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特級探索師への覚醒~蜥蜴の尻尾切りに遭った青年は、地獄の王と成り無双する~ 作者:笠鳴小雨

第1章 蜥蜴の尻尾が輝く日、鬼が藍月に微笑む

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第10話

 


 ――遭難からちょうど二週間が経過していた。



 彼らは消耗戦を続けながらも、確実にダンジョンの一本道を進んでいた。

 途中に枝分かれした道もいくつかあったがそれらはダミーばかりで、一本の道以外どこも塞がれていたのだ。

 結局、彼らはダンジョンに誘導されるまま一本道を進む他なかった。


 そうして彼らはすでに五十階層を超えていた。

 未だに出口の気配すらない。



 † † †



 彼らは交互に見張りを継続しながら野営をとっていた。

 すでに食料も心もとないほどには減ってしまい、節制と睡眠不足の日々が続いていた。

 今日は久しぶりに学生や消耗の酷い探索師に優先的な睡眠をさせることに五道が決定した。あきらかに睡眠不足からのミスが増え始めたからである。


 そこで五道は消耗の少ない27名を三つのチームに分け、二時間ずつの見張りを行い、残りの四時間を睡眠時間に当てるように指示したのであった。ただし、消耗の激しい者や学生は六時間全てを睡眠に当てるように決定した。

 合計で六時間の立ち往生は食料的にも厳しい判断だったが、それ以上に寝不足から連携が乱れ、誰かが死ぬことをリーダーである五道は嫌ったのである。


 そんな野営中、初めての経験で深く眠りにつけなかったテンジと朝霧は、睡眠もほどほどに会話一つなくぼーっと暖色のランタンを眺めていた。

 そこに起きたばかりの五道が現れ、近くのごつごつとした壁に腰を下ろした。


「テンジくん、嬢ちゃんも腹減ってないか?」


「えぇ、僕は戦っていないので大丈夫です」

「私も、能力を使うだけなので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「そうか……案外タフだな、さすがは探索師高校の生徒だ。それでも無理が来たらすぐに言うんだぞ、こういう状況での我慢は一番良くない。近くにはこんなにも頼りになる大人たちがたくさんいるんだからな」


 五道は焦燥しきった顔をした二人を元気づけるように、笑って言った。

 二人もそんな五道を見て、少し元気が出たような気がしていた。


「はい、そのつもりです」

「はい、わかりました」


「あぁ、それと。力になれていないなんて考えるんじゃないぞ? 天職の有無は確かに探索師の価値を上げるが、俺はそんなこと知ってて学生を雇ったんだ。だが、楽しみだな!」


 五道は暗くなりかけた雰囲気を明るくするため、突然笑顔を振りまいた。

 しかし、文脈がめちゃくちゃなことで、二人はなんのことかさっぱりわかっていなかった。


「何が、ですか?」


「お前たちの将来がだよ。学生の内からこんな経験できるなんて、頼もしいじゃねぇか。二十年以上探索師をしている俺だって、こんな経験そうそうしたことないからな。もし全員無事に帰れたら、お前たちがどんな天職に就くか今から楽しみだよ」


 はははっ、と五道が笑った。

 こんな状況においても自我を失うどころか、他者を想う余裕があることにテンジは感心していた。

 これが世界の最前線で戦う探索師だと思うと、途端に頼もしく感じ、五道の姿がいつも以上に大きく見えていた。


 そんな時、テンジはふと疑問に思った。


「そういえば……」


「どうした? テンジくん」


「こんな時なので聞いてみるのですが、五道さんはその天職をどうやって得たんですか?」


 こんな状況だからこそ、聞けることもあるのではないだろうか。

 そう考えたテンジは、時間つぶしも兼ねて探索師高校の生徒らしい質問をしてみることにした。

 五道は迷うそぶりを一切見せずに、答えた。


「俺か? 俺は『天職珠(てんしょくじゅ)』組だな」


「へぇ~、天職珠だったんですね。ちなみにお兄さんの取得方法を聞いてもいいですか?」


「炎兄か……。あれは『クエスト』組だな」


「なるほど、それは知りませんでした。教えていただきありがとうございます」


 暇つぶし程度に聞いたことだったが、思いのほかすぐに答えてくれたことでテンジは嬉しく思っていた。


 大抵の場合、天職の取得方法は秘匿されることが多い。又は、分からない場合が多いのだ。


 天職の方法は、おおまかに三パターンあると言われている。


 一つは、五道のような『天職珠』を使うパターン。

 天職珠とは、野球ボールほどの宝石らしく、ダンジョン内でごくまれに出現するアイテムである。

 出現方法は、モンスターを倒した時や、宝箱から発掘、壁から生えていたなんてこともあったらしい。

 これらは等しく高値がつくためオークションに出されることもしばしばあり、安くても何十億円、高くて何千億円で取引される代物だ。

 しかし、発見されたらその多くは本人や仲間が使う。おそらく五道もこのパターンだろう。


 そして二つ目、一級探索師の稲垣炎のように『天職クエスト』をクリアするパターン。

 ある日突然、頭の中に「クエストをクリアしました」という風なアナウンスが流れてくるらしい。

 クエストと言っても、大抵はその条件が明かされない。というかクリアした人ですら、なぜその条件を満たしたのか知らないことが多いのだ。

 この取得方法は、研究者たちが両手を上げて降参するほどにはかなり謎に包まれているため、あまり狙ってできる方法ではない。ほぼ運とこれまでの行い次第だ。


 とはいっても、例外はある。


 三つ目、世界探索師協会(WSA)に金銭を支払い、特定の天職クエストをクリアする方法だ。

 これらで取得できる天職は、おおよそ五等級から三等級までの天職であり、天職クエストの取得条件が長年の研究によって判明したものだけがこの方法で取得できる。

 現在判明している天職の数は二十二職存在し、高いお金を払えば払うほどより等級の良い天職を入手するための手伝いをしてくれる。

 探索師は、この方法で取得するのが定石である。


 まあ、抜け道が存在することはあまり一般的に知られていない。


 ギルドがクエスト条件を解明しながらも、秘匿しているパターンだ。才能のある探索師にこの秘匿天職を与え、ギルドの戦力強化につなげる方法である。

 もちろんチャリオットでも秘匿天職はいくつか存在し、盾役三人衆が取得している《誘導盾士》という三等級天職もこの一つである。


 このように天職の取得方法はいくつも存在し、探索師の卵である学生にとってはご飯のおかずよりも話の弾む会話の種なのであった。

 もちろん二人は、凄い探索師からそんな話を聞けて瞳を子供のように輝かせていた。


「テンジくんはどんな天職がほしいんだ?」


「僕ですか? そうですね……運動神経にはあまり自信が無いので、【支援型】の弓師か【強化型】の増加術師、【弱体型】の状態師、このどれかが理想ですね。どれも五等級で安く協会から買えますし、僕には合っているかと」


「なんだ、もっと欲を出せよ。探索師が欲を口に出さないでどうするよ」


「欲……ですか?」


「あぁ、そうだ。探索師は欲を出してこその生き物だ。欲が無ければこんな危険な仕事をしていないさ。モテたい、強くなりたい、金持ちになりたい……なんでもいい。俗な欲求だっていいさ。もちろん人を守りたいってのも立派な欲だ」


「なるほど、今までお金のことしか考えていなかったので、そう考えたことはありませんでした。強いていうなら……やっぱり僕はお金だと思います。もっと妹に栄養のある物を食べさせてあげたいですからね」


「いいじゃねぇか、そういうのだよ。漠然とした欲じゃなくて、自分の中で言語化できるほどには口に出しておけ」


「はい、肝に銘じておきます」


「はははっ、固いっての! もっと気楽でいいさ。最近の探索高校の生徒は真面目なやつが多いな! それで嬢ちゃんはどうなんだ?」


 五道はテンジから視線を離すと、隣に座っていた朝霧へと視線を変えた。

 朝霧はうーんと唸りながら、徐に口を開いた。


「まだ学校で天職学は受講していないので、はっきりと口に出すのは難しいですね」


「まぁ、嬢ちゃんは十中八九【支援型】か【強化型】を取得するだろうな」


「……そうなんですかね?」


「いや、あくまで俺ならそうするってだけだがな。あんなにも強力な固有アビリティを持ているなら、その長所を伸ばし続けた方が探索師としては仕事がしやすい。嬢ちゃんの場合、味方を強くする方向がベストだと思うがな」


「なるほど、勉強になります」


「まぁ、嬢ちゃんならうちの九条くじょう団長が欲しがりそうだけどな! どうだ? チャリオットには、あんまり大きな声では言えないが、嬢ちゃんにぴったりの『天職珠』が眠ってるぞ」


 五道にとってはあくまで気軽な勧誘の言葉だったのだが、学生である二人にとってはまるで違う言葉に聞こえていた。

 あの有名なギルドチャリオットの、あの有名な五道正樹が直々に朝霧を欲しいと言ったのだ。

 それも三等級天職以上、という厳しい加入条件が存在するため、必然と秘匿されている天職珠も確実に三等級以上が約束されているようなものである。


 三等級天職。

 探索師人口の0.1%もいないと言われている三等級天職を、目の前にぶら下げられているのだ。

 おのずと朝霧の喉から唾を飲み込む音が聞こえてきた。


「そ、それは……勧誘という解釈で大丈夫なのでしょうか?」


 少し、上擦った声で朝霧が食い気味に聞き返した。

 その様子に五道の体がびくりと反応した。


「お、おう。まぁ、その分ノルマも仕事もキツイがな。もしここを無事に生き抜けたら、九条団長に掛け合ってやろう。あいつも嬢ちゃんの固有アビリティの話を聞けば、二言返事で了承するだろうがな。なにせ、うちには支援型の探索師が少ない!」


「が、頑張ります!」


 可愛らしく上品な仕草をする朝霧にしては、珍しく鼻息をふんすと鳴らし気合を入れたのであった。

 と、そんな同級生を横で見てテンジは羨ましく思うのであった。

 生まれながらの勝ち組固有アビリティを持つだけで、有名ギルドの勧誘される現実。そうとは知りつつも、やはり彼女を羨ましく思ってしまった。


(いいなぁ、無料タダで三等級天職を約束されるなんて)


 未来の自分はどんな天職を授かるのだろうか。

 そう考えずにはいられないテンジであった。


「こんな時にすいません。トイレに行ってきます」


 テンジは尿意に襲われた。



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