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特級探索師への覚醒~蜥蜴の尻尾切りに遭った青年は、地獄の王と成り無双する~ 作者:笠鳴小雨

第1章 蜥蜴の尻尾が輝く日、鬼が藍月に微笑む

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第25話



「……ん」


 テンジが病室で目を覚ました。

 起きると見知らぬ白い天井があり、ほんのりと消毒液のような独特な匂いが香ってきた。雑魚寝が当たり前のテンジは、自分がベッドに寝ていたことに違和感を覚えていた。

 すぐ横ではごそごそと物音が聞こえ、不意にそちらへと顔を向ける。


「真春か?」


「お兄ちゃん起きたの!?」


 そこにいたのはテンジの妹である天城真春だった。

 どうやら登校前に兄の着替えをバッグ一杯に持ってきたようで、中学校の制服を身に纏う真春が驚いたようにテンジを見た。


「起きたのって……ああ、そういうこと。僕は気を失っちゃったんだね」


 テンジは見知らぬベッドに天井、匂い、着替えを持ってきた妹の姿を見て、ここが病院の中であると理解した。

 そういえばダンジョンの中で零級探索師と出会い、安堵の気持ちからこと切れるように倒れてしまったことを思い出す。


「大丈夫なの!? お兄ちゃん!」


 真春は勢いよく看護師を呼ぶボタンを手に取り押した。そのまま兄の顔を勢いよく覗き込む。ぺたぺたと顔や全身を触られ、くすぐったく感じる。


「うん、なんとか生きてたね。良かったよ」


「良かったよ、じゃないよ! いきなり協会から行方不明になったって聞いて……お母さんとお父さんみたく死んじゃったんじゃないかって心配して……」


 真春の瞳に涙がうるうると溜まり始める。

 その様子を見て、テンジは心配させまいと笑顔を見せ、妹の涙を優しく拭った。


「大丈夫だよ、兄ちゃんは絶対に死なないから。もっと美味しいごはんを食べさせられるように頑張るから」


「ご飯よりもお兄ちゃんのほうが心配だよ!」


 その言葉に心打たれたテンジは思わずうるっと涙目になる。

 これほど大切な妹が本心をはじめて話してくれたのだ。その事実が無性に嬉しかったのかもしれない。最近は妹の反抗期を疑っていたのだが、どうやらその心配はないようだ。


 と、そこでテンジは気が付いてしまった。


「あっ、入院費どうしよう。しかも個室だし……」


 感動もほどほどに、貧乏なテンジは入院にかかる費用をどう工面するべきか考え始めた。

 いつも通りな兄の姿を見て、真春の顔も思わず晴れていく。


「お兄ちゃんは本当にお兄ちゃんだよ」


「それは褒めてる?」


「うん、ちょっとだけね」


 21日ぶりに再会した兄妹はお互いに笑いあった。


 そんな時だった。

 コンコンと入り口から扉をノックする音が聞こえてくる。


「もういいかな?」


 開いていた扉に肩から寄り掛かって待っていたのは、この病院の医師である七星一葉であった。

 ショートな茶髪が可愛さを演出し、白衣が賢さを醸し出していた。


「あ、はい」


 テンジはその可愛さにほんの一瞬見惚れてしまった。

 特に年上が好きとか、年下が好みとか考えたことのないテンジにとって、賢さと可愛さを両立させた七星は美しく見えたのだ。

 そんな七星がゆっくりとテンジの元へ歩み寄る。


「君の担当医、七星一葉だよ、よろしくね」


「は、はい! 天城典二です!」


 テンジは思わず声を上擦らせて答えた。

 その上がり具合を見て、真春と七星は面白がるようにクスクスと笑った。


「知ってるよ、担当医だと言ったよね? 患者の名前を知らないわけがないよ」


「あっ、そっか。すいません」


「いいよいいよ、起きたばかりで脳も覚醒していないからね。それよりもさっき気にしていた入院費だけど、ちゃんとリオンから事前に分捕っておいたから安心して入院してなさい。君の両親に連絡しようとしたんだけど……随分と兄妹二人で無理してるらしいじゃないの」


「リオン……って!? あの人ですか!?」


「うん、たぶんそのリオンであってるよ」


 恐れ多くもあの零級探索師が自分を助けただけではなく、入院費まで負担してくれていたことに驚きを露にしていた。

 テンジにとって、百瀬リオンは遥か上にいるプロ中のプロ探索師だ。そんな人に迷惑を掛けてしまっていることに、どう感謝すればいいのか分からなくなっていた。


「お兄ちゃん、リオンさんって?」


 そこで真春が聞いたこともない人が誰なのか問いかけてきた。

 ダンジョンでの会話を思い出したテンジは、リオンが過度な干渉を嫌っていたことを思い出し、情報を制限して答えることにした。


「僕をダンジョンから助けてくれた凄い人だよ。でも、なんで僕なんかの……」


「あぁ、それと。これをリオンから預かってて、君に渡すように言われていたんだよね。ということで、はいこれ。すぐにポケットかバッグに隠してね? あとこれを貰ったことは他言無用よ?」


 七星はぷるんとした唇に人差し指を当て、可愛い仕草をした。そしてテンジにリオンから預かっていた名刺をこっそりと渡す。

 訳がわからないテンジであったが、過度な干渉を嫌うという言葉が印象的だったため、これもそういう意味なのだろうと考えた。

 すぐにそれを受け取り、真春が持っていたバッグのポケットに仕舞った。


「僕なんかが名刺をもらっていいんでしょうか?」


「私は探索師の事情を知らないの、ごめんね。あくまで医者なのよ、私」


「そ、そうですよね」


 テンジはこの時、リオンの言葉を思い出していた。


 ――相談ぐらい乗ってやる。


 ダンジョンで出会ったとき確かにそう言っていたのだ。

 この名刺の意味も困ったことがあったら連絡しろ、という意味なのだとテンジは解釈した。


「あぁ、それと。ここからが本題だよ」


「はい」


 七星のその瞳は医者としての真面目な色をしていた。

 その様子を汲み取ったテンジは七星へと向き直り、真春は近くの椅子にちょこんと座り直した。


「運がいいことに感染症の心配はなさそうだったよ。出血量はちょっとまずかったんだけど、これまた運がいいことに君の血液型にあった輸血パックの在庫があったから大事にはならなかった。まぁ要するに、無事ってことだよ。ただ検査入院期間としてもう少しの間は入院生活を続けてもらうことになるから、よろしくね?」


 七星は最後にウィンクを炸裂させ、完全にテンジをロックオンした仕草を見せた。

 実は彼女、仕事が忙しすぎて婚期を気にしてたのだ。もはや高校生でも気にしないほどには、飢えた肉食女子と化していた。


「それは良かったです、安心しました。入院ってどれくらいになりますか?」


「そうだね~、大体一週間くらいかな? 協会からも細かく検査をするように言われているから、これからは毎日検査ばっかりが続くようだよ」


「協会ですか?」


「そりゃあそうだよ。君は御茶ノ水ダンジョンの数少ない生き残りなんだ、協会は君を執拗に気にしていたよ。嫌になっちゃうくらいね」


 その言葉を聞いて、テンジの脳裏には朝霧の姿が思い浮かんだ。


「あ、あの……他の生存者に朝霧愛佳って人はいましたか?」


「朝霧愛佳? うーん、いたような気がするね。君が参加していたチャリオットのレイドからは君を含め25名の無事が確認されていたはずだよ」


 25名。

 未知の蜘蛛型モンスター『クイーンスパイダー』に殺されたのは8人で、ブラックケロベロスに殺されたのは1人。参加人数が34人だったことからも、彼ら以外は全員無事なんだと安心した。そこから朝霧が無事なのだとテンジは察した。

 そして自分を転倒させた、あの稲垣累も無事なんだと。


「ち、ちなみに他のレイドの人たちは……」


「ほぼ全滅だとニュースで言ってたね。君たちのレイドは幸運だよ。あの五道が一緒に参加していたんだってね、彼のおかげで25人も生き延びたってマスメディアは彼を英雄に担ぎ上げているよ。探索師も一種の人気商売だから仕方ないとは言え、露骨なのは少し嫌いなんだよね~。それじゃあ、私は仕事に戻るよ」


 七星は伝えることだけ伝えてしまうと、白衣をばさりと靡かせて病室を出ようと踵を返した。

 突然、帰ろうとした七星の意外と華奢な背中を見て、テンジは口を開いた。


「ありがとうございました!」


「うん、リハビリも頑張ってね。あぁ、それと。下の世話が欲しくなったら、遠慮なく私を呼んでいいからね?」


 七星は去り際に爆弾を落として、病室を後にしたのであった。

 その言葉に兄妹二人だけだった病室内は凍り付いた。


「お兄ちゃん?」


「いや、お世話にならないから」


 この後、テンジは時間をかけて妹の誤解を解こうとするのであった。


 真春は学校があると言って八時前には病院を後にした。

 病室に一人残ったテンジは、ずっとテンジの頭上に浮かんでいた閻魔の書を見つめる。


「なるほど、この閻魔の書は他の人には見えていないのか」


 七星も真春も、不自然に宙に浮いていた閻魔の書に一度も目線を合わせることはなかった。

 その様子を観察して、テンジはそう分析していたのだ。


 それと同時に、天職を授かったことは夢ではなかったと再認識する。


 そのままパラパラと閻魔の書を見返し、変わった部分がないかを確認するのであった。



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