メリンダの過去と未来 1
メリンダ視点です。長いので二つに分けました。
◇◇
初めて会った時から、ルシアナが嫌いだった。
メリンダは四人姉妹の中でもとりわけ愛らしい子供だった。
金というには重すぎる髪色の父の血か、上の三人と兄は金髪と言えども色の濃い、茶に近い金髪の中でメリンダだけは母と同じ輝く金で、姉達には妬まれ、侍女や乳母、来客達にはほめそやされた。
顔立ちも大人達や遊びに来る男の子達から一番かわいいと言われていたし、実際に鏡を見れば姉達よりずっと整った顔で、家族で出かければ行き会う人にはメリンダが一番ほめそやされた。
父方の祖父母は兄弟の中でもメリンダをとりわけ溺愛し、お城に住む王女様よりもずっと美しいと誉めそやしてかわいがってくれた。
子供が多い事と、男爵家があまり裕福ではない故に母も父の仕事を手伝っていて十分に構われる事はなかったが、その分侍女や乳母が毎日朝から晩まで可愛らしい、美しいとほめそやして甘やかしてくれたから、顔を合わせると可愛がりながらも勉強の進みを聞かれ、遅れていると小言を言う両親と過ごすよりも侍女や乳母と過ごすほうが楽しくて、気にした事は一度も無い。
男爵家と、男爵家に遊びに来る同じ爵位の子供たちの中で王女の様に過ごしていたメリンダの世界に亀裂が入ったのは、五歳の時に母の姉が嫁いだ伯爵家へ初めて連れていかれた時の事だった。
それまで見て来た自分の屋敷や、他の男爵位の子供の屋敷とは比べる事も愚かしい程大きく美しい屋敷に衝撃を受け、使用人が着ている服ですら、絹ではなくとも美しい生地を使っている事に目を見張った。
客間で出された食器は純白の肌に金や赤で描かれた愛らしい花が咲き乱れていて、触るのが怖いほど美しかったし、添えられた菓子は一口で食べられる幾つもの小さな菓子にクリームや砂糖菓子で作った繊細な花や蝶が飾られ、思い切って口に入れてみると気が遠くなる程美味しかった。
座らされた椅子はふかふかで、木の枠には綺麗な花や鳥が彫刻され、張ってある布は落ち着いた深緑に織目の凹凸で模様が作られていて、掌で撫でるとうっとりするほど滑らかで気持ちいい。
ここが王様のいるお城なのかしらと夢見心地で過ごしていると、母の姉だという美しい金髪の女性と栗色の髪の男性が四人の子供を連れて現れた。
初めて会う伯母は、確かに母とよく似ているが、肌は輝くように白いし着ているドレスは見た事が無い程美しく、指輪や首飾りに嵌っている石もきらきらと輝いていて、絵本の女王様の様だった。
伯母にまとわりついている少し年上の男の子二人は伯母と同じ金髪に大きな緑の目の素敵な子達で、着ている服もやはり王子様のよう。
伯母が抱く、生まれて半年という末の男の子もやはり金髪で、真っ白な絹のおくるみの中ですやすやと眠っていた。
伯父は栗色の髪にはしばみの瞳だったが優しそうで、やはりメリンダの父よりずっと上等な服を着て、緑色の大きな宝石が嵌った紫檀のステッキを持っている。
思わず見惚れるようなきれいな家族の中にいた異分子が、ルシアナだった。
ルシアナと名乗った少女はメリンダと同じ年だと言うが、半年以上も後に生まれているから背も拳二つ分は低いし、やせっぽちでみっともない。
もっとみっともないのはその髪で、輝く様な金髪と栗色の家族の中で誰にも似ていない黒髪が陰気に沈んで見えた。
しかし、メリンダの金髪とは比べ物にならないみっともない黒髪の少女の着ているドレスは、真新しい明るい緑色の絹で、たっぷりと布を使ったふんわりしたスカートの裾や袖には息を呑むほど繊細なレースが飾られているし、真っ白な襟は一枚全てが繊細なレース編みで作られていて、合わせ目には宝石を嵌めたブローチが飾られていた。
それに引き換え、彼女よりずっと美しく、輝く金髪のメリンダは余所行きとは言え姉のお古の桃色のドレスを乳母や侍女が手直したもので、着付けられた時にはほめそやされたし、ここに来るまではお古である事を除けば悪くないと思っていたのに、ルシアナの着ているドレスに比べるとやぼったく、惨めなものに見える。
あんなみっともない娘が着るより自分が着た方がきっと似合うのに、何故自分がこんな古臭いドレスを着なくてはならないのか理解出来なかったが、ここでルシアナの頬を張れば母や父から叱られるのは解っていたからぐっとこらえているうち、同い年の女の子だから、とルシアナの部屋で遊ぶように言われた。
何故こんなみっともない子と、と思いながら連れていかれた部屋は、目を見張る程綺麗なものや可愛いものであふれていた。
深い緑の天鵞絨をたっぷり使った、お姫様が眠る様な天蓋のベッドや全て揃いの白い猫足の家具、小さな宝石でモザイクを作った美しい小箱、掌に乗る程の大きさからメリンダには抱えきれないような大きなものまで揃ったぬいぐるみの数々、磁器で出来た綺麗な少女の人形は、これもメリンダの服よりずっと豪華な絹のドレスを着て小さな人形用の椅子に座り、やはり小さなテーブルに置かれた華やかな絵付けの白い陶器のカップでお茶を楽しんでいる。
自分の方がお姫様にふさわしいのに、こんなみっともない姿のルシアナが豪華な部屋に暮らしているのが許せないと思って、侍女がお茶の用意をしに下がった間に家族の中でたった一人だけ黒髪だから、本当は他所の子なのではないかと心配している風を装って言ってみると、父方の祖母が黒髪だったのだと平気な様子で返された。
自分のみっともなさに気付いていない様子に苛立ち、それでも正面から何か言うと良い事にはならないと直感で解っていたから、来客の中で一番嫌いな夫人がいつもしている様に、いかにも気の毒そうに、同情する様な言葉でいかにルシアナがみっともない姿なのかを教えてやるとその目がようやく悲し気になり、胸がすっきりとした。
そこからはずっと、同じ調子で楽しい話に見せかけながら髪の色や顔立ちについて同情し、心配してやり、あの夫人と同じように間にメリンダや他所の令嬢が周囲の者達に褒められた話を挟んではそれと対比して同情する。
服に着られているようなみっともない娘が落ち込む姿は痛快で、さんざんそれを楽しんでから部屋を出る時、引き出しの中に何本も入っていたリボンの中から息を呑むほど美しい、桃色のレースのリボンをこっそりくすねて持ち帰った。
勿論誰かに見られてはいけないから外では使えないが、部屋に戻って取り出して間近で見ればやはりうっとりする程美しく、髪に結んで鏡を見るとただでさえ愛らしいメリンダがもっと輝いて見える。
やはり自分の方が似合う、と機嫌よく笑いながらふと見回すと、先程過ごした部屋と自分の部屋の落差に怒りが沸き上がる。
あの愛らしいベッド、可愛い猫足の机や椅子、レースやリボンを飾ったふかふかのクッションや宝石の瞳を嵌めた綺麗な人形、どれもメリンダの方がずっと似合うし、ふさわしい。
それなのに、メリンダの部屋にあるのは大きいばかりでやぼったい木枠のベッドに姉のお下がりの古ぼけた人形やぬいぐるみ、飾り気のない机や椅子ばかり。
大理石の床に繊細な模様の影を落とす鉄枠の綺麗な窓も、少しの風でふんわり靡く夢の様に綺麗なカーテンも、ガラスの嵌った飾り棚やその中に並んだ様々な綺麗な置物、子供部屋用と言いながら大人が使うような美しい茶器も、ここには何もない。
朝目覚めた時にはお気に入りを並べた素敵なお姫様の部屋だと思っていたのに、今はがらくたを置いた粗末な部屋にしか見えなかった。
あの美しい家族が並んでいる中に、黒髪のルシアナが混じっているのはやはりおかしいのだと思った。
あの中に金髪のメリンダがいるのなら、誰もが納得するに違いない。
それでも、どうやらあの優しそうな伯父はルシアナを可愛がっている様で、交換を申し出て受け入れられるとは思えなかった。
しかし、頻繁に会っていればきっと伯父や伯母、素敵な従兄弟達もみっともないルシアナよりメリンダの方を好きになって、あの家の子供にしてくれるかもしれない。
そうしたら、行き場のないルシアナはかわいそうだからこの家に入れてやればいい。
そうして、みっともない顔や髪にお似合いの粗末な服でみじめに暮らせばいいのだと思うと、愉しくなってくすくす笑う。
幸い伯爵家も男爵家も、長年王都を中心に生活していて両家の距離は近いから、同い年のルシアナと遊びたい、とねだれば母と一緒に頻繁に遊びに行けた。
上手く伯父がいれば笑顔をふりまいて懐き、従兄弟達にもたっぷりと微笑みかけたが、伯父はともかく従兄弟達はしばらくすると学業が忙しいと言ってあまり相手をしてくれなくなった。
それでも、重要なのは伯父と伯母に気に入られる事だから、二人の前で無邪気に愛らしい笑顔を見せ、伯母の金髪と自分の髪、それに顔もよく似ている事を何度も口にした。
ルシアナを痛めつけるのは二人だけの時にして、それも決して直接責め立てないよう注意し、あくまでも慈悲深く気の毒がる形でもって彼女が如何にみっともなく、不細工で、家族の誰とも似ていない、皆が嫌っているのだと吹き込み続ける。
遊びに行くたびに、本来自分の物であるべきこまごました品物を一つずつ持ち帰り、こっそり部屋に隠して楽しんだし、一度少し無理をして持ち帰ったルシアナが一番大事にしていた桃色の兎のぬいぐるみが彼女と同じ色の目をしていたのが憎らしく、宝石作りの目をくりぬいて腕や耳を引きちぎり、ルシアナが遊びに来る日を選んで庭に捨ててやった。
その頃にはメリンダをとても気に入ったらしい伯父がこっそり美しいリボンやハンカチ、ちょっとしたネックレスや置物などの小物をくれるようになって、伯父がルシアナよりもメリンダを可愛がっているのを確信したものの、流石にその頃には子供の交換がそう簡単には出来ないのは解っていたので交換を申し出るのは我慢した。
七歳になる頃、ルシアナが伯爵家の嫡子と婚約したと聞いた時には悔しくてたまらなかったが、それよりもその頃から、伯爵家や侯爵家の茶会に出る様になったルシアナが、徐々に昔と同じような元気を取り戻していくのが気になった。
男爵家も参加できる茶会で様子を見てみれば、どうやら伯爵家や侯爵家の娘たちと仲良くなった様で、ルシアナと同じく美しいドレスを着た少女達と楽し気に笑い合う姿に苛立ち、従姉妹だからと手を引いて二人きりになっては身の程を弁えさせるための言葉を吐きかけた。
さらに年を重ね、学園に入る頃には身分の差について前より理解していた。
メリンダを愛らしいとほめそやす少年達も、結婚するならば男爵家のメリンダより、地味でさえなくても裕福な伯爵家のルシアナがいいと思っているのももう知っている。
それでも皆メリンダの方がずっと綺麗で可愛いと言うし、少しキスしたり抱き締めさせてやれば、伯爵家の物程ではなくとも素敵な贈り物をくれた。
これでメリンダが伯爵家の娘なら、もっと良い事が沢山ある筈なのに、と恨めしく思いながらも、茶会や学園でちやほやしてくれる男達に囲まれる自分に比べて、成績や爵位の高い男もちらほら混じってはいるものの、大半は令嬢たちばかりとしか付き合えないルシアナを見て優越感に浸っていたころ、ルシアナの成績が学年二位にまで浮上し、それ以降も五位以上を保ち続けたことで才媛として評判を上げ始めた。
女としての魅力が乏しすぎて勉強する以外に道がない彼女を嘲笑いもしたが、社交界での評判が上がる事に変わりはなく、いら立ちが募る。
それに勝とうと少し勉強もしてみたが、もともと勉強は好きでは無かったからすぐに飽きてしまう。
自分なりに頑張ってもすぐに結果の出ない勉強より、ちょっと微笑んでやったり腕に胸を押し付けるだけでちやほやしてくれる少年達や、茶会で出会う素敵な青年達と遊んでいる方が愉しかったし、ルシアナに勝ったと言う実感が持てる。
青年達は同い年の少年たちよりももっと楽しいことをたくさん教えてくれたし、お願いを聞いてやれば素敵な贈り物をくれ、面白みのない婚約者としか付き合えないルシアナより、沢山の青年に囲まれてちやほやされるのは優越感を与えてくれた。
所詮ルシアナなど、見た目の悪い、身分と財産、頭の良さだけのみじめな女だと悦に入りながら数年を過ごし、ふと思い立って時折夜会で見かける四つ年上のエイリークに目を向けた。
今のメリンダは男爵令嬢だが、エイリークを奪って伯爵夫人になればルシアナと同等の身分になり、もっと良い目が見られる上に、あの女にいかに魅力がないかをこれまで以上に知らしめることができる。
婚姻は家と家のものではあるが、エイリークがメリンダを選んだならば、伯父も大手を振ってかわいいメリンダを養女に出来るだろうし、何よりも婚約者を奪われたルシアナがどんな顔をするのか想像するだけで笑いがこみあげるのを感じながら、メリンダはエイリークが参加する夜会を調べることにした。
お読みいただきありがとうございます。
昨日のあとがきに規約に触れる部分があるとご指摘いただき、該当部分を削除いたしました。
よく見かける「評判が良ければ続きを書きます」と同じような感覚で書いておりました。
申訳ありませんでした。ご指摘くださった方、改めて御礼申し上げます。
明日は13時ごろに投稿予定です。よろしくお願いいたします。
追記
勢いで一本猫好き令嬢のふわっとした話を書いたのでよろしければ作者名のリンクからご覧ください。