瑞鶴出撃
出撃準備が完了した、空母瑞鶴以下の基幹艦隊は、敵勢力の待ち伏せを警戒しつつ、いよいよ出撃するのだった。
第1章 出航
202X年6月20日
艦橋内の電子時計が10時を指した。アラームが艦内に鳴り響く。艦長の夏樹涼介が俺に向かって敬礼するとともに「司令官、本艦出航準備よろしい!」と報告する。「ご苦労様、艦隊出航せよ。」これより5分前の09時55分には、本艦と同じ戦隊に所属する護衛艦「足柄」「鳥海」のイージス艦と、通常動力潜水艦「蟠龍」から出航準備完了の報告が入っている。「副長、操艦任す。」副長兼航海長の新美に艦を委ねた。「副長頂きました。錨揚げ、もやい解け。行くぞ!」艦首ではキャプスタンが動き出し、巨大な錨が巻上げられてくる。「両舷、前進微速。瑞鶴出撃。」新美が声を張り上げた。通信長が「舞鶴基地隊司令部より入電です。航海の無事を祈る。」「速水、返信は?」夏樹が俺に聞いてくる。「艦長、返信任す。自由に返していいよ。」横に立つ雪乃が俺の横腹をつつきながら、小声で「上手いセリフが見つかんないから夏樹さんに振ったな」と言ってくる。全くその通りで、昔からこの手のセリフは気が利いたものが浮かんでこないのだ。「俺が考えるより優等生の夏樹が言った方がさまになるんだって。」案の定スラスラと「舞鶴基地隊に返信、誓って戦果を掲ぐだ。」「ほら見ろ、直ぐに返事を返すだろ、面倒臭いことはあいつに任せれば間違いないのさ。」雪乃がふくれっ面しながらも笑いをこらえるのがわかる。結婚して半年、出会ってからは10年以上経つが、俺はこの妻に頭が上がらない時がある。船務長の伊藤3佐が「また壮大な内容の返信ですね。」と混ぜくり返すと「本艦が祖国の希望となり得るかの出撃だからな。結果を出さなきゃいかん。決して壮大ではないさ。」現在の日本を取り巻く情勢を説明すると、中国から分派して挙国をなし得た『新華連邦共和国』と、その裏で日本を属国化しようとする『姿なき闇の帝国』からの様々な軍事的挑発に悩まされていると共に、金権政治の名を欲しいままにする現政権の中の、親新華派の台頭が著しいのだ。なんせ総理大臣の石渡英樹自ら親新華寄りを表明し、噂では新華連邦のハニートラップに冒されているというのだから。今回、我が2航艦に出撃命令が下ったのも、来年の総選挙に臨んでの資金繰りのために、総理一族が以前から繋がりのある闇の帝国と手を結び、海外に麻薬と武器の密造施設を作っており、その密輸で得た金を選挙や派閥拡大の資金にしているという確証を得たため、その施設を殲滅するため防衛大臣を筆頭にした良識派が国連を介して、自衛隊に今回の出動を命じたのだ。しかし、表立っての妨害は出来ないものの、総理側からの反撃は十分予想され、武器麻薬シンジケートの戦力も、調査偵察によれば小国の軍を凌ぐ程強力なものらしい。そのために新編なった2航艦が指名されたのだ。この作戦を成功させねば日本が新華の1州となるかもしれない。それを考えると、夏樹の覚悟も頷けるのだ。しかし、この時の艦橋内の空気は艦長と副長の性格と人柄のせいか、至って明るい雰囲気だった。副長の新美は夏樹と正反対の性格で、和を重視し、よく言えば「豪放磊落」悪く言えば「大雑把」な性格だ。夏樹は「緻密にして大胆」冷たいくらいに「冷静沈着」な気性と言われている。しかし2人のその胸の内には、熱い国を守る意識があるのを、同期である俺は知っている。先行して前方警戒にあたっている護衛艦「ゆきかぜ」から入電。「対潜対空共に異常なし。」それを受け新美が「艦隊針路280、速度20ノット」を下令した。艦隊が湾外に出たのだ。この後、艦隊は内海に入り込んでいる可能性がある敵潜水艦を警戒しつつ、隠岐島と島根の間を通り長門沖を目指す。そこで海空分離していた各飛行隊を収容して、呉と佐世保から出撃する護衛艦と合流、そうして初めて第2航空護衛艦隊としての編成を完了する。現在は、対潜護衛艦×1、イージス護衛艦×2、潜水艦×1だが、これにミサイル護衛艦が2隻と更にイージス護衛艦2隻、潜水艦2隻が加わる大規模な艦隊、すなわち空母戦闘群が出来上がる。ただし、日本ではこの呼称は禁句のため、航空護衛艦隊と呼ばねばいけないのだが、その辺は言葉のあやというやつだ。空海分離というのは、母艦が港に入っている際には艦載機を陸上基地に上げて、搭乗員の錬成や休養に当てるための措置のことだ。とはいえ、本艦の艦載機群にとってはこれが初めての洋上任務になるわけなのだが。艦載機については、前述した電子攻撃飛行隊のEA18GJ改と、戦闘攻撃飛行隊のFA18FJ改、制空戦闘隊のF35DJ改。それに対潜哨戒と救難を兼ねたCH60Nのヘリコプター部隊の総数90機余りで編成されている。
次話、2航艦艦載機群のCVW2が到着。