ナゴルノ紛争 「宗教対立」とあおるな

2020年10月14日 07時58分
 旧ソ連のアゼルバイジャンとアルメニアが再び戦火を交えた。合意した停戦は風前のともしびだ。欧米ではこの紛争を宗教的対立に単純化する傾向もあるが、一面的な見方は調停を妨げかねない。
 戦火が上がったアゼルバイジャンのナゴルノカラバフ地区はアルメニア系住民が多数で、アルメニアへの編入を訴えている。民族対立から両国が武力衝突した一九九〇年代には、約三万人が犠牲になった。紛争は未解決で、現在はアルメニアが実効支配している。
 今回の戦闘は先月二十七日に始まり、四百人以上が死亡。ロシアの仲介で十日、停戦合意したが、現在も戦闘が伝えられている。
 注目されるのはトルコだ。同じイスラム圏で言語的にも近いアゼルバイジャンを支持する。キリスト教圏のアルメニアはトルコが軍事介入していると非難し、欧米でも宗教を背景にしたトルコの覇権主義に懸念が広まっている。
 トルコは軍事介入を否定しているが、懸念を呼ぶ背景はある。トルコのエルドアン政権はイスラム化政策を重視。盟友のイスラム教スンニ派組織「ムスリム同胞団」がかかわるシリアやリビアの内戦に軍事介入してきた。ギリシャなどと権益を争う東地中海にも資源探査船を軍艦の護衛付きで送り、欧州諸国の反発を招いた。
 だが、この紛争を宗教対立と決めつけ、トルコが軍事介入していると断じるのは早計だろう。トルコは支持するアゼルバイジャンに軍需品を売却しているが、同国のアリエフ政権は世俗主義だ。さらに国民の多くはイスラム教シーア派の信徒で、スンニ派のトルコとは異なる。
 なによりトルコはロシアとの関係を優先している。ロシアはアルメニアと集団安全保障条約を結び、アゼルバイジャンとも関係は良好で仲介に努めている。トルコはロシアから地対空ミサイルシステムS400を導入している最中で、両国が介入するリビアとシリアの内戦でも協調を探っている。軍事介入はそうしたロシアとの関係構築を損ないかねない。
 二〇〇三年のイラク戦争では、米英がイラクの大量破壊兵器保有を開戦理由にしたが、後にデマと分かった。紛争原因を宗教対立とみると分かりやすいが、敵対感情に油を注ぎ、こじらせかねない。
 戦争に宣伝戦はつきものだ。だからこそ多面的な情勢分析が不可欠だ。平和的解決に向け、日本政府も仲介支援に尽力してほしい。

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