第9話
――御茶ノ水ダンジョン、第16階層。
「あぁ、そういえば今のモンスター知ってますか? 正樹さん。俺の知識にあんなモンスターはなかったんですけど」
「いや、知らんな。『ニードルマウス』でもないし、『潜りマウス』でもないし、『グフゥ』でもないし……他にネズミ型のモンスターはいたか?」
「俺は知らないですね。聞いたことすらないです」
「やっぱりか……裏ダンジョン説が濃厚になってきやがったな」
「えぇ、最悪です」
「おい、嬢ちゃん! 学校で新しいネズミ型モンスターの授業とかあったか?」
右城と会話をしていた五道は、ふと朝霧の方へと振り向いた。
日本探索師高校には、ダンジョンの最新情報が世界探索師協会(WSA)を通じて世界各国から最速で集まってくる。その中でも、重要だと判断した内容は学年問わずに授業としてすぐに取り扱う風習があったのだ。
そのためにもしかしたら五道たちですらまだ耳にしていない情報を持っている可能性は少なからずあった。
「いえ、動物学は取っているのですが聞いたことはないですね。すいません、お力になれずに」
「やっぱそうか……いや、なぜ嬢ちゃんが落ち込むんだ。プロの俺たちですら知らないんだ、謝る必要は一切ないぞ」
「は、はい。すいません」
五道はふむと考える。
彼の知っているネズミ型モンスター『ニードルマウス』は全身を細い針で覆っている、いわばハリネズミみたいなモンスターだ。その針を飛ばしてくる厄介な中距離攻撃を仕掛けてくるが、本体は驚くほどに弱く、等級も五等級と一番下に分類されている。
もう一体の『潜りマウス』は、浅い地中を掘って進むモンスターだ。モグラに非常によく似ており、鼻が非常に硬く、奇襲の突進攻撃を仕掛けてくる。等級は四等級でここにいるメンバーでもたやすく倒せるほどには弱い。
そしてたった今戦ったネズミ型モンスターだ。
特筆すべき個性はなかったが、全体的にレベルの高いモンスターだった。速さ、防御力、攻撃力、連携、全ての水準が高いと言えるだろう。
瞳の色からも三等級モンスターと推測できるが、同じ三等級天職を持つ彼らが苦戦し、予想以上に体力を消費させられたことに五道は警戒をしていた。
「まぁ、新種ってのが妥当だろうな」
五道は小さく呟いた。
その呟きを右城が拾い上げ、質問を投げかける。
「裏ダンジョンって言われるくらいだから、新種のモンスターが多かったりするんでしょうか?」
「さぁ、どうだろうな。そこまでは聞いたことがないから俺も知らん」
「じゃあ、そういう前提で進んだ方が良さそうですね。新種は事前勉強ができない分、危険ですから」
「右城、いい心掛けじゃないか。昔のヤンチャで暴走小僧だったのが懐かしいぜ」
「や、止めてくださいよ! あの時はチャリオットに入れて天狗だっただけです! 本当に過去をえぐるのは止めてください」
「ははは、冗談だ冗談」
他の探索師が息を整えるために、ダンジョンのごつごつとした壁に腰を掛け休憩を取っている中、右城と五道の話し声だけが大きく響いていた。
右城は元々攻撃型の天職を持ち、体もアスリートのように鍛えているため、まだまだ体力には余裕があった。
五道も同じく体力にはまだまだ自信があった。その理由は右城とはまるで違い、二等級天職持ちという理由が大きかった。
二等級天職を持つ探索師は、三等級天職持ちの探索師の倍近く身体能力が優れていると言われているのだ。
このレイドに参加している探索師は五道以外全員三等級以下の天職持ちのため、こういった危機的な状況ほど如実に実力差が現れてしまう。
その事実に、他の全員も薄々気が付き始めていた。
五道もそれを知っていたため、全員の調子が回復するまでここに留まる予定だった。
「ん?」
しかし、ダンジョンは待ってくれなかった。
五道が《指揮官》のスキル『五感同調』で、不穏な動きを感知したのだ。
たった今、五道が同調を行っていた仲間は斥候役である沼田麻衣であった。
彼女の五感は他の探索師よりも数倍優れており、この戦いが終わってからこの先の道がどうなっているのか調査してもらっていたのだ。
そんな彼女が不穏な動きを捉え、その五感が五道の頭の中に流れ込んできていた。
(麻衣、無理はするな。一旦引け)
(はい、五道さん)
五道はすぐに沼田へと引き返すように『指揮伝達』スキルを駆使して、指示を出した。
そうして沼田が引き返そうと踵を返した、その時だった。
(麻衣っ! もっと早く走れっ!)
(もう全力ですよ!)
(わかった! とりあえずここに逃げ込んで来い! あとは何とかする)
(はい!)
一本道の先から緑色の毛並みをしたネズミ型のモンスターの群れが、暗闇の中で鋭い眼光を光らせながら、斥候をしていた沼田を襲い始めたのだ。
沼田は五感や速さに優れた斥候役に特化している節があり、例え三等級天職《盗賊長》を持っていたとしても、戦力的には四等級天職ほどしかなかったのだ。
そんな彼女が一人で三等級モンスターの群れに敵うはずがない。
「休憩は終わりだっ! 三級探索師以上はすぐに立て! 沼田が群れを連れてくるぞ!」
五道の掛け声に、該当した探索師が二十人近く立ち上がった。
すぐに隊列を組み直し、それぞれの戦闘スタイルに合った武器を構える。
そんな中、該当しなかった探索師や学生たちは邪魔をしないように、道の反対側で固まって遠くから援護をする態勢を取った。
「カウント1と同時に遠距離、中距離攻撃持ちは撃てっ! いいか?」
「「「「はい!」」」」
五道は常に沼田へと五感を同調させ、最高のタイミングを計る。
その間、『指揮伝達』でここに逃げ込んでくる沼田へと指示を出す。
(麻衣、ここに入ってきた瞬間、しゃがんで滑り込め。わかったな?)
(はい!)
指示を出し終え、五道は再びタイミング見計らう。
「3……2……1っ! ここだっ!」
その瞬間、暗闇だった一本道の先から沼田の姿が現れた。
彼女は五道の掛け声を聞いて、すぐにこの腹のように膨らんだ空間にスライディングしながら滑り込んでくる。
そんな彼女の頭先すぐ上を通過する、いくつもの光る矢や魔弾があった。
「チュゥイッ!?」
「チュィッ!?」
「チッチュイッ!?」
完全な奇襲攻撃で、群れの先頭を走ってたモンスターの数体が矢や魔弾に体を貫かれた。
それを確認するまでもなく、五道は次の指示を出す。
「藻岩! 麻生! 葛木!」
「わかってますよ……『インダクション』ッ!」
「こっちもだっ! 『インダクション』ッ!」
「ッ!? 遅れるか! 『インダクション』ッ!」
このレイドの参加していた盾役三人衆、藻岩、麻生、葛木がモンスターの視線を引き寄せるために、誘導のスキルを発動した。
「次は嬢ちゃんだっ!」
「は、はい!」
そこで五道は、可能性を秘めた朝霧愛佳を指名する。
朝霧はすでに集中する過程を終えていたようで、隣に立っていた右城へと固有アビリティ《
それからはさすがプロの探索師という戦いだった。
敵の動きや視線を完全に掌握し、盾役と五道の指示でモンスターを数体単位で分裂させていく。
そこに前衛の攻撃役が襲い、少しずつ数を減らしていった。
魔法役や弓役は補助程度の消費で済み、今回の戦闘では先ほどの戦いよりも消耗を減らすことに成功したのであった。
苦い経験からの、ブラッシュアップ。
その過程は「さすが」と学生たちや他の探索師たちを唸らせるほどの適応能力であった。
そうして彼らはこの変革をもたらしたダンジョンに慣れていく。
いや、慣れてしまった。
それでも彼らはひたすらに出口を求めて、ダンジョンを突き進む。