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無職転生 - 蛇足編 - 作者:理不尽な孫の手

アイシャがメイドを辞める時

24/28

24 「抵抗」

※今回はやや衝撃的な描写があります。苦手な人はご注意ください。
 今日も仕事が終わった。
 最近の仕事は、アスラ支部長(アリエル)とのものばかりだ。
 アスラ王国の端に大型の転移魔法陣を設置する計画を進めているのだ。

 世界的に「禁忌」とされている転移魔法陣。
 それを、アスラ国王であるアリエルの権限で撤廃し、国内に堂々と設置してしまおうというものだ。
 当然ながら、ミリス神聖国は反対するだろうし、国民の中からも反対するものが出てくるだろう。

 すでに過去のものとなりつつあるフィットア領転移事件。
 その被害者は、強く反発するだろう。
 もちろん、反対した所でアスラ王国は民主主義ではないので、押し通せる。
 が、国民の不満からクーデターが起きる、なんてこともありうる。
 アリエルの背中はいつだって狙われているのだ。

 もっとも、国民に対する『言い訳』に関しては、アリエルにまかせておけば大丈夫だろう。
 今日聞いた草案も読ませてもらったが、かなり説得力があった。

『フィットア領は転移事件によって崩壊し、十年経った今もなお復興中である。
 あの美しき黄金の小麦畑が元に戻るには、まだ何十年も掛かるだろう。
 転移事件は我らから様々なものを奪った。
 だからこそ、我々は転移に関する研究を進めなければいけない。
 二度とあのようなことが無いように、知らなければならない。転移とは何かを。
 そのために、転移魔法陣の『禁忌』を撤廃する。
 反対する者もいるだろう。不安に思う者もいるだろう。
 あるいは、我らの代では、失敗を繰り返すだけかもしれない。
 だが、失敗は必ずや糧となり、我らの子孫の繁栄に繋がるだろう』

 と、そんな感じの文面だ。
 反発しそうな国民を、逆に味方につけてしまおうという作戦だろう。
 もちろん、反対意見は出るだろうが、もともとアリエルは人気があるし、どうとでもなりそうだ。

 恐らく、一番強く反発するのは国民の中でも、ミリス教徒だろう。
 なにせ、現在のあらゆる『禁忌』の取り締まりを主導的に行っているのは、ミリス教だ。

 そんなミリスへの根回しは、俺が進めている。

 話を通しているのは、主に神子と教皇だ。
 転移魔法陣を大々的に設置すると言うと、二人とも渋い顔をした。
 やんわりと、少なくともミリス国内への設置は叶わないだろう、と言われた。
 が、ひとまずミリスへの設置は今のところ検討していない。現段階で転移魔法陣をつなげるのは、アスラ国内のみだ。
 何度も会合した結果、「反対意見を完全に抑えることは出来ないが、教皇や神子が先頭に立ってアスラ王国に抗議することはない」という確約はもらった。
 その代わりに、いくつか要求されたものもあるが、そこは仕方あるまい。
 ひとまずは、それでオッケーだ。

 まずは実験的にフィットア領の人のいない地域と、王領の中でも特に人気のない地域に転移魔法陣を設置。
 実験を重ね、うまくいけば数を増やしていく。
 無論、障害もあるだろう。運送業といった職種では、仕事を失う者もいるだろう。
 でも、転移魔法陣が利用されるようになれば、利便性も安全性も増える。
 結果的には、人のためになるはずだ。

 そして、転移魔法陣はラプラスとの戦争においても、有効に活用されるはずだ。
 少なくともオルステッドは効果的な運用法を知っているようだし。

 ともあれ、今日で一段落はついた。
 何日か休暇を取らせてもらったので、家でゆっくりと休むとしよう。

「ただいま~」

 そう思いつつ、俺は家へと帰ってきた。
 子どもたちに囲まれ、妻に抱きつき、美味しいごはんを食べる。
 そんな幸せな我が家。

「……あれ? 誰もいないのか?」

 しかしながら、賑やかなはずの我が家はシンとしていた。
 時間は昼下がり。

 ロキシー、ララ、アルス、ジークは学校。
 シルフィはこの時間だと買い物かな。
 リリとクリスはエリスとお散歩。
 アイシャは傭兵団かな?
 ゼニスもいない。ジローもいない。
 となると、リーリャはゼニスを連れてどこかに行っているのだろう。
 最近はジローに乗って散歩に行ったりしているようだし。

 ルーシーは、今年からアスラ王国の王立学校に入った。
 寮暮らしだ。
 だから、今は家にいない。

 となると、家には俺一人かね。
 おっと、留守番のビート君がいたか。
 いつもいつもお留守番ご苦労様。
 君が害獣を駆除してくれるおかげで、今夜も美味しいお米が食べられそうだよ。
 そうだ、今度、美味しい肥料をもらってきてあげよう。

 なんてことを考えつつ、階段を上がる。

「ん……ん……」

 すると、どこからか声が聞こえてきた。
 少し、苦しそうな声だ。
 留守だと思ったが、誰かいるのだろうか。

 そう思いつつ、俺は廊下を歩いて声のする場所を探す。
 するとどうやら、声はアイシャの部屋から聞こえてくるようだ。

「あっ……んぅ……」

 熱にうなされているような、苦しそうな声。
 アイシャ、病気にでもなったんだろうか。

「あっ……いいよ。もっと……」

 あ、違う。
 これ、あれだ。
 俺と一緒に寝る時のシルフィとかロキシーが上げる声だ。
 俺もエリスと寝る時はよく口にするから、よくわかる。

「……」

 しかし参ったな。
 情事中か。
 まさかアイシャにそんな相手がいたとは……。
 嬉しいやら、悲しいやら、複雑な気持ちだ。
 でもアイシャも年頃だし、兄である俺の目から見ても美人さんだ。
 相手がいても、おかしくはないだろう。

 まあ、もしかすると全部俺の勘違いかもしれない。
 本当に熱にうなされているとか、耳かきをしてるとか、単にマッサージしてるだけだとか。
 大穴狙いでプロレスごっこというのもあるだろうが……いや、この世界にプロレスは無い。
 他にも可能性はいくらでもある。

「……」

 気まずい気持ちになったが、しかしありうることだと考えれば、落ち着きもする。
 ノックの一つでもして、あとで相手の子を紹介させてもらおう。
 パウロの代わりにノルンとアイシャの父親をする。
 ずっと前に決めたことだ。
 せいぜい、相手の男を見極めさせてもらおう。

 あんまりナンパな男なら、ちょっと難癖付けてしまうだろうが……。
 まあ、それもアイシャのためだ。

 でも、アイシャなら、そうそう変な男に騙されたりはしないだろう。
 癖の強い相手を選んだかもしれないが、総合的に悪い相手ではないはず。

 よし、先入観や第一印象に縛られず、相手の本質を見ぬいていこう。
 本質を見抜くのはあんまり得意じゃないけど。

 ひとまずノックだ。
 と、手を扉へと近づけた所で、中から声が聞こえた。


「ねぇ、アルス君。気持ちいい?」
「うん。うん……アイシャ姉」


 俺は咄嗟に扉を開け放った。

「えっ!?」
「わぁっ!?」

 そこには、信じられない光景が広がっていた。
 アイシャとアルスが、二人でベッドに入っていた。
 アルスが下で、アイシャが上だった。
 二人は裸だった。
 二人は汗だくだった。
 二人は交尾中の猫が唐突に現れた人間にビックリしたように動きを止め、顔だけこちらに向けて、目を丸くしていた。

「……」

 二人でプロレスごっこ……。
 というわけではないだろう。
 プロレスごっこなら、ちゃんとパンツかタイツを履いてないとおかしいし、部屋にこんなアレな臭いは充満しない。パイプ椅子だってないとおかしい。
 つまりこれは……あれだ。
 アイシャとアルスが……。

「……あ、お」

 何かの間違いであって欲しかった。
 扉を開けると、中でアルスの肩をアイシャが揉んでるとか、そういう光景が見たかった。

「え、あ、うぁ」

 言葉が出ない。
 なんだよ、これ。
 ……どうすんだよ。なんでこんな……えぇ……?

 唐突に現れた俺に、アイシャの顔が真っ青に染まっていく。
 俺の顔も同様だろう。

「あ、あの、お兄ちゃん、おかえりなさい……じゃなくて、これはね……えっと」

 アイシャが何か言おうとした。
 だが、さすがに言いあぐねていた。
 それで、これが何かの間違いではなく、二人が意図的にこういう状況になっていたことが理解できた。

「二人とも……今すぐ、風呂に入って、着替えて、リビングに、きなさい」

 なんとか、絞りだすようにそう言って、俺は扉を閉めた。

 そのまま階段を降りて、リビングに行き、崩れるように椅子に座った。
 体から力が抜けていく。
 高鳴る心臓の音。
 狭まった視界。
 夢であって欲しかった。
 だが、二階のからごそごそと聞こえる音が、無情にも現実であると伝えてくる。

 胃がむかむかして、吐きそうで、何も考えられなかった。




---


 アイシャとアルスが風呂に入っている間に、シルフィとリーリャが戻ってきた。
 二人は俺を見つけると、驚き、何があったのかを聞いた。
 俺はその言葉に引きずられるように、帰ってきてから見たものを喋った。

 すると、リーリャの顔が真っ青になり、俺の様子を見て、すぐに真っ赤になった
 慌ててどこかに駆けていこうとするのを、シルフィが止めた。
 彼女は俺の話を聞いても、冷静であった。
 落ち着いて、ロキシーたちが戻ってきてからきちんと話しあおう。
 そんな風に言ったように思う。
 リーリャはそれに了解し、ひとまず食事の準備にとりかかってくれた。

 アイシャとアルスが風呂から上がる頃、エリスも帰ってきた。
 彼女はリビングの俺を見るなり、「誰にやられたの!?」と聞いてきた。
 その物言いは、大昔にパウロと喧嘩した時のことを思い出す。
 ひとまず冷静に、何が起こっていたのかを話すと、エリスは怪訝そうな顔をした。
 しかし、俺の状態を見て深刻だと思ってくれたのだろう、ひとまず何も言わなかった。
 風呂から上がってきたアイシャとアルスと入れ違いにリリとクリスを風呂にいれ、二人を部屋に戻して、リビングに戻って己の席に座り、腕を組んで目を閉じた。

 アイシャとアルスは並んで座った。
 アイシャは自分の席に座り、やや不貞腐れたような、しかし余裕のある顔をしていた。
 対してアルスは不安そうな、深刻そうな、事態をわかっていなさそうな、なんとも言えない顔だ。
 話はロキシーが戻ってきてから、というと、アイシャは「わかった」と頷いた。

 そしてロキシーが帰ってきて、ララとジークが風呂に入った所で、全員が揃った。


---


 家族会議が始まった。

 まずは、事実の確認からだ。
 何をしていたのかを聞くと、アイシャはすんなり答えてくれた。
 その間、アルスはずっと黙っていた。
 俯いて、膝の上で拳を握りしめて、ずっと黙っていた。

 確かに二人は致していたらしい。
 アイシャの言い分としては『練習』だそうだ。

「はい。アルス様もお年頃でしたので。ご主人様もご存知かと思いますが、アルス様はいわゆる女好きなのです。魔法大学を卒業したら、アスラ王国の学校に通うことになると聞いておりますが、その頃にはそういう機会も多くあるとおもいます。アルス様は御長男ですし、跡取りを残さないといけません。なので将来失敗しないように、私が練習相手となっておりました」

 アイシャの口から出てくるのは、神妙な敬語だった。
 アイシャが外部の人間と会話する時に使う、どこか冷たく、無機質で、突き放すような敬語だ。
 そして、語られた内容は口調とは裏腹に、軽い言葉だった。

 練習。
 そのあまりの軽さに、俺はまたショックを受けてしまった。

 アイシャとアルス、二人は姉弟ではないが、同じ家で姉弟同然に育った家族だ。
 少なくとも、俺はそう思っている。
 別段、この世界の、この国においては、近親相姦がダメという法律はない。
 無いが……でもそんな軽い感覚でそんなことをしていては、ダメだろう。

 これは、叱らなければならない。
 叱るのは、あまり得意ではないが、俺が叱らなければならない。
 ダメであることを納得させ、やめさせなければいけない。

「それは……ダメだろ」
「何がダメなのでしょうか?」
「何がって……」

 でもなんと言えばいいのだろうか。

 唐突に思い浮かぶのは、パウロの顔だ。
 パウロなら、なんと言っただろうか。
 とにかくダメだ、と言っただろうか。
 それとも、ショックのあまり、青い顔をして、言葉を失っただろうか。

 俺は後者だった。
 言葉を失ってしまった。

 とにかく、今、この瞬間は大事だ。
 話の流れ次第では、取り返しのつかないことになりかねない。
 慎重に、言葉を選ばなければならない。
 そうは思っているのに、選ぶべき言葉が見つからなかった。

「アイシャ! あなたは、何をしたかわかっているのですか!?」

 そんな俺を見かねてか、まずリーリャが激高した。
 彼女は最初からずっと、怒り心頭だった。

「はい。アルス様が苦しそうにしてらっしゃったので、他所様の子に対し大きな間違いを犯す前にと……」
「そういう意味ではありません!」
「……しかしお母様。お母様は以前、おっしゃりました。ご主人様が求めてきたら、嫌がらずに受け入れなさい、と。なぜご主人様はよくて、アルス様はダメなのでしょうか?」
「それは……」

 リーリャは言葉につまった。
 確かに、かつてリーリャはアイシャを俺にけしかけるようなことを言っていた。
 結局、俺が相手をしなかったのもあってか、次第に何も言わなくなったが……。

「それはルーデウス様が、望んでいないから……です」
「それを言うなら、そもそも、私がご主人様に仕えるのも、ご主人様が望んでたわけではないのでは?」
「もちろん、そうですが……」
「お母様は理解していないかもしれませんが、お母様が今まで私にやらせようとしてきたことは、全てお母様の自己満足です」

 リーリャが絶句した。
 これほどショックを受けたリーリャをみるのは、久しぶりだ。

「もちろん、責めているわけではありません。ご主人様に仕えるのは、私としても望ましいことでした。しかし、今回のことは私なりにグレイラット家のためを思ってやったことです。お母様と理念は一緒。それが自分の意に沿わないからと怒るのは、少々自分勝手がすぎるのではないでしょうか?」
「アイシャ……あなた、もしかして私への意趣返しに、こんなことをしたのですか……?」
「ですから、私なりに恩返しのつもりでやったことだと言っているのに、なぜそうなるのですか?」

 リーリャはその言葉で、奥歯を噛みしめて俯いた。
 その顔には、怒りか、あるいは悲しみか。
 どちらとも取れない表情がついていた。

 対するアイシャは、すまし顔だ。
 こういう状況でなければ、頼もしいとすら思える、アイシャの余裕顔。
 この顔は、傭兵団がどこかと折衝する時によくみる。
 アイシャが会話をコントロールしている時の顔だ。
 相手とどんな問答になるかわかっており、予めなにを言うか、決めてある時の顔だ……。

「アイシャ」
「何でしょうか? ご主人様」

 俺が声を掛けても、余裕は崩れない。
 緊張の欠片もないように見える。
 俺との会話も、予測されているということなのだろうか。

 どうしたものか。
 少なくとも、アイシャに悪びれた様子はない。
 まさか、今回の一件、あまり悪いと思っていないのだろうか。
 可能性はあるが……。

「ああいうことは……軽々しくやるもんじゃない」
「もちろん、軽いつもりはありません。アルス様だからこそ、あたしも一肌ぬいだのです。それとも、してはいけない理由が?」

 突き放すような一言。
 言えるものなら言ってみろと言わんばかりの言葉だ。

「アルスは、家族だ。お前にとっては、弟みたいな存在だろう? つまり、俺とお前がするようなものなんだ。それは……ダメだろ?」
「それは違います。私にとってはご主人様は王様で、アルス様が王子様という感じなのです。それに、私はご主人様とするのを嫌がったり、ダメだと思ったことなんて一度もありませんよ。確かに以前、ちょっとそういう感情とは違うという話はしましたが」
「……」

 悲しい気持ちになった。
 もしかして、アイシャは今までずっと、そんな気持ちで俺に接してきたのだろうか。
 兄だと思っていたのは俺だけで、アイシャはずっと、俺のことを仕えるべき主人だと思っていたのだろうか。
 確かに、このシャリーアで再会した頃は、仕えるとは言っていたが、
 長い年月を経て、そういう感覚はなくなったものだと思っていた。

「あ。もちろん、皆の事は家族だと思っております。
 ただ、うまくいえませんが、そういう感じもあるのです。
 ご主人様はお兄ちゃんであり、アルス様は甥っ子。
 それと同時に、仕えるべき相手。
 両方なのです」
「……」

 考えを見透かされたかのような言葉に、次の言葉が出なくなる。
 なんて言えばいいのか、言うべきことはあるはずなのに、出てこない。
 一方的にあれこれと言いつけるのがよくないと思っているからだろうか。
 いや、俺自身、なぜ悪いのか、ハッキリと理解できていないのだ。

 なぜアイシャとアルスがしてはいけないのか。
 なぜ、俺自身、こんなにショックを受けているのか。
 なんでこんなに嫌な気持ちになっているのか。
 なぜわざわざ大事にして、家族会議を開いたのか。
 誰を責めたいのか。誰を叱りたいのか。どうしたいのか。
 わからない。
 こんな状態では、何を言っても、ハッキリと明瞭に言い返されるビジョンしか浮かばない。予見眼を開くまでもない。

 だれか、俺のこの気持ちを、代弁してくれる者はいないだろうか。
 助けを求めるように、ちらりとロキシーの方を見てみる。
 すると彼女は、可哀想なぐらい落ち込んだ顔をしていた。

「わたしが……わたしが、ちゃんと見ていないといけなかったのに……」

 そんなつぶやきが聞こえた。
 ああ、これは、ダメな時のロキシーだ。
 今回は、ちょっと頼れそうもない。
 元々、色恋沙汰には弱い人だ。仕方あるまい。

 ならエリス……は、もっとダメか。
 シルフィがいいだろうか。

「まあでも、そういう事なら、仕方ないね」

 と、会話が途切れた所で、アイシャがふと、敬語をやめた。

「あたしとしてはアルス君のため、グレイラット家のため、と考えた行動だけど、
 確かに少し軽い気持ちだったかもしれないし、考え足らずな行動だったかもしれない。
 お兄ちゃんの言うとおり、軽々しくするものじゃないよね。
 今回はあたしが軽率でした。ごめんなさい」

 ほっとするような空気が流れた。
 誰が流した空気かなど、言うまでもない。

 アイシャはまとめに入ろうとしていた。
 主導権を握り、会議を終わらせようとしている。
 この話はこれでおしまい。ちょっと失敗しちゃったけど、ちゃんと反省しています。
 そして締めくくりは、「もうしません」だ。

 だが、俺にはわかる。
 その言葉は、口先だけだ。
 もともと、二人は隠れてやっていたのだ。
 本気でアルスのため、グレイラット家のためと考えているなら、オープンに……とまでは言わないまでも、誰かには伝えるだろう。性教育をしてもいいかという許可を取るだろう。
 つまり最初から、悪いと思ってやっていたのだ。

 だから、この場でもうしないと約束しても、またするだろう。
 今度はもっと巧妙に。
 絶対に誰かに見つからないように。
 アイシャなら、それができる。

「今後はもうアルス君とは――」
「じゃあ、ジークの方も頼める?」

 アイシャの言葉を遮ったのは、シルフィだった。
 彼女はこの会議を聞きながら、ずっと黙っていた。
 普段はあまりしない鋭い目で、じっとアイシャを見ながら。
 それが、いきなり。

「え?」
「アルスの方に手ほどきができるんだったら、ジークの方も頼めるかって聞いたの」

 シルフィは一体、何を言ってるのか。
 そんなのいいわけないだろ。
 そう思って思わずシルフィを見ると、彼女は一瞬だけ俺に目配せをしてきた。
 いいから任せておけ、と言わんばかりの視線。
 だと、信じたい。

「えっと、ジーク君は……まだ、早いんじゃない?」
「そんな事ないよ。ジークだってすぐ大人になるし、練習するなら、早い内からの方がいいからね。今晩からでも、してもらえるかな? 嫌?」
「嫌……じゃ、ない、けど……」
「ついでに、クライブ君のこともお願いしていい? うちの子じゃないけど、親戚みたいなものだし」

 シルフィのとんでも発言に、アイシャの額に冷や汗が流れる。
 目線が泳ぎ、一瞬だけアルスの方を見る。
 アルスは変わらず、俯いてだんまりだ。
 だが、アイシャの視線を受けて、少しだけ顔を上げた。
 アイシャと目があう。

 大丈夫なの? どうすればいいの?
 とでも言わんばかりの不安そうなアルスの視線を受けて、アイシャは意を決したようだった。
 シルフィの方を向き直り、にぱっと笑った。

「うん。わかった。じゃあ、ジーク君とクライブ君にも手ほどきしておくね」

 アイシャがそう言った瞬間、椅子を蹴って立ち上がった者がいた。

「……あんたはっ!」

 エリスだ。
 彼女は今まで、ずっと椅子に座り、腕を組み、口を固く結び、目を閉じて話を聞いていた。
 だというのに、彼女はいきなりカッと目を見開き、拳を固く握りしめながらズンズンとアイシャの方へと歩いて行き、その拳を大きく振り上げた。
 思わず顔を手で覆うアイシャ。

「あぐっ……!?」

 しかし、殴られたのはアイシャではなかった。
 彼女の隣に座り、ずっと俯いていたアルスだ。
 アルスは椅子ごとふっとばされて、壁に激突。
 鼻血を流しながら、呆然とした顔でエリスを見上げた。

「あんたは! アイシャにここまで言わせて!」
「だってアイシャ姉が、自分に任せろって……」
「……だってじゃないっ!」

 エリスの拳がもう一発、アルスに叩きこまれた。
 アルスは床にたたきつけられ、苦悶のうめき声を上げた。

「そんな風に育てた覚えはないわ!」

 エリスはなおも激高し、アルスへと向かっていく。

「あたしは守れって教えたのよ! 誰が、こんな! 見捨てろなんてっ! 恥を知りなさい!」
「やめて! エリス姉!」

 倒れたアルスを、アイシャが覆いかぶさるように庇った。

「アイシャ、どきなさい! こいつの腐った性根、叩きなおしてやるわ!」

 アイシャごとアルスを殴り殺しそうな気配だ。
 俺は慌てて立ち上がり、エリスを後ろから抑えた。

「エリス、ストップ! ちょっと落ち着いて!」
「落ち着けないわ! 今のでわかったでしょ!?」
「なにが!?」

 ついていけてない。
 エリスにわかって俺にわからないというのは悔しいけど、わからない。

「今の全部、アイシャちゃんの演技だったってこと」

 シルフィが立ち上がり、こっちにやってくる。
 そして、彼女がエリスを手で制すると、エリスはおとなしくなった。
 シルフィはアイシャとアルスの前にしゃがみ込み、優しい口調で聞いた。

「ねぇ、アイシャちゃん。ジークやクライブ君とするの、イヤでしょ?」
「……」

 アイシャは答えない。
 ただ不貞腐れたような顔で、アルスを抱きかかえるのみだ。
 今まで、あれだけ饒舌だったのが、嘘のように。

「アルス君のことが好きで、自然とそうなったんだよね?」
「……」
「でも、好きだって正直に言ったら、ルディとリーリャさんが反対するから、内緒にしてたんだよね?」
「……」
「それとも、本当はアイシャちゃんがそういうこと、試してみたかっただけ? 興味本位?」
「違う!」

 最後の言葉に反応したのは、アイシャではなかった。
 アルスだ。

「違う! 俺が好きだって、アイシャ姉と結婚したいって言った時、アイシャ姉は最初、ダメって言ったんだ。でも俺が何回も好きって言ったら仕方ないなって、一回だけだよって、本当はダメなんだけどって……! でも俺が、俺が何度も頼んで、だからアイシャ姉は仕方なくって……俺が、俺が悪いんだ!」

 アルスは鼻血を流しながら、必死の表情で叫んだ。
 それを受けて、シルフィは再度、アイシャを見た。

「ねえ、アイシャちゃん、本当のことを言って?」
「……」

 シルフィに見つめられて、アイシャはうつむき。
 しかし、ぐっと奥歯を噛みしめて、顔を上げた。

「そうだよ! あたしはアルス君が好きなの!」
「いつから……」

 そう聞いたのは、誰だっただろうか。
 俺の口から出たような気もする。
 あるいはリーリャか、ロキシーだったかもしれない。

「生まれた時! アルス君を見た時! この子はあたしにとって特別だって、そう思ったの!」
「……」
「アルス君が育っていく内に、その気持ちはどんどん強くなって……でも我慢しようと思ったんだよ!? だってアルス君だもん! 歳だって10歳以上も離れてる! アルス君は、長男だし、いい所の子と結婚して、グレイラット家を安泰にさせなきゃいけないんだってわかってる! でもアルス君に好きだって言われたんだもん!」

 ようやく俺にも全貌が見えてきた。
 つまるところ、普通の恋愛だったわけだ。
 相手が叔母と甥の関係だったというだけで。

 とはいえ、俺は今まで、アイシャとはそうした関係を結ばないようにしていた。
 その気にならなかった、というのもあるが、あくまで妹。
 妻とは別枠の人間として、一線を守ってきた。
 そのことからアイシャは、親族に手を出すのはNGと考えていてくれたのだろう。

 でも、アイシャもアルスの事が好きだった。
 ずっと面倒を見ていて、好きになってしまった。
 どういう気持ちで最初の一線を越えたのかはわからない。
 きっと本当に、一回だけと思って致したのだろう。

 だが、それでアルスの方の抑えが効かなくなってしまった。
 俺も男だからわかるが、最初はそんなもんだ。

 そしてアイシャも、求められて、ノーとはいえなかった。
 なにせ、自分もしたいのだから。本心では結ばれたいと思っているのだから。
 その結果、隠れて淫らな毎日を送る結果となった、というわけだ。

「アイシャらしく、ありませんね……」

 ロキシーがぽつりとそう言った。
 すると、アイシャはロキシーの方をバッと振り向き、叫んだ。

「じゃあ、あたしはどうすればよかったの!? だって好きなんだもん! しょうがないじゃん! アルス君のために何でもしてあげたいって思うんだもん! あたしは、アルス君が、好きなんだもん……結婚したいんだもん……」

 アイシャの言葉が次第に小さくなった。
 アイシャは泣いていた。
 アルスを抱きしめながら、抱いていた。
 その姿は、かつてベガリット大陸で俺と致した時のロキシーに、ダブってみえた。

「……いえ、気持ちはわかります」

 その言葉に、ロキシーはそう言った。

 アルスだけではない、アイシャもまた自分をコントロールできなかったのだ。
 あのアイシャが、珍しいことにだ。
 生殖は人間の本能だ。
 ダメだとわかっていても、どうしようもない時もある。

「お兄ちゃん」

 アイシャは、涙を拭い、落ち着いた声で顔を上げた。

「今回のことは、申し訳ありませんでした。
 でも、あたしはアルス君が好きです。アルス君もあたしが好きです。
 成人してからでもいいです、結婚させてください」

 真面目な声音に、周囲はシンと静まった。
 シルフィが振り返った。

「ルディ、どうするの?」

 決めるのは俺か。
 そうだな、俺が開いた家族会議だもんな。
 でも、俺が決めていいのだろうか。

 周囲を見ると、なんとなく、もういいんじゃないか、という空気が流れていた。
 確かに、隠れて致すのはよくなかっただろう。
 おおっぴらにやることではないにしても、もっとこう、やり方はあったはずだ。
 でも、アルスとアイシャは、お互いに愛し合っている。
 確かにアルスはまだ幼いが、どちらかが無理やり、というわけではない。
 ならいいじゃないか。
 こんな場を用意してまで糾弾する必要は無いじゃないか。
 そんな空気だ。

「……」

 客観的に考えると、悪い理由がそんなに思い当たるわけじゃない。
 でも、なんだろう、この、心の奥底から湧き上がる抵抗は……。

「ダメだ。許可できない」
「え?」

 戸惑いの声を上げたのは、シルフィだった。
 あれ? 何か変なことを言ったか?

 いや、まて。
 落ち着いて考えてみよう。

 アイシャはいい。
 アルスに求められて、悪いと思いつつも、やった。
 それはアイシャの判断だ。
 あっているか間違っているかはさておき、アイシャはその方向に進むと決断した。
 悪い方向に転がっても、アルスを守ろうと決心して。

 でも、アルスはどうだろう。
 きちんと判断したのだろうか。
 男というのは、下半身に脳を支配される時が、往々にしてよくある。
 支配されてしまえば、それに対するのリスクとか、その後のこととかがスッポリと抜け落ちてしまう事も多々ある。
 俺だって、シルフィと結婚した頃は、ほとんどそのことしか考えていなかった。
 今にして思えば、シルフィとの結婚だって、釣った魚を逃したくないという気持ちが無かったとは、お世辞にも言えないだろう。
 アルスはアイシャが好きなのではなく、インプリンティングに近い感覚を持っている可能性もある。
 要するに、ただヤリたかっただけなのではないだろうか。
 本気で愛しているとかじゃなくて、一時の感情にすぎないのではないだろうか。

 それが悪いとは言わない。
 本能に従うのが悪い事だなんて、俺は口が裂けてもいえない。
 今は一時の感情でも、あるいは時間を掛けることで本気になっていくかもしれない。

 だが……。
 アルスには、それが良いか悪いか、という判断はついていないのではないだろうか。
 つまり、アルスは幼すぎるのではないだろうか。
 もちろん年齢の問題ではない。
 年齢というのなら、俺がエリスと初体験したのは、今のアルスと同じぐらいだ。
 まあ、俺の場合、前世も含めて40歳を超えていたが……それはさておき。

 今の家族会議において、アルスはほとんど発言しなかった。
 そのほとんどを、アイシャにまかせてしまっていた。
 あるいはあのまま行けば、アイシャが全て悪かった、という結論で終わったかもしれない。
 アイシャはそうなるように誘導していた。
 アルスは、何もしなかった。
 任せっきりで、アイシャを悪者にして、難を逃れようとした。
 アイシャの指示に従っただけのようだが……。

 でもそれじゃダメだろう。
 こういうのは、どっちか片方が悪いというわけではないのだ。
 アイシャの方が年上で、判断力もあるから、あるいはアイシャの方がより悪い、という見方もあるだろう。

 でもお互いのことだ。
 アルスだって、会話に参加すべきだった。
 アイシャの指示に従い、完全に任せるのではなく、二人で俺の反対意見に対抗しなきゃいけなかった。
 拙いながらも自分の頭で考えて、だ。
 それが出来なかったというのなら、流石に認められない。

「……」

 アルスを見る。
 怯えた表情。
 エリスに殴られてから、完全に萎縮してしまっているように見える。
 今の状況を打開しようという意思は、見られない。

 これを見るに、恐らく今までアルスの失敗のツケは、アイシャが払っていたのだろう。
 今回の一件で、「好き同士なら仕方ないか。でもアルスが一人前になるまで結婚はお預けだ」なんて言ったとして……。
 果たして、それでアルスは成長できるだろうか。

 アイシャは今回、アルスを御しきれなかった。
 むしろ珍しいことに、アイシャの方が自分を制御できていない感じすらある。

 アルスとアイシャ、アルスが生まれてからベッタリな二人。
 今までは、アルスの教育はアイシャにまかせてきた。
 アイシャなら、間違ったことは教えないだろうと思って。
 しかし、アイシャですら知らない領域となると、教えようもないだろう。
 まず、アイシャ自身が学ばなければならない。
 でもまあ、今までのアイシャを見るに、今回の一件から上手いこと成長するだろう。

 でもアルスはきっと、成長できない。
 何もしていないから。
 うん。これじゃ、やっぱり、ダメだろう。
 やはりアイシャとアルスは一旦距離を取るべきだ。

 ……。
 …………いや、違う。

 これじゃない。
 これも確かに理由の一つだが、コレじゃあ、ない。
 俺の抵抗、忌避感はこれじゃ説明が付かない。

「……アルスには、ちょっと早いけど、アスラ王国の王立学校に通ってもらうことにしよう。寮ぐらしだ」

 迷った挙句、俺の口から出た結論は、そんな言葉だった。
 かつて、パウロが俺とシルフィを見て出した結論と、ほぼ同じだろう。

「えっ!? それって、あたしとアルス君を引き離すってこと……?」

 アイシャは目を丸くし、信じられないといった顔で聞いた。

「そう。アルスはまだ半人前だし、アイシャに依存しすぎてる。しばらくお前たちは離れていた方がいい」
「いや、ちょっとまって、お兄ちゃん。確かに今回はちょっとよくなかったと思うけど、あたし、次からはちゃんと気をつけるから。次からは、ちゃんとアルス君の為になるようにするから。アルス君だって今回のことでちゃんと学んでる。エリス姉に殴られて、ちゃんとわかったと思う。だからさ――」
「ダメだ」
「なんでダメなの、ねえお兄ちゃん、理由を言って! 納得できる理由を!」
「……俺が、嫌なんだよ」
「だからなんで嫌かって聞いてるの! アルス君をアリエル様のお姫様と結婚させるつもりだから?」
「違う」

 ていうか、なんだよそれ、どっから出てきた話だよ。
 確かにアリエルからそんな話をチラッと聞きはしたけど、色よい返事なんて一度もしてないぞ。

「なら、あたしがお兄ちゃんの所有物だから? 今まで一度も所有物として扱おうとなんてしなかったくせに!?」
「違う。俺はお前のことを所有物だなんて思ってない」
「じゃあなんでさ! ダメだって言うなら納得させてよ! 納得したら、あたしだってちゃんと諦めるから! 諦めさせてよ! ねえ!」
「俺にだってわかんない! けどダメなものはダメなんだ!」

 俺がそう言うと、アイシャは下唇を噛んだ。
 珍しく、俺を睨んでくる。
 アイシャにこんな風に睨まれたことは、今までなかった気がする。
 怖いというより、悲しい。

 俺も、自分の言葉が足りていないことはわかっている。
 でもしょうがないだろう。
 この抵抗感に説明がつかないんだから。
 こうして口にしていても、モヤモヤとした気持ち悪さが残っている気がするのだから。
 そんなのはダメだ、と思ってしまうんだから。
 理由が必要なのか? この感情に。
 そもそも、理由なんて、あるのか?

「……」

 アイシャは肩で息をしながら、しばらく俺を睨んでいた。
 だが、息が戻る前に、ふっと肩から力を抜いた。
 冷静になったのか、一つ息を吐く。

「そうだね。言われてみると確かに、アルス君は今日だって学校サボっちゃってるし。最近はそういうことばっかり考えてるみたいだしね。あたしと一緒にいるのは、よくないよね」

 それを聞いて、ほっとした。

「……理解してくれて、助かる」
「わかったよ。お兄ちゃん」

 その日の家族会議は、ひとまずそれで終わった。


---


 二階から子供たちを呼び、食事を取り、解散。
 食後、リビングでシルフィ、ロキシー、エリスの三人と少し相談をした。

 シルフィは、数年前から薄々気づいていたそうだ。
 彼女はアイシャと一緒に家の仕事をしていることも多いから、アイシャとアルスがお互いに意識しあっているのに気づいていたらしい。

 エリスも同様だ。
 ただ、彼女は二人が……というより、アルスが最近になって妙にそわそわしているから、好きな相手が出来たんだろうと考えていたそうだ。
 アイシャだとは思わなかったが。

 ロキシーは気づいていなかった。
 彼女はそのことを深く悔やんでおり、アスラ王国の王立学校には自分も同行すると申し出た。
 教師として赴任しつつ、アルスの面倒を陰ながら見るのだ、と。
 その口調は強いもので、俺は了承した。
 ロキシーなら、アルスも依存はしないだろう。

 それから、二人の今後について、俺の考えを話した。
 アルスを魔法大学から中退させ、アスラの王立学校に通わせる。
 アイシャの庇護のない状況で生活させるのだ。
 できるだけ一人で考えさせ、行動させ、その結果を受け止めてもらう。
 そうすることで、今のアイシャに頼りっきりな状態から脱却するだろう。
 帰ってくる頃には成人だ。
 その上で、まだアイシャのことが好きだというのなら。
 将来のことを考えてアイシャと一緒になりたいというのなら。
 今回のことが、一時の気の迷いではないというのなら……。
 その時は、二人の仲を許そう。

 正直、俺としては強い抵抗があるし、気持ち悪さもある。今だって吐きそうだ。
 でも、俺が決めていいことでもない。
 二人は血縁だし、俺はアルスの保護者でもある。
 だが所有物ではない。
 アイシャはとっくに独立してるような年齢だし、アルスだって成人すれば保護は離れていい。
 もちろん、ヒトガミのことを考えれ、コントロールしたい気持ちはある。
 だが、あんなのに振り回されるのは、良くないだろう。

「うん。わかった。ルディらしい結論だと思うよ」
「……ルーデウスがそう言うなら、いいわ」
「はい……わかりました」

 そう伝えると、三人は頷いた。
 少なくとも、三人は俺が感じたような気持ち悪さは持っていないらしい。
 エリスは反対したいようだったが、それはあくまで、アルスが情けなかったからだろう。

 この世界では、近親同士の結婚はよく行われている。
 特にアスラ王国の貴族連中はそうだ。
 魔族にだって、そういう種族はいると聞く。
 だから、言うほど抵抗を感じないのかもしれない。

 俺が異質なのかもしれない。
 もう、こっちの世界には慣れたつもりだが、元々は異世界の人間だ。
 感性的に変わらないものはあるのだろう。
 もっとも、前世では近親を禁忌だなんて、思っていなかったはずではあるが……。

「あの二人、昔のボクたちみたいだね」
「そうかな……?」

 シルフィの言葉に、俺は首をかしげた。
 アイシャとアルスの関係は、俺とシルフィでは、大きく違うと思うが……。
 いや、そんな話ではないか。
 俺とシルフィみたいに、親に強引に引き離されるってことに関してだ。

 もしあの日、パウロに引き離されなければ、俺たちの人生はまったく違うものになっていただろう。
 俺はエリスと出会い、シルフィと大きく離れた。
 結果的にシルフィとくっついたものの、転移事件が起きなければ、あるいはエリスとだけ結婚していたかもしれない。

 アルスが王立学校で俺にとってのエリスのような存在に出会うかはわからないが……。
 何はともあれ、転移事件の方はそうそう起こらない。
 まあ、ちょっと時間を置けば、二人とも落ち着くだろう。
 これが良い方向に転がるか、悪い方向に転がるかはわからないが……。
 俺としては、今回のことは一時の気の迷いで、良い方向に転がると信じたい。

「でも、ああやって頭ごなしにダメって言うのは、ルディらしくなかったよ」
「……ああ」
「もし、ちゃんとした理由があるなら、二人が別れる前に、言ってあげてね。理由もわからず、無理やり引き離されるのって、結構辛いから」

 そう言うシルフィの口調には、ほんの少しだが、責めの色があった。
 あるいは彼女は、最初からアルスとアイシャの仲を認めるつもりだったのかもしれない。
 なにせ俺と違い心の準備があったし、抵抗も無いのだから。

「わかった」

 でもそうだな。
 確かに、強引すぎたかもしれない。
 俺とシルフィの時は引き離されることで、結果的に自分たちのためにはなったが……。
 だからといって、同じことを押し付けるのはやはり、ちょっと違う。
 アイシャにしろ、アルスにしろ、一人の人間だ。
 いくら従う姿勢を見せてくれているとしても、俺の勝手にしていいわけじゃない。

「……」

 何が正解なのだろうか。
 どうするのが良いのだろうか。
 そう思いつつも話は終わり、俺たちは部屋に戻り、眠った。


---


 翌日。
 アイシャとアルスは、一通の手紙を残して消えた。

『二人で生きていきます』

 駆け落ちだった。
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