第29話
「さてと、始めてみますか」
検証を開始する前にざっと周囲を確認してきたが、誰かがいる様子はなかった。というかそもそもこの公園にある小さな林一帯は夜間の進入禁止区間となっているため、ほとんど人が来ることはないだろうとテンジは予想していた。
ただの公園が夜間の進入禁止区域になっている理由は、このすぐ近くにはメインダンジョンに分類される御茶ノ水ダンジョンが存在するからである。
ダンジョンには『メインダンジョン』と『サブダンジョン』という分類が存在する。
メインダンジョンとは、名の如く主要なダンジョンという意味であり、世界に存在する47個のダンジョンのことを指し示す。
このダンジョンは未だにすべてが未攻略であり、最下層が不明なのだ。
ただし、この23年間で3か所のメインダンジョンが攻略されており、その3か所は攻略されて一か月後に消滅した。これを『ダンジョン閉鎖現象』とテンジは学校で習っていた。
そしてサブダンジョンとは、メインダンジョンの周囲10km以内に周期や場所がランダムで出現する小規模なダンジョンのことを指す。
サブダンジョンは一階層から二階層構造のものしか現れず、モンスターも延々と増え続けたり、リポップ現象が起こることもない。ただし、長時間放置した場合はモンスターが急激に成長し手に負えなくなるので、発生後二週間以内に攻略し閉鎖させることが法律で決まっている。
この公園はその10km圏内に存在するため、このような見晴らしの悪い場所は夜間進入禁止区域と設定されているのだ。
そんな場所においそれと近づく一般人もいないので、秘密の検証をするにはもってこいの場所なのである。
早速、テンジは「新たな小鬼を召喚したい」と念じてみる。
「おっ、やっぱり来た!」
閻魔の書がひとりでにぱらぱらと捲れていき、「召喚可能な地獄獣」のページで止まったのである。
そこには銀色で表示された「小鬼」の文字があり、自分の推測が正解だったことに興奮の色を隠せないテンジであった。
「よし、やろう」
小鬼の文字に指の腹をそっと触れさせる。
そのページがカッと白く光り輝きを放ち、暗闇に慣れていたテンジの視界を真っ白に染めた。
思わず両手で視界を遮るテンジであったが、光が収束したころにはテンジの前に一人の小鬼が立ち尽くしていた。
「おん」
それはテンジの知っている小鬼とは少しだけ違っていた。
背の高さも、肌の色も、髪の色もほとんどは同じなのだが、どこか顔つきが違って見えた。男の子というよりも、女の子という感じなのだ。
別の小鬼が召喚されたことを確認し、テンジはすぐに閻魔の書を調べる。
「あっ、やっぱりだ。この小鬼は小鬼くんとは別なのか」
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【名 前】 天城典二
【年 齢】 16
【レベル】 0/100
【経験値】 136/1000
【H P】 26(10+16)
【M P】 16(0+16)
【攻撃力】 96(80+16)
【防御力】 40(24+16)
【速 さ】 23(7+16)
【知 力】 38(22+16)
【幸 運】 45(29+16)
【固 有】 小物浮遊(Lv.5/10)
【経験値】 3/22
【天 職】 獄獣召喚(Lv.0/100)
【スキル】 閻魔の書
【経験値】 136/1000
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【魔鉱石変換】
ポイント: 42
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『地獄領域』
【赤鬼種】 2/2
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【名 前】 (名前を設定してください)
【種 族】 小鬼
【等 級】 五等級
【H P】 296
【M P】 213
【攻撃力】 301
【防御力】 235
【速 さ】 199
【知 力】 207
【幸 運】 278
【天 星】 岩石砕き
【付加値】 攻撃力25
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新たな小鬼を召喚して変わった項目はこれだけであった。
テンジの攻撃力にはさらに25の数値が追加され、魔鉱石変換のポイントも5減少していた。地獄領域も1/2から2/2へと変化し、小鬼くんの隣のページにステータスが少し違う小鬼のページが現れたのだ。
そこからテンジの推測だったいくつかの項目が確証へと変わる。
「五等級の小鬼を召喚するのに必要なのは5ポイント。そして召喚されるのはステータスの似通った別の個体であると。それに地獄領域の分母は召喚できる最大数を指していたんだな。攻撃力のパラメーターも追加で25も増えてるし……そっか、そういうことなんだ」
テンジはようやく自分の天職がどのような能力を持っているのか理解し始めていた。
特級天職《獄獣召喚》。
小鬼のような地獄獣を複数召喚でき、召喚数に応じて自分のステータス値も上昇する。地獄獣にはスキルのような項目もあり、たどたどしくも会話ができることから、指示した通りの戦闘をすることもできる。
これが自分の天職なんだと知った。
「これは……凄い天職だと思うな」
自分の能力の可視化に、複数の仲間を使役し、数に応じて自分の能力を向上させる。武器や装備品もいくつか本に収めることができ、いつでも召喚可能になっている。
これは不確定要素だが、体力と精神力を回復する「鬼灯」アイテムもポイントで変換することができ、かなりのオールマイティ天職であることがわかった。
この世にある天職は「〇〇役」として呼称されることが多いほどに、どこかの能力に特化した天職が多いのだ。
剣役、治癒役、盾役、弓役、魔法役など、それぞれの天職にあった役割を担うことで、モンスターたちに対し有利に戦う。
これがプロ探索師の定石であるのだ。
一部の上級探索師と呼ばれる突出した能力を持つ人たちは、特化し過ぎた故に火力でごり押しできたりするのだが、そういう人たちは本当にごく稀にしか生まれない。
彼らは上級ギルドのエースとして所属していたり、大企業が囲っていたりする。それほどまでに希少な存在ではあるのだ。
「同時に小鬼くんも召喚できるのだろうか?」
テンジはふと疑問に思ったことを検証してみる。
心の中で「小鬼くんを召喚したい」と念じてみると、閻魔の書が動き出し文字を銀色に輝かせた。それに触れると、思った通りに小鬼くんが召喚された。
テンジの前には二体の小鬼が立ち尽くしていた。
「やっぱり同時召喚もできると……これ、やばくない?」
テンジはその有用性に気が付いてしまった。
通常の探索師は複数のパーティーやレイドを組むことが多いのだが、この天職を伸ばし続けた暁にはその仲間すらいらない可能性が見えてきたのだ。
今はまだ未知数の小鬼しかいないものの、閻魔の書の白紙部分からももっと多くの地獄獣を使役してくのだろうと想像を膨らませていく。
「おん」
「おん」
そこで小鬼たちが「用事がないなら帰してよ」とテンジに言ってきた。
「あっ、ごめんね。うん、戻っていいよ、ありがとう」
テンジは慌てて小鬼の二体を地獄領域へと返還した。
そのまま自分の天職についてジッと考える。
「うん、やっぱり僕の天職は今までの天職とは系統がまるで違う。全く新しい天職だと言われてもおかしくない。完全に逸脱しているよ、これ」
日本探索師高校ではもちろん天職についての授業がいくつも存在する。
一年生の頃には天職全般について学び、いくつもの有名な例をとってどんな能力が多くて、どんな役割を与えられ、どんな探索師に将来なれるのか知ることができる。
二年生になると、ほぼ全員が天職の方向性を決定し、専門の講義を受講する。
テンジはこれまで学んできた知識を総動員したのだが、獄獣召喚のような異質な天職を聞いたことはなかった。
自分の未来に楽しい思いを馳せる一方で、その怖さを感じてしまった。