第37話
テンジは、【暇人】のギルド事務所で海童と向き合っていた。
「まずはどこから話しましょうか……」
「あぁ、そういえば。先に言っておくけど、これはあくまで僕が個人的に知りたいだけで、他言は絶対にしないからね。そもそもテンジ君のことを他に話すなんてもったいないことしないよ」
海童は事務所の対面ソファで深く腰を下ろしてくつろぎながら、紅茶をグイッと飲む。そのまま柔らかい笑顔でテンジへと言った。
テンジはいまだに少し緊張していたが、思っていたよりも寛いでいた。
「個人的に、ですか?」
「そうそう、だってリオンは何も教えてくれないんだもん。あんまり関わるなとか、気だけは張っておけとか、支離滅裂なことばかりだよ」
「な、なるほど……」
「まぁ、あくまで僕の私欲だから喋りたくないことがあれば言わないでね。僕は元から強要するつもりないし、そもそも上級探索師たちは誰も自分の天職について話したがらない生き物だからね」
あははは、と海童は空笑いをした。
不意に何かの苦い経験を思い出したのか、ほんの一瞬死んだ魚のような瞳をする。しかし、すぐに興味の対象をテンジへと切り替える。
テンジも緊張を吐き出すために一度深呼吸をして、肺の空気を一新した。
「まずは『特級天職』って聞いたことありますか?」
テンジは最初に聞いたことのない『特級』という等級について質問してみることにした。
海童は記憶を探るように考えこみ、無意識に紅茶へと手を伸ばし、ずずずっと啜りだす。そして何かを思い出したように顔を上げた。
「特級ねぇ……。その名前自体に聞き覚えはないんだけど、心当たりだけはあるかな」
「ほ、本当ですか!?」
知らないと言われることを想定していたテンジは、思わず腰を浮かして前屈みになる。
そんなテンジを真剣な表情で見つめながら、海童は答える。
「15年前くらいかな? リオンがアメリカの一等級ダンジョンから帰還した後に、『白い瞳をしたモンスターを見たぞ。あれは化け物だ、まるで攻撃が効かなかった』って僕に報告を上げてきたんだよね」
「リオンさんの攻撃が効かない白い瞳を持つモンスター……ですか」
「うん、あの時のリオンはまだ成長中だったこともあるから、さらりと聞き流してた情報なんだ。だけど、そもそも白い瞳のモンスターって存在しないはずなんだよね。探索師高校でも習うでしょ?」
「はい、もちろん知っています」
モンスターの瞳色は強さを表し、等級を示す。
五等級は『紫』、四等級は『青』、三等級は『緑』、二等級は『黄』、一等級は『赤』、零等級は『赤紫』。
ここまでは誰もが知っていることであり、それこそ普通の中学生ですらニュースや報道番組を見て知りえるほどの常識だ。
そこに『白い瞳』なんて等級は存在しない。だから、海童は白い瞳と聞いたこともないテンジの『特級天職』を結び付けて答えたのだ。
「まぁ、白いからどうって訳じゃないんだけどね」
「いえ、非常に参考になります」
「そりゃあ、良かったよ。特級天職、言葉の綴りからしても特別な天職ではあるんだろうね。等級区分で言うと、零等級の上なのかな?」
「僕もそう考えています。それか、単純に等級区分では表せないのか」
「そっか、等級外の天職という可能性もあるのか。特級……ね、何か情報が入ったら真っ先にテンジ君に教えてあげるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん。まだ開示できる情報はあるかな?」
海童の言葉に、テンジは次の質問を投げかけてみる。
「何かを召喚する、そんな能力を持つ天職を知っていますか?」
「召喚系かい? あるにはあるね、非常に少ない例だけど。僕が知ってるのは『武器を複製する』天職と『アイテムを収納する』天職、あとは『膨大な水を水瓶から発生させる』天職とか、『壁のような門を召喚する』天職だね。どれも大体何かのモノを呼び出す感じかな」
「やっぱりそうですよね……僕が図書館で調べた限りもそんな感じでした。生きている物を召喚する、なんて聞いたことないですよね?」
「生き物かぁ、それはちょっと聞いたことないな」
「そうですよね。やっぱり僕の天職は初めての系統なようです」
「何を召喚するんだい?」
海童の当たり前な疑問に、テンジは用意していた答えを答える。
「まだわからないんです」
「あ~、まだ学生だもんね。さすがに天職の習熟はできないよね」
テンジは「小鬼」という存在を隠した。
あえて「生き物」と濁すことで、他人には話さないことにしたのだ。というのも明らかに悪者である鬼を召喚する天職なんて知られたら、あまりいいイメージを持たれないだろう。
それに獄獣召喚は小鬼だけではなく、いつか他人にはおいそれと話せない地獄獣が現れるかもしれない。そういうときのための保険でもあった。
「学生の内はあんまり天職について知れないかもしれません。次の質問いいですか?」
「うん、いいよ。次はどんな情報が飛び出てくるのかな?」
海童はわくわくしたような瞳をして、少し前屈みになる。
どうやら海童という男は、ただ単純にテンジの天職に興味があるだけのように見える。
どこか少年のような可愛さを持った海童の行動に、思わず頬が緩むテンジであった。
そんなテンジが爆弾を落とす。
「この武器って何等級なのか測定することってできますか?」
そう言って取り出したのは、赤鬼シリーズの武器『赤鬼刀』であった。
突然、何もない空間から音もなく出てきた赤黒い刀に、海童は思わず腰を抜かしそうになっていた。
瞬きするほどの刹那の時間で、気が付いたらテンジは刀を握っていたのだ、驚くのも無理ないだろう。
「び、びっくりしたぁ」
「あっ、そっか。すいません、つい」
テンジにとってはすでに当たり前の光景だったのだ。
他人には見えていないが、テンジには閻魔の書が音を立ててぱらぱらと動き、文字が銀色へと変化し、カッと眩い光を放つ光景を見ていたのだ。
だから、テンジにとっては「眩しいほどの光が見える」のだが、他人には「前触れもなくいきなり出てきた」と見えてしまう。
「す、凄いね……思わず驚いちゃったけど、本当にすごいよ。今、何したの?」
「えっと、武器を召喚したんです」
「頭で念じる系?」
「はい、たぶんそうだと思います」
この時も、テンジは情報を伏せた。
正確には閻魔の書を経由して、頭で念じ、銀色の文字に触れるである。しかし、ここでは閻魔の書の存在は隠しておく。
それでも海童にはなんとなく何かを隠しているのだろうとわかっていた。
「そっかそっか、それじゃあ測定しようか。ちょっと待ってね」
海童はそう言うとソファから立ち上がり、隣の部屋へと向かった。
十秒も掛からずにその部屋から出てくると、その手には一つのアイテムが握られていた。
テンジは想像通りなアイテムが出てきたことに、内心でガッツポーズをする。
そのアイテムはおおよそ個人では所有できない高価なアイテムであり、大手ギルドや大企業が所有しているようなものなのだ。
だからテンジにはどうやってもそのアイテムを使うことができなかった。一応、高校にはあるのだが、基本的には生徒が使ってはならないとされている。
「これは知ってるよね?」
「はい、『MP原子測定珠』ですよね?」
「その通り! まぁ、簡易版なんだけどね。さすがは探索師高校の生徒さんだ。それじゃあ、ちゃちゃっと測っちゃうね」
海童はそう言うと、テンジにその刀を机の上に置くように伝える。
テンジは言われた通りに赤鬼刀を机にそっと置き、海童はその刀に優しくアイテムを触れさせた。ほんの一瞬触れただけでMP原子測定珠は七色に光り輝き始めた。
「は、初めて見ました」
「あ、本当? うちではよくリオンが見たこともないアイテムを持って帰ってくるからよく見る光景なんだけど、確かに普通の学生じゃあ見る機会も少ないか」
「はい、こんなにも綺麗な色に光るんですね」
「そうそう、意外と綺麗だよねこれ。あっ、そろそろ結果が出そうだよ」
海童の言った通りにMP原子測定珠の光がゆっくりと静まっていき、珠の中には薄っすらと文字のようなものが見えていた。
テンジと海童は同じようにそれを覗き込んだ。