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CVW2着任

第2章

舞鶴基地を出撃してから6時間余、空母瑞鶴を基幹とする部隊は山口県長門沖を速度20ノットを維持しながら分派している各隊との集合を目指していた。「通信より艦橋。小松を出撃した哨戒救難隊より入電、我間もなく艦隊と合流す。」艦長の夏樹が「お待ちかねの航空部隊の到着だ、速水、後はおまえに任す。」本来であれば、艦載機群を指揮統括するのは航空団司令なのだが、空母瑞鶴所属の第2航空護衛艦所属艦載航空集団(まどろっこしいので、以下は米国海軍に倣い「第2空母航空団」(CVW2)と称すことにする。)は数隊に別れて陸上基地で錬成中であり、団司令の淵田吾郎1佐が戦闘攻撃隊を引率してくる任にあるために、現在瑞鶴艦上に存在する航空部隊指揮官は俺になるのだ。航空機を空母に着艦誘導するのも任務のひとつになる。飛行隊が空母に配属された後は、各隊回り持ちで着艦誘導士官(LSO)がこれを行なうのだが、今は俺と雪乃の2人しか適任者がいないので仕方ない。「私がLSOを勤めます。」と答えて艦橋から着艦誘導指揮所へと移動して行った。間もなくスピーカーから哨戒救難隊指揮官で、第2空母航空団副司令の日下尚美1佐の肉声が入る。「ムーンベース、ヘリオス01キャリアービジュアルインサイト。」ムーンベースは瑞鶴の呼出符号、ヘリオス01は、哨戒救難隊のコールサインだ。救難隊隊長機が、瑞鶴を視認した。「本艦速度針路そのまま、フライトデッキ要員は着艦に備え!」副長の新美が甲板要員に喚起する。LSO雪乃が誘導に入る。「ヘリオスリーダー、ムーンベースコントロール。クリアトゥランド」「ラジャーヘリオスリード、ビフォア.ランディングチェック.コンプリーテッド」「ヘリオスリード、ライトターンでアプローチせよ。」「ラジャームーンベース、ファイナルアプローチイン。」ヘリコプター部隊の1番機が着艦コースに入り込んで、速度を艦に合わせながら機体を下降させる。日下の操縦する隊長機は、1度着艦コースに入りながら僚機を誘導しつつ上空に戻った。予め残燃料の少ない機から着艦順序を割振り、自分は殿を努めるつもりだ。事故もなく、全機無事に着艦を終えた哨戒救難隊のメンバーは着任報告を行い、瑞鶴飛行隊の一員として任務に就くのだ。「ヘリ部隊収容完了。着艦支援機を除きハンガーデッキに格納します。」「了解、戦闘機隊と攻撃機隊の収容に備えよ。」次は、福岡県の築城基地から飛来する戦闘機部隊の収容と、宮崎県新田原基地より飛来する戦闘攻撃隊、そして俺と雪乃が所属する電子攻撃飛行隊の収容が待っている。ヘリ部隊を待機させるのは、万一着艦に失敗する機体が発生した場合の救難に備えてのことだ。機体を空中で静止させることが可能なヘリコプターとは違って、戦闘機や攻撃機の着艦は高度なアクロバットと言える程難易度が高い。時速120ノットを超える速度を維持しながら降下角30度で飛行甲板目がけて降りて来るのだ。しかも空母の着艦エリアは限られており、アングルド・デッキ後方のアレスティング・ワイヤーゾーンに降りねばならない。アングルド・デッキというのは、斜めに設置された飛行甲板のことで、艦の直方に対して角度が付けられている。上空から見ると、まるでフネが斜め左に逃げて行くように見えるのだ。そこへ、機体後方下部にあるアレスティング・フックを下ろしてワイヤーに引っ掛けて機体を静止すべく降下させて、着艦しなければならない。しかも着艦復航に備えてエンジンは全開で降りる。これは陸上機の着陸とは全く別物であり、云わば「制御された墜落」とも言われる程シビアなものなのだ。だから、当然(起きてはいけないのだが)事故も起きる。フックで引っ掛けたワイヤーが切れたり、ワイヤーを引っ掛け損ねて飛行甲板を通り過ぎ、再加速出来ずに墜ちることもままあるのだ。そのような時、搭乗員は最悪ベイルアウトしなければならないし、搭乗員救難が必要になる。そのために備えての救難ヘリ隊の空中待機なのだ。艦隊は間もなく九州を回り込んで東シナ海へ向かう。当然、敵勢力の潜水艦に対する警戒も厳となさねばならないので、ここまで護衛艦だけで対潜任務にあたっていたが、対潜仕様のヘリを飛ばして警戒を密にする必要もある。「日下、着任早々ご苦労だが、対潜哨戒を3機出してくれ。間もなく到着する戦闘機隊への救難支援も頼む。」「了解。お任せ下さい。」疲れた素振りさえ見せずに日下自らフライトデッキのヘリに乗り込んで行く。

艦隊は、ようやく本州沿岸から九州へ差しかかろうとしている。母港を午前中に出たとはいえ、もう薄暮になりつつあった。まだこれから戦闘機隊と攻撃機隊の収容が待っている。出航時間を早めて、明るいうちに収容を済ますのが良いのはわかってはいるのだが、今回はそうはしなかった。それにはそれなりの理由があって、戦闘攻撃機の搭乗員の中に夜間着艦の訓練を終えていない者がかなりいるのだ。夜間だからといって、戦闘任務がないわけではないので、この訓練を修了しないことには、艦載機パイロットにはなれないのである。垂直離着陸機能を持つF-35のパイロット達は、海自の「いずも」や「かが」の小型空母での経験を持つ者が多数いるのだが、FA-18のパイロットは、瑞鶴の配備が決定した後で米合衆国海軍の空母で研修を受けた者がほとんどで、中には訓練期間を早めて今回の配属になったパイロットがいるのだ。なので、これらの未履修搭乗員に夜間着艦を経験させるための時間調整でもあったのだ。「ムーンベース、ルパン。アライバルアット5ミニッツ。」ルパンは淵田のTACネーム。空自の戦闘機搭乗員は、名前ではなくこのTACネームで呼び合うのが常だ。その理由は、同じ苗字が多々あるので混乱を防ぐために定められた。かく言うこの俺にも当然TACネームはあるわけで、『サイファー』と呼ばれている。元空自で現在はこの瑞鶴の艦長である夏樹は『エンペラー』だ。妻の雪乃は『KARA』TACネームの由来については、また後の機会に語ることにする。「ルパン、ようこそ瑞鶴へ!早く降りて来て、着艦評価替わって下さいよ、私がすると皆に恨まれますから!」「そんなことはないだろう、教導隊別班のべっぴんさんに評価してもらえば鼻も高いんじゃないか?」「残念ですが、私はもう売れてますから誰もチヤホヤしてくれませんよーだ!」雪乃が愉快そうにやりとりする声が艦橋のスピーカーから聞こえ、着艦前の緊張に張りつめていた艦内の空気が和む。他のパイロット達の笑う声も混じっている。航空団司令の淵田と雪乃は、皆の緊張を解すために漫才じみたやり取りをしているのだ。淵田は俺の2期後輩にあたり、生粋のイーグルドライバーだった(F-15のパイロットのことをイーグルドライバーと呼ぶ)超一流の戦闘機搭乗員だ。俺が教導隊隊長から、別班を立上げたので後を任せたのだが、彼はその期待によく応えて、教導隊を更に強固なものに成長させてくれた。教導隊のことを少し話すことにする。正式名称は『航空総隊直轄飛行教導群飛行教導隊』その任務は、複座型のF-15を駆って、全国各地にある空自のナンバー飛行隊(実施部隊)の戦闘機パイロット達の技術向上のための指導役であり教官でもある。また、毎年行われる飛行隊対抗の演習『戦技競技会』通称『戦競』での仮想敵勢力の役目も果たすので、アグレッサーとも呼ばれている。だから、教導隊のパイロットは超一流の技能と精神を持った者しか採用されないのだ。因みに、日下も雪乃も教導隊に所属していた凄腕の戦闘機乗りだ。かつて女だとなめてかかって、コテンパンにやられたパイロットが多数存在している。俺や淵田、夏樹クラスの腕をもってしても、彼女たちに完勝するのはかなり難しいだろう。彼女たちの他にも数人の女性教導隊パイロットがいるのだが、それはまた話すことにしよう。ここは、滞空中の機体を母艦に降ろしてやるのが先決だから。

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