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寝取られ令嬢の逆襲 作者:ねこやしき
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 最初の婚約者であるエイリークは、伯爵家の中では中位程度だったが彼の領地とヴィローザ家の領地は近く、生産した穀物や特産品を王都に運ぶ途中にあったから、その際の協力や領を結ぶ街道の整備と拡張、互いの領の産業における提携等の協力に、愛娘をあまり遠くへ嫁に出したくなかった父の意向を織り込んでルシアナとの婚約が結ばれた。


 二人目以降はそれより上位で、やはり何らかの協力、提携を条件として婚約を結んでいた。

 フレッドに関しては試練も兼ねていたが、ディレンズ領で産出する鉄や宝石を地理的にも近接し、より王都に近いヴィローザが多く抱える腕の良い職人達が精製し、加工する事、ディレンズの得意である異国との交渉力で提携生産した品々やヴィローザ領の特産品の輸出に協力すること、二つの領を繋ぐ街道の整備拡張などの話が概ねまとまっている。


 これまでに壊れた三つの縁談のうち、最初の一件については既に始動していた工事や産業の幾つかが頓挫しかけたが、タンジェス伯爵家が賠償として街道の経費を多く負担し、提携産業の利益についても期限付きで大幅に譲歩する事でどうにか継続していたが、残り二件は破談までの時間が短かったこともあり、まだ着手されていなかったので慰謝料のみで済まされている。


 メリンダの家へ三家から求められた賠償については、数年にわたる妻の病で困窮していた男爵家を慮ったヴィローザ伯爵家が内々にとりなし、嫁入り前の娘に手を出した事実を引き合いに出して大幅に減額させたうえで肩代わりする、という奇妙な事態になっていた。


 父である男爵はメリンダに対して一度目の時からきつく叱責し、取るものも取り合えずメリンダを引きずって謝罪に訪れたし、二度目に至っては気が優しい事で知られる彼が手を上げる程に激怒し、メリンダを部屋に閉じ込めたものの、夫人の病が心労で悪化してしまった。

 寝付いたまま生死の間をさまよっている夫人にはエイリークと別れた事すら告げられず、長男と共に看病と金策に駆け回る間に部屋を抜け出したメリンダは彼女に甘い父方の祖父母の家へ逃げ出して、今日に至るまで好き勝手に動き回っている。


 ヴィローザ伯爵の幼馴染であり、親友の一人でもある男爵はメリンダが問題を起こす度に謝罪に訪れ、他家に嫁いでいた彼女の姉や兄達もそれに付き添ってきたが、彼らの、特に男爵の憔悴ぶりが尋常ではなく、元々メリンダ以外とはずっと家族ぐるみで親しく付き合ってきた事もあって厳しい追及は出来かねているのが現状だ。


 そんな中で、メリンダ一人が状況を理解せず、執拗にルシアナの相手を狙っては騒動を繰り返している姿は異様なものとしか思えない。

 もともと愛情を持って厳しく躾ける両親よりも甘やかしてくれる乳母と侍女になついていたというが、それにしても余りにも周囲を顧みないその思考回路がルシアナには理解出来なかった。


「良い縁談なんて! 所詮どれも男爵家や商家、せいぜい子爵家じゃない! せっかく伯爵家のエイリークを取ってやったのに、あんたは家の力でもっと裕福なヴィレッドと婚約するし! だからヴィレッドを誘ったのに、あいつ、私とは遊びだって、私のせいで伯爵家との縁談が壊れたって……レイトンだって同じ! 私を可愛いって言ったのに結婚したかったのは男爵家の私じゃなくて伯爵家のルシアナだなんて! おまけにあんたごときが侯爵家と婚約なんて許せるわけないわ。だからフレッドを取ってやったのよ! 不細工のあんたなんて身分と金だけの女でしょ! だから皆私にすぐ靡くんだわ! 私が伯爵令嬢なら誰だって私を選ぶに決まってるじゃない!」


 激昂のまままくしたてるメリンダの言葉に、ルシアナはほんの僅かに眉を寄せた。


 最初の婚約者であったエイリークは七歳の時から十年間婚約していた。

 それ以降の婚約者はどれも数か月程度だったが、エイリークとは折に触れて交流し、成人して妻となった時には支えられるよう努力してきたし、良い関係を築いてきたつもりだったから、メリンダを愛してしまったから、と婚約を破棄された時には、噂に負けぬために表向き気丈に振舞っていても部屋で一人になると涙を零す日々が続いた。


 その後も、少なくとも二人目のヴィレッドまでは、いずれ夫となる人として、裏切られた苦しみを抑え込み、彼に愛情を向けようと努力していたのだ。

 しかしそのヴィレッドにも裏切られ、三人目のレイトンの時にはもう、裏切られても傷付かないよう心の中でだけ線を引いて接するようになった。


 これまでの経緯を当然知っているレイトンは慎重にメリンダを避けていたが、結局酔ったはずみで彼女を休憩室に連れ込んで朝まで過ごしたのを監視していた父の手の者に聞いた時にはもはや溜息を零すしかない。


 先に報告を受けた父がすぐに婚約を破棄し、流石にその後はしばらく誰とも婚約したくない、と訴えるルシアナの意見が聞き入れられて、数か月は落ち着いた日々を過ごした。


 その間に色々な事を考え、心から心配し、訪ねて来てくれる友人達……その中には留学先から一時帰国したオスカーも含まれていて、彼らと言葉を交わすうちにようやく全てを吹っ切り、娘らしい甘い心に別れを告げて前を向く事を決めた。


 父や兄達はルシアナに時折報告しながらも裏で議論を重ねていた様で、落ち着いたころを見計らって父と旧知であり、ルシアナも幼い頃から互いの屋敷を訪れて子供同士で交流を持っていたディレンズ侯爵家の、少々問題のある長男の試練を兼ねてメリンダへ報復するのはどうかと言う話を持ち掛けられた。


 よくよくその話を聞き、どう転んでも双方の家にメリットのある話であり、メリンダがいつも通りフレッドを奪えば奪ったで鼻を明かせるし、奪えなければ今度こそ夫となる人を信じてみてもいいかもしれないとも思えた。

 ディレンズ兄弟二人は幼い頃から知っているが、フレッドは確かに気が弱く大人しいものの、その分優しく、悪い人間ではないから妻となれば自分が支えればいいし、オスカーはいつも朗らかで、同い年かつ双方共に成績優秀者のクラスだったから学園では親しく交流し、気心が知れている。


 だから、婚約者をオスカーに挿げ替える事態となった時には、これまでの鬱憤を晴らし、ひそひそと今もささやかれる不名誉な噂を吹き飛ばすような派手な舞台で、ルシアナ自身が引導を渡す事を条件に提案を受け入れた。


 留学中のオスカーにはフレッドとの婚約のみをまずは教え、フレッドがメリンダに靡いた時点で計画について開示すると決めて、信頼できる友人達だけに真相を教え、何があっても傷付かない覚悟を決めて、ルシアナはこの婚約に臨んだ。


 実を言えばメリンダは誘惑に失敗しても絶縁される事が決まっていて、流石に一人では生きていきようがないだろうからと修道院入りになる事になっていたのだが、結局フレッドが誘惑に乗り、しかも本気になってのめりこんでしまった為に今回の結果となった。


 元々彼が押しに弱いのは良く知っていたし、予想していた通りの結果ではあるが、しかしルシアナに虚しさが無いはずが無い。


 昔からメリンダに持ち物や家格、男爵家の身分では招かれない茶会や夜会への参加を妬まれているのは知っていた。

 他の令嬢ならともかく、従姉妹であるルシアナが優遇されるのが我慢ならなかったらしい彼女は、身分や財力で敵わないのは子供心にも解っていたようで、その分外見についていつもルシアナを貶していた。


 同い年だが生まれた日が半年以上違い、子供の頃には年上の様に見えたメリンダに、ルシアナは不細工で可哀相、性格がきつそうな目をしているから損ね、メリンダの輝く金髪に比べて黒髪は陰気に見えるのが気の毒だし、家族の誰にも似ていないけれど本当のお母さまやお父様がどこかにいるのではないかしら、痩せすぎていて貧民のようで心配ね、従姉妹のメリンダ姉妹はこんなに綺麗なのにね、皆ルシアナがいない場所ではメリンダの方が伯爵令嬢にふさわしいなんて失礼な事を言うのよ、などと陰で何度も気の毒がる体で言われ、幼い頃は深く傷つきながら誰にも言わずに悩んでいた。


 確かにメリンダは煌めく金髪に青い瞳で、顔立ちも愛らしかった。

 身分を大人程気にしない年齢の少年達にはもてはやされていたし、今も勿論華やかな美女で、問題を起こす前はその美しさゆえに格上の子爵家からの縁談すらあったのだ。


 だから、メリンダの言う通り自分は地味で可愛くない嫌われ者なのだと落ち込んでいたが、それでも十歳を過ぎる頃には親戚以外の子供達とも交流するようになり、そんな事を言うのはメリンダだけで、他の子供達や大人達には父方の祖母に似た綺麗な黒髪だ、澄んだエメラルドの瞳だなどと褒めてもらえることが増えて自信を取り戻す事が出来た。


 実際、今のルシアナは十分に美女の部類に入る。

 顔立ちはメリンダの母と共に美女姉妹と名高かった母に似てはっきりとした顔立ちに猫の様な大きな目だし、肖像画の祖母と同じ巻き毛の黒髪は丹念な手入れのお陰でいつも濡れた様な艶を浮かべ、結い上げても流しても様になる。


 メリンダ程の派手な凹凸は無いが細身の体は大人びたすっきりとしたラインのドレスが良く映えるし、応じはしないが婚約者がいても口説いてくる相手には事欠かなかった。


 そうやって自信を取り戻していたとは言え、四人もの婚約者を立て続けに奪われてしまったのは流石に堪える。

 エイリークは本気で彼女と結婚するつもりだったが、既に略奪が社交界に知れ渡った後のヴィレッドはただの遊び、レイトンは酔い故の過ちで、二人とも婚約破棄後に何度か泣きついて来たし、フレッドはもともと社交が得意ではなく、夜会などにも殆ど出ていなかったからメリンダの行状について説明を受けたものの話半分に聞いた上、遊び慣れていない故にはしたない程露骨な誘惑とメリンダの押しの強さに流されたらしい。


 そうは解っていても、ルシアナがもっと、家柄や財力、能力以外の部分でも魅力的で、メリンダに目が行く隙を与えなければこんな事にならなかったのではないか、やはり自分には魅力は無いのだ、とどうしても思ってしまう。


 幼い頃の様にその想いに囚われる事は無いし、人前で心の揺れを見せたりはしないが、それでもこうして魅力が無いとまくしたてられるのは辛かった。


 しかし、それを気にしているなどと観衆の前で顔に出す事は絶対に出来ない。

 悲しむのも嘆くのも、部屋で一人になった時でいい、と腹に力を入れ、にっこりと微笑んだ所で不意にオスカーがルシアナの肩を抱いた。


 あらかじめ、大半の流れをルシアナが仕切ると断ったうえで付き添ってくれていたオスカーを訝しんで見上げると、琥珀色の瞳が笑みの形に眇められてルシアナを見下ろしている。


「オスカー……?」


「少しだけ、僕にも活躍させてくれるかい?」


「え? ええ……」


 予想外の言葉に戸惑い、目を瞬いていると、オスカーがその頬を微かにルシアナの額に擦り付けてからメリンダへ顔を向けた。


お読みいただきありがとうございました。

誤字報告もありがとうございます。とても助かりました。

投稿時間は現在いろいろな時間に投稿してプレビュー数の差などを確認しています。

明日は13時に予約投稿済です。

もしよろしければブクマ、評価などいただけると嬉しいです。

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