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無職転生 - 蛇足編 - 作者:理不尽な孫の手

アイシャがメイドを辞める時

25/28

25 「捜索」

 アイシャとアルスがいなくなった。
 大慌てだ。

 俺は手紙を見た瞬間、すぐに家を飛び出した。
 探し出した所で納得させられるわけはないが、探さない理由もなかった。
 町中を、二人の行きそうな所、特にアイシャが行きそうな場所を重点的に探した。

 しかし、いなかった。
 丸一日探しまわっても、見つからなかった。
 ルード傭兵団本部。
 元クリフの家。
 魔法大学。
 各所にある傭兵団所有の倉庫。
 アイシャがよく利用する喫茶店。服屋。布屋。雑貨屋。問屋。
 果てはオルステッドの事務所まで。
 どこを探しても、二人の姿は得られなかった。
 どうやら、もう町の中にはいないようだ。

 いや、目撃情報はあったのだ。

 朝早く、町の門から徒歩で出発した。
 朝早く、乗り合い馬車に乗った。
 朝早く、厩から馬を借りて出て行った。

 そのほかにも幾つか、似たような情報が。
 しかし、どれも矛盾した情報だった。
 これでは、町の外に出たのか、それとも町の外に出たのがフェイクで町の中にいるのか。さっぱりわからない。
 恐らく、アイシャが意図的に流したのだろう。

 しかし、情報の数は多い。アイシャ一人で流せるものではない。
 誰がそれを流したのか。
 アイシャが最も自由に扱えるのは誰か。
 答えは一つ。
 傭兵団だ。

 俺は即座にそう判断し、ルード傭兵団の本部へと取って返した。
 リニアとプルセナを問い詰めるのだ。

「ルード傭兵団の掟その一!」
「挨拶はしっかり! 腰をしっかり曲げて頭を下げる!」
「ルード傭兵団の掟その二!」
「背筋を伸ばし、ハキハキとした声で!」
「ルード傭兵団の掟その三!」
「依頼人には敬意を払うこと!」

 戻ってきた時、リニアとプルセナは広場に団員を並べて、偉ぶっていた。

「絶対に忘れたらだめニャ!」
「体に染み込ませるの!」

 もとい、教訓を唱和させていた。
 まるでブラック企業だ。
 この唱和、アイシャがやらせてるんだろうか。

「リニア、プルセナ、ちょっといいか?」
「うにゃ? ボスが戻ってきたニャ。さっきも言ったけど、顧問はまだきてニャいぞ」
「そのことで、詳しい話を聞きたくてな」
「皆、解散なの。今日も一日、キリキリ働くの!」

 解散した傭兵団を尻目に、俺は二人と共に幹部室へと移動した。
 高そうで、品のいい机や椅子。
 何の動物かよくわからないが、なんとなく見ていると和む置物。
 強そうな魔物のトロフィー。
 でかい魚の模型。
 肉を保存しておくのにいいだろうと俺が譲渡した魔道具の冷蔵庫。

 リニアとプルセナ、そしてアイシャの趣味の混ざった部屋だ。
 そう、アイシャはあれでいて、かわいい物が好きなのだ。
 自分で芸術的なものを作るセンスは無いが、選ぶのは得意なのだ。

 そんなことを思い出しつつ、俺は二人を座らせ、問い詰めた。

「お前ら、何か聞いてるんじゃないのか?」
「あ、あちしらはニャにも知らニャいぞ」
「そうなの。何も聞かされていないの。お肉ももらってないの」

 あからさまに口笛を吹くリニアに、肉を取り落として目を泳がせるプルセナ。
 どうやら、何か知っているようだった。

「どこに行ったか知ってるんだな? 言ってくれ。今すぐに」

 出来る限り怖い顔でそう聞いた。
 すると二人は怯えた様子で互いに抱きついて、ブンブンと首をふった。

「い、行き先は知らないニャ!」
「本当に知らないの!」
「ただ、朝早くに事務所にきて、情報を流してほしいって言われただけニャ!」
「嘘じゃないの信じてほしいの! 証拠はないけど……」

 証拠はない、か。
 つまり、どれが本当の情報で、どれが偽の情報かはわからないってことだ。
 アイシャが、そんな簡単に足のつくような真似はしないか……。

 でもひとまず言質は取れた。
 やはり、アイシャはここに訪れていたようだ。
 彼女が自由に使える人員といえば、傭兵団を置いて他にない。
 朝早くにきて、偽の情報を流してもらい、自分はそのどれかか、あるいは別の方向へと移動する。
 賢いアイシャのやりそうな手管だ。
 きっと、それだけじゃないだろう。
 俺が情報を元に追いかけていくと、きっと第二、第三の罠を残すようにしてあるはずだ。

「信じてやる。その代わり、アイシャの捜索を手伝ってほしい」

 果たして傭兵団に依頼するのが正しいのかどうか。
 探すフリをして探していないとか。
 傭兵団員の中に息の掛かった者がいるとか。
 そういう可能性もある。
 頼んだつもりがマイナスの要因にしかならなかった、なんてのは、よくある話だ。
 だが、今は藁をも掴みたかった。

 そう思っての事だったが、リニアとプルセナは難色を示した。

「いや、それは勘弁してほしいニャ。もしこういう事があった時、誰の味方をすればいいか、顧問からはキツ~く言われてるの」
「あのことをバラされたら、私の権威は失墜なの。露頭に迷ってノラ犬になっちゃうの……」

 どうやら、二人はアイシャに弱みを握られているらしかった。

「それに、顧問を敵に回すことを良しとしない奴は、傭兵団に何人もいるニャ」
「皆、弱みを握られてるの」

 二人だけではない。
 本部に所属する傭兵団の面々の多くは、アイシャに弱味を握られているか、あるいは恩があるらしい。
 傭兵団は、完全にアイシャの支配下にあるのだ。

「……俺は、別にアイシャに悪いようにするつもりはないんだ。ただ、会って話がしたいんだ」
「でもニャあ……」
「何話すとかは決めてないけど、このまま一生お別れだったら、寂しすぎるだろ……?」

 自分で言ってなんだが、あのアイシャと、アルスと、二度と会えないと考えると、胸が張り裂けそうなきもちになる。
 せめて話をしたい。
 本心だ。
 今の段階では、きっと昨日の焼きまわしになるだけだろうが……。

「頼む」

 そう言うと、リニアはプルセナの方に目配せをした。
 プルセナは困った顔をしつつ、耳をたらんと下げ、小さくうなずいた。
 リニアは、こほんと咳払いを一つ。

「わかったニャ。顧問が本気で逃げてたら、あちしらが役に立つとは思えないけど、協力するニャ」
「いいのか?」
「あちしも、奴隷になった時に、もう一生、家族には会えないと思ったもんニャ。気持ちはわかるニャ」

 そういえば、そんなこともあったな。
 あの時の金、もう返済したんだっけか。
 アイシャに任せてたからよくわからん。
 もし残ってるようなら、チャラにしてやろう。

「恩にきる」

 ひとまずそう言って、俺は二人と別れた。


---


 傭兵団は使い勝手のいい組織だが、アイシャの捜索の役には立たない。
 そう考えて、俺は別の組織の力を借りることにした。

 まず、魔法大学、並びに魔術ギルド。
 彼らはこの魔法都市シャリーアで最も力を持つ組織だ。
 町の中にはいない、というのがミスリードなら、きっと力になってくれるだろう。
 学校内に張り紙の一つでもしておけば、生徒が情報をくれるかもしれない。

「ああ、そうだ。ザノバの所は探してなかったな」

 ザノバ商店。
 当初はルイジェルドの絵本を売るために作った小さな店だった。
 だが、創業から早数年。
 ザノバとジュリの努力あってか、最近は規模が拡大。
 アスラ王国にも大規模な工場を持ち、支店も世界中にできつつある。

 ザノバ商店の用心棒はルード傭兵団だが、アイシャはあまり立ち寄らない場所だ。
 加えて、俺がよく立ち寄る場所でもある。
 だからいる可能性は低いと思うが……。

 ひとまずザノバ、ジュリ、ジンジャー、アン。
 三人と一機にも今回の事情を話しておくことにする。
 あまり、家の外に漏らす話ではないのだろうが……。
 単に、ザノバにも話を聞いてほしかった。


「師匠にしては、珍しいですな。頭ごなしにダメと言うなど」

 一通り話を聞いたザノバは、そういった。

「頭ごなしに言うつもりはなかったんだ。ただ、アルスがまだ子供だと思って……」
「子供などすぐに大人になります。たった数年のことです。成長の早かった師匠なら、よくご存知でしょう?」
「……まあ」

 確か、俺がアルスと同じぐらいの年齢の時だったな。ザノバと出会ったのは。
 まあ、俺は前世分があるから、同じとはいえないが……。

「師匠とて、それがわかっているからこそ、そう説得しなかったのでしょう?」

 成長するのは誰もが一緒だ。
 今はダメかもしれない。
 だけどちゃんと反省して頑張ればよくなる。
 俺はそうやって頑張ってきたつもりだ。
 完全なクズ底野郎から、少しはまともになったと思っている。
 だから、程度の差はあれど、誰だってできると思っている。

「じゃあ、どう言えばよかったんだ?」
「はてさて……ひとまずやり方は強引すぎたでしょうな。師匠が無理に別れさせようとすれば、もう駆け落ちするしかないでしょう」
「でもなぁ……あのままじゃ、アルスはアイシャに依存しっぱなしだったってのも、確かだと思うんだよ……」
「いいではありませんか。そのような状態からでも、成長は望めるものですぞ。ちと、時間は掛かるやもしれませんがな」
「……」

 確かに、依存しながらでも、ゆっくりかもしれないが、成長はするのだろう。
 もちろん、成長しない部分もある。
 でもそれは、周囲がきちんと補助してやればいいことだ。
 ……それはわかっている。
 なのにどうして、俺はあそこまで反対したのだろうか。

「ジュリはどう思う?」

 ひとまず、女子にも話を聞いておきたいと思って、ジュリを見る。
 彼女は、青い顔をして、テーブルを見ていた。

「ジュリ、どうした?」
「いえ……その……」
「ジュリ、何か知っているのですか? まさか、ザノバ様に隠し事を?」

 言いあぐねるジュリに、ずっとすまし顔で黙っていたジンジャーが問いかけた。

「私、見ました」
「何を?」
「朝早くに、アイシャさんとアルスさんが、二人でうちの地下に入っていくの、見ました」
「えっ!?」

 その言葉に立ち上がる。
 新たな情報だ。
 ザノバ工房の地下。
 そこには、転移魔法陣が存在している。
 アスラ王国フィットア領にある、俺とザノバの秘密研究所へと繋がる転移魔法陣だ。

「ジュリよ、なぜ言わなかったのだ」
「ザノバ様とルーデウス様も、よくコソコソと地下室に行っていたので……」
「ぬぬっ……」

 ザノバが目を逸らした。
 俺たちがこそこそしていた事で、せっかく捕まえるチャンスを逃した、と思ったのかもしれない。
 でもアイシャのことだ。
 知っていて利用したのだろう。
 逆に言えば、俺たちがこそこそしていなければ、ここを逃走ルートに使うこともなかったはずだ。

「ザノバは気づかなかったのか?」
「昨日は店の方に泊まりましたゆえ」
「ああ……」

 アイシャが、そうしたスケジュールを知っていた可能性は高い。
 ザノバ商店の警備員は、何を隠そう傭兵団だしな。

「アスラ王国方面に行ったのは確実か」
「どうでしょうな……なんにせよ、アスラの捜索はアリエル陛下に頼むとよろしいでしょう」
「そうするよ」

 ひとまず、アリエルの所にも頼みにいくとしよう。

「師匠」

 と、ザノバの所から出立しようとした所で、呼び止められた。

「弟や妹、そして息子や娘と意見を違えた時は、腰を据えて話をせねばなりません。そして時に、下の者の間違った言い分を聞いて、見守ってやらねばなりませんぞ。例え己が正しいのだとしても」
「……」
「お前如きが何を偉そうに、と思われるかもしれませんが……」
「いや、ありがとう」

 ザノバに説教をされるのも珍しい。
 弟のパックスのことで後悔も深いのだろう。言葉に重みを感じられる。

 しかし、そうだな。
 確かに今回は、アイシャはともかく、アルスの言い分を聞かなかった。
 打開する気がない、まだ子供だと決めつけて、アイシャとだけ話をした。
 アルスにもどうしたいのかを、きちんと聞いておくべきだった。
 二人の処遇を決めるのは、それからでも遅くはなかった。
 意見のすり合わせが足りなかった。
 そこの所、もう少し慎重にやっておけば、少なくとも、二人が駆け落ちすることもなかっただろう。

 もし二人が見つかったら、アルスの意見も聞いておこう。
 よし。


---


 アイシャとアルスが逃げ込んだと思われるアスラ王国は、この世界で最も大きな国だ。
 当然ながら、人も多い。
 木を隠すなら森のなかという言葉通り、人が多ければ隠れやすい。
 その上、豊かな国だから、贅沢をしなければ生きていくのは大変ではない。

 ともあれ、アスラ王国は兵士社会だ。
 全国各地、どこにでも兵士がいる。
 彼らにアイシャとアルスの人相を覚えてもらえば、見つけてくれるかもしれない。
 アスラ王国の騎士団・兵士団の力を借りるのだ。

 そう思い、俺はアリエルの所へと赴いた。
 城に到着した時には、すでに日が落ちていた。
 でも緊急の用事だと話すと、即座にアリエルの寝所に案内された。

「そんなことですか……」

 アリエルは寝間着姿で、髪もぼさぼさだった。
 恐らく、すでに就寝していたのだろう。
 俺が来た時には緊張で顔を引き締めていたが、事情を話すと、疲れた顔でため息をついた。

「そんなこととはなんですか」
「要するに兄妹喧嘩、あるいは親子喧嘩でしょう?」
「そうですが……」
「緊急だと聞いて、何だと思えば……」

 アリエルは多忙な王である。
 最近は、アポイントメントがなければ会えない。
 今回はすぐに会ってくれた。

 緊急と聞いて、ヒトガミ関連のことか、あるいは転移魔法陣関連のことで問題がおきた。
 そう捉えて、会って話を聞いてくれたのだ。
 つまり、彼女が会ってくれたのは、俺を信用してのことだ。
 が、持ち込まれたのは家庭の問題。
 確かに良くなかったかもしれない。

「そうですね。申し訳ありませんでした」
「……いえ、謝る必要はありません。見方を変えれば、ルード傭兵団の顧問が出奔した、ともいえます。彼女は非常に優秀です。今後の活動に影響もでましょう」
「そう言っていただけると、助かります」
「ひとまず、シルヴェストルに命じておきましょう。もっとも彼女が本気で隠れたなら、見つかるとは思えませんが……」

 アリエルはサラサラと紙に何かを書くと、侍女にそれを渡した。
 ちなみに、シルヴェストルは警備責任者だ。
 アスラ七騎士の一人。
 最近はよく会うため挨拶ぐらいはするが、落ち着いて会話をしたことはないため、どんな人物かは知らない。

「感謝します」

 ひとまず、これでアスラ方面はいいだろう。
 あと、何かできることはないだろうか。
 そう思いつつ、次に行くべき所に思いを馳せていると、アリエルがポツリと呟いた。

「それにしても、血は争えませんね」
「血というと?」
「家の方針に従えず出奔。あなたの父上もやったことではないですか」

 パウロか。
 そういえば、パウロも父親と喧嘩して家を出たんだったな。
 それからパウロは、一度も家に戻らなかった。
 父親と再開することもなかったと聞いている。

 俺も、そうなるのだろうか。
 もう会えないのだろうか、アイシャとも、アルスとも。

「……」
「大体、なぜ反対したのですか?」
「なぜ、と言われても」
「そのまま結婚させてしまえばよかったのです。長年仕えてきたアイシャへの褒美にもなるでしょう」

 アスラでは、そういう話もよく聞く。
 優秀で、主人に多大な利益をもたらした使用人が、褒美として主人の子供との結婚を許される。
 もちろん、本人の希望があればの話だが。

「……婚約の話を持ちかけてきたアリエル様が、それを言いますか」
「私としては、ジークでも構いませんからね」

 アリエルは、子供たちが成長するに従い、自分の娘と結婚させようと言うようになった。
 というのも理由がある。
 現状、俺がアリエルの知己としてアスラ王国で活動するのを快く思わないものがいるのだ。

 俺は過去にアリエルを助けたことで、甘い汁を吸っている。
 アスラ王国内に転移魔法陣を設置する件についても、単に利権を手に入れたいだけなのだ、と。
 端的に言うと、嫌がるアリエルに俺がまとわりついている、と考えている者がいるということだ。

 だからアスラ王家に子供を、特に男子を提供することで、そうではないと周知させる。
 というのが、アリエルの希望だ。

「だって……ダメでしょう? だってアルスとアイシャですよ?」
「叔母が、幼い頃から面倒を見てきた甥と……なんて、とても素敵な関係ではないですか。それとも、アルスが長男だからですか? しかし、あなたは貴族ではない。家を継ぐということもないと、以前自分でもそうおっしゃっていたでしょう?」
「そうではなく……その、やはり親族同士は、良くないかと思いまして」
「なぜ?」
「……」

 何故だろうか。
 何故、俺はこんなに拒否感を抱いているのだろうか。
 前世では禁止されていたことだが、この世界では別に禁止されているわけではない。
 血筋を大切にする家なら、叔母と甥が結婚することも、たまにはある。

 なのに、なぜ俺は、こんなに反対しているのだろうか。
 もしかして、嫉妬だろうか。
 実は俺はアイシャのことを愛していて、常日頃から自分のものにしたいと思っていたのだろうか。
 いや、そんな馬鹿な。
 もしそうなら、とっくに何やかんやあってアイシャともくっついていただろうさ。

 もっと別の。
 そう、例えばアイシャの言う通り、俺はアイシャを自分の所有物と思っていたとか。
 口ではなんと言っても、自分の持ち物として認識していたから、それをアルスに取られて怒ったとか。
 可能性はあるが……やはりしっくりこない。

 アルスの成長を妨げるから?
 それは確かにあるが、それはあくまで後付の建前だ。
 もっと根本的な部分から出た意見じゃない。

「わかりません」
「なら、よく考えてみるといいでしょう。きっとアイシャは、それが聞きたかったのでしょうし」
「はい」

 アリエルの言うとおりだ。
 アイシャと話をする前に、そこんところ、自分でもよく整理しておこう。
 じゃないと、また同じ問答の繰り返しになる。
 俺の言いたいことは何も伝わらず、アイシャはまた逃げるだろう。

「では、失礼します。お休みの所、失礼しました」
「はい」

 アリエルとは別れた後、入り口にいたドーガにも挨拶をした。
 彼は実に心配そうな顔をして、「妹、俺も探す」と言ってくれた。

 ありがたいことだ。


---


 アリエルの所から帰ってきた後、オルステッドの事務所に行った。
 もう深夜だ。
 訪ねるのも申し訳ない時間である。

 でも、まだ捜索に協力してもらいたい人物が大勢いる。
 本来なら、明日から仕事に戻るつもりだったが、伸ばしてもらわなければならない。

「おや、ルーデウス様、アイシャ殿とアルスは見つかりましたか?」
「いえ、まだです。オルステッド様は?」
「執務室です」

 アレクに挨拶をして、事務所内へ。
 受付嬢のフィリアにも会釈をして、事務所の奥へ。

 オルステッドの執務室に入る前に、少し立ち止まり、考える。
 果たして、私用で休暇を伸ばしてもらうことは可能だろうか。
 オルステッドは、俺の休みについて細かく言及したことはない。
 休みたいと言えば、いくらでも休ませてくれるだろう。
 とはいえ、だ。
 家庭の事情で何日も仕事を放り出すのは、果たして良いことなのだろうか。
 いや……俺にとっては大切なことだ。
 いこう。

「ルーデウスか」

 部屋にはいると、オルステッドに睨まれた。
 ただ見つめているだけだが、睨んでいるように見える。
 そういう顔なのだ。
 だが、まるで、俺がこれから話すことを見透かしているように思えてくる。
 冷や汗が出てきそうだ。

「実はお話がありまして」
「アイシャとアルスの一件か?」
「……どなたからお聞きに?」
「ロキシーだ」

 ロキシーか。
 彼女も動いてくれているらしい。
 いや、俺は一人で飛び出してしまったが、きっとシルフィやエリスも動いてくれているだろう。
 家に戻ったら礼を言っておかないとな。

「アイシャが姿を消したそうだな」
「ええ、アルスと一緒に。今、探しています」
「アイシャが本気で隠れたのなら、見つかるまい」
「……皆そう言いますが、でも探さないといけません。しばらく、休みをいただけますか?」

 怖がらず、オルステッドの目を見て言う。
 オルステッドは、相変わらず射殺されそうな視線を送ってくる。

「ペルギウスには、俺から話しておこう」
「え?」

 なぜここに、ペルギウスの名前が出てくるのだろうか。
 何か予定入れてたっけか。

「奴は常日頃から地上を監視している。あるいは、見つけるやもしれん」
「あ……はい! よろしくお願いします!」

 どうやら、オルステッドも協力してくれるようだ。

「お前が頭ごなしに命令するなど、よほどの理由があったのだろうな」
「……自分でもわかりません」

 そう言うと、オルステッドは怪訝そうな顔をした。
 本当に、自分でも考えなければいけない。


---


 それから、各地の知り合いに捜索をお願いした。
 ミリス、大森林、王竜王国、魔大陸、ビヘイリル王国。
 ツテのある場所に赴き、事情を話した。

 クリフには説教をされた。確かに難しい問題だろうが、重婚している君が今更なんだ、反対するにしてももっと柔軟に対応しろ、と。
 エリナリーゼには呆れ顔で、許してあげればいいのにと言われた。
 ノルンはアイシャの行動に呆れ、怒った。俺の言い分とやり方は正しいと言ってくれた。
 ルイジェルドは今回の件には言及しなかった。ずっと無言だった。ただ一言、「探すのを手伝おう」と言ってくれた。

 意見は様々だが、誰もが捜索には快く協力してくれた。

 魔大陸では、一応アトーフェ親衛隊に協力を頼んだ。
 未だアトーフェが見つからず、ムーアも戻ってきていない。
 烏合の衆……とまでは、アトーフェを戦いに巻き込んだ俺には言えないが、やはり指揮者がいなければと全盛期には及ばないだろう。

 人探しに便利なキシリカもなんとかして見つけたかったが……残念ながら見つからなかった。
 探せばすぐ見つかる感覚でいたが、そういうものでもないらしい。

 そうやって各地のツテを使い、捜索した。
 レオにも手伝ってもらったし、ルイジェルドにも出張ってもらった。
 ペルギウスも、あまり積極的ではないが、空から探してくれているようだ。
 オルステッドやアレクも、時間を見つけて捜索してくれた。

 でも、見つからなかった。
 高い捜索・追跡能力を持つ者に探してもらっても、手がかりさえつかめない。
 アイシャとアルスは、まるでこの世から消失したかのように、こつ然と姿を消していた。


---


 そうして、あっという間に一ヶ月が経過した。

 リーリャはショックで熱を出して寝込んだ。
 ベッドの中で俺に「申し訳ございません、私が育て方を間違えました」と何度も言った。
 アイシャとアルスが駆け落ちしたのは、自分の責任だと思っているのかもしれない。
 今は多少回復したが、げっそりとやつれ、暗い顔をした日が続いている。
 一度だけ、部屋で泣きながら、ゼニスに頭をなでられているのを見た。

 ゼニスにも、一度叩かれた。
 ララに通訳を頼んだ所、「とにかく悲しい」と言ってるらしい。
 彼女は、アルスとアイシャの仲については、賛成のようだ。
 てっきり反対かと思っていたが……。
 とはいえ、ゼニスの視界からだと、世界が少し都合よく見えている。
 その結果、普通に喜ばしいことに思えているのかもしれない。

 シルフィは「ボクが追い詰めなければ……」と暗い顔をしつつも、アイシャやリーリャの分の仕事もしてくれた。
 捜索に参加しているわけではないが、少なくとも、洗濯物がたまるとか、子供たちがお腹をすかせるということはない。
 こういう時に、普段通りに動いてくれるのは、ありがたかった。

 エリスは何も言わなかった。
 けど、アルスが残した木刀を握りしめ、口をへの字に結んでいた。
 そして、何か決意を秘めた顔をして、真剣を持って素振りをしていた。

 ロキシーは「私が探しにいきます」と旅支度を開始していたので、慌てて止めた。
 このままロキシーまでいなくなったら、家族がバラバラになってしまう気がした。
 だが、彼女は彼女で、自分のツテを使って探してくれているようだった。

 子供たちも、不安な顔をしていた。

 ララは顔にも態度にも出さないが、いたずらの頻度が減った。
 ジークは無口になった。おしゃべりな子だったが、家の中ではあまり喋らなくなった。
 リリは家にこもりがちな子だが、たまに玄関に出て、ビートに掴まって門の上に登り、大通りの方をじっと見るようになった。
 クリスは「アルスお兄ちゃんとアイシャ姉ちゃん、どこいっちゃったの? 会いたいよ……」と泣いていた。

 ルーシーは本気で心配していた。
 彼女はすでに魔法大学を卒業し、アスラ王国の貴族学校へと通い始めている。
 入学して間もなく、寮生活も始まったばかりだ。
 となれば自分のことだけでも大変だろうに、魔法大学時代の友人にツテを取り、探すのを頼んでくれているようだった。


 時間が経つにつれて、俺も仕事に戻っていった。
 捜索を打ち切ったわけではない。
 アイシャとアルスのことは俺にとっては大事なことだ。
 だが、しなければいけないことはたくさんあった。

 探す時間が減る代わりに、考える時間が増えた。
 飯を食う時、風呂に入る時、寝る前、起きた直後。
 俺は考えた。

 なぜ俺は、あそこであんな反対の仕方をしてしまったのか。
 頭ごなしにダメだと言ってしまったのか。
 頭ごなしに、理由もなく、ダメだと言うのはよくない。
 そんな叱り方をしてはいけないって、自分でも知っていたはずなのに。

 答えが出ないまま、二ヶ月、三ヶ月とすぎた。
 相変わらず、アイシャもアルスも見つからない。


---


 二人がいなくなり、半年ほど経過したある日。
 ナナホシと会った。

 もちろん、二人がいなくなってから一度も、会わなかったわけじゃない。
 彼女にも色々と相談をしていた。
 彼女はアイシャとアルスの話にドン引きしつつも、俺の話を黙ってきいてくれた。
 特に建設的な意見をくれたわけではないが、とにかく聞いてくれた。

 だが、その日は、久しぶりに別のことを話したのだ。
 前世のことだ。
 他愛のない話だった。
 ナナホシの住んでいた所の近くにある、たこ焼き屋のことだ。
 昔からあるたこ焼き屋で、俺もよく小さい頃にはよく買い食いした店だ。
 久しぶりに食べたい。
 そんな話だ。

 そして、帰り際。
 ふと、あることを思い出した。

 もう三十年近く、昔のことだ。
 忘れもしない、あの日のことだ。
 あれは俺が生まれる前……この人生が始まる前の話だ。
 いや、あるいはあれこそが始まりと言ってもいいかもしれない。

 つまり、前世のことだ。
 俺が、死んだ日のことだ。

 俺には兄弟がいた。
 一番上の兄貴は結婚していた。
 子供もいた。
 二人だ。
 両方とも女の子。
 日本人だからノルンやアイシャとはとても似つかないが、それでも無邪気な所はそっくりだった。

 兄貴は家が近いこともあって、よく実家である我が家に泊まりにきた。
 妻と、子供二人を連れて。
 俺はそれを利用した。
 風呂場にカメラを仕掛けて、姪の写真を取った。
 隠し撮りだ。
 別に、姪が特別に好きだったわけじゃない。
 ただ、簡単に手に入りそうだったから、それだけの理由でだ。

 そして、あの日。
 父と母が死んだ日。
 俺はそれを使っていた。

 そして、それを兄貴に見られた。

 あの日、兄貴はまだ俺と会話してくれる気があったんだと思う。
 あくまで、俺と会話をしにきてくれたんだと思う。
 姉や弟は、最初から俺を叩きのめすつもりだったかもしれない。
 でも、兄貴だけは。
 もうほとんど諦めていただろうに、最後のチャンスと思って。
 父と母が死んで、もうお前を守るものはいない。
 そろそろお前も、再出発しないか、と。
 出来る限りの支援はするぞ、と。

 それで、俺があの瞬間に心をいれかえて、人生を再出発するつもりがあったのなら。
 実際、出来る限りのサポートをしてくれるつもりがあったんだと思う。
 兄貴は、そういう人だった。
 俺を長いこと、諦めずに見てくれた。

 あの写真を見るまでは。

 そして兄貴はキレた。
 思い返すに、最初に俺を殴ったのは兄貴だ。
 俺を心の底から嫌悪していた姉でも、殴る気満々でバットまで持ってきた弟でもなかった。
 兄貴は俺が使っていた写真を見て、5秒ほど止まって、声にならない声を上げて、俺を殴った。

 当然だ。
 今ならわかる。
 俺だってそうする。
 もし、あの瞬間、俺が兄貴の立場だったら、間違いなくアイシャを殴っていた。

 つまり、そういうことだ。
 俺は、あの日の兄貴だったわけだ。

 でもアイシャは女で、俺なんかよりずっと真面目に生きていて、仕事もしていた。責任を果たしていた。
 だから殴れなかった。
 代わりに、俺はアイシャとアルスの関係に、強い抵抗を覚えた。二人を引き離さなければいけないと思った。
 感情的なものだ。

 兄貴への罪悪感と、後悔が俺を突き動かした。
 同じことを、繰り返すまいと思ったのだ。
 きっと、アイシャに対してそういう感情を抱かなかったのも、それが原因だろう。

 ただ、俺の時とは違う。
 似ているようで、全然違う。
 アイシャとアルスはお互いが好きだ。
 俺のように、こそこそと盗撮したわけじゃない。
 ちゃんと時間を掛けて、関係を築いてきた。
 そりゃ、確かにアルスは幼くて、刷り込みに近い状態になってしまっていたかもしれない。
 でも、十年だ。
 十年以上、アイシャとアルスは一緒にいた。
 十年は、長い。

 アルスの成長の妨げだというのは、後付の理由に過ぎない。
 単に、俺が過敏に反応し過ぎてしまったというだけのことなのだ。
 あの日の兄貴のように。

 俺と兄貴は、あの日、完全に決別した。
 俺は死んで、関係は終わった。

 でも、もし俺が生きていて、今になって謝ったら、どうなっていただろうか。
 縁を切られたのは間違いないが、謝ることは出来たはずだ。
 許されないだろうし、関係を元に戻せもしないだろう。
 でも、何かあったはずだ。

 その何かまではわからないが……。

 ひとまず、抵抗感の理由はわかった。
 俺は、あの日のことがトラウマになっていたのだ。
 だから家族に手を出すことが、禁忌と思えたのだ。
 でも恐らく、このトラウマの強さは、抵抗感は、あの日の兄貴ほどじゃない。

 もしアイシャに会ったら、まず、謝ろう。
 理由も言わず、強引に引き離そうとしたことを、まず謝ろう。
 そうでなければ、きっと話ができない。
 何も始まらない。
 あの会議で、すでにアイシャは俺に謝ってくれている。
 その上で、嫌な理由を言ってくれと言った。
 ならまず俺からだ。
 謝り、そして俺の前世について、彼女に話そう。

 それから二人の今後について、もう一度話をしよう。
 今度は、ちゃんと話せるはずだ。
 結論は出ないかもしれないが、強引に何かを進めようとは思わないはずだ。

 ひとまず、そんな結論が出た。


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 二人が見つかったのは、置き手紙から約一年が過ぎた頃だった。
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