漆黒の英雄譚   作:激辛プリン

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E.T<3.--八欲王--連鎖の指輪-->

 草原が生い茂るその場所で一つの大きな光が膨らんだ。

 

 

 

 

「お止め下さい!キュアイーリム様!」

 

「我々が何をしたというのですか!?」

 

 

 

 

 それを冷たい瞳で見ていたのは一体の大きなドラゴン----キュアイーリム----であった。その鱗は灰色に包まれておりキュアイーリム自身の性格が反映されているようであった。それはまるで自らは白でもなく黒でもなくどこにも属していないと主張しているようであった。

 

 

 

 

「フン、下等生物風情が我に口をきくな」

 

 

 

 

「私の娘がぁぁ!!」

 

「まだ幼いのに!」

 

 そう言って喚くのは亜人種・異業種の群れだ。群れと言うには数が多く数百万がそこにいた。それが巨大な柵の中に閉じ込められており、さしずめ『収容所』の様であった。その者たちは全員衣服を着用していない。それは死んだ際にその肉体を食すためだ。その時に服は邪魔になるので吐き捨てるのだがその手間を省くためだ。

 

 

 

 

「下らない。貴様ら下等生物など……『資源』にしか過ぎぬわ」

 

 

 

 

「何でだよ!何で俺たちなんだよ!」

 

「どうして!私たちの子供ばかり殺されなきゃならないんだ!」

 

 

 

 

「安心して『資源』となれ。下等生物が」

 

 

 

 

「嫌だ!死にたくない!まだ…」

 

「パパ!」

 

 

 

 

「『始原道具作成(ワイルドアイテムクリエイト)』」

 

 

 

 

 そして再び巨大な光が収容所を……草原ごと包み込んだ。そして場に沈黙が流れた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 黄金色に輝く鱗を持つ巨大なドラゴン。それと灰色に染まる鱗を持つドラゴン。黄金のドラゴンが灰色のドラゴンと口論していた。黄金色のドラゴンは煌びやかなその鱗とは対照的に声は老練な印象を持たせる。

 

 

 

 

「いい加減にしろ!キュアイーリム。貴様、我々の資源を無駄遣いする気か?」

 

「フン!下らん。【竜帝】よ…この者たちのような下賤な者たちなどいくらでも湧く。その気になればまた増やさせればいいではないか」

 

「っ!品性の欠片も無い者め!貴様それでも誇り高き【竜王】か!恥を知れ!」

 

 

 二体のドラゴンは口論していた。しかし内容は人間では理解できない異形な話である。目の前にある砂漠が広がるその場所に視線を向けた【竜帝】はキュアイーリムに向かって冷たく言い放つ。

 

 

そんなもの(・・・・・)を作る為にどれだけの資源を無駄にした?ここを砂漠にしおって!貴様には自制心というものがないのか!」

 

「そんなものだと?【竜帝】っ!貴様っ!!!」

 

 

 

 

「報告致します!!」

 

 わざとらしい言葉でそこに入ってきた声が一つあった。その声を聞いて二体は目線をそちらへ向けた。そこにいるのは青い鱗を持つドラゴンであった。

 

「【竜帝】、ご子息が呼んでいます。何やらスルシャーナのことで相談したいことがあるらしく……」

 

「あやつが?……分かった。すぐに行くから案内しろ。キュアイーリム、これが最後通告だ!」

 

「…………理解した」

 

 そのドラゴンは【竜帝】に忠実な配下の一体であり、現在は【竜帝】の息子であるツァインドルクスの世話役を任されている。そんな彼からの口出しには【竜帝】は真摯に対応する。それはキュアイーリムとは明らかに違う態度であった。自身が『資源』の管理を任されているのとは大違いだ。そんな態度の違いを見てキュアイーリムはより一層怒りが湧いてくる。

 

 

 

 

 【竜帝】たちが去っていたのを見たキュアイーリムはボソリと呟く。

 

 

 

 

「……老いぼれめ」

 

 【竜帝】が去りし後、キュアイーリムは目の前のそれを見る。先程【竜帝】からそんなもの(・・・・・)と言われたものだ。

 

 目の前にあるのは四つの武器。それぞれ大剣、刀、槍、ハンマーといった武器だ。だが必要以上に生命を抜き取ってしまったらしく、草原だった場所は砂漠へ変化してしまっていた。草木も、そこに隠れる虫たちも、それを餌とする動物たちも、その者たちが歩くその大地さえも生命を失っていた。先程自身が行使した【始原の魔法】の影響だろう。

 

 

 

 

「他種族など……ただの資源でしかないではないか。何を躊躇うことがある?こやつらの生命など……砂漠の粒子の一粒以下の価値しかないではないか…」

 

 武器の奥にある砂漠に目を向けた。その上に倒れ伏す亜人種・異業種の群れ。亜人種・異業種の身体が倒れ伏している。生命……魂だけを抜かれた彼らは既に息絶えていた。その数は合計で百万は下らないだろう。あまりの亡骸の数に重量に耐え切れず砂漠に沈んでいる個体すらあった。だがそれがどうしたと言うのだ。

 

 

 

 

「まだだ……まだ足りぬ」

 

(あの老いぼれに私の実力を認めさせるには……そのためなら何をしようと構わぬ)

 

 

 

 

 キュアイーリムは砂漠になった場所の奥から何かが近づいているのに気が付く。

 

「何者だ?」

 

 キュアイーリムの目の前には八体の竜が立っていた。中央には炎を連想させる赤い鱗のドラゴンがいた。だが違和感を覚えた。そしてその原因にすぐに気が付いた。

 

 

 

 

「もう一度だけ問う。貴様ら……【竜王(ドラゴンロード)】ではないな。何者だ?」

 

 

 

 

「………『解放者』」

 

 赤い鱗のドラゴンがそう答えたのを聞いてキュアイーリムは鼻を鳴らし嘲笑を受けべようとした……

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 自らの身体を吹き飛ばす巨大な風圧を感じた。その圧の接近にキュアイーリムは気付けなかった。

 

 

 

(今のは一体!?ブレスか?……いや、それよりも!)

 

 

 

 自身が咄嗟に後ろに飛び跳ね、衝撃を逃がしたがとてつもない威力であった。だがそんなことよりも許容できないことがあった。先程後退した時に砂に足を付けてしまったのだ。

 

 

 

「貴様ぁぁぁっっ!!!よくもこの私の足を穢れた砂場などに着かせてくれたな!滅びて償え!」

 

 その場所からブレスを吐こうと構えた……

 

 

 

 瞬間、キュアイーリムの目の前に先程のとは比べ物にならない巨大なブレスが現れた。それは巨大な爆炎。触れるもの全てを焼き尽くすようであった。

 

 

 

「なっ……何だこの圧倒的な力は!?」

 

 ブレスを受けたキュアイーリムはその場から吹き飛ばされる。そして先程キュアイーリムが感じた正体に気付く。それは圧倒的な実力差であった。

 

 

 

「ぐぁわぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「手加減はした。まず死んでないはずだ」

 

 赤い鱗のドラゴンがそう告げると他の七体のドラゴンが口を開いた。

 

 

 

「いいのか?殺さなくて」

 

「殺っておかないと後で不味いんじゃないの」

 

「利益の無い選択だわ」

 

「イライラするから付き合ってやるよ」

 

「【竜王】か……実に興味深いね」

 

「あいつらを殺せば僕、王様になれるかな?」

 

「……貴方は正義感が強いんですね」

 

 

 

 

「殺戮が目的じゃない!目的はあくまで『解放』だ!それを忘れるな!」

 

 赤い鱗のドラゴン、リーダー格である男がそう告げた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

痛い!

 

熱い!

 

苦しい!

 

怖い!

 

助けて!!!!!!!

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁ…っ!」

 

 全身を爆炎が燃やし尽くす。肉体が、精神がこの爆炎によって燃やし尽くされる。そのせいか幻覚を見た。今まで自分が『資源』と称して生命を奪っていった者たちの幻覚だ。

 

 

 

 

「くっ!」

 

 ブレスの勢いが止まることはなくキュアイーリムは巨大な壁に激突した。あまりの衝撃にダメージが大きかった。だがそのおかげかようやく爆炎が消えた。

 

 

 

「壁?……いやこれは山か……」

 

 

 

「はぁ……はぁ…何だアレらは」

 

 キュアイーリムは遠くの山まで吹き飛ばされていた。おかげ全身はボロボロだ。特に先程の爆炎のブレスから身を護るために自身を包んだ翼は飛行できない程損傷してしまっている。

 

 

 

「ここはケイテニアス山か。流石にここまでは追ってはこまいか……はぁ…はぁ」

 

 キュアイーリムは息を整えると激情が身体に走る。

 

 

 

「クソがぁぁぁぁ!あの汚物どもめぇ!!!!!」

 

 

 

 キュアイーリムは叫んだ。怒りのあまりプルプルと震えている。だがそれだけではない。

 

 先程のブレスを受けた瞬間に感じたのは激痛、恐怖、そして敗北感。

 

 

 

「震えが止まらぬ……我は恐れているのか……あの者たちを……いやそんなことはあり得ぬ。この【竜王】である我が……違う!アレは!……運が悪かった。準備さえしていれば!何なんだ!奴らは!」

 

 見えない誰かに言い訳するように告げるキュアイーリムに応える者はいない……

 

 

 

 

 

 

 

 

「言い訳ですか……仮にも【竜王(ドラゴンロード)】ともあろう者が嘆かわしいですね」

 

 

 

 

 目の前に突如現れた仮面を被る悪魔を除いては……。

 

 

 

 

「貴様!?いつからそこにいた?奴らの仲間か?」

 

 キュアイーリムは臨戦態勢を整える。飛行は出来ないが目の前にいる悪魔一体程度であれば屠るのは簡単なはずだ。

 

 

 

 

「最初からいましたよ。貴方がここに吹き飛ばされるのを見ていましたから。それと私は彼らの仲間などではありませんよ」

 

 

 

 

「名乗るがいい」

 

 キュアイーリムは続きを促した。先程の八体のドラゴンに比べて実力は足元にも及ばない悪魔だが、このタイミングで現れたというか何か狙いがあるのだろうと確信めいたものを感じていた。それよりもこの悪魔の正体を知っておくが肝要だ。

 

 

 

 

「失礼……私の名前はヤルダバオト。以後お見知りおきを。キュアイーリム」

 

 

 

 

「ヤルダバオト?聞いたこともないわ。何故我の名を知っている?」

 

「貴方にはこう言った方が早いですかね?私は【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】」

 

 

 

 キュアイーリムは目を見開いた。こいつは今なんと言った?

 

 

 

「貴様……戯言を抜かすな。【竜王】でもない悪魔のお前がその称号を口にするな。それに奴はスルシャーナたちによってあの指輪で」

 

「仮にも王と付く者がこの程度の知能しか持ち合わせていないとは……全く以て嘆かわしい。『世界の可能性は小さくない』…というやつですよ」

 

 

 

 

「!っ……まさか貴様!本当に【破滅の竜王】なのか!?」

 

「だからそう言っているでしょう」

 

 

 

 

「何の目的でここに来た?いや私に会いに来た?」

 

「ようやく話せますね。貴方が吹き飛ばされたおかげで【竜帝】の監視の範囲から貴方が外れました。そんな貴方にお願いしたいことがあるのです」

 

 

 

「何だ?」

 

「近い内、貴方を軽くあしらった者たち……あぁそう彼らを仮に【八王】とでも称しましょうか。その者たちと【竜王】たちが戦争になります。貴方にはその時にお願いしたいことがあります」

 

「……何だ?」

 

「キュアイーリム……貴方にはこの取引の後、すぐに戻り、その後起きる戦争には参加しないで頂きたい」

 

「何故だ?」

 

「簡単なことです。【八王】との戦争では【竜王】たちが間違いなく大敗します。その後に生き残った【八王】は同士討ちを始めます。貴方には戦争が終わった後の【竜王】たちの監視をして頂きたい。それに加えて【八王】の監視をする【竜王】が誰でどこにいるかを教えて頂けたらベストですね」

 

 

 

 

「我に見返りがあると思えないが?」

 

「見返りはありますよ。老いぼれである【竜帝】の死。そして貴方を軽くあしらった【流星の子】を殺す機会を差し上げましょう」

 

 

 

 

(【流星の子】……やはり奴らは【流星の子】だったか。しかし何故それをこの者が知ってる?……いやあの実力は【流星の子】しかあり得ぬか)

 

 

 

「貴様にあの者たちをどうこう出来るとは思えないが?」

 

「出来ますよ。貴方と違って私ならね」

 

「ならばそれを証明してみよ」

 

 

 

 キュアイーリムが尻尾でヤルダバオト目掛けて攻撃した……

 

 

 

 その瞬間であった。

 

 

 

「ヤルダバオト様、お戯れはそこまでにして下さいませ」

 

「助かりましたよ【色欲(ラスト)】」

 

 

 

 キュアイーリムは目を疑った。目の前に現れたのは全身を白い貴人服に包む仮面を被る女がいたからだ。体格は人間のそれと類似しているようだが驚くべき箇所はそこではない。何よりこの女に驚いたのはキュアイーリムの一撃を片腕一本で尻尾を掴むことで防いだのだ。その腕はか細く、キュアイーリムの全力を込めた攻撃を防げるとは到底思えなかった。

 

 

 

「何だと……貴様は……いや貴様らは一体?」

 

 

 

「そうですね。【世界の敵】とでも名乗りましょうか」

 

 

 

【世界の敵】……それは事実だろう。こんな存在複数もいていいはずがない。通常であれば【竜帝】に知らせる必要もあるだろう。しかし監視を外れた今ならば……。……危険かもしれないがこの者たちを利用するだけの価値はある。

 

 

 

「さっきの話は事実であろうな?あの老いぼれが死ぬんだな?」

 

「えぇ間違いなく。でしたら取引成立でよろしいですね」

 

 

 

「ヤルダバオト様。でしたらもうご帰還ですか?」

 

「えぇ。よろしくお願いします」

 

 そうヤルダバオトが言うと【色欲】と呼ばれる女がヤルダバオトの肩を掴む。【始原の魔法】を使えないはずの者が転移魔法でも使う気なのだろうか。まずありえないが……。いや思考するのは後にすべきだ。今は他のことに気を取られる訳にはいかない。この者たちに攻撃されたら今の我では決して勝てぬだろう。油断は禁物だ。

 

 

 

「あっ、そうそう忘れていました……」

 

「何だ?まだ何かあるのか?」

 

 

 

「恐らく他の【竜王】は貴方に戦争の参加を強制することでしょう。その時は貴方が作った四つの武器をその者たちに支援と称して渡してしまいなさい。それが参加を拒否する口実になりますし、ツァインドルクスたちに疑われることも回避できますよ」

 

「……貴様は全てを見通しているのだな。理解した」

 

「それでは御機嫌よう」

 

 そう言ってヤルダバオトたちは去った。

 

 

 

「転移魔法……奴は一体?」

 

 

 

「ヤルダバオト……【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】か……危険だが上手く利用できれば……我は更なる力を得ることが可能かもしれん」

 

 そう言うキュアイーリムの身体は未だに震えていた。それは興奮の類ではなく……。

 

 

 

 


 

 

 

 

 瓦礫が散らかる巨大な空間。その空間は神々しい宮殿の内部に位置するその場所で花弁の如く広がる者たちがいた。当然散っているのは花ではなく竜たちだ。だがただのドラゴンではなく【竜王(ドラゴンロード)】たちだ。だが彼らの瞳は既に閉じられておりその全身を自らの血で汚していることから絶命しているのは言うまでない。

 

 

 そんな彼らが倒れ伏す状況を作り上げた存在たちその傍に立っていた。

 

八体のドラゴン、それと竜王たちの頂点に君臨する存在である【竜帝】だ。その傍らには肩で息をするような動きを見せる一体のアンデッド----スルシャーナ----がいた。

 

八体は【竜帝】を囲うようにその場に立つ者もいれば、飛行していつでも動けるようにしている者もいる。だが彼らは総じて敵である【竜帝】に対して構えている。

 

 

 

 

「貴様ら、その力……【流星の子】か」

 

 

 

 

「……あぁ。そうだ」

 

 八体のドラゴンの内、その集団の代表である赤色の鱗を持つ者が口を開いた。

 

 

 

 

「この行動のその先に何がある?」

 

 これは単純な疑問であった。何故目の前にいるこの者たちは自分たちを襲った。

 

 

 

「『解放』だ」

 

「『解放』だと?……一体何をだ?」

 

 

 

「俺たちは貴様ら【竜王】の手から亜人種・異業種を解放する」

 

「成程……私たちの模倣か……皮肉だな」

 

 【竜帝】ではなくスルシャーナが笑った。『解放』と聞くも今やっていることは紛れもなく虐殺だ。そんな者たちの口からまさか解放などと聞けるとは思わなかったからだ。

 

 

 

(確かに【流星の子】である私は人間種を解放した。だが【六大神】と同じ種族であったことが原因で人間が他種族に傲慢になり他の人間種たちをスレイン法国から追放した。そしてまた私も……どこまでも皮肉なものだ)

 

 

 

「違う!俺たちはスルシャーナ!お前みたいに人間種だけじゃない!亜人種・異業種も全て解放する」

 

「私や【竜帝】、竜族を全て殺してか?」

 

 

 

「違う!でも邪魔するなら例え誰であろうと許さない!」

 

「……」

 

(この様子は義憤か……これは判断に困るな)

 

 

 

「【竜帝】たちの彼ら亜人種・異業種への行いを見た。よくもあんな!キュアイーリムとか言う奴も、お前たち【竜王】はどいつもこいつも腐ってやがる!」

 

 次に答えたのは【竜帝】であった。

 

「……仕方あるまい。【始原の魔法(ワイルドマジック)】を行使するには必要な犠牲だ。他種族からすればあまり誉められたやり方でないが……あぁするのが最も効率が良いのだ」

 

「彼らにだって生きる権利はある!何の罪もない亜人の子供が!異形種の少女がそんな理由で奪われていいはずがないだろうが!」

 

 

 

 リーダーは泣いていた。

 

「これ以上の支配は止めて今すぐ彼らを全員解放しろ!でないとお前を殺さないといけなくなる」

 

 リーダーである竜が腕を振り上げる。だがそこで止めた。

 

 

 

「何のつもりだ?」

 

「俺たちが望むのは解放だけだ。殺したい訳じゃない!」

 

 【竜帝】に対してそう言葉を発するのを見てスルシャーナは無いはずの目を見開く。そのリーダーの姿はまるで……

 

 

 

(こいつは……)

 

 

 

 

 リーダーの態度とは異なり他の七体の竜たちが口を開く。

 

「殺した方が面倒ではないと思うが?」

 

「おい!そんなこと言ってないでさっさとこいつら殺しとけって!」

 

「そうよ。こいつらを生かしておくことに何のメリットがあるの?」

 

「おい!俺をイライラさせるな!」

 

「あまり面白くない結論だね」

 

「これじゃあ僕は王様になれないかも……」

 

「…………」

 

 

 

 

「解放しても何も変わらんぞ。確かに解放の先には自由がある。だが自由の先にあるのは混沌だぞ?」

 

 

 

「それでも!彼らの未来をお前たちが決める権利は無い!」

 

「貴様の考えは傲慢で無責任だ!『解放』の先に貴様らが支配でもするのか?それでは我々と同じではないのか?」

 

「責任ならとってやる!それが支配することだというなら喜んで支配してやる!」

 

 リーダーと【竜帝】の間で意見がぶつかり合う。

 

 

 

 

「イライラすんだよ!いつまで話してんだよ!」

 

 そう言って紫色の鱗を持つ竜が【竜帝】に向かって口を大きく開く。ブレスの構えだ。

 

 

 

「よせ!殺すな!」

 

 意外なことにそう言って【竜帝】を庇うようにして立ったのはリーダー格の男だ。

 

 

 

「ちっ!邪魔すんじゃねぇ!」

 

「まだ俺が話は終わってないだろうが!」

 

 

 

 スルシャーナは目を細めた。

 

 

 

 (リーダーの男は殺戮を望んでいない。ただ『解放』が目的で、他の七体の目的とは異なるのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間その場に光が広がる。その場にいた誰もが驚く。

 

 

 

「これは!?」

 

 

 

 八体の竜たちに動揺が走る。流石にリーダーであった男にも動揺が走っていた様だ。

 

 

 

(これは間違いない。【竜帝】の【始原の魔法(ワイルドマジック)】!)

 

 

 

 

 

 

 

 

(抗う事なら出来る……これが私の最後の魔法となるだろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

【竜帝】が最後に選択したのは『始原回復(ワイルドヒール)』であった。

 

 

 

 

 名前の通り回復に特化した魔法である。この魔法は対象の回復に特化しているため、多大に回復できる点がある。しかしこの魔法が最も優れている点はそこではない。それは回復というには強大過ぎる力、『回帰』と表現する方が正しいだろう。つまり元に戻すのだ。そしてその力と光が【竜帝】が持っていたそのアイテムに収束されていく。そこに握られているのは蛇を模した指輪。それを見たスルシャーナと八体の竜は驚きを隠せなかった。

 

 

 

(!?っ…その指輪は…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはスルシャーナたちとの『取引』で得たもの。

 

 

 

 既にそのアイテムの効果は失われているせいか、アイテムから微塵も魔力が宿っておらず錆びついていた。だが【始原の魔法】による魔力を受けた影響か蛇の双眸に光が灯る。その光が錆を弾き飛ばす。それは巨大な魔力の塊。蛇を模した指輪が元の輝きを取り戻す。元の強大な魔力を帯びていく。

 

 

 

 この指輪の名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

【連鎖の指輪】

 

 

 

 

「何で…お前が…それを持っている?」

 

 リーダーが驚愕のあまり身体を動かせずにいた。

 

 

 

 

「やはり知っていたか。ならば効果も知っておろう?」

 

 そして【竜帝】は【連鎖の指輪】に願った。この指輪に全てを願った。

 

 

 

 

「<貴様ら、全員『人間』になれ!>」

 

 

 

 蛇の双眸から上空目掛けて飛び出した光が巨大で強大な魔方陣を浮かび上がらせる。九つの色の異なる巨大な魔方陣が彼らの足元を飲み込む。

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉっっ!!!!!!」

 

 そう言って腕を伸ばす赤い竜を【竜帝】は尻尾で吹き飛ばす。吹き飛び他の七体に衝突する。

 

 

 

 その場が巨大な光に包まれた。

 

 それは世界を歪める力。

 

 それがたった今行使されたのだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 光が薄れていく。そこにいたのは衣一つ守っていない全裸の男女八人だ。先程吹き飛ばしたリーダーは腹を押さえてうずくまっていた。

 

 

 

「くっ……ちくしょう…」

 

 

 

 

 だがリーダーとは反対に他の七人は違った様子を見せていた。

 

「だから殺せと言ったんだ!」

 

「馬鹿か!リーダー!」

 

「クソが!イライラさせやがって!」

 

「何の冗談よ?こんな不利益……ふざけないで!」

 

「ふむ、実に興味深い。しかし不味いな…」

 

「僕の力ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「流石にこれは……」

 

 

 

 

 その者たちの予数を見て【竜帝】は溜息を吐いた。どうやら自身が死ぬ運命自体は変えられそうにないこ。

 

(弱体化は出来たが……それでも難度三百という所か……。力の大半を失った我はここまでの様だな)

 

 

 

 

「ちっ!」

 

 紫色の髪の男が【竜帝】に向かって走り出す。それに続き他の六人も走り出した。空間から彼らは武器を取り出した。彼らがそれを手にした瞬間、人間でありながらも強大な力を得たのを感じる。

 

 

 

「【ギルティ武器】……やはり持っていたか」

 

 かつてスルシャーナが持っていた武器。その中でも最も強大な威力を持つ武器であったことを思い出す。

 

 彼らのそれは槍、斧、ナイフ、鞭といった様々な形状であった。

 

 

 

 七人の人間が持つ強大な武器が自分に向かって振るわれる。

 

 

 

 

 脳裏に映るのは三つのことだった。

 

 

 

 

 まだ幼く力の無い小さな竜王のこと。

 

 彼らが来る前に追い出しておいて良かったと安堵する。世話役であるあの竜王と行動を共にしているなら安心だ。それに【流星の子】であるスルシャーナも死んだら合流するだろうし何とかなるだろうか。

 

(ツアー……お前は戦うな。私の死を【竜王】たちが知れば理由はともかく間違いなく戦争になる。お前は無駄死にするな。戦争には参加するな。そして我の代わりに世界を頼む。世界を変える者を……)

 

 

 それは【六大神】でもなく目の前の八人でもない存在。

 

 

(【預言者】を……)

 

 

 

 

 それと心残りはまだある。現存する書物などが何者かに全て処分され、後世に残ることが無かった超常の存在……【アインズ・ウール・ゴウン】のことだ。

 

(一度でいいから会ってみたかったものだ。かの伝説の存在に……)

 

 

 

 

 そして200年前自分を助けるために身を挺して庇ってくれた一人の人間の女を思い出す。最後の心残りだ。揺れる夕日を連想させる長い金髪、青空を閉じ込めたような瞳、そして全てを浄化する綺麗な笑顔。

 

 唯一自分が好意を持った人間の女だ。未だにステンドグラスを贈答した時の笑顔を思い出す。

 

 もう一度会いたかったぞ。

 

 

 

 

------世界の可能性は小さくないよ------

 

 

 

 

(私も『世界の可能性』とやらを見てみたかったぞ……ヴァルキュリア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして【竜帝】は死んだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「次は私の番か……」

 

 スルシャーナは覚悟を決めた。目の前に七人の人間が武器を構える。

 

 

 

 

「恨みは無いが」

 

「死ねよ!アンデッド」

 

「イライラすんだよ」

 

「貴方が生きていると不利益なの!死んで」

 

「君には興味が湧かない。消えろ!雑魚!」

 

「君を殺せば僕は王様に近づけるんだ」

 

「……すみません」

 

 

 

 

「よせぇぇぇっ!」

 

 リーダーの制止の声が響き渡る。どうやら先程の一撃からようやく立ち上がったようだ。

 

 

 

 

(やっぱり……お前は……)

 

 スルシャーナの身体に七人の攻撃が加わる。力を失ったアンデッドはその眼窩から青い光が消えた。

 

 

 

 

(リーダー……お前は……やはり……)

 

 

 

 

(いい奴だな……)

 

 

 

 

 スルシャーナは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界から最後の『神』が消えた。

 

 残されたのは『王』と呼ばれる二つの勢力。

 

 大陸全土を巻き込む戦争の時は着実に近づいていた……。

 

 


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