そのうちにお目当ての貸本屋も探し当てたが、こちらは台湾系の貸本屋らしく、
中国語版は台湾からの輸入の繁体字版が大多数を占める。
少数ではあるが、輸入された香港マンガもちらほら。
何割かは英語版のマンガもあり、店内に貼ってある貸出規定も英語版と繁体字の中国語版。
それによると、貸し出しは会員制をとっていて、まず入会金が必要。
1冊あたりの貸出料は定価によって違い、店内で読むのと持ち帰って読むのでも料金が違う。
かなり細かい規定だが、アジアではこのような貸本屋文化がどの国にもそれぞれあるのが面白い。
シンガポールはご存知のように複数の民族からなる国際都市国家として知られる。
事実、小さな「都市」国家なのに、実は公用語が、
英語・中国語・マレー語・タミル語と四つもあるのだ。
最初に中国語版にも繁体字版・簡体字版の両方があることに驚いたが、
多民族都市国家・シンガポールの「実力」を見せつけられたのはそれからだった。
巨大な街路樹から絶え間なく鳥の声が降ってくるシンガポールのメインストリート、
オーチャードロードをまっすぐいくと、赤いレンガの高島屋があり、その3階に紀伊国屋書店がある。
ここがすごかった!
日本マンガだけでなく、アメコミ(アメリカのマンガ)も、
B. D.(ベーデー:フランス・ベルギーを中心としたヨーロッパのマンガ)も、
おそらく、世界中のありとあらゆる種類のマンガが、ここに揃っているのではないか。
しかもそれぞれが、中国語版と英語版の両方で出ているのだ!
日本系の書店なので、もちろん、日本語の日本マンガ(ヘンな言い方だが)もそのまま大量に輸入されている。
私もここ数年、さまざまな国のさまざまなマンガ売り場を見てきたが、およそシンガポールの紀伊国屋ほど、
くらくらするほど国際的なマンガ売り場を見たことがない。
もちろんあまりにマイナーなマンガはないかもしれないが、世界中のあらゆる国の、
その国を代表する人気マンガはすべてそろっている、と言っても過言ではなさそうだ。
上段:辰巳ヨシヒロ「黒い嵐」英語版
下段: 「アイアンマン」「X-MEN」
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「三国志演義」英語版
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アメコミ・MARVELの
単行本(グラフィック・ノベル)
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上段:「会長はメイド様!」中国語版
下段: 「ヴァンパイア騎士」中国語版
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「タンタン」があるかと思えば、その横に「猫のガーフィールド」のシリーズがあり、
「カルビンとホッブズ」があり、「リトル・ルールー」があり、英語版の「三国志演義」があり、
シンガポールオリジナルらしいSF武侠マンガのシリーズがある
(これはまったく同じものが中国語版でも出ていた)。
かと思えば、そのちょっと上に「シンプソンズ」があり、「ポパイ」があり、
アメコミ黄金期のコミックストリップ「TERRY AND THE PIRATES」や「RIP KARBY」の単行本までが並んでいる。
正面にずらっと面出しされた「ハイライト(おすすめ)」の棚をみれば、「NARUTO」の横に(!)
「X‐MEN」と「アイアンマン」が並び、その上には辰巳ヨシヒロの「劇画漂流」「黒い嵐」等の英語版。
下にはシンガポールのオルタナティブなマンガ雑誌「LIQUID
CITY」。隣の棚に目を移せば、いちばん上には「子連れ狼」の英語版のマンガ文庫がずらりと並ぶ。
かと思えば平台には手塚治虫の「奇子」と「アポロの歌」の英語版。
「アポロの歌」の表紙には、「UNSUITABLE FOR THE YOUNG(若い人にはお勧めしません)」
の文字(これ、「性教育マンガ」なんだけどな…)。
「中文漫画」の方の棚では、表紙を並べて面出しされた「NARUTO」の上には、
中国の武侠マンガ「火鳳燎原」が並び、近くにはアメリカで大ヒットした吸血鬼小説
「トワイライト」マンガ版の中国語版(ああ、ややこしい…元はもちろん英語版)が飾られている。
もちろん中国語版日本マンガコーナーでは「吸血鬼騎士」(もちろん「ヴァンパイア騎士」)や
「曹長是女僕!」(「会長はメイド様!」ですね!)も並んでいたが、
最もフィーチャーされていたのは「クレヨンしんちゃん」
(この表紙にも「UNSUITABLE FOR THE YOUNG(若い人にはお勧めしません)」の文字が。
……いや、正しいけど)。
「RIP KARBY」と
「TERRY AND THE PIRATES」
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「シンプソンズ」
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上段:「火鳳燎原」
下段: 「NARUTO」中国語版
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シンガポールで目立った
アメコミ・アーチ―コミックス
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しかし何より驚いたのは、英語版のコーナーには、ずらっと、ほんとうにずらっと、MARVELやDCのバットマンやスーパーマンなどのアメコミの「単行本」(グラフィック・ノベル)が何列も何列も見渡す限り並んでいたことだ。いやあ、びっくりした。この現状なら、今ではアメリカの書店で売られるマンガの主流は日本マンガからグラフィック・ノベルに移った、と言われるわけだ!
これには解説が必要で、もともとのいわゆる「アメコミ」というのは、40pくらいの薄いパンフレット状の出版物で、書店で売るものではなく、ニューススタンド(駅のキオスクを思い浮かべてもらえればいい)やマンガ専門店(「虎の穴」を想像してもらいたい)で売られていた。この流通形態の違いのため、アメリカで日本マンガが売れるようになるまでにはたいへんな苦労の歴史があったのだが(詳しくは、堀淵清治『萌えるアメリカ』参照)、そのブレイクスル―になったのが、判型をそろえて右開きの日本のままの形体で「書店で」マンガを売る、ということだった。これによって日本マンガは、アメコミとは違う、「書店」という流通経路にのるようになり、これを見たアメコミの出版社も徐々に書店流通する商品を作り始めそれに成功した……と、ここまでは聞いていたのだが、思いがけずシンガポールで、その現実をまのあたりにしたのである。ほんとうに、びっくりするくらいの量だった。
紀伊國屋では大量の物量に埋もれて目立たなかったが、シンガポールの街の書店を観察すると、もう一つ、マレーシアから流入してくるマンガも多いことに気付く。発表で気になったマレーシアの女性マンガ家・KAORUさんの作品も街の書店で手に入れることができた。また、そうした書店の「ASIAN COLLECTION」と銘打たれたコーナーには、「学習漫画」も数多い。これもアジア圏のマンガの特徴で、とくに韓国産の学習漫画は強く、英語のほかアジア各国語に翻訳されて並んでいる。もう一つが台湾産の学習漫画で、シンガポールにはこの両方のほか、マレーシアの出版社が出した学習漫画も並んでいた。
中文(中国語の)漫画
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「リトル・ルールー」
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アメコミ・DCの単行本
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手塚治虫「アポロの歌」「奇子」英語版
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それからシンガポールで目立ったのは、「アーチ―コミックス」の人気だ。アーチ―コミックスは老舗とはいえ、マーベルやDCと比べれば、アメコミの中ではどちらかというとマイナーなものなのだが、なぜかシンガポールでは、どこへ行ってもアーチ―コミックスをみかけた。古本屋でもアーチ―コミックスだけのコーナーがあったくらいだ。なぜなのかはわからないが、アーチ―コミックスはアメコミの中では珍しく少女マンガ的な要素を備えた、ほんわりした学園ものシリーズなので、アジアではスーパーヒーローものよりその方が受けるのかもしれない。シンガポールほどではないが、他のアジアの都市でもよくみかけるシリーズである。
さて、街の書店、貸本屋、古書店、紀伊国屋と駆け足でまわった、シンガポール1日マンガツアー。その日は一晩だけ憧れのラッフルズホテル(!)に泊まって、翌日は私一人、一路インドネシアへ。最初の行先はバリ。さあ、インドネシアでは、どんなマンガが待っているのか。
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