないだろう。
「も、申し上げまする! この王都に向かい、し、進軍してくる軍勢が!」
深刻な顔で報告する兵に対し、バルブロ以下貴族達の反応はのんびりしたもので、危機感の欠片もない。
「なんだ、そんな事か」
「ははっ。大方バルブロ王の味方につこうという貴族だろう。しかし今頃来ても·····」
「そうそう。もはや渡す土地はないですぞ」
·····妄想の続きのまま、貴族が呑気な声を出す。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ! まさしくその通りですな」
「ですなぁ。もう全ての土地配分は決まっておりますからなぁ·····」
「いやいや、まだ広さは変わりますぞ?」
「おやおや欲深いですなぁ·····。あの土地は譲りませんぞ」
「なにをおっしゃいますか。その土地は我が·····」
貴族たちは笑いあうが·····。
「·····いえ、そうは思えません!」
兵士は声を強める。
(こいつら·····馬鹿ばっかりなのか? 私の危機感が伝わないのか? だから貴族は度し難いのだ)
兵士は貴族嫌いだった。まあ、貴族が好きな王宮勤めの兵などそうそういないだろうが。
「なんだと? 」
「おそれながら·····あれは恐らく敵対する者かと存じます。完全武装をして整然と向かって参ります。あれは、間違いなく祝いに来る雰囲気ではごさいません!」
先程よりもさらに声を強める。
「ははっ·····何を馬鹿な。バルブロ王子に·····いや、バルブロ王に逆らうものなどいるはすがない。大逆罪だぞ」
「そうだ、そうだ!」
貴族達は未だに緩んだ空気だが、報告に来た兵だけは違う。顔を纏う雰囲気も真剣そのものだ。しかし、それが伝わらない。
(何故わからない·····)
苛立つ心を抑え兵は報告を続ける。
「·····旗指物の数から察するに、向かってくる兵は約四万の大軍です」
「四万だと!?」
バルブロは、がたっと椅子から立ち上がり大声をあげた。
(やっと理解したのか? 今、ここを守る兵の数はわかっているのだろうか)
この王都には、元々王家に仕えていた兵の他に、各貴族の連れてきた兵がいるのだが、ザナックの追跡や各地域の制圧にかなりの数を割いており、現在この地に駐屯している兵力は薄い。
周囲の兵をかき集めても二万いるかどうかだ。
「率いているのは誰か?」
恫喝するような大声で、ボウロロープ候が尋ねる。
(聞いて驚け!)
不敬ながらもそんな事を考えてしまう。
「はい。·····ナザリック候とラナー王女様です」
「ナザリック候だと!?」
「間違いありません」
「ナザリック候が四万もの大軍を動員できるはずはない。奴は兵より経済に力を入れていたはずだぞ!」
認めたくないのだろう。しかし、次の一言が止めとなる。
「·····なお、旗指物の中にはバハルス帝国のものも多数あります。少なく見ても一個軍団。おそらく二個軍団かと思われます。約半数の二万は帝国軍かと」
「な、なんだとう!?」
「なにっ!」
バルブロの声がひっくり返り、ボウロロープの瞳が大きく見開かれている。
バハルス帝国兵は職業軍人であり、その強さは王国の徴兵した平民中心の兵士とは比較にならない。いつもの戦争でも、バハルス帝国に対して数倍の兵力を持ってやっと対等というレベルだ。
今回前述の通りバルブロ側の兵力は二万足らず。各貴族の私兵が中心の為それなりに強いがやはり帝国兵には劣る。そしてそもそも兵力で負けているのだ。勝ち目はない。
「馬鹿な有り得ん! 帝国兵が王都に迫るなど!」
「帝国兵に似せているだけではないのかっ!?」
信じたくないのだろう。
◇◇◇
「今頃は、我が軍が迫る事に気づいているんだろうなぁ」
「先程、物見から連絡を受けた伝令が走っていったわ。間違いなく私とサトルが迫っている事に気づいているわ」
「いや、私もいるのだがね·····」
馬にのるサトルの膝の上に横座りに座り、良人の首にキュッと捕まるラナー。その隣には、完全武装したバハルス帝国皇帝ジルクニフが轡を並べていた。
「あら、そうでしたわね」
「やれやれ、仲の良い事だ。あれが王都か。報告通り古ぼけた都市だな·····」
肥沃な土地は魅力だが、都市にはあまり好感をジルクニフは持っていない。
「はっきり言うな。まあ、私もそうは思っているがね」
「あら、サトルまで? だったらこの機会に壊して作り直しましょうよ」
重要な事をさらりとラナーは口にした。