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寝取られ令嬢の逆襲 作者:ねこやしき
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「ですからわたくし、メリンダの為にわたくしとフレッド様との婚約を発表しましたのよ」


「は? な、一体どういう意味だ!」

「何の話よ!」


 突然名を出されたフレッドとメリンダが困惑の声を上げる。


「メリンダ。三度……これで四度目ですわ。一度目でも激怒なさっていたわたくしのお父様が、三度も恥をかかされて黙っておいでだと、本当にお思いでしたの?」


「だ、だって伯父様は子供の頃から私に優しかったわ! いつも内緒だよ、って素敵な物を私にだけくれるもの!」


「そうね。お母さまの妹の娘であるあなたやあなたのお兄様達、お姉さま達を可愛がっておいでだったわ。でも、お父様があなたに色々な物を贈っていたのは、メリンダ。あなたが余りにも私のものを盗むから、止めさせようとしての事よ。足りないから盗むのだろうと。叔父様達も他の従兄弟達もご存じの上で贈っていたの」


「なっ……う、嘘ばかり言わないで! 伯父様はみっともなくて可愛げのないあんたより私の方が好きなのよ!」


 狼狽えながらも叫ぶメリンダの言葉に、周囲の者達が首を傾げて囁きかわした。ヴィローザ伯爵の愛娘への溺愛ぶりは社交界でも有名で、ルシアナよりもメリンダを可愛がっていると言う話はとんと流れてきたことが無い。

 更に言えば、確かにメリンダは太陽のごとき金髪に青い目が美しい華やかな美人だが、ルシアナは対照的な夜を思わせる黒髪にエメラルドの瞳が印象的な知的な美女として知られているから、みっともないだの不細工だのと言う言葉は似合わなかった。


「わたくし、父には溺愛されておりますわ。あなたに何か差し上げる時には、必ず私にも話がありますの。何を欲しがっているのか、最近あの子が狙っていそうなものは何か、と。勿論姪に対する情はあるでしょうけれど、わたくしの婚約者を盗ってからは何も頂いていないでしょう?」


 流石に思い当たる所があったのか、メリンダが唇を噛み締める。


「あ、あれは……私が気不味いと思って伯父様が気を遣ってくださってるのよ……」


 苦しい弁解を、ルシアナは一笑にふした。


「あなたのした事でヴィローザ伯爵家は何度も恥をかかされたの。婚約は家と家で政略を結ぶ大切な物。ぬいぐるみやハンカチ、宝石とは話が違うのよ? あなたのご両親や兄弟が何度も、それも叔母様は病の身を引きずるようにして謝りに見えて、わたくしも叔母様や叔父様、他の従兄弟達は今も好きですし、結局落ちたのは貴女と元婚約者達の評判が殆どだったから、数年前から叔母様が重い病に苦しまれている事も考慮してどうにかお父様を宥めていたけれど……ルームズ伯爵令息の時に、これ以上は無理だと判断されましたのよ」


 ふう、と溜息を零して残念そうに言うルシアナの言葉に、周囲の観客たちは成程、と納得した。


 ルシアナに対するメリンダの攻撃は最初の婚約者を寝取られた頃から社交界で話題になっていて、流石にその時はルシアナを軽んじる噂が流れていた。

 優秀ではあっても女としての魅力が薄いのだろうとか、寝取られ令嬢だとか、格下に負けただとか、面白おかしく囁かれる噂は記憶に新しい。

しかし元々評判の良かったルシアナが、悲しみは見せつつも毅然とした態度で夜会や茶会に現れ、王宮の重鎮の一角を成す父の威光と莫大な財産もあってか、すぐに前より上位の伯爵令息と婚約を決めた事で彼女の評価は上向いた。


 そんな中、ほとぼりが冷めればエイリークと婚約する前提で付き合っていた筈のメリンダが二番目の婚約者、ヴィレッドに言い寄り、ヴィレッドはさして関心ない風に装っておきながら高級宿にメリンダを連れてひそかに入る姿が複数の人間に目撃され、そしてメリンダが自慢げにヴィレッドの心を掴んだと大勢の前でルシアナに突き付けた事で二回目の婚約も破談となった。

 エイリークは何も知らず、その場で鞍替えされて愕然とし、伯爵令嬢を捨てて男爵令嬢に捨てられた男として笑いものとなった事に耐えられずに今は領地に引きこもっている。


 面白半分の火遊びのつもりだったらしいヴィレッドは暴露された事に驚愕してその場でメリンダを突き放し、必死に婚約の続行を懇願していたがヴィローザ伯爵の怒りが大きくすぐに破談となった上、高額な慰謝料を請求され、政略も壊したとして廃嫡の上で領地送りとなった。


 そして、家同士の仲が良く、様々な恩恵を受けていた筈の従姉妹の婚約者を二度に渡って奪い、同時に最初に奪ったエイリークをあっさりと捨てた事で、特に女性達の同情が一気にルシアナへ傾いてメリンダへの警戒度が上がった。

 おまけに二度目に奪ったヴィレッドともその場で破局し、縁談は多くともまだ婚約者を決めていなかったルシアナに夜会で近づく男性の中で、ルシアナの反応が良かった者に次々粉を掛けるので、男性陣の中でも完全に扱いやすい遊び相手の地位にまで落ちていた。


 噂曰く、彼女とあとくされなく遊びたければルシアナに関心を持っている風を装えばいい、実際にそうすればすぐにメリンダが近づいてきて、しかも男爵位とは言え未婚の令嬢であるにも関わらず、簡単に肌を許すと。

 その後、三度目の婚約者が酔った勢いでメリンダの誘いに乗り、発覚しないよう苦心していたものを再び彼女によって暴露されてからは、周囲の目の大半は尻軽娘に目の敵にされて付きまとわれる気の毒な境遇ながら堂々と振舞う気丈な令嬢、とルシアナへの評価が落ち着いた。


「ですから、お父様が考えた末に旧友であるディレンズ侯爵様に相談を持ち掛けられましたの。ディレンズ侯爵様からも、お父様へ予てより相談がありましたので、それを双方ともに解消しよう、と」


「ち、父上と……?」


 風向きが怪しくなっていたのを感じたのか、フレッドがいつも通りの気弱な声で問う。


「ええ。ディレンズ侯爵家は貴族の中でも外交の要となる家柄。それですのに、長男のフレッド様は頭脳は優秀でありながらどうにも気が弱く、押しに弱く、将来を見越しての外国への留学も嫌がって行かずじまい。これではディレンズ侯爵家の当主には不向きではないか、と。ですから、わたくしの婚約者が必ずメリンダに奪われているとしっかりお話した上で婚約を結び、押しの強いメリンダに流されず、見事跳ね返して見せるならば良し。押されるまま流されていつも通り奪われるならば、不適格として廃嫡し、次男のオスカー様を後継ぎに、そしてわたくしとオスカー様が改めて婚約を結べばよい、と」


 ルシアナの言葉に二人の目が見開かれた。


「はっ……な……っ」


「ああ、僕は勿論聞いていたよ。その為に呼び戻された訳だしね。近いうちに婚約披露のパーティを行うから、ぜひ物見高い諸君も祝いに来てくれたまえ!」


 朗らかに笑ったオスカーが親し気にルシアナの肩を抱いて興味深げに取り囲む観衆に宣言すると拍手が巻き起こり、ルシアナは苦笑しながらも拍手に応える。


「オスカー様は社交的で学園での成績も常に三位以内と優秀。外国への留学も三か国を経験し、各国での人脈もしっかりと築いておいでです。ご本人は、家を継ぐことも出来ない以上外交官になる為だったと仰っていますけれど、ディレンズ侯爵家を継ぐに何の不足も無い方ですわ。ともかく、その様な前提条件でディレンズ家長男、フレッド様への試練もかねて、わたくしとディレンズ様は婚約を結んだ訳ですの」


 微笑みながら告げると、フレッドの顔が蒼白になり、足が震え始める。


「メリンダ。あなたについてもそうよ。叔父様と叔母様も、家で何度もたしなめているけれど、四度目となれば心情的にすら庇えない、これでまた繰り返すようなら縁を切る、と仰っているわ」


「はっ……う、嘘っ! 嘘よ! いい加減な事言わないで! お父様がそんな事言う筈無いわ!」


 両親から絶縁されると聞いたメリンダが絶叫するが、ルシアナは意に介さず微笑みを浮かべた。


「本当よ。三家の話し合いで、フレッド様とメリンダが結ばれた場合にはお二人を婚約させ、即座に結婚させたうえでメリンダと縁を切る、と決まったの。今、侯爵家の客間に、あなたのお父様もおいでになっているわ」


「な、なんで!」


「あのね、メリンダ。わたくしとディレンズ様……紛らわしいわね。今だけフレッド様と呼ばせていただきますわ。フレッド様が条件付きで婚約してから、あなた達二人にはずっと監視がついていたのよ。昨夜、あなた達が宿に入った段階で三家に連絡が入りましたの。部屋での会話も全て監視者に聞かれておりましたから、このガーデンパーティでわたくしに婚約破棄を宣言する事も解っておりましたわ」


 流石にその報せを聞いた時には溜息を零さざるを得なかったルシアナは、ここでも再び嘆息する。


「ですので、昨夜侯爵家に三家の当主とわたくし、オスカー様が集まってわたくしとフレッド様の婚約破棄、わたくしとオスカー様、フレッド様とメリンダの婚約、フレッド様の廃嫡、メリンダの絶縁、全ての書類にサインが施され、朝一番に国に届けられましたのよ」


 ルシアナの説明に、二人の男女は更に顔を白くしながら芝生の上にへたり込んだ。


「ただ、貴族籍も失うあなた方をそのまま放り出してもお二方とも生きていけないでしょうから、フレッド様には地方の下級役人の職が用意されているわ。貴族の生活を望まず慎ましくあれば、二人で十分に暮らしていけるはずよ」


「嫌よ!!!! どうして私が平民にならないといけないのよ! 私は侯爵夫人になるのよ!」


 蒼白になって項垂れるばかりのフレッドの横で、顔を真っ赤にしたメリンダが叫ぶ。


「それはね、あなたが四家の政略的な婚姻を壊し、何度諫められてもそれを繰り返したからよ。貴族として、最もやってはいけない事の一つだわ。あなたにだってこんな事をしでかす前には良い縁談が幾つもあったのに、わたくしに固執するからこんな事になってしまったのよ」


 重い溜息と共に、ルシアナは幼子に言い聞かせるような気持ちで静かに告げた。


明日、続きを投稿予定です。

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