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特級探索師への覚醒~蜥蜴の尻尾切りに遭った青年は、地獄の王と成り無双する~ 作者:笠鳴小雨

第3章 望まぬ忘却の先に、肯定と未来の線路を築く

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第84話



 ――第2階層の南街、ドスソルパブロ街。



 そこは第2階層のセントラル街から車で十分ほどの場所にある、比較的小さな町であるのだが、海鮮料理が美味しいことでも有名な街である。

 夜は海鮮を求めて多くの街から人がやってくる街で、大人たちが気持ちのいい春風を浴びながら、テラス席で酒盛りを至る所で交わしている。

 そんな街でも比較的高価なお店が立ち並ぶエリアで、テンジと千郷はこの街で有名なグランツィオというパスタ専門店にやってきていた。


「カニクリームパスタ五人前ください。あと、ハーブチキンサラダとコーラも二つお願いします。あと……」


「ご、五人前ですか? 当店のパスタはかなり大きめのサイズですが……」


「問題ないよ! 私たちたくさん食べる子だからね。それとね……テンジくんはなにかいる?」


「僕は大丈夫だよ。千郷ちゃんに合わせる」


「そう? じゃあ、デザートにパンケーキもお願いします」


「か、かしこまりました。パスタはニンニクの量が調整できますがどういたしますか?」


「普通でいいよね?」


「うん、僕は普通がいいな」


「かしこまりました。ノーマルでお持ちさせていただきます。それと、パンケーキはアイスか生クリームのどちらかがお選びいただけますが……食後にもう一度お伺いしましょうか?」


「うん、それでお願いします!」


「かしこまりました。料理が届くまで、少々お待ちいただければと思います」


 給仕がそう言うと、まるでタイミングを狙ったかのように、もう一人の給仕が銀色のトレーを持ちながら現れた。

 そこには二つのコップが乗っかっており、ごつごつとした高価そうなチタン製のグラスであった。


「こちら、料理が届くまでにご堪能ください。当店が栽培しているブドウから絞った新鮮なジュースとなっております。未成年の方には食前酒をお出しできないので、こちらのジュースになります。では、ごゆっくりと」


 給仕二人が綺麗な訓練された所作で、ゆっくりとこの場を離れていく。


 本来ならば、このお店は完全予約制だ。

 しかし運がいいことに、たまたまキャンセルが出て席が空いていたのと、千郷がマジョルカエスクエーラの教師であることがデバイスからわかるので、急な来店でも対応してくれることになった。

 急な状況でもこの対応をできるということは、やはりここはそれなりの素晴らしいレストランということなのだろう。

 なんと、このお店の本店はかの有名な星を二つ貰っているらしい。


 千郷は楽しみで仕方ないのか、そわそわとブドウジュースを飲みながら待つ。


(なんだか変な感じ。でも……濃厚なブドウの味に、苦みの一切感じないこれは……凄く美味しいなぁ)


 テンジも配膳されたブドウジュースに舌鼓を打っていた。

 二人は今か今かとカニクリームパスタが来るのを無言で待つ。どうやら今日のダンジョン攻略でかなり疲労が溜まっているらしく、口を開くのも億劫という状態だ。


 二人がだらだらとしていた、その時だった――。


「あら、千郷ちゃんじゃない。奇遇ね」


 不意に背後から女性の声が聞こえてきたのだ。凄くおっとりとしていて、どこか心が落ち着いく、ピアノの音色のような優しい声だった。

 テンジと千郷は気を抜いていたので、思わずびくりと体を震わせて、声のした方向へと顔を振り向く。


 その人物の姿を見て、千郷は驚いたように目を見開いた。


「あっ、リィメイお婆ちゃんだ。本当に奇遇だね、どうしたの?」


「私もここのカニクリームパスタを食べに来たのよ。ご一緒にしてもいいかしら?」


「全然いいよ。ちょうどここに来る前にテンジくんとリィメイお婆ちゃんの話もしてたし、ここに座ってよ」


「あら、私のこと? それは嬉しいわね。では、お言葉に甘えて」


 リィメイ学長は思いのほか礼儀正しい姿勢で、四つあるうちの空いていた一つの席へと腰を下ろした。


 ウルスラ=リィメイ。


 齢62の年老いた女性であり、世界でも四人しかいない現役零級探索師の一人である。

 世界最強の兵器と呼ばれる探索師であり、光系統の魔法を操ることからも『光の魔女』なんて呼ばれることもしばしば。

 昔は世界中を駆け回ってダンジョン攻略に励んでいたが、体が悲鳴を上げ始めたことを機に、零等級ダンジョンと設定されているマジョルカに腰を据えてダンジョン攻略を行っている。

 その中で、マジョルカエスクエーラの学長としての仕事も行っており、精力的に次代の探索師の育成に関わっている。それでもあまり表には顔を出さず、裏方に徹することが多いとか。


 風貌はどこにでもいる異国のお婆ちゃんという感じだ。

 赤みがかった茶髪に、白髪が少し混ざっている。髪を後ろで団子にしているため長さは分からないが、普段から肌のケアをしているのがわかる。

 身長も普通で150前半というところだろう。ふんわりとお婆ちゃんみたいな香りが漂い、その奥には紅茶の香しい香りも混ざっている。


(へぇ、これがあの光の魔女なんだ。この人もあんまりメディアに出てこないから、動いてるところは初めて見たな)


 テンジは内心でそんな感想を抱いていた。

 それでも体の内から溢れ出る強者特有のオーラだけは、隠しきれてはいなかった。そのことにテンジも気が付いており、思わず首筋に汗をじんわりと掻き始める。


 リィメイ学長が給仕の案内を無視してここに座ったことに気が付き、すぐにレストランの給仕がこちらの席へと踵を返してきた。

 そして、リィメイ学長の傍によって小さく問いかける。


「こちらのお席でよろしかったですか?」


「ええ、そうしてもらえるかしら」


「かしこまりました。すぐにこちらへとメニューをお持ちいたします」


「大丈夫よ、もう決まってるから。ここの有名なカニクリームパスタを一つくれるかしら? あとシェフのお任せでワインを一つ」


「かしこまりました。こちらの席のお客様とご一緒にお持ちいたします」


「ええ、よろしく」


 その給仕はすでにリィメイ学長のことを知っているのか、物腰柔らかくVIPでも扱うような対応をしていた。

 思わぬ人物の登場で、テンジは食欲よりも緊張が勝ってしまう。


(千郷ちゃんに聞いていたよりも……普通に優しそうなお婆ちゃんって感じだな。今のところ不愛想って感じはない)


 目の前にいる人物は、千郷がダンジョンで言っていた「愛想悪いお婆ちゃん」という様子は全く見えなかった。

 むしろ千郷のことを、まるで孫でも見ているかのような微笑ましい表情で見つめていたのだ。千郷もあまり緊張はしていないようで、いつも通りにふんふんと鼻歌交じりにパスタを待っていた。


 そんな時、リィメイ学長の視線がテンジへと向かった。

 その瞳はどこかテンジを探るような意志を持っていた。


「あなたが千郷ちゃんの弟子の天城典二くんね。……思っていたよりも、背は小さいのね。身長は?」


「で、弟子なのかな? ……えっと、僕のでしょうか? 確か、169センチです。いや170センチだったかな?」


「あら、やっぱり小さいのね。千郷ちゃんとはいつから知り合いなの?」


「えっと……」


 テンジが緊張していることに気が付いたのか、千郷が会話に割って入る。


「ちょうど一か月半前くらいだよ。リオンがテンジくんを見つけてきて、ギルド事務所で会ったのが最初かな。その後、ギルドの入団試験で再会したの」


「なるほどね、それでマジョルカに来たのね。どう? マジョルカは楽しい?」


「うん! すっごく美味しいものがたくさんあって楽しいよ!」


「そう、それは良かったわ。千郷ちゃんは私の孫に似ていてね、つい可愛がりたくなっちゃうのよね」


 リィメイ学長は徐に千郷の頭に手を伸ばし、髪をわしゃわしゃと優しく撫で始めた。

 その瞳は嘘を付いていないようで、心の底から千郷を可愛がっているように見える。


(どこが不愛想なんだよ、全然普通のお婆ちゃんって感じじゃないか)


 心のどこかで心ない言葉が発せられると構えていたテンジは、少し面を食らった気持ちでいた。

 その後もリィメイは千郷にいくつもの質問を投げかけていた。


 そうして十五分ほどで、テーブルの上に合計で六つのパスタが到着した。

 最初はその数に驚いていたリィメイ学長であったが、千郷とテンジの底なし胃袋を目の当たりにして、その量が適正であったのだと知る。


 リィメイ学長はすぐに食べ終えてしまい、二人が食べ終わるのをおっとりとした表情でワインでも傾けながら待っていた。



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