第14話
――中規模レイド、
「走れっ、走れっ、走れっ! 死ぬまで走り続けろ!」
生き残った24人は五道に鼓舞されながらひたすらに走り続けていた。
後ろへは一切振り返らず、ただ己の体力と気力が続く限り全速力で走っていた。
都合がいいことに、ここまでモンスターが現れることはなかった。
五道は、あの一等級モンスター『ブラックケロベロス』から他のモンスターたちが逃げ散ったのだと知っていたが、それをあえて言うまでもなく先頭で道を切り開くように進んでいた。
日本探索師高校の教科書でも普通の中学校の教科書でさえも、ブラックケロベロスの名前は載っている。
23年前の第一期ダンジョン時代、日本の北海道に現れたブラックケロベロスは多くの人間を殺しては喰い尽くし、人々を混乱の底へと陥れた。
当時、ブラックケロベロスを倒せるほどの探索師はおらず、その一帯は立ち入り禁止されるほどに日本社会を混乱させた元凶だったのだ。その中で、ブラックケロベロスは他のモンスターすらも襲う「共食い」をするモンスターであると知られた。
故に、一等級よりも等級の低いモンスターはブラックケロベロスから逃げる習性を持っている。
「正樹さん! 止まってください!」
「どうした? 右城がへばってんじゃねぇぞ!」
「違います! 愛佳ちゃんが!」
その言葉で何かが起こったことに気が付き、五道は足を止めた。
そのまま「はぁ、はぁ」と息を切らしながら後ろへと振り返ると、そこには複数の大人の探索師に抑えつけられている朝霧の姿があった。
「待ってださい! テンジくんが! テンジくんがいないのです!」
「愛佳ちゃん、待つんだ! 戻るなんて絶対にダメだ! ブラックケロベロスのあの姿を見なかったのか!?」
「知ってます! でもテンジくんが!!」
朝霧の言葉を聞いて、五道は慌てて逃げ走ってきた人たちの数を数え始めた。
今は全員が足を止めている。それも五道がいるところが一番安全だと判断したからであった。
(……23、24。24人か、確かにテンジくんがいないな。だが、もう無理だ時間がない。喜多野、嬢ちゃんを眠らせろ)
(いいんですか? 正樹さん)
(あぁ、もしテンジくんが喰われてるならもう時間がない。ここで足止めされるのは最悪手だ。あとで嬢ちゃんに憎まれようとも、今はレイドの生存率を上げるのが俺の判断だ、従ってくれるか?)
(……分かりました。帰ったら、高い酒でも奢ってくださいね)
五道はチャリオットの正規メンバーである
喜多野はすぐに行動を起こす。
大人の制止を振り切ろうと暴れている朝霧の元へと近づき、耳元で『眠りなさい』と小さく呟いた。
その途端に朝霧の体から急に力が抜け、ぐったりと大人の探索師に寄り掛かるように倒れ込んだ。
そこに五道が近づく。
「嬢ちゃんは一番体力のある俺が預かろう。さぁ、もう一走りするぞ! 今は後ろの脅威から逃げるのが先決だ、前の脅威なんてあいつと比べたら小さなもんだ。行くぞ!」
再び『言語鼓舞』のスキルを使用し、全員の体を強制的に活性化させる。
そして、彼らはひた走った。
モンスターが現れないのを良いことに休憩も一切狭まず、三日三晩走り続けた。
朝霧は一日眠った後に目を覚まし、その後に五道からあやされるように説得され、今は逃げることに決めた。
そして――。
彼らはようやく裏ダンジョンを抜けることに成功していた。
無事に裏ダンジョンを抜け、最初の道の角を曲がってすぐのことだった。
「ま、正樹か!? 生きてたか!」
「お、おう? 炎兄か!?」
彼ら24人は救出に出向いた一級探索師の稲垣炎と合流したのであった。
しかし、五道たちは稲垣炎を見たとき以上の驚きで、炎の隣に立っていた人物を見た。
「おぉ、生きてやがったか。やっぱり五道は悪運だけは強いな」
「リ、リオン!? まさか本当にリオンが救出に来てくれるなんて……」
ぽりぽり、と頭を掻きながらそう言葉を発した人物は、日本で唯一の零級探索師『百瀬リオン』本人であった。
その人物に五道でさえ、驚きのあまり声を上げたのであった。
「おう、とりあえず無事でよかったが……その様子じゃあ、こっぴどくやられたようだな。何人やられた?」
「10人です。生き残ったのはこの24人だけでした……」
「何があった? お前がいてそれだけっていうことは、半一等級以上が出たってところか」
「……ブラックケロベロスが出ました」
「ほぅ、あいつが出やがったか。よく生き残れたな。とりあえずお前ら安心しろ、わざわざ俺が来たんだ。もう怖いもんなんてないからな」
零級探索師のその言葉で、ここまで逃げ走ってきた彼らは一斉に膝から崩れ落ち、これでもかと安堵の息を漏らしたのであった。
その中で、朝霧だけはその場に強い意志を持って立ち続けていた。
「あ、あの!」
朝霧は上位探索師たちの会話に割って入るように、大きな声で叫んだ。
その表情にはあきらめた様子はなかった。
「お? どうした?」
突然の大声にリオンは驚いたように、朝霧へと視線を向けた。
「テンジくんが! どうかテンジくんを助けてはくれませんか?」
「テンジ?」
「はい! どうかテンジくんを助けてください!」
ただ願うだけでは埒が明かないと判断した五道は、ゆっくりと朝霧の肩に手を置き、リオンを見つめた。
「テンジくんは彼女と同じ探索高校の生徒なんだ。おそらく……ブラックケロベロスの生贄になった可能性がある。リオン、無理を承知で彼女の頼みを聞いてはくれないか? 彼女はテンジくんのことを……」
「あぁ、そういうことか。青臭いがそういうのは嫌いじゃないよ。とりあえずそのテンジってやつは俺に任せておけ」
「ありがとうございます!」
「いいってことよ、気にすんな。これも俺の仕事だからな。ま、全部麻美子に精算してもらうけどな」
リオンは気軽にそう答えると、五道へと真剣な表情を向けた。
「そこを曲がったら裏ダンジョンか?」
「あっ、はい……裏ってわかってたんですね」
「まあな、このダンジョンの百階層あたりまで探し回ったが見つからなかったしな。裏以外に思いつかねぇよ。にしてもこんなところに裏の入り口があるとはな。それじゃあ、ちょっくら行ってくるわ。あとは頼んだぞ、炎」
「あぁ、こっちは任せろ」
そうして、零級探索師のリオンが裏ダンジョンへと向かった。
残った炎はゆっくりと生還者を見渡し、一人の青年のところで目が留まった。
「累、生きてたか」
「……俺が死ぬわけないだろ」
「まぁ、それもそうだな。俺の子がこんなちんけな場所で死んでは困る」
おおよそ親子とは思えない会話だった。
それもそのはずだ、この時の累が父を見る目には憎しみが込められていたのだから。
「さぁ、帰るぞ。ここで休むより、帰って家で寝ろ」
炎は一言そう言うと、すぐに振り返り出口へと向かうのであった。
生還した彼らも慌てて立ち上がり、新たなリーダーとなった日本の有名な一級探索師、稲垣炎の後ろをついて行くのであった。
こうして彼らは地獄の二週間から生還を果たした。