「総理は多様性を認め、政策に生かして」 日本学術会議・大西隆元会長が本紙に寄稿

2020年10月08日 06時00分
 菅義偉首相が新会員候補6人の任命を拒否した問題を巡り、日本学術会議の大西隆元会長が本紙に寄稿した。「学術会議は会員がそれぞれの専門を生かしながら議論する場で、政治的な主張を戦わすわけではない」と主張し、任命拒否を「残念な事態」として、政府に理由の説明を求めた。

日本学術会議元会長の大西隆氏(2016年撮影)

◆レジ袋有料化も学術会議の提唱がきっかけ

 日本学術会議の会員選考で、菅義偉首相が学術会議の新会員候補者のうち6名を任命しなかったことが批判を招いている。筆者は、2011年から17年まで同会議の会長を務めた。学術会議の活動を紹介しつつ、この問題を考えてみる。
 微細なプラスチック片が分解されずに海に滞留し、摂取した魚、さらに人に害を及ぼすから、プラスチックの利用を大幅に削減しようというキャンペーンが、レジバッグ有料化やマイバッグ携帯につながった。このきっかけの1つは学術会議が海外の学術会議と手を携えて行った提唱であった。
 学術会議は、大学や企業の研究者等の代表が学術の観点から社会や政府へ提言、国際協力を行う組織で、発足して72年になる。210人の会員と約2000人の連携会員が、専門分野や分野横断的なテーマについて審議する多数の検討委員会を組織している。身分は非常勤国家公務員で、会議出席の際に旅費や手当は支給されるが、会長を含めて給料や年金とは無縁である。

◆会員選考基準は「優れた研究又は業績がある科学者」

 審議組織という性格上、重要なのは人、つまり会員である。6年の任期制が敷かれ、3年ごとに半数が改選される。会員の選考は大きなテーマで、発足以来、全国の研究者による選挙制度、学会などからの推薦制度を経て、現会員が新会員を選ぶ現制度に至った。過去の制度には選挙運動の行き過ぎや、重点を置くべき研究分野の議論等で推薦母体の利害に敏感になる等の批判があったのである。
 会員の選考基準は法律で「優れた研究又は業績がある科学者」と明記されている。その上で、同じ大学の勤務者等の身近で実績の分かる人を選びがちなため、女性研究者の登用、東京圏への集中緩和、企業や国の研究機関の研究者の登用に意識的に努めてきた。

◆残念な事態 任命拒否の理由提示を

 その会員選考で、手続きに基づいて学術会議から推薦された候補者のうち6名の任命を任命者である首相が理由を示すことなく拒否したのが今回の残念な事態である。16年にも、定年退職の会員補充人事で選考経過の説明の段階で、学術会議の案に対して官邸側が難色を示し、結局、選考手続きが時間切れとなり、推薦を見送ったことがあった。私は、選考過程をより丁寧に説明して任命者に理解していただく必要を感じ、17年10月の会員任命は推薦通りに行われた。
 学術会議は多様な専門を持つ会員がそれぞれの専門を生かしながら議論する場で、会員は政治的な主張を戦わすわけではない。ここが、学者の国会といわれながら本家の国会と大きく異なるところである。総理にはこのことを理解して、多様性を認め、国内の最先端の学者の議論の成果を種々の政策に生かしてほしいと思う。実は学術会議のような組織は先進国、途上国を問わず世界のほとんどの国にある。設置形態はさまざまだが、共通しているのは国からの資金で活動し、成果が公にされ、国民の共有財産となっていることである。
 もし今回の任命拒否が、先述の選考基準と別の観点で行われたとしたら法に反したものとなる。その意味でも拒否の理由を示すことが求められている。

おおにし・たかし 1948年生まれ。東京大大学院工学系研究科博士課程修了。2011年10月~17年9月に日本学術会議会長。東京大名誉教授、元豊橋技術科学大(愛知県豊橋市)学長。専門は都市工学。著書に「逆都市化時代―人口減少期のまちづくり」「広域計画と地域の持続可能性」(編著)など。