新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生国となった中国では、2020年1月の段階で29の地域で感染が起きていた。感染者数はそれらの地域すべてで毎日数百人ずつ増え続け、医療物資はいまにも底を突きそうだった。
こうした状況に対して、中国政府は迅速かつ強硬な策を打った。全国の都市や地域で程度の差をつけながらも厳しいロックダウンが実施され、結果的に約7億6,000万人が行動を制限されることになったのだ。さらに、症例の急増が見られた地域があれば、そこは必ず封鎖された。
そしていま、中国は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を“対岸”から眺める立場となった。感染者数85,307名、死亡者数4,634名という試練を経て、この国が毎日発表する感染症例の数はごくわずかになっている。
いまや治療中の新型コロナウイルス感染症の患者総数は、9月23日の時点で402名に減少した。一方、壊滅的な脅威をはらむ感染の第2波が猛烈な勢いで押し寄せている英国では、同じ日に6,178件の新たな発症が報告されている。
国の事情に適した対策が鍵
公衆衛生学を専門とするイェール大学准教授のシー・チェン(陳希)は、20年5月に発表した研究論文のなかで、中国がいかに素早く断固とした対策を講じたかについて解説している。最初の感染爆発が起きた時点で「患者の隔離、都市封鎖、各地域での公衆衛生対策」を実施した結果、チェンらの研究チームが当初は感染者140万人、死亡者56,000人と予想した被害を回避できたというのだ。
しかしチェンは、すべての国がこのやり方にならうべきであるとは考えていない。
「各国がそれぞれの事情に合わせて、多様な対策を講じるべきです。感染を抑止する方法は、ほかにもたくさんありますから」と、彼は言う。「決断を下すには、その国の文化や社会規範を考慮し、そのやり方が国民に受け入れられるかどうかも考えるべきです。また、これは非常に重要なことですが、対策を全国に拡大できるほど医療基盤が整っているかどうかも考慮しなければなりません」
英国の半分にすぎない10万床という集中治療室(ICU)のベッド数しかない中国にとっては、厳格なロックダウン政策が必須だったのだと、チェンは指摘する。
地域による文化の違いも?
文化の違いも大きい。中国が号令一下で国民に制限を課すことが可能な専制的国家であることは脇に置いておくとして、制約を受けることに強い抵抗を示す文化が存在することはまぎれもない事実だ。
チェンは最近のある研究を引用する。米国最西部の州に住む人々は、東海岸側の住民たちと比べて個人主義的な傾向が強く、規制に従いたがらない人が多いというのだ。英国の人々を「自由を愛する」性分なのだと評した英首相のボリス・ジョンソンの言い方はいささか言葉足らずだったが、そうした気質も現在の状況に何らかのかたちで影響しているかもしれないと思わせる発言ではあった。
ジョンソン首相は、ドイツやイタリアなどの国々と比べて新型コロナウイルスの第2波をうまく制御できていないことの釈明を試みようとして、このような発言に至った。それと同時に彼は、ウイルスの拡散を食い止めるための新たな一連の対策を発表している。
具体的には、パブやレストランに対して午後10時までに閉店するよう要請し、小売店の従業員はマスクの着用が義務づけられた。COVID-19安全規制の違反に対する罰金額は引き上げられ、可能な範囲で在宅勤務を奨励するなどの措置が新たに定められたのである。
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英国が“妥協策”に落ち着いた理由
新たな決まりごとのなかには、人々を当惑させるものもあった。例えば、なぜパブは全面休業ではなく午後10時までの閉店を義務づけられたのか。また、世帯間での感染が発症数増加の一因と見られているのに、6人以内であれば異なる世帯の人々が屋内外で集まることを認める「6人ルール」は、なぜそのまま残されているのか。
その答えはこうだ。いまの段階で決定していることは、いずれも弱り切った経済と疲弊した国民をこれ以上ムチ打つことのないように、「すべきこと」と「できること」の間で見つけた妥協策なのだ。
「全面的なロックダウンを実施すれば、うまくいくことはわかっています。問題は、自分たちがどの程度の制限を必要としているかという点なのです」と、疫学を専門とするノッティンガム大学名誉教授のキース・ニールは言う。感染者数が増加に転じるたびに全面的な都市封鎖を繰り返していると、別の犠牲を払わなければならなくなると彼は指摘する。
例えば、医療検査やさまざまな手続きが滞ることによって人々の健康が損なわれ、精神的な落ち込みを抱える人が増えることになるという。ルールを守ろうとする気持ちも薄れていくと考えられる。
ルールを設けることの重要性
やりすぎがよくないというのは、このためだ。パブやバーを閉鎖すれば、人々は自分たちの家に集まるようになるかもしれない。そうなれば、さらに国民の行動を把握しづらくなるだろう。それより全国のパブに、きちんとガイドラインに従ってもらうことに力を注ぐべきだとニールは指摘する。
「客に必ず着席してもらう、ソーシャル・ディスタンスを守るといったルールをパブ側が守ってくれれば、何も問題はありません」と、ニールは言う。「ルールに従わないパブがあれば、最初は1日の休業を命じ、違反が繰り返された場合には1週間、1カ月、1年と延ばしていけばいいのです」
英国医師会の評議会副議長を務めるデイヴィッド・リグリーによると、午後10時という閉店時間には「何の根拠もない」し、6人ルールは「再考を要する」ものだという。だが最新のガイドラインは、少なくともマスク着用などのことがらについて明確な方針を示している。
「ルールを厳守することがいちばん重要ですが、そのルールは明快であるべきだったのです」と、リグリーは言う。英政府のたび重なる方針変更は混乱を招くとして、しばしば批判を浴びてきた。なかでも「ステイ・アラート」のスローガンに対しては、あまりに漠然としすぎているとの非難が集中している。
細分化された“ロックダウン”の提案
だが、ルールを明確化して細かく手直しするだけで、再び感染者数を抑えることができるのだろうか。政府のやり方は、今度もまた「少なすぎるし遅すぎる」と論じる専門家は多い。
一方でイェール大学のチェンは、中国式にロックダウンを繰り返すことで活路を見出せるとは考えていない。常套的な対策として実行するには負担が大きすぎるからだ。
最近の研究のなかでチェンは、早いうちに感染の芽を摘み取る新しい方法を提示している。国内各地を地方・都市・町・個々の近隣地区にまで落とし込んで分類し、その場所の感染拡大の程度や、国民の一般的な活動拠点としてどの程度中心的な役割を果たしているかによって、程度に差をつけて規制する方法だ。
「全面的なロックダウンが最善の選択だとは思いません」と、チェンは言う。