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特級探索師への覚醒~蜥蜴の尻尾切りに遭った青年は、地獄の王と成り無双する~ 作者:笠鳴小雨

第1章 蜥蜴の尻尾が輝く日、鬼が藍月に微笑む

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第21話



 アナウンスの指示通りに言葉を発すると、小鬼の紫色だった瞳と角が半分ほど赤く染まったのがわかった。

 それと同時にテンジは鳩尾の少し下を苦しそうに抑え始めた。


「うっ!? な、なんだ!?」


 鳩尾の下にある「何か」が痛みを伴うほどに熱を帯び、テンジの痛覚を刺激していたのだ。

 思わぬ場所の苦痛に、テンジはその場に膝を着き、お腹を抱えるようにして苦しみ始めた。枯れ葉の積もった地面でのたうち回っているうちに、体の中にある「何か」の臓器が焼けるように熱くなっていることがわかった。


(もしかして膵臓!? これ、どうなってんの! 担保にしたから何かされてるの?)


 条件その4にあった「膵臓」という項目を思い出し、たった今焼けるほどに熱くなっているのが膵臓だと理解した。

 その熱さは三十秒ほど続き、徐々に熱を排除していく。


 この時のテンジは知らないが、膵臓には赤鬼の文様の焼き痕が刻印されていたのだ。それは地獄獣が契約する際に使用する焼き印であり、もしテンジが赤鬼の契約を履行しなかった場合、担保として膵臓が赤鬼に喰われることとなっている。


 その契約内容は『王と成る』ことだった。

 しかし、テンジが知るのはもう少し後のことになる。





「ふぅ、一体何が起こったのか理解が追い付かないんだけど」


 テンジは熱という痛みから解放され、小鬼の前にぺたんと座り込んでいた。

 この数時間で一気に起こった死を身近に感じる激しい運動で、さすがに体に力が入らなくなっていたのだ。要するに、もう一歩も動けない木偶の棒になってしまったということである。


 それも仕方のないことだろう。


 突然突き付けられた「30分以内にスクワット1000回。できなきゃクエスト破棄する」という強制運動イベントが発生し、間を置かずに「2時間本物のシャドーからの攻撃を避け続ける。2回以内にクリアしないとクエスト破棄」という精神攻撃を伴う強制イベントまでもが発生していたのだ。

 さらにそこからたった一時間の休憩を挟んで始まる、小鬼が握った巨木が自分を押しつぶそうとしてくる恐怖から逃げ切るイベントが3時間。そのイベントには、ついぞ判明しなかったが「三度死亡した場合、このクエストは破棄されます」という一回くらい死ぬことは許容範囲だと言っているような鬼畜な条件設定が存在していた。


「あぁ、本当にこれで終わりなのだろうか」


 テンジは今までの事柄を思い出し、そんな弱音を呟いていた。


 ここに来る前だが、テンジは一度死の淵を彷徨っている。それもクラスメイトだと思っていた稲垣累に意図的な転ばされ方をして、ブラックケロベロスに目の前で自分の肉を喰われ続けたのだ。

 例え、奇怪な鬼灯の回復効果で体力と精神を回復できたとしても、心に芽生え始めていた恐怖と復讐心だけは癒されることはなかった。


「ねぇ、小鬼。名前は?」


 何となくテンジは目の前で未だに片膝を着いていた小鬼へと問いかけた。

 しかし、小鬼は「おん」と言うだけで無表情さは変わらなかった。


(いきなり小鬼と契約だと言われても、何もわからないよ)


 そう心の中で切実に嘆いた時だった。

 再び、あのアナウンスの声が脳に直接響いてくる。


《地獄クエスト『赤鬼との出会い』がクリアされました。クリア報酬三つが贈呈されます。五等級「赤鬼」の解放、五等級武器「赤鬼刀」、五等級装備品「赤鬼リング」は帰還後、オリジナルの閻魔の書に反映されます。――30秒後に帰還します》


 それはこの地獄のようなクエストの終了アナウンスだった。

 テンジは「クリア」という言葉を聞いた瞬間に、何とも言えない達成感で全身に鳥肌が立ち、無意識に「よしっ」とガッツポーズをしていた。


「おん」


 すると小鬼が徐に立ち上がり、テンジの頭にポンッと優しく手を置いたのだ。

 その温もりには心の底から「頑張ったね」と褒めるような感情が籠っており、思わぬ方向からの賞賛に自分の頑張りが認められたような気がして、テンジの瞳からは意志に反して涙が零れ落ちていた。

 先ほどまで敵対していたはずの小鬼だったからこそ、認められた事実が無性に嬉しかったのかもしれない。


 雫がぽつりぽつりと頬を伝っていき、枯れ葉の上に落ちていく。


「あ、ありがとう」


「おんおん」


 言葉は分からなかったけど、褒めてくれていることだけはわかった。

 テンジは小鬼から感じる温かさを握り締めるように立ち上がり、達成感を噛みしめた。


 不意に空を見上げると、ここの空はやっぱり赤かった。

 今まではキツさのあまり碌に周囲を観察する余裕はなかったけど、この空間はどこか異質だった。

 それでもこの数時間で、テンジには何となくこの場所がどこなのか察しがついていた。


「たぶん、ここが『地獄領域』って場所だよね」


 そう、そこは閻魔の書に書かれていた『地獄領域』という特殊な空間だったのだ。

 この場所は特級天職『獄獣召喚』を極めるには、とても重要な場所である。数多の地獄獣と出会う場所でもあり、己を研鑽するための場所でもあるのだ。


 テンジはなんとなく、ここにすぐ戻ってこれるような予感がしていた。

 なぜかと聞かれると明確に言葉に表すのは難しかったけど、小鬼と心を通わせた瞬間からここがテンジにとって家と同等の場所であるのだと理解したのだ。

 どことなく安心感があるのも、そのせいなのだろう。


「とりあえずまた後で召喚してみるよ。その時はよろしく、小鬼くん」


「おんおん」


 そう言った小鬼の表情はやはり無表情だったけど、テンジにはどことなく笑っているように見えていた。

 だからテンジも笑って返事をした。


《天城典二を帰還させます。同時に赤鬼種の地獄領域に『四等級以下のモンスター』が解き放たれました。今後の活躍に期待しております、主》


 そのアナウンスと同時に再び模造品の閻魔の書が現れ、ひとりでにぱらぱらとページを捲っていき、とあるページで止まった。

 そして眩い光を放つと、テンジの体が本の中へと吸い込まれていく。

 地獄領域に初めて来たときと同じようにぐるぐると何度か空中を回転させられ、テンジはダンジョンへと戻っていくのであった。


 その場に残った小鬼は、主が去ると目的もなく地獄領域を彷徨い始めた。


「ガルゥゥゥゥウッ!」


「おん」


 小鬼の前に立ちふさがったのは、筆舌に尽くしがたい鬼になり損ねたような容姿をしたモンスターであった。

 その瞳は青く輝いており、四等級モンスターの特徴を有していた。


 小鬼は地球での等級分類は「五等級」であるのだが、実際は少し違う。地獄には地獄の等級が存在し、小鬼の等級は地球上の等級では言い表せなかったのだ。


 小鬼はそのモンスターをまるで意に介さない様子で、手刀を振り下ろした。

 モンスターは成すすべなく体の半分を粉みじんの肉片にされ、力なく倒れていく。


 そして、小鬼の脳内にあのアナウンスが鳴り響く。


《主に「1」の経験値を送りました》


「おん」


 そうして小鬼は地獄領域を再び歩き始めた。

 近い未来に、王が誕生するその日まで自分は主のために戦い続けるのだと誓って。



 † † †



 屈折していた視界が戻ると、テンジはダンジョンに尻もちを付いていた。


「痛ぁ」


 なぜ地獄領域を行き来するだけでこうも毎回尻もちを付かなされなけらばならないのか、と疑問に思うテンジであった。

 それでもここはダンジョンだったとすぐに思い出し、慌てて立ち上がる。ダンジョンとなればモンスターと出くわす場所なのだ。


 ぐるりと周囲を見渡すが、その場の様子は何も変わっていなかった。

 青年探索師の血池が残っているだけで、モンスターがここに立ち入った痕すらなかった。ただどこか懐かしさを感じるテンジがそこにはいた。


「あっ、あった」


 足元には閻魔の書が無防備に転がっており、それを拾おうと手を伸ばすが本がひとりでに浮かび上がり、ぱらぱらとページを捲っていく。すると、あるページで本は止まった。

 不思議には思いつつも、これは「閻魔の書からの言葉」なんだと思い込み、そのページへと目を通していく。



 ――――――――――――――――

『召喚可能な地獄獣』

【赤鬼種】:

 ・小鬼(五等級)

 ――――――――――――――――



 そこには地獄領域でのクエストをクリアする前には書かれていなかった、「赤鬼種」と「小鬼(五等級)」の文字が追加されていた。


「なるほどね、やっぱり本の白紙には意味があったんだ」


 テンジはその変化を見て、今まで不思議に思っていた疑問を解消した。

 明らかな意図を感じる白紙が多いとはずっと思っていたのだ。それこそ、元々ここには何かが書かれていたと思わせるような不自然な白紙だ。

 その理由が意図的な白紙であり、何かをすることで解禁されていくのだとわかった。


「まずは……他のページを見てみよう」


 小鬼を召喚する前に、テンジはまだ確認していないページを確認することにした。

 運よくポケットにはモンスター除けとなりそうなブラックケロベロスの魔鉱石もあり、ここにはモンスターがおいそれと近づいてこないことを知っていたのだ。


 テンジは徐に、次のページへと本を捲った。



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