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寝取られ令嬢の逆襲 作者:ねこやしき
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メリンダの過去と未来 2

メリンダ視点 後半です

 夜会で偶然を装って近づいたエイリークは、やはりあの女と同じくまじめで面白みの無い、おっとりした青年だった。

 まるで好みではなかったが、ルシアナがいつも婚約者を立てて親しくしているのは知っていたから、あと一年程で婚礼をあげるという今、この男を奪ってやればどれほど愉しいだろうと思いながら積極的に笑顔を振りまいてさりげなく体を押し付け、甘い言葉を囁いて、遊びなれない彼を様々な場所へ連れ出して楽しみ方を教えながら些細なことも誉めそやし、自尊心を刺激してやればあっさりと落ちた。


 酒や気休め程度の媚薬まで使って首尾よく寝台に潜り込んだその時には既に生娘ではなかったが、上手く細工をして痛がって見せればあっさりと純潔を奪ったのだと信じ、狙い通りに責任を取ると言い出したのでそのまま逢瀬を重ねてメリンダにのめりこませた。


 余りにも簡単に落ちるから、やはりルシアナはつまらない女なのだと確信して優越感に浸りながらも上手く誘導して婚約破棄に持ち込んだ時のルシアナの顔は、何度思い出しても胸がすいた。

 しかしその後すぐに格上の家と婚約を決められた時には怒りの余り手にしていたカップをたたき割ってしまった。


 それからはなりふり構わずルシアナの婚約者や、彼女に近づく男を誘惑して奪ったが、二度に渡って婚約者を、彼女に気がある男も含めればもっと多く奪ってもルシアナはすぐに次の婚約者を、しかも前より格上の相手で決めるし、奪った相手とメリンダはすぐに険悪になり、両親からも強く叱責され、挙句に部屋に閉じ込められた。


 それでも乳母と侍女の手引きで抜け出し、ルシアナに虐められているのに両親が信じてくれないのだと祖父母に泣きつけば二人はおおいに怒ってメリンダをかくまい、小遣いを与えて自由にさせてくれた。


しかし次第に茶会や夜会に呼ばれる回数が減り、焦っているうちに、数か月の間次の婚約者を決めなかったルシアナが侯爵家の嫡男と婚約したと聞いて気が狂うほどの怒りに襲われた。


 すぐさま相手の情報を集めてみれば、夜会にも滅多に顔を出さないつまらない男で、こんな男だからルシアナなどと婚約するしかなかったのか、と嘲笑した。

 それでも、この男と結婚すれば侯爵夫人に、つまり伯爵令嬢でしかないルシアナより遥かに高い地位になれると思えば今までのように一時奪うだけではなく、結婚まで持ち込むべきだと考えて慎重に近づいた。


 何やら侯爵家の仕事が自分に向いていないだの、弟が優秀過ぎるだのとくだらない悩みを抱えているのを知ってそこを突き、あなたなら大丈夫、だのあなたが十分に頑張っているのを自分だけは知っている、だの中身のない優しいだけの言葉を繰り返し掛け、最初は社交界に疎いながらも噂を聞いていたのか警戒していたフレッドが警戒心を解いて来た所で少しずつ体に触れる頻度を上げ、心がこちらに傾いて来た所で怯え交じりにルシアナから虐げられているのだと打ち明ければ、元々社交的で優秀なルシアナに引け目を感じていたらしいフレッドはそれを信じ、慰めて欲しいと弱々し気に訴えるメリンダに陥落した。


 気が弱いフレッドを苛立ちながらもどうにか持ち上げ、おだて、それでも一線を越えるのは躊躇う彼に、遂には遊び仲間から貰った気が大きくなる薬まで使って宿に連れ込み、朝にも同じ薬を多めに飲ませてガーデンパーティでの婚約破棄にまで持ち込んだ。


 大事になるとは思ったが、大事になったからこそそこまでして婚約破棄をした相手と結婚させない筈が無いとメリンダは思っていたし、メリンダと同じ年で、学園でも優秀と知られていたオスカーが弟とはいえ一年の大半を外国で過ごし、戻ってこないつもりらしいとフレッドが言っていた以上、後継ぎはフレッドから変わる筈が無い。

 ヴィローザ家との政略だって、やはり自分が養女に入れば問題ないし、伯父もそれで満足するに違いなかった。


 そう思っていたのに、結果はこのざまだ。


 これまでの事を思い出し、唇を噛み締めながらメリンダは鏡を見る。


 いつも乳母や侍女達によって美しく整えられていた髪や肌は、一年に渡る侍女も整髪料や化粧水すらも無い生活でくすんでしまっている。

 髪を結うのも自分でしなくてはならず、何度やってもしばらく動けば崩れて来てみっともなかった。


 纏う服はレースの一つ、宝石の一つもついていない上、布は驚くべきことに綿だ。

 それも上等なものではなく、ごわごわと硬くてドレープも綺麗に付かないし、身をひるがえしてももったりと動いて美しくない。


 同じ服は何度も着るべきでは無いのに、冬物と夏物を五枚ずつしか持っていないから一週間に二度も同じ服を着なくてはならないし、洗濯も上手く出来なくて薄汚れて見える。

首にも耳にも指にも飾りは無く、靴は革でこそあるが分厚く野暮ったく、歩くたびにドタドタと音が響いてお世辞にも上等とは言えなかった。


 朝には自分で茶を淹れなくてはならないが、紅茶ではなく、香りがある草を乾燥させた茶の、それも貴族が趣味として飲む上等なものではない、よく見れば根や破れた葉が混じった三級品で香りも悪い。


 食事の用意も自分でやらなくてはならないから、買って来た……これも自分でだ。この自分がわざわざ買って来たパンとチーズを切ったもの、見様見真似で野菜を切って煮て、塩を入れただけのまずいスープを食べるしかない。

 最初の頃、この町で一番高い宿で料理されたものを買ってきて出したらフレッドに厳しく叱られ、それでも引き続き買って来てからはパンとチーズ、僅かな食材を買うだけの金しか渡されなくなった。


 こんな生活は出来ない、と何度もフレッドを詰ったが、自分達がした事の結果だから仕方ない、などと面白くも無い事を言われて取り合ってもらえない。


 宝石や絹のドレスを買う様に言っても聞き入れられず、いい男と遊んで鬱憤を晴らそうにも小さな町の市井の男では貧相すぎて目が向かなかった。

 外を探そうにも貴族はこの付近では二つ隣の領都に住む領主の家族位しかおらず、羽振りのいい大きな商家も無い。


 王都の郊外に住む祖父母の所に帰りたいが、この先二度と、王都に入ってはならないといわれている。

 以前のメリンダであればそんな命令は無視して祖父母の所に行ったが、今はそれを想像するだけで身が震えた。

 あのガーデンパーティの後、通された客間には父だけではなく伯父の姿もあった。

 エイリークを奪った後、無理矢理連れていかれた謝罪の席以降初めて顔を合わせた伯父は、見たことのないような顔をしていた。


 それでも、微笑みかければ許してくれると思って満面の笑みで甘えかかった途端に無表情のまま頬を殴られ、しばらく気絶して、意識が戻った時には奥歯が数本無くなっていた。

 意識を取り戻した時にはいつの間にかついてきていたフレッドと大人達が何か話し合っていたが、痛む口を押えてうめくメリンダを冷たい目で見降ろした伯父に、二度と王都に踏み入れぬこと、万が一祖父母の家にメリンダが戻れば、メリンダと祖父母の安全は保障できない、と淡々とした口調で告げられた。


 父に助けを求めようと見上げても、目を真っ赤にした父は厳しい顔でこちらを見降ろし、母の容体がさらに悪くなっている事、母には修道院に入ったと告げるが、二度と家族の前に顔を出さぬ様静かな声で告げられた。

 伯父が殴らなければ自分が殴りたかったとまで言われ、本当に絶縁された事と痛みとで呆然としている間に部屋を連れ出されて、簡単な手当てを施されてから馬車に押し込まれ、途中、熱を出して最初の宿に数日泊った以外は休むことなくこの辺境の町まで連れてこられたのだ。


 あの時の伯父の氷のような目と頬の痛みを思い出し、無意識で歯を失った歯茎に舌で触れたメリンダは、唇を震わせて身震いする。

 もしのこのこと王都に帰れば、殺されるよりも悲惨な目に合う事は本能で理解できた。

 せめて金を送ってくれと祖父母に手紙を書いたが、一度だけ二度と手紙を出さぬように、と伯父の紋が入った封筒で返事が来た以来音沙汰がない。


 だから王都には戻れないが、まともな男さえいれば口説いてこの町から連れ出して貰うのに、この辺りではフレッドですら羽振りが良い方らしく近所の女たちに羨まれるし、その女達は勿論町中を見回しても絹のドレスを着た女も絹の服を着た男も、一人も見当たらないつまらない町だ。


 あんなみすぼらしい姿の女達と一緒にされるのは誇りが許さないし、そんな女達とは立ち位置から違うメリンダだから買い物の折に口説かれる事は多かったが、そんな下賤な男達になびく事無く一年近くを過ごして来た。


 フレッドはあれこれ話しかけて来るが、元々侯爵家の後継ぎでなければ興味も何もない男だから無視し続けている。


 そもそも、貴族で無くなった、地方の役人風情の男がメリンダに話しかけようと思う事自体が間違っているのだからその事はまるで気にせず、毎日渡される金だけを尊大に受け取って食べ物を買い、一番いい所を自分が、フレッドにはパンやチーズの端の固くなった所や野菜の端だの根だけをより分けたスープを食べさせた。


 最近では多少妥協してもいいかと思う様になり、市井の若い男の中で見目の良い者、そこそこの年でも小金を持っている男を選んで軽く相手をしてやり、ちょっとした美味しい物や小物を受け取るようになったが、やはりこの街に来る前の遊び相手達がくれた物や連れて行ってくれた店に比べれば天と地ほど違う。


 この町ではこれが限界だ。



 それが十分に解っていたから、メリンダは新たな計画を立てた。


 下賤な男に高貴な肌を許すのは嫌だったが、定期的にこの町にやってくる若く見目も悪くなく羽振りのいい、幾度かメリンダを口説いて来た行商の男に目星をつけ、その誘いに乗った。

 下賤な男とベッドに入るのは理由なしでは耐えられないと思っていたが、いざ乗ってみれば貴族の男とは違う荒々しさが悪くなく、楽しめたのは意外で、試しに町の男の中で見目の良い相手を何人か味見してみれば、やはり貴族と違う良さがあったので貧しい暮らしの鬱憤も多少は収まった。


その後、彼がこの町を訪れる度に肌を重ね、現状の辛さ、夫の無関心などを涙ながらに訴えて遂にこの町から連れ出してやる、との言質を得られた。


 その決行が、今日だ。


 ここより大きな街に行けば、もっといい男が沢山いる。

メリンダの美貌で落とせない男などいないし、あの行商より金のある男を捕まえたら、それを足掛かりに上っていけばいい。

最終的に異国に渡り、そこで貴族の男を捕まえる計画を胸に秘めたまま、メリンダはにんまりと笑う。


「おはよう。……今日は随分機嫌がよさそうだね」


 身支度をして部屋から出て来たフレッドがこちらを見て言う。


 侯爵家の嫡子だった頃はそれなりに見られたが、メリンダと同じく自分で身支度をし、綿の服を着ている今は、市井の男達に比べればずっと小奇麗だが上等な男を見慣れているメリンダから見ると実に野暮ったい。

 こんな男が自分の夫だなどと、吐き気がする様な気分だった。


 それでも今日で見納めとなれば不愉快にもならず、にっこりと微笑んでやる。


「良い夢を見たのよ。早く座って頂戴。スープが冷めるわ」


 無視されなかったことに驚いてか、フレッドが眉を上げながら頷いて席に着く。


 塩といびつで生煮えの分厚い玉葱しか入っていないスープに作ったメリンダ本人が顔をしかめ、大半を残す中、文句も言わずに全て食べ終えたフレッドがにこりと微笑んだ。


「前よりも玉葱の切り方が上手くなったね。いつもありがとう、メリンダ」


 いつも通り益体も無い褒め言葉を口にする夫に眉を顰め、フン、と鼻を鳴らして無視すると、フレッドは苦笑して席を立ち、二人分の食器を流しに運んで洗ってから家を出て行った。


 戸建てですらない、集合住宅の二階の部屋から出た足音が階段を下りきるのを確認し、窓からその後ろ姿が役所の方へ消えていくのを見届けたメリンダはすぐさま行動を起こし、家の中の金目のものを全て荷物に放り込むと部屋を出た。


 いつもの買い物を装って何気ない風に市場の端まで歩き、男と落ち合うと人目を忍んでその荷馬車に乗り込む。

 クッションも何もない馬車の、木箱の間に座るのは屈辱的だったが、この先の事を思えば胸が躍るばかりだった。


お読みいただきありがとうございました。


メリンダがあそこまで自分を見失うにはどれ位の感情が必要なのか考えていった結果幼いころから拗らせたまま楽な方に流されて育った大人になりました。

あのままフレッドもしくはエイリークとちゃんと向き合っていれば豊かではなくとも幸せになれ、いずれ両親とも再会出来た筈で、そのルートも考えていましたが勝手に動いていった結果こうなりました。


明日はフレッド視点を更新予定です。

その後オスカー視点のその後の話で一旦終了予定となっております。

また、昨日勢いで書いた猫愛をテーマにした短編をアップしております。

もしよろしければ作品一覧からご覧いただけると嬉しいです。

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