これは、『最新研究からわかる 学習効率の高め方』という本の第1巻を、Web記事として無料公開したものです。
本書は、科学研究から得られた知見を使って学習効率を上げるための本です。
12万部のベストセラーとなった前著と同様、大量の図とイラストを使って、わかりやすく解説しています。
特に、英語学習中の方、受験生、小学生~高校生の親御さんに読んでいただきたいです。
それでは、さっそく、サイエンス誌に掲載された論文を1つ、解説します。
サイエンス誌は、ネイチャー誌と双璧をなす、世界最高峰の学術誌です。
ちなみに、この論文の解説を、ある中学3年生の女の子に読んでいただいたところ、好評でした。
実際に期末試験の成績も上がり、ご両親も喜んでおられました。
ただ「今、論文の解説を読んでいる時間がとれない」という方もおられると思うので、いつものボタンセットを以下に置いておきます。
今はブックマークだけしておいて、後で、時間ができたときに読めるように、です。
また、一定間隔ごとにボタンセットを置いておきます。
区切りのいいところまで読んで、「残りは後で読もう」と思ったところでブックマークできるようにするためです。
では、以下、論文の解説をどうぞ。
■カーピキー2008実験
たとえば、英語を学習するとき、多くの人は、次の2つをやる。
【テスト】…問題集を解く。
|
いや、テストも勉強に含まれるだろ。 |
一般的な言葉の定義だと、そうなる。
ただ、本書では、説明しやすいように、本書独自の用語を使って説明する。
(本書独自の用語は【】でくくってある)
【勉強】と【テスト】を、ひとまとめにして扱う時は、「学習」と表記する。
たとえば、【勉強】を10分、【テスト】を10分やったら、学習時間は20分である。
この【勉強】と【テスト】は、どちらを、どんな順序で、何回ずつ繰り返すのが、一番学習効率が高いと思う?
それについて考えるために、まずは、認知心理学者のカーピキーとロディガーの行った実験(
Karpicke & Roediger, 2008
)を見てみよう。
本書ではこれをカーピキー2008実験と呼ぶ。
■被験者
アメリカの大学生40人。
■学習素材
被験者が【勉強】と【テスト】を行ったのは、次の「スワヒリ単語 ー 英単語」の40ペアである。
たとえば、このリストから、スワヒリ語では、トマトのことを「ニャニャ(nyanya)」、食べ物のことを「チャクラ(chakula)」と言うことがわかる。
■学習方法
【勉強】では、コンピュータスクリーンに、次のように表示された。
左側がスワヒリ語の単語で、右側がその意味を説明する英語である。
被験者は、これを見て、『スワヒリ語のmashuaは、boatという意味なんだな』ということを【勉強】する。
一方、【テスト】では、コンピュータスクリーンに、次のように表示された。
そして、被験者は、キーボードから、左側に表示されたスワヒリ語の意味を入力することが求められた。
この例の場合、「boat」と入力するのが正解である。
入力後に、フィードバック(答え合わせをして、正解を伝えること)が被験者に与えられることはなかった。
|
「問題だけ解いて、答え合わせはしない」ってこと? |
うん。
■学習スケジュールと実験条件
被験者は、「スワヒリ単語 - 英語単語」のペア40個について、【勉強】と【テスト】を、次のスケジュールで行った。
つまり、「【勉強】→【テスト】」のサイクルが、合計4回繰り返された。
ただし、被験者は次の4つのグループに分けられ、それぞれ、【勉強】と【テスト】の条件が異なっている。
※ この記事では、実験条件は《》でくくって表記する。
■《弱点勉強・弱点テスト》グループ
【テスト】が行われるたびに、【テスト】で正解した単語はリストから取り除かれ、以降の【勉強】と【テスト】では、残った単語の【勉強】と【テスト】だけが行われた。
我々日本人が、単語カードで英単語を学習する時、もう覚えた単語のカードは取り除いていき、まだ覚えていない単語だけを集中して学習したりするが、それと同じことをやるわけである。
スマホの英単語学習アプリの多くは、この方式で学習が行われるように作られている。
また、参考書で【勉強】するときも、すでに覚えた章は飛ばして、まだよく覚えていない章を集中して【勉強】するのも、よくやる方法だ。
その時、その章の末尾の確認テストや対応する問題集をやったりするから、これと似たパターンになることが多い。
この惑星上で、最も広く行われている学習方法の1つだろう。
■《全勉強・全テスト》グループ
【テスト】で正解したかどうかに関係なく、全ての【勉強】と【テスト】において、40個全ての単語の【勉強】と【テスト】を行った。
これも、この惑星上で、最もポピュラーな学習法の1つだ。
一般に、「私は、この参考書を4周やった」などと、よく言ったりする。
つまり、最初から最後まで全部を、4回【勉強】するわけである。
その際に、各章の末尾のテストや対応する問題集も毎回律儀にやるなら、これと似たパターンになる。
■《全勉強・弱点テスト》グループ
【テスト】が行われるたびに、【テスト】で正解した単語はリストから取り除かれ、以降の【テスト】では、残った単語の【テスト】だけが行われた。ただし、【勉強】では常に40個全部の単語が【勉強】され続けた。
こういう学習方法をする人は、あまりいないかもしれない。
■《弱点勉強・全テスト》グループ
【テスト】が行われるたびに、【テスト】で正解した単語はリストから取り除かれ、以降の【勉強】では、残った単語の【勉強】だけが行われた。ただし、【テスト】では常に40個全部の単語が【テスト】され続けた。
これも、一般には、あまり見られない学習方法ではないだろうか。
■実験結果
1週間後に、どれだけの単語を覚えているか、計測テストを行った。
それぞれのグループの被験者は、40個の単語のうち何%を覚えていたと思う?
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
結果は、こう。
この実験結果から、以下の3つのことがわかる。
(2)【テスト】の反復回数を増やすと、記憶の定着率は劇的に上がる。
(3)既に【テスト】で正解できた問題でも、その後、繰り返し【テスト】をすると、記憶の定着率は大きく上がる。
よく、反復の重要性を強調する人がいるが、重要なのは、「何」を反復するかだ。
既に覚えたことの【勉強】を反復するのは、めちゃくちゃ非効率である。
既に覚えたことの【テスト】を反復するのは、ものすごく効率が良いのである。
また、学習内容の確認テストをやって満点をとると、「よし、この部分は全部覚えたぞ」と安心してしまって、まだ覚えていない部分ばかり集中して覚えようとする人も多い。
しかし、すでに覚えてしまった内容でも、繰り返し【テスト】すると、【忘れにくさ】が向上するのだ。
それから、【テスト】の直後、フィードバック(答え合わせをして、正解を伝えること)をしていない、という点は、とくに重要である。
我々が問題集を使って学習する時、「問題を解いた後に、答えを見るからこそ、学習効果があるのだ」と、我々は信じているし、実際、フィードバックには学習効果がある。
このため、《全勉強・全テスト》の記憶定着率が高いのは、【テスト】の後に行われた【勉強】がフィードバックの役割をしていて、それによって記憶の定着率が上がったのだと考えたくなる。
ところが、《弱点勉強・全テスト》では、後半、大部分の単語は、【勉強】もせず、答え合わせもせず、ひたすら【テスト】だけが繰り返されたにもかかわらず、《全勉強・全テスト》と記憶定着率は同じだったのだ。
このことから、答え合わせをしなかったとしても、問題を解くこと自体に、劇的な記憶の定着効果があることが分かるのである。
■主観的な知識習得量
実は、この実験で、「【勉強】→【テスト】」の4サイクルをやった直後、被験者に、1週間後に自分が覚えている単語の個数を予測してもらってあった。
それぞれのグループの被験者は、40個の単語のうち何%を、1週間後に自分が覚えていると予測したと思う?
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
被験者の予想は、こうだった。
この事実から、次2つのことが分かる。
(A)反復【テスト】によって記憶の定着率が上がっている被験者は、自分自身ではそのことを自覚できていなかった。
つまり「うわっ。今の【テスト】によって、めちゃめちゃ脳内に記憶が定着されていっている!」という自覚症状はなかった。
このため、実際よりも低い記憶定着量を予想してしまった。
結果、実際の記憶定着量は、《弱点勉強・全テスト》の被験者が直感的に感じる記憶の予想定着量よりも、ずっと多くなった。
ようは、反復【テスト】による記憶の定着効果は、やってる本人は自覚できないのである。
少年漫画でよく見かける、「自分がすごく強くなっていることに気づいていない主人公」みたいで、いかにも、物語が始まりそうである。
(B)《弱点勉強・弱点テスト》のように、「既に【テスト】で正解できた問題は、それ以上【勉強】も【テスト】もしなかった被験者」は、既に覚えた単語を、「せっかく覚えたけど、この単語、半分くらいは忘れちゃうだろうな」と考えていたが、その見積もりは甘すぎた。
被験者が思っているよりも、かなり速いスピードで、被験者は【勉強】したものを忘れてしまったのだ。
このため、実際よりも高い記憶定着量を予想してしまった。
結果、《弱点勉強・弱点テスト》の被験者は、直感的に感じる定着量より、実際の記憶の定着量の方が、かなり少なくなってしまったのだ。
ちょっと恥ずかしいほど自信過剰なことが分かる。
自信過剰で、やられ役の敵キャラみたいである。
人間には、覚えた学習内容の忘れやすさを過小評価する認知バイアス(思考の錯覚)があるので、自分が覚えたものに対して、自信過剰になってしまうのである。
実際には、あなたが今までに反復【勉強】したものは、あなたが自覚しているよりも、だいぶ少なくしか、あなたは覚えていないのである。
ちなみに、「認知バイアス(思考の錯覚)」という概念をご存じない方は、
この記事
をどうぞ。
■学習効果が高ければ、それでいいのか?
では、「効果の高い学習方法」さえ続けていれば、それで十分なのだろうか?
たとえば、前述したように、一週間後のテストでは、《全勉強・全テスト》グループは《弱点勉強・全テスト》グループと同じ81%の正解率だった。
この2つのやり方は、同じだけ「効果」はあった。
しかし、「効率」は異なる。
なぜなら、それぞれの被験者グループで、学習にかかった時間が異なるからだ。
学習効率とは、「時間あたりに獲得できた『知識とスキルの質×量』」のことなのだ。
そもそも、多くの人が、弱点だけを集中して勉強するのは、その方法は学習時間が最小限で済むために、学習効率が高いと思っているからである。
実際のところは、どうなのだろうか?
ほんとうに「弱点集中学習」は効率が良いのか?
それとも、これはただの信仰に過ぎないのだろうか?
確かめてみよう。
この実験の【勉強】セッションでは、被験者は、1単語ペアにつき、5秒間の【勉強】時間が与えられた。
【テスト】セッションでは、1単語ペアにつき、8秒以内に回答できなかったら、不正解とみなされた。
すでにすっかり覚えてしまった単語は即座に答えを思いついただろうから、2~3秒もあれば回答できただろうが、まだ覚えていない単語は8秒で時間切れになるまで考えただろう。
したがって、平均して5秒回答にかかったとみなして計算してみる。
すると、学習に要した時間は、【勉強】と【テスト】の試行回数の合計に比例することになる。
なので、《弱点勉強・弱点テスト》条件を100とすると、かかった総学習時間は、それぞれ、次のようになる。
「1週間後に記憶していた単語量」を「総学習時間」で割ると、「時間あたりの学習量」=「学習効率」が出てくる。
そうやって計算した場合、《弱点勉強・弱点テスト》の学習効率を100とすると、それぞれ被験者グループの学習効率は、以下のようになる。
一般に、最も効率が良いと信じられている《弱点勉強・弱点テスト》を100とした場合、《弱点勉強・全テスト》の学習効率は160にもなる。
一見、最も効率が良さそうな《弱点勉強・弱点テスト》よりも、《弱点勉強・全テスト》の方が、遙かに効率が良いのは、なぜだろうか?
原因は、2つある。
1つ目。
《弱点勉強・全テスト》では、既に覚えた単語を学習し続けたため、「オーバーラーニング(overlearning)」による学習効果が発生したからだ。
オーバーラーニングははるか昔から知られている心理現象で、「既に覚えた知識をさらに学習すると、【忘れにくさ】が上がる」というものだ。
地面に打ち込んで、すっかり埋まった杭を、さらにしつこく叩き続けると、より引っこ抜きにくくなるようなイメージだ。
これにより、《弱点勉強・全テスト》の学習効率が劇的に良くなるのだ。
我々は、「既に覚えた単語を、しつこく学習し続けることは、効率が悪い」という認知バイアス(思考の錯覚)を持っている。
しかし、現実には、オーバーラーニングの効果によって知識の定着率が上がるため、それは、効率的な学習法なのである。
つまり、我々は、認知バイアスのせいで、オーバーラーニングという効率的な学習法を、非効率だと錯覚しているわけである。
この実験が特に秀逸なのは、《全勉強・全テスト》、《全勉強・弱点テスト》、《弱点勉強・全テスト》、《弱点勉強・弱点テスト》の4つの条件を比較対象に並べたことで、オーバーラーニング(over learning)の正体がオーバーテスティング(over testing)であることを、見事に暴き出した点だ。
既に覚えた単語の【勉強】を反復するオーバースタディング(over studying)にはほとんど学習効果はなく、既に覚えた単語の【テスト】を反復するオーバーテスティングだけに劇的な学習効果があることが、一目瞭然となったのである。
惚れ惚れするほど鮮やかな実験デザインである。
2つ目。
《弱点勉強・弱点テスト》では、「なかなか覚えられない単語」だけを集中して覚えたが、実は、「なかなか覚えられない単語」というのは、「定着しにくい単語」なのだ。
本書では、これを【難定着知識】と呼んでいる。
【難定着知識】は、脳と相性が悪い。まるで水と油みたいに反発し合っていて、なかなか脳に入らず、入ったとしても、すぐに抜けてしまうのである。
このため、「定着しにくい単語」を覚えようとしつこく頑張っても、その努力の多くは実らないし、一時的に覚えたとしても、すぐに忘れてしまうのだ。
それに比べると、《弱点勉強・全テスト》では、「記憶に定着しやすい単語」を反復【テスト】によって確実に記憶に定着させていった。その努力の多くは実り、結果的に、高い学習効率になったのだ。
この実験では、それを分析するためのデータをとっていないので、データによってそれを可視化することができないが、本書で解説している別の実験では、ちゃんとデータをとって可視化し、この現象の分析を行っている。
実は、この【難定着知識】というものの存在も、はっきり認識できていない人をよく見かける。
たいていの人は、どの単語も、記憶への定着しやすさは、そんなに大きくは変わらないと錯覚しているのである。
また、習得するのに時間がかかった単語も、忘れやすさは他の単語とたいして変わらないと思っているのである。
以下は、知識習得のROI(投資効果)を表した表だ。
ROIというのは、要は、「どれだけお得か?」の指標だ。
「重要でかつ定着しやすい知識」は、抜群にROIが高い(=お得)。こういう知識は最優先で学習しなければいけない。
さして重要ではないが、簡単に定着させられる知識は、まあ、学習コストが低いし、覚えちゃっていいだろう。
定着しにくいけど、重要度が高い知識は、まあ、頑張って覚えるしかない。
問題は、「重要度が低いのに、定着しにくい知識」だ。
これは、【不採算知識】だ。
【不採算知識】は、たいして重要でないのに、学習コストだけはやたらと消費するのである。
その知識を得ることによるメリットが、その知識を得るのにかかるコストと見合ってないのである。
会社で言えば、赤字垂れ流しで、リストラ対象の事業や人員である。
【定着容易性】をろくに考えずに学習していると、知らず識らずのうちに【不採算知識】に大量の学習時間を使ってしまい、「重要で、かつ、定着しやすい知識」を学習する時間が足りなくなり、学習効率が下がってしまうのである。
これもまた、典型的な、学習を非効率にする認知バイアスの一つだ。
《弱点勉強・弱点テスト》は、【難定着知識】に学習時間を集中投資する。
だから、計測テストの成績が悪くなるのは当たり前なのだ。
もちろん、実際には、【難定着知識】であっても、重要度の高い知識の学習に時間をかけるのは、必要なことである。
したがって、本書では、「重要度の高い【難定着知識】」には学習時間をかけ、【不採算知識】には学習時間をあまりかけないようにする方法について、書かれている。
■学習曲線
ここで、被験者たちの学習曲線を見てみよう。
一回でもテストで正解すると、その単語を「学習済み」とカウントする。そして、学習済みの単語数が、どのように増えていったのかを、計測したのだ。
その結果が、以下のグラフだ。
どの被験者グループも、学習曲線自体は、ほとんど同じであることが分かる。
つまり、知識【習得】率は、全ての実験条件で、違いがないのだ。
違っているのは、忘却率なのである。
穴の空いたバケツにいくら水を入れても、バケツに水はたまらない。
(我々サービス運営者の例で言えば、入会率がいくら高くても、解約率が高いと、ユーザ数は増えていかない)
それと同じように、知識【習得】率がいくら高くても、忘却率が高いと、知識は増えていかないのである。
中長期的な学習効率は、以下の式で決まる。
学習曲線を見て分かるように、実験直後は、「学習で習得した知識量」については、「実際に習得した知識量」と「直感的に習得したと感じられる知識量」は一致していた。
実験直後には、どの被験者グループも100%の単語を【習得】していたし、直感的にも、そのように感じられていただろう。
また、「実際に学習にかかった時間」と「学習にかかったと直感的に感じられる時間」も一致していただろう。
しかし、知識の【保持】率については、「現実の知識【保持】率」と「我々が直感的に予想する知識【保持】率」が大きくズレているのである。
つまり、我々の直感は、知識の【保持】率を誤って認識している。
このため、学習効率を誤って認識してしまうのだ。
■学習錯覚
筆者が
錯覚資産本
に書いたように、ほとんどの人間は、「直感的に正しいと思える間違ったこと」を正しいとしか思えない。
たいていの人間は、「直感的に正しいと感じられること」を疑ったりはしないし、比較実験をしたり、論文を読んだりして、「自分が正しいと思っていること」が本当に正しいかどうか、いちいち検証したりはしないのである。
「自分が正しいと感じていること」の正しさを疑うことは不快なので、ほとんどの人は、やろうとしないのだ。
このため、我々は、「直感」が正しく機能していない物事に関しては、凄まじく無能になる。
その一つが、「学習法」なのである。
だから我々は、「直感的に効率が良いと思える、非効率な学習方法」で学習してしまうのだ。
本書では、このような、「効率的な学習を非効率だと感じる認知バイアス」及び「非効率な学習を効率的だと感じる認知バイアス」のことを総称して【学習錯覚】と呼ぶ。
■もう一つの実験条件
この実験に、もう一つ実験条件が加えてあれば、最高だったのにと思う。
それは、《全勉強・ノーテスト》という実験条件だ。
実際、これは、非常にポピュラーな勉強法だ。
こういう風に、反復【テスト】をろくにやらず、反復【勉強】ばかりやっている人は、たくさんいる。
これも、この惑星でもっとも人気のある学習方法の1つだろう。
《全勉強・全テスト》と《弱点勉強・全テスト》では、【勉強】時間が倍ぐらい違うのに、1週間後の記憶【保持】量は同じだった。
また、《全勉強・弱点テスト》の【勉強】時間は、《弱点勉強・弱点テスト》の2倍くらいあるのに、1週間後の記憶【保持】量は3%しか増えてない。
このことから、反復【勉強】が知識【保持】率を増やす効果は、ものすごく小さいと予想される。
したがって、実験結果は、次のようになっていた可能性もありそうである。
反復【勉強】を中心に学習してきた人は、学習スタイルを「弱点【勉強】全【テスト】」に切り替えれば、それこそ、学習効率が2~3倍になっても不思議はなさそうに見える。
■結言
これは、語学の学習に限った話ではない。
数学やスポーツを含めたさまざまな分野の学習において、同様の現象が、実験で確かめられている。
これは、人間の脳神経システムの基本的な性質なのだ。
そして、このように学習効率を左右する要因が、少なくとも、28個ある。
やっかいなことに、そのうち、たちの悪い【学習錯覚】を伴うものがけっこうある。
このため、それらの認知バイアスのせいで非効率な学習をしているのに気が付かない人が、たくさんいる。
中学高校大学のとき、人によって、テストの点数に、大きな違いがあった。
もちろん、「才能」や「勉強時間」の違いも大きかった。
才能がある人は、良い成績をとっただろう。
勉強時間が長い人も、良い成績をとっただろう。
しかし、カーピキー2008実験から分かる通り、それ以上に、「自宅での学習方法」の違いが、成績を大きく左右した可能性が高い。
問題集や暗記ペンを使って「弱点【勉強】・全【テスト】」を行った人と、「反復【勉強】」を行った人では、記憶の定着率は劇的に違うからだ。
「弱点【勉強】・全【テスト】」の自宅学習をやっていた人は、「自分は生まれつき頭がいいから、成績がいいのだ」と思っていただろうし、「反復【勉強】」の自宅学習をやっていた人は、「自分は生まれつき頭が悪いから、成績が悪いのだ」と思っていただろうが、実際には、かなりの部分、単に、たまたま選んだ学習法の違いに過ぎなかったというわけである。
中学高校大学のとき、我々は、このことを知らなかった。
効率の良い学習法で学習した人も、それが効率が良いということを知っていてそうしたわけではない。
なぜなら、我々には【学習錯覚】という認知バイアスがあるために、効率の良い学習をしていても、していなくても、そのことを実感できないからだ。
つまり、たまたま効率の良い学習法で自宅学習した人は、単に、宝くじにあたっただけなのである。
しかも、そういう差を産む重大要因が、28個もあるのである。
「この28個の要因全てにおいて、たまたま効率の良い学習法で勉強していた」などという確率は、かなーり低くなる。
しかし、今や我々は、「学習法」が大きな違いをもたらすということを知っている。
何より、「ほんとうに」効率の良い学習法を簡単に知ることができる。
つまり、100%当たる宝くじを手に入れられるのだ。
「私はもう中年で、若い人のような学習能力はないから。。」
と思って、新しいことを学ぼうとしない人をよく見かける。
しかし実際は、「普通の宝くじ」しか引けなかった若い頃より、
「100%当たる宝くじ」を引ける今のほうが、はるかに学習能力は高いのである。
あなたが今何歳であれ、今こそ、勉強を始めるチャンスなのではないだろうか。
■具体的な学習方法への落とし込み
この第1巻で紹介したカーピキー2008実験の《弱点勉強・全テスト》のパターンをそのまま実践しても、かなり学習効率が上がると思います。
しかし、複数の論文の知見を組み合わせると、さらにもっと効率が良くなります。
その具体的な方法は、本書の2巻以降で詳しく解説しています。
■「まとめ」について
この論文から得られた知見の「まとめ」は書きません。
なぜかというと、この論文から得られた知見を、そのまま箇条書きにまとめると、それがウソになってしまうからです。
たとえば、この論文だけを読むと、「反復【勉強】は効率が悪い」ということが事実であるかのように見えます。
しかし、それは、この実験条件ではそう見えるというだけの話です。
第2巻以降の論文の実験データと突き合わせると、話はそんなに簡単じゃなく、一行で説明できるような現象ではないことが分かります。
■著者プロフィール
ペンネーム:ふろむだ。
複数の企業を創業。そのうち一社は上場。
数百万人に読まれた分裂勘違い君劇場というブログ(since 2005)の著者。
前著『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』はAmazon1位(心理学)、12万部のベストセラーとなった。
■本書について
■「答えだけ知りたい人」は本書を読まないで下さい
世の中には、次の2つのタイプの人がいます。
(B)自分で答えを出せるようになりたい人
本書の対象読者は、(B)の人です。
「答えだけ知りたい人」は、本書の対象読者ではありません。
「なぜ」その学習法の効率がいいかの説明は、手短に済ませてほしい。
その学習法が「本当に」効率がいいかの検証など、いちいちやらないでほしい。
さっさと「効率のいい学習法」の答えだけ、教えてほしい。
そういう人は、本書ではなく、答えだけが書いてある科学的な学習法の本を読んでください。
|
「答え」以外のことを知るのなんて、時間の無駄だろ。 |
いいえ。
|
なんで? |
学習法は、薬に似ています。
もし、無条件に「この薬は健康にいい」などというものがあったら、それはニセ医療です。
それと同じように、無条件に「この学習法は効率がいい」というのも、多くの場合、ニセ科学です。
ある特定の薬が健康にいいかどうかは、ケースバイケースで異なります。
睡眠に問題のない人が睡眠を改善する薬を飲むと、逆に調子が悪くなったりします。
量が多すぎると翌日の頭の働きが鈍くなりますし、少なすぎると効きません。
昼間に飲んでもダメですし、連続して飲み続けると、効かなくなったり、副作用で逆に眠りを妨げられたりすることもあります。
ある特定の学習法の効率がいいかどうかも、ケースバイケースで異なります。
同じ学習法でも、その学習法を行うタイミング次第で、効率が劇的に良くなったり、劇的に悪くなったりします。
人によっても違います。社会人にとって効率的な学習方法が、中高生にとっては、すごく非効率になることがあります。
中高生が中間・期末試験で高得点をとるのに効率的な学習法と、社会人が数年かけて英語を身につけるのに効率的な学習法も、しばしば異なります。
「健康にいい薬」があるのではありません。
「健康を改善する薬の処方の仕方」があるだけです。
それと同じように、
「効率のいい学習法」があるのではありません。
「学習効率を上げる、学習法の処方の仕方」があるだけなのです。
本書の第3巻以降で議論しているように、学習効率を最大化する学習法の処方箋は、人によって、ライフスタイルによって、時期によって、タイミングによって、習熟度によって、異なります。
だから、処方箋は、その都度、自分で書くしかないのです。
医者からもらった薬を、素人判断で飲むのをやめたり、勝手に量を増やしたりすると、酷いことになることが、よくあります。
学習法も同じです。
本書の第3巻以降で明らかになるように、浅い知識で学習法の処方箋を書くと、学習効率を改善したつもりが、逆に悪化することがよくあります。
本書は、「自分や自分の子供のための学習法の正しい処方箋」を自分で書けるようにするための本です。
これは、本質的に、難しいことです。
本質的に難しいことを、本質を損なわずに説明すると、どんなにわかりやすく説明したとしても、読者は、理解するのに、かなりの時間とエネルギーを要します。
このため、本書を読むのには、かなりの時間とエネルギーを要します。
それでも構わないから、読みたい、という人だけ、本書を買って下さい。
その覚悟がない人は、本書を買わないで下さい。
■PDFリーダーの使い方
本書の第2巻以降はPDFで提供されています。
このPDFは、サイドバーに目次を表示させ、目次をクリックすることで、本の中を自在に行き来できるようになっています。
PDFリーダーで目次を表示させる方法は、ググればでてきます。
■たくさんスクロールするのが嫌な人は、本書を買わないで下さい
本書では、以下のキャラクターたちが、論文データを元に、学習ツール・学習アプリ・学習法等の学習効率について、さまざまな議論を行います。
キャラクターの画像サイズを小さくすると、行間を狭くすることができ、文章密度を上げることができます。
しかし、そうすると、キャラクターの画像が見づらくなり、キャラクターの区別がつきにくくなってしまいます。
このため、どうしても、キャラクターの画像サイズをある程度大きくせざるを得ず、そのため、行間が大きく空いてしまっています。
また、本書では、論文のデータについて議論が行われます。
このとき、データのどの部分についての発言なのかを直感的にわかりやすくするために、以下のような表現が多用されています。
(これは、第3巻からの抜粋です。見た目を確認することが目的なので、内容は理解しなくていいです)
|
要は、高ガイドだとスキルが定着せず、フェイドガイドだとスキルが定着するってことね。 |
この表現方法だと、大きな図(マンガのコマのようなもの)が、大量に文の中に埋め込まれます。
Kindle版やPDF版では、大きな図が複数連続すると、「1ページに2つの図が入り切らず、1ページに1つの図しか入らない」ということがよく発生します。
その場合、図の前または後に大きな空白が入ってしまうことが多いです。
これらの理由により、1ページあたりの文字数は少なくなっています。
一方で、文章量が少ないわけではないので、ページ数が非常に多くなっています。
このため、スクロールするのが、とても大変です。
申し訳ありませんが、「そんなにたくさんスクロールしなきゃいけない本は、読みづらいから、読みたくない」という方は、本書を買わないで下さい。
■本書の構成
本書は本編と派生編からなります。
本編は学習法について書かれています。
派生編は、本編に登場した重要なソフトウェアツールなどについて書かれています。
本編は全5巻より構成されます。
第2~5巻は、それぞれ、第1巻の10倍ぐらいのボリュームがあります。
本書は、必ずしも5巻全部読まなくても、十分に役立つように書かれています。
1巻だけ読んだ人は1巻分だけ、
1~2巻を読んだ人は2巻分だけ、
1~3巻を読んだ人は3巻分だけの、学習効率に関する知見を得られます。
以下に、それぞれの巻の概要を示します。
以下の「画像」の枚数は、グラフ、表、図、イラスト、写真の合計を示します。
画像の枚数と文字数は、±5%程度の誤差がある場合があります。
■第1巻
はじめに
カーピキー2008実験(画像31枚、0.9万字、43ページ)
■第2巻(画像339枚、7.8万字、505ページ)
導入編
本書を読むための前提知識等を理解します。
重要な論文1本を読み解きます。
入門編
最重要論文を読み解きながら、科学的学習法の基礎の基礎を理解します。
■第3巻(画像327枚、8.2万字、515ページ)
リサーチ編第一部
学習効率の鍵を握る知見が書かれている重要論文を読み解きながら、学習効率の理解を深めていきます。
■第4巻(画像314枚、7.6万字、528ページ)
リサーチ編第二部
第一部の続きです。
英語リサーチ編
英語学習の効率を上げる鍵となる論文を読み解いていきます。
英語ツール編
英語力を増強するソフトウェア&ハードウェアを丁寧に分析します。
■第5巻(画像323枚、13.0万字、682ページ)
整理編
リサーチ編で説明された、学習効率を決定する要因を整理します。
実践編
論文等から得られた知見を、今すぐに実行可能な、具体的な学習方法に落とし込みます。
英語実践編
論文等から得られた知見を、今すぐに実行可能な、具体的な英語学習方法に落とし込みます。
おわりに
結言です。
派生編の概要については、本編の文中で適宜紹介されていますので、ここでは割愛します。
■本書の入手方法
本書は
ふろむだのBOOTH
で入手できます。
URLは、以下の通りです。
■筆者のその他のコンテンツ
筆者の書いた記事は、筆者のツイッターアカウント( @fromdusktildawn )で告知されます。
筆者の雑多なつぶやきはサブアカウント( @fromdawn )で行います。
筆者のnoteは
こちら
。
筆者が管理人をしているオンラインコミュニティは
こちら
。
筆者の前著は
こちら
。
■参考文献
Karpicke, J.D., & Roediger, H.L. (2008) The Critical Importance of Retrieval for Learning. Science 319, 966
■イラスト等
キャラアイコンと表紙のイラストは、しらたさん( @shiratamadng )の作品です。
それ以外のいらすとやさん調の挿絵は、いらすとやさん( @irasutoya )の作品です。
それ以外のグラフ、図、イラストは、ふろむだの作品です。
表紙デザインの原案は、永田ゆかりさん( @DataVizLabsPath )からいただきました。
■スペシャルサンクス
本書は、構成、エビデンスの用い方、表現方法から、誤字脱字に至るまで、
面白文章力クラブ
のみなさんに、非常にたくさんのレビューと添削をしていただいて、出来上がりました。
みなさんのアドバイスにしたがって、何度も構成ごと作り変え、巻数自体が変わってしまっているほどなので、本書は、ある意味、クラブのみなさんとの合作です。
中でも、作家のスゴ本さん( @Dain_sugohon )、科学者のまつむらけいさん( @hjk_sci )、鍼灸学校副校長の内原拓宗さん( @kanshinko )とそのご家族のみなさん、ゲームクリエーターのこよみゆうかさん( @koyomi_yuuka )、コンサルティング会社データビズラボ代表の永田ゆかりさん( @DataVizLabsPath )、正体不明のさとうしおさん、ライターのマチコマキさん、理学療法士の水口翔平さん、起業家で作家の石井遼介さん( @ryouen )、動画クリエイターの星森香さん( @sfmasala )、元アクセンチュアで社長修行中の下山宜昭さん( @NORI_ASSY )、長谷龍一さん( @Rhasese )、本当にありがとうございました。
それから、本書内で、けんすうさん( @kensuu )のアイデアを使わせていただきました。ありがとうございます。
また、ダイヤモンド社の書籍の編集長(第2編集部)の横田大樹さん( @editoryokota )にも、的確なアドバイスをいただき、本書を改良することができました。
本当にありがとうございました。
最後に、本書で引用させていただいた数々の実験を行い、論文を執筆してくださった研究者方々、及び、その実験の前提となる膨大な数の実験と考察を、何十年、何百年と積み重ねてきた数多の科学者の方々に、心からの感謝を捧げます。
本当に、本当に、ありがとうございました。
もちろん、文責はすべて筆者のふろむだにありますので、本書に関してなにか問題があれば、すべてふろむだ( @fromdusktildawn )の責任です。
©2020 ふろむだ