週のはじめに考える 車いすで乗る新幹線

2020年10月11日 15時01分

東海道新幹線に6台の車いす用スペースを配置する実証実験=東京都品川区で(国土交通省提供)

 「行楽の秋」なのに、このコロナ禍では旅行気分になれない人は多いでしょう。しかし、新幹線の変革を知ってもらいたいと思います。国のバリアフリー基準が近く改正され、車いす用スペースが大幅に増えるのです。
 「世界最高水準のバリアフリーだ」。改正に携わる関係者らは胸を張っています。
 車いす用スペースは列車の座席数で決まります。千席以上ある東海道新幹線の場合、車いす用は六席に。五百〜千席の東北や北陸などは四席。五百席未満の秋田、九州などは三席になります。
 現在の東海道新幹線の95%には一席しかありません。

◆1席から6席へ増加

 「車いすの友達と一緒に乗れないんです」。障害者団体でつくるDPI日本会議の事務局長で、車いす利用者の佐藤聡さん(53)が訴えます。
 三人組が三本の列車に分乗するような旅では、ウキウキ気分も台無し。修学旅行の車いすの生徒が、皆と同じ列車に乗れないこともあったそうです。
 車いす用スペースは、通路寄りの座席を一つ取り外して設けてあります。やや狭く、車いすが通路にはみ出すため、車内販売のワゴンが通るたびデッキに出ています。
 予約も駅の窓口に行くか、電話でやりとりする必要がありました。しかも、介助する駅員が確保できるまで予約が完了しないので、長時間待たされました。
 申し込みは二日前まで。これでは急な用事に間に合いません。
 ひどい差別があったものです。
 見直しのきっかけは昨年十二月、車いす利用者の木村英子参院議員(れいわ新選組)が「障害者の社会参加は妨げられる一方」と問題提起したことでした。赤羽一嘉国土交通相が「けしからん話」と応じ、JRと佐藤さんら障害者団体が協議しました。

◆当事者と共に決める

 東海道新幹線の車いす用スペースを巡り、JRは欧州の鉄道を参考に「四席」を提案しました。ただ、欧州の列車は千席前後で、約千三百席の東海道新幹線より少ない。このため、佐藤さんらは「六席」を求めました。
 根拠は国際パラリンピック委員会が示す競技場の車いす席の基準「総席数の0・5%以上」です。
 新幹線を利用する車いす客はまだ少ないですが、将来の増加を見込んでJRが歩み寄りました。予約も、インターネット手続きや当日申し込みが順次可能に。
 佐藤さんは「ほぼ百点満点。夢のよう」と喜んでいます。
 特筆したいのは、JRと障害者団体が差し向かいで議論したことです。学者らは加わらず、障害者自身がこの問題に最も詳しい当事者として臨みました。
 「当事者主権」。全国自立生活センター協議会の中西正司副代表らが十七年前に出した本のタイトルを思い出しました。
 同書は「『私のことは私が決める』というもっとも基本的なことを、社会的な弱者と言われる人々は奪われてきた」と指摘。女性や性的少数者(LGBT)らの例も挙げ、「公共性は、少数者の犠牲のもとに成り立ってはならない」と説きました。
 今回の改正は、根付きつつある当事者主権の成果でしょう。
 新車両は来年の五輪・パラリンピックまでに導入の運びです。新幹線開業(東京−新大阪間)が一九六四年十月の東京五輪に間に合ったように、「世紀の祭典」が追い風になるようです。
 それにしても、新幹線のバリアフリーの遅れは他の交通機関に比べて著しい。それは、利益・効率至上主義の社会の象徴的存在だからではないでしょうか。

◆効率至上主義の転換

 繁忙期に車いす用スペースが空席ではもうけが失われるし、一方で立っている乗客がいたら非効率的です。駅で多くの車いす客の乗降に時間がかかると、ダイヤが遅れる可能性もあります。
 そんなJRの懸念を、一方的に否定はできません。利益はさて置き、便利さを求め、享受してきたのは、車いすを使わない多くの国民だからです。
 車いす用スペースは空いていても良いじゃないか。乗降しやすいよう協力しよう。こう思えた時、新基準の精神に並ぶのでしょう。
 加齢や病気で足が動かなくても自由に旅ができる。それが二十一世紀の「夢の超特急」。誰もが安心できる、居心地の良い社会の象徴であってほしいものです。

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