ユーミン×あいみょんが語る音楽のチカラ、対談完全版。

インタビュー

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時代を超えて愛され続けるユーミンこと松任谷由実と、新時代のアイコンあいみょん。2020年10月号(8月20日発売号)フィガロジャポンでは、日本の音楽シーンを牽引するふたりの対談を掲載中。1970年代をテーマにコーディネートしたふたりの現場での写真、好きな映画や小説も紹介している。こちらでは、本誌でお伝えしきれなかったコボレ話を交えた【完全版】を特別公開。

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――おふたりが最初に出会ったのは?

ユーミン 紅白歌合戦のバックヤードです。

あいみょん 2018年ですね。私は初めての出演だったので、事前アンケートで「誰に会いたいですか?」と聞かれて「ユーミンさん」と答えたのがきっかけで、ご挨拶に伺わせていただいたんです。緊張して顔がこわばってました。

ユーミン 光栄ですよ。うれしかったです。

――あいみょんさんは前から松任谷さんの曲を聴いてきたわけですよね。

あいみょん もちろんです。

ユーミン 親御さんが聴いていらしたの?

あいみょん もちろん親も聴いていましたし、友だちからもらったCDもありました。初めて聴いた曲との出合いは覚えていないぐらいですね。気付いたら身体に入っている音楽だったと思います。

――松任谷さんは最初にあいみょんさんの曲を聴いてどう感じましたか。

ユーミン 70年代的な感じがしました。ネオ70sっていうのかな。オーガニックで自然体で、いい意味で凝ってない。

あいみょん ああ、うれしいです。

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あいみょんの世界観は、80年代のフランス映画を感じる。

――オーガニックという70年代の空気感に通じる感覚があったのでしょうか?

ユーミン そうですね、ざっくり言うとフォークというか。私はフォークを通ってきてないんです。フォーキーはあるけど、フォークはやってこなかった。私の先輩に吉田拓郎さんがいるんだけど、そことはまったく違う文脈で出てきたので、逆に理解するのに時間がかかった。

あいみょん 理解しようとしたこともあった、ということですか?

ユーミン 結婚して私の名前が変わったのが1976年なんだけど、プロデューサーである主人が、その前後に吉田拓郎さんの音楽監督をしていて。知ってはいるけど、ことさら自分の音楽とは違うなと思って励みにしていたところはあるかも。

あいみょん 私も何がフォークで、ロックで、パンクなのかわからないままに音楽を始めたところがあるんです。気付けば周りからフォークや歌謡曲とか言われて、自分でも「じゃあ私は歌謡曲とフォークが好きなんやな」って思って育った。あんまり音楽のジャンルを意識して聴いたことがなかったんです。気付いたらそっちに流れ着いていたという感覚でしたね。

ユーミン 私がそういう流れに振っておきながら逆のことを言いますけど、あいみょんちゃんの音楽ってフォークとも歌謡曲とも違うと思っていて。影響を受けていたりしても、決してそれそのものにはなってない。すごく新しい感じがする。むしろ世界観は、80年代後半のフランス映画みたいな感じがする。

あいみょん 素敵! 言われたことない。

ユーミン あんまり気付く人はいないかもしれないけど、そう思うんですよね。80年代って世界経済も上向きになって、しばらくしてスーパーモデルが活躍するようなマテリアルな時代で。でもそれとは逆に、内省的な人たちが映画を作っていたんですよね。たとえばレオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』、ジャン=ジャック・ベネックスの『ディーバ』や『ベティ・ブルー』とか。そういう“80年代のヌーべルバーグ”のような手触りが、あいみょんちゃんの音楽にもある。ピュアであるがゆえに、官能的だったり猟奇的だったり……純粋な感じがする。そこが支持されているところだと思う。

――あいみょんさんは映画や小説にインスパイアされることはありますか?

あいみょん ありますね。映画を観て、“勝手にタイアップ”をやっていた時があったんです。すでに世に出ている映画なんですけど、もし私が主題歌を作るならこういう曲にしようって。まさにリュック・ベッソンの『レオン』を観ながら曲を作ったこともあります。

――小説からも影響を受けましたか?

あいみょん 17歳の頃は官能小説にハマっていて、特に神崎京介さんの『滴』という小説をよく読んでいました。官能小説ですけど、言葉の言い回しや比喩表現の美しさがいいなって。これユーミンさんにもプレゼントしたんです。

ユーミン あいみょんちゃんが昔読んでいた現物をくれたんですよね。これはね、私も読んだんですけど、正直に言うと物足りなかった(笑)。

あいみょん あら!

ユーミン ジェネレーションギャップもあるのかもしれない。表現が直接的すぎて感じないわって思った。もっと遠回しのほうがいいって。だから、これで興奮できるのは若い感性だと思った。

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あいみょん 確かに17歳の頃って動物的だったのかもしれない。もしかしたらいま読み返してみると、同じことを感じるかもしれないですね。最近は官能小説より文学的な作品を読むことが多いです。音楽的に影響を受けるというより、読者として楽しんでいます。

――松任谷さんは、17歳の頃どんな小説を読んでいましたか?

ユーミン 私は探偵小説ですね。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンとか、古典的なもの。あとは翻訳小説で、近頃はカズオ・イシグロ。『わたしを離さないで』が有名ですが、初期の『日の名残り』の頃からずっと好きなのね。彼は長崎で生まれてイギリスで育った人。自分が幻想として思う、好きなイギリスの感じがあるんです。アガサ・クリスティにもそんな印象がある。実際にロンドンで小説の舞台を観たりしても、しばらく滞在するとやっぱり違う。ロンドンに限らず、その人の頭の中にしか存在しない世界が好きなんです。フランソワーズ・サガンも読んでいたけど、やっぱりその小説には幻想のパリが広がっていて。それも、ませた女の子の頭の中のパリ。絵画でも画家の目を通した風景をあるがままの世界と錯覚する。そういうのが好きです。

あいみょん 私は、インテリアやファッションに目が向くようになったのは、映画がきっかけです。『時計じかけのオレンジ』を神戸の映画館で初めて観た時に、すごくおしゃれだと思って。

ユーミン 何年ぐらい前に観たの?

あいみょん 5、6年前です。ビビッドな原色が強い映像に惹かれて格好いいなって。それこそ昔のフランス映画をおしゃれだな、可愛いなと思ったり、オードリー・ヘプバーンに憧れていた時期もありました。

ユーミン そうなの⁉ いつ頃?

あいみょん 17歳とか18歳くらいです。映画を観て、こういう色の服がほしいなと思って海外の雑誌を買ってみたり。

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カフタンドレス¥225,500、ストッキング¥24,200、ネックレス¥192,500、バングル¥117,700、ブーツ¥220,000/以上グッチ(グッチ ジャパン) 

松任谷由実
1954年、東京都生まれ。ユーミンが愛称。72年「返事はいらない」でデビュー後、数多くのヒット曲を生み出す。TOKYO FMにて毎週金曜11時~11時30分、ニッポン放送にて毎月1回金曜22時~24時でラジオ番組を放送中。

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60年代のファッションと、ツイッギーに憧れた10代の頃。

――松任谷さんは10代の頃に憧れたファッションはどのあたりですか?

ユーミン いまだに思うんですが、60年代のファッションがいちばん格好いい。

あいみょん どんな感じですか?

ユーミン 60年代初頭はアメリカに勢いがあった。ホームドラマで、サーキュラースカートで階段をふわっと降りてくるような感じ。60年代半ば頃になるとロンドンに勢いが出てくる。いわゆるスウィンギング・ロンドンって言われて、ツイッギーも出てきてね。

あいみょん ああ、私、ツイッギーにもなりたかったんです!

ユーミン 64年にベトナム戦争が始まってイギリスも影響を受けるから、グランジというか、ヒッピーやサイケデリックな感じが出てくる。それはそれで格好いいのよ。それぞれの時期でいろんなファッションの要素が出ていた気がする。

――あいみょんさんは、どんなきっかけでツイッギーに憧れを?

あいみょん 友だちと古本店でツイッギーの本を見つけて「何この人!? 可愛い!」って。16歳くらいの頃ですね。ベリーショートでキンキンの金髪にして、下まつ毛をつけてみたり。古着店でツイッギーみたいな服を買ったりしていましたね。

ユーミン オードリー・ヘプバーンにツイッギーが好きというのは、全然矛盾してないよね。

あいみょん 当時は天使みたいなキャラクターに憧れてました。

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――あいみょんさんの中で、音楽とファッションはどんなふうに結びついているのでしょうか?

あいみょん 音楽とファッションは、分けるときは分けている感じですね。活動を始めて、ライブハウスでも全然お客さんを呼べない頃に、ステージではスカートをはくことをやめたんです。私の勝手なルールなんですけど、それが自分の中での決意みたいなものになった。男性アーティストへの憧れも強かったし、そこに食らいつこうと思って、ひとつだけ自分の中にある女性的なものを捨ててみようという感覚だったのかもしれないです。メンズライクな服を着て、自分の中にある男性っぽさをもっと出したかったというか。そこからいまだにライブで歌う時にスカートをはいたことはないんです。でもファッション誌の撮影になると可愛い格好がしたいし、露出するのも好きです(笑)。

ユーミン すごくわかります。あいみょんちゃん、“いろけ”があると思うから。

あいみょん いやいやいや、とんでもないです。

ユーミン 自分の話で恐縮だけど、うちの母に「お前は“いろけ”があるね」って言われたことがあったんです。漢字の“色気”じゃなくて、ひらがなの“いろけ”。そういう共通点はある気がします。そういうのって、落差だったり、意外性だから。普段メンズライクでマスキュリンな服装しか周りが見ていないと、「あれ!?」って思った時に“いろけ”を感じるんじゃないかな。

――松任谷さんはさまざまなファッションを経てきていると思いますが、自分に課しているルールや方針はありますか?

ユーミン どんな服でも着てみせます、という感じ。マタドールからボーイスカウトからスチュワーデスから、着ていないものはないですね。ステージでしていないのは、寅さんのコスプレぐらい(笑)。

あいみょん すごく素敵です。ライブを拝見させていただいた時も、とても華やかでした。

ユーミン これまで、70、80年代と多くのステージをやってきて、スペクタクルなショーもやってきているから。いろんな格好をする機会があったんです。

アーティストの美学や芸術性は、後からついてくるもの。

――あいみょんさんは、たとえば初の武道館公演のような時も、何も飾らないシンプルなファッションと演出のステージでしたね。

あいみょん 衣装を着替える華やかなステージにも、憧れはあるんです。でも、どうしても格好つけたがりなので、ステージはいつもパッと行ってすっと去るみたいな感じですね。いろんな憧れがありすぎて、すべて詰め込むとぐちゃぐちゃになっちゃうので。名残惜しいものは何もないっていう感覚でやっています。

ユーミン あいみょんちゃんは、あいみょんちゃんにしかできないステージの見せ方があるし、シンプルに出てきて、さっと歌ってさっと帰るって、いちばんかっこいいと思う。

――おふたりとも、いわゆるエンターテインメントの分野で活躍しつつも、自身の美学は曲げず芯を貫いて表現されているように見えるのですが、大衆性と芸術性の両立についてはどのように考えていらっしゃいますか?

あいみょん 自分の美学? 曲げまくりですよ。全然定まっていなかったですし、ようやく、あいみょんというものが自分の中で確立してきたと思うくらいです。でもやっぱり楽曲には自信がありますし、そこだけでやってきている感じですね。あとは周りに素敵な方たちがたくさんいるので。ヘアメイクさんやスタイリストさんや、いろんな方と出会って自分のセンスが変わってきたし、きっと今後も変わっていくと思います。

ユーミン アーティストって、その時にやりたいことをやって、それが受け入れられたら、周りが勝手に美学とか芸術性とか後でつけてくるものなんじゃないかしらね。「これが私の美学です」みたいにしてやっているような人は、とっくに消えちゃってる(笑)。

あいみょん そういうふうに、自由にやりたいことを貫いている感じって、すごくかっこいい。

ユーミン ただね、自由にやっているように見えて、やっぱり商業主義の中にいるわけだから、きちっと締め切りは守るとか、そういうことは大事。アーティストだから何でもいいとかっていうことではないよね。

あいみょん 素晴らしいです。ほんとにそこは教科書に載せないとダメです。私も、アーティストとしてというよりも、人間としてのところをいちばん大事にしなきゃいけない。そこは下の世代の人に伝えていきたい。

ユーミン 特にポップスというのはたくさんの人が関わって動いているものだから、その中でどう自分がポイントゲッターになっていくかが大事なんじゃないかな。

photos : KAZUHIRO FUJITA, stylisme : KOZUE ANZAI (YUMI MATSUTOYA), MASATAKA HATTORI (AIMYON), coiffure et maquillage : NAOKI TOOYAMA (Iris / YUMI MATSUTOYA), MASAKI SUGAYA (TETRO / AIMYON), texte : TOMONORI SHIBA

アーティスト小沢剛の『帰って来た』シリーズを青森で!

特集

時空を超えて語り描かれる、偉人たちの矜持と情熱。

『小沢剛 オールリターン
—百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる』

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『帰って来た S.T.』(部分)2020年。本作でも、調査の旅で出会ったさまざまな協力者たちとの交流から作品が生み出された。

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『帰って来たJ.L.』(部分)2016年。凶弾に倒れるまで平和を希求し続けたミュージシャンの足跡を、インドの盲目の楽団とたどる。

小沢剛の作品は観る人をやんわりと独自の演劇的世界に招き入れ、そのユーモアとペーソスにあふれた展開にふと気が緩んだ時“心のツボ”をしっかりと掴む。世界各国の風景の隅に自作の地蔵を建立し写真に収める『地蔵建立』。誰でも知っている名作を醤油で描いた架空の日本美術史を綴る『醤油画資料館』。数々の連作のなかでも新作ごとに瑞々しい感動を覚えるのが、近現代の歴史的人物を題材に虚実入り交じる物語を語り継ぐ『帰って来た』シリーズだ。これまで野口英世、藤田嗣治、岡倉天心らの生涯に着目し、ガーナ、インドネシア、インドなどへ取材に訪れて、現地のアーティストたちとの共同制作に取り組んできた。絵画と音楽と映像で構成されたそれらのインスタレーションは、予想を超えた有機的で原初的な感情を呼び起こした。

本展では、弘前ゆかりの人物S.T.(劇作家・寺山修司を彷彿させる)に肉薄する。青森県内でのリサーチや議論、学生たちとのワークショップ、さらにイランに赴き現地の画家やミュージシャンらの協力を得て、約2年の制作期間をかけて完成させた。また本作とともに、シリーズ全5作品を再構成して一挙に公開。歴史上の偉人たちの知られざる側面に光を当て、その生き様や時代性を異なる時代や文化に置くことで凝視してきた『帰って来た』シリーズを包括的に捉える。いずれもローカルなプロの芸術家たちは吟遊詩人のように、ときに切々と、ときに飄々と、人生の矜持や情熱の本質を問いかける。

『小沢剛 オールリターン
—百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる』

会期:開催中~2021/3/21
弘前れんが倉庫美術館(青森・弘前)
営)9時~17時
休)火、年末年始
料)一般 ¥1,300

●問い合わせ先:
tel:0172-32-8950
www.hirosaki-moca.jp

※新型コロナウイルス感染症の影響により、開催時期および開館時間が変更となる場合があります。最新情報は各展覧会のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2020年11月号より抜粋

réalisation : CHIE SUMIYOSHI

FIGARO Japon

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2019年11月号 No.533

ニッポンの小さな旅へ。

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